二つの異世界物語 ~時空の迷子とアルタミルの娘

サクラ近衛将監

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第三章 新たなる展開

3-18 マルス ~コンタクト その三(重奏と妖精達)

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 楽師団の長マルセルが身を乗り出すようにして尋ねた。

「何と、奥方様もお聞きになられた。
 それもサリューズでモルゼックの独奏曲に合わせられたと言われるか?
 何という曲でございましたのでしょうか?」

「あら、そう言えば何という曲でしたかしら。」

 マルスが止むを得ず口を挟んだ。

「カレルのラソールです。
 公爵夫人。」

「カレルのラソールを・・・。
 どのようにすればカレルのラソールに合わせられるのでしょうなぁ。
 マルス殿、お願いにございます。
 是非とも我らにモルゼックの二重奏とカレルのラソールにサリューズの重奏をお聞かせくだされ。
 さもなくば、我ら悔いが残ります。」

「おやおや、ではアンリ殿が戻られたなら・・・。」

 そう言っている間にアンリがケースを手に戻って来た。

「アンリ殿、マルセル殿がモルゼックの二重奏と、カレルのラソールをお望みですが宜しいですか?」

「あ、半年前の、・・・。
 はい、私はマルス様さえ宜しければ。」

 アンリはケースごとマルスに渡した。
 マルスはケースからモルゼックを取り出し、カサンドラ女史に手渡した。

 カサンドラは暫くモルゼックを眺めていたが、やがて「失礼します。」と言って順に音階を奏でた。
 それからため息をついた。

「何と・・・。
 確かに音階は少しずつずれていますが16音の最初と最後が確かに64分の3ほどずれています。
 ですが、これではまるで詐欺のようなもの。
 余程音感に優れた者が確認しないと決してわからないズレです。
 一つ一つの音のズレはほんのわずかです。
 しかし、マルス殿、・・・このズレをどう直されますのか。
 このようなずれは多少の運指では直しようがないはず。」

「そうですね普通ではないやり方になります。
 モルゼックも笛の一種、抑える穴で本来は音階が決まります。
 それは一つに笛というものが気管の長さを変えることにより音程を変えるものだからです。
 ですからその押さえる穴の密封度を少し変えることにより微妙な音程の調節も可能なのです。
 ではやってみましょう。」

 マルスは再度カサンドラからモルゼックを受け取り、順番に音階を奏でた。
 最初にそのままで、次に調整した音階を奏でるとカサンドラ女史がうめき声をあげた。

「まるで魔術師のようですね。
 本当に調整された音階が出ている。」

 マルスはにこりと微笑んだ。

「では、最初にモルゼックから演奏しましょう。
 モリソン、その間に私の部屋からサリューズをケースごと持ってきてください。」

 部屋の隅にたたずんでいたマルス付きの侍従であるモリソンは一礼をすると部屋から出て行った。
 マルスとアンリは最初にマリのラソールを二つのモルゼックで演奏した。

 半年前に比べるとアンリの演奏はかなり上手になっていた。
 そうしてそれに合わせるマルスの超絶技法は、二人の音楽家を驚かせていた。

 それが終わると次にカレルのラソールが演奏された。
 無論、サリューズとの重奏である。

 演奏が終わると、二人の音楽家は涙を貯めていた。

「素晴らしき演奏をお聞かせいただきました。
 我ら、このあとは明日早朝にサドベランスを発って、西のゴレンス城塞におもむかねばなりません。
 その後は少しばかりの休暇を頂く予定でございましたが、・・・。
 公爵閣下、是非とも我が赤の楽師団のマルビス訪問をお許しいただけませぬか。
 既に予定のある者は止むを得ませぬが、左程の予定の無き者を引き連れてマルビスへお伺いし、是非お二人の二重奏を聞かせてやりたいのです。
 聞けば、概ね一月の間マルス殿はマルビス滞在とのこと、その間に必ずや団員を引き連れて参ります。
 我らが演奏ではなく、お二人の演奏を聴くために何としてもお伺いしたいと存じます。」

「何と、この若き二人が楽団の予定を変えるほどの演奏をされたと言われるのか?」

「左様にございます。
 アンリ殿の演奏もさることながら、それに加えし編曲が素晴らしく、演奏自体も最高の楽師が演奏したものと同等かそれ以上の価値がございます。
 このお二方の演奏を聞かずして、赤の楽師団を名乗るわけには参りません。
 それほどにお二人の演奏は我らに感銘を与えましてございます。
 ですからなにとぞ予定のない楽師団訪問を是非にお許し願いたいのです。」

「わかりました。楽師団の長がさほどまでに申されるならば、是非も無し。
 楽師団員で望む者があればマルビスへの来訪を許しましょう。」

 マルセルとカサンドラは公爵家の宴を楽しみ、マルビスでの再会を約して公爵邸を去って行った。
 翌朝夜が白々と明けるころ、マルスは半分目が覚めてはいたがうとうととベッドでまどろんでいた。

 突然、アンリが助けを求めてきた。

『マルス様、助けて。』

 瞬時にマルスは飛び起きて、アンリの部屋に転移した。
 寝間着のままの恰好である。

 アンリはベッドの上で座り込み、顔を両手で覆い、怯えていたが、マルスの顔を見るや、跳ぶようにマルスに抱き付いた。

「どうしたの?
 何かあった?」

「そこら中に小人が、・・・。
 それに天井に大きな顔がいる。」

「え?
 誰もいないけれど・・・。
 夢を見た。」

 アンリは目をしっかりつぶっていたが、目を開けてちらっと周囲を見るとすぐにマルスの胸に顔を埋めていった。

「ううん、まだいる。」

『じゃぁ、何が見えるか教えて?』

 マルスにアンリの見える映像が送られてきた。
 驚いたことに確かに多数の小人が周囲に群がっており、更には壁にも天井にも大きな顔が見えた。

 マルスはその映像から得たものを自分でも見るべく能力を働かせた。
 そうしてそれらのものが思念を持っていることに気づいた。

 皆二人を、特にアンリを気遣っているのがわかった。
 マルスはそれらの思念に波動を合わせて訊ねた。

『君たちは誰?
 ここで何をしているの?』

 周囲から一斉に安堵の思念が押し寄せた。
 てんでに話を始めるとさすがに収拾がつかない。

『喋るのは誰か一人だけにしてくれるかい。
 聞けないわけではないけれど、こちらにも都合がある。』

 それから暫し、小人たちや壁面の顔などが自分たちで調整を始めたが、中々調整に戸惑っている。

「アンリ殿、大丈夫だよ。
 彼らは君に危害を加えたりしない。
 善なる心の持ち主のようだ。
 僕とつながっていれば話も聞けるし、多分アンリ殿も自分の力で話を聞けるのじゃないかな。」

『え、・・・。
 そうなの?』

 マルスは傍で行われている議論を伝声管のように聞かせた。

『わしがこの屋敷では一番古くからいる。
 彼らと話をするなら儂が適任じゃ。』

『それはないぜ。
 古けりゃいいと言うものじゃない。
 わしらの代表として話をしてもらうからには、それなりに皆から尊敬を勝ち得ているもので無ければならん。
 その点、儂なれば適任じゃろう。』

『おいおい、誰が尊敬を勝ち得ているだって、馬鹿を言いなさんな。
 お前の顔は鼻ばかり大きくて不細工じゃないか。
 お前の顔で我らの代表なんぞさせたら、我らの品性が下がる。』

 アンリがくすっと笑って、マルスにしがみついていた両手を放した。
 すると一斉に小人たちが笑みを浮かべた。

 その表情はひょうきんでありながらどこか安心感を持たせるものだった。
 壁や天井の顔も笑っている。

『中々話がつかないね。
 じゃぁ、こちらから指名しよう。
 一番小さな君にしよう。」

 その小人を除いて、周囲が一斉に落胆のため息をついた。

『じゃぁ、私目がお話しいたしましょう。
 私はラクル。
 この部屋の絨毯の妖精です。』

 アンリがマルスの意識から唐突に離れて口を挟んだ。

『妖精さん?
 ここにいるみんなが妖精さんなの?』

『はい、そうなんですよ。
 アンリ御嬢様。
 私達はいつ私たちの存在に気づいてくれるかとそれこそずーっと待っていたんですよ。
 でもいくら呼びかけても返事はないし、これはダメかと半分諦め掛けていたんです。
 そこへそこの若様が来て、アンリお嬢様のオーラを大きくしてくれた。
 だからもう本当に随分と期待をしていたんです。
 そうして今朝とうとう気づいてくれた。
 でも、気づいてはくれたものの、怖がられてしまって、僕たちもどうしたらいいのか途方に暮れていました。』

『じゃぁ、本当にこの屋敷にいる妖精さんなのね。
 この屋敷の事なら何でも知っているのかしら。』

『うーん、僕は絨毯の妖精だから動ける範囲は決まっている。
 絨毯の切れ目が僕の動ける境界線。
 その中のことなら塵一つでも詳しく説明できるけれど、屋敷内全部の事ならダイロンが一番詳しいはず。』

『ダイロンって誰?』

『私の事ですよ。
 アンリお嬢様。』

 天井の大きな顔が低いバリトンの声で言った。

『私はこの家の部材の集合体です。
 だから家の内部はもちろん、外部でもその表面なら屋根の上でも床下でも詳しいですよ。
 でも、家から一歩離れると私の力は及ばない。
 私も家に縛られているんです。』

『で、ずっと私達を見ていたの?』

『ええ、でも別に覗き見をしていたわけじゃないですよ。
 自分の力の及ぶ範囲なら何でも知っているだけの事です。』

『私が小さいときのことも知っているの?』

『はい、アンリお嬢様がはいはいをしていた頃から知っています。』

『じゃぁ、あの着替えをしているところも見られていたのかしら。』

『はい、僕たちの意向に関係なくお嬢様達の行動は筒抜けです。』

『まぁ、まるでデバガメと暮らしているようなものね。』

『それはまた酷い言い方ですね。
 私等はまだ見ているだけですが、お嬢様の来ている寝間着の妖精や、下着の妖精はそれこそお嬢様の肌にくっついているのが役目ですぞ。』

 アンリは思わず赤くなった。

『それでも彼らの名誉のために申し上げておきますが、彼らは口が堅いんです。
 アンリお嬢様の名誉を穢すようなことは決して多言は致しませぬぞ。』

「アンリ殿、妖精たちとも仲良くなれたようだから、僕は部屋に戻るよ。
 そろそろ、侍女たちが来るのじゃないかな。
 流石にこの姿で僕がここにいるのは拙いだろう。
 彼らには妖精は見えないはず。
 二人だけで寝間着姿でいるのは如何にも都合が悪い。」

「あ、ごめんなさい。
 マルス様の助けを呼んでおきながら・・・。」

「いや、僕の当面の役目だからね。
 困ったときはいつでも呼んでいいよ。
 もっとも湯あみしているときはちょっと拙いよね。
 すぐにはこれないかも知れない。
 でも本当に急ぐときはそう言ってくれる。
 例え裸でも助けに来るよ。」

 アンリはまたまた顔を赤くした。
 次の瞬間、マルスはその場から消えた。
 
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