仇討ちの娘

サクラ近衛将監

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第四章 琉球

4ー4 鹿児島

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 七つ時には船は錨を揚げて、沖へと走り出していた。
 宗徳達が不在中に延岡の港では水と食料などの補給を十分に受けていた。

 船は夕暮れ間近、延岡の港から二里ほど離れた門川湾の乙島沖に錨を降ろしたのである。
 ここから先、延岡藩領内の沖を含めて、薩摩までは三泊することになっている。

 この時期、風はほとんど南風であり、南に向かう弁財船べざいせんでは一日にいくらも進めないのが相場であるからだ。
 だが「まつくら」は風上に向かっても斜めに進めるので、余り苦にはならないし、いざとなれば帆を降ろして正面から風を受けながら走ることすらできる。

 次の寄港地は、水無月みなづき五日の夕刻に日向の鵜戸権現うとごんげん近くの宮浜沖で仮泊、六日は志布志しぶし湾で仮泊した。
 七日未明に志布志湾を出港し、十五里ほどの距離にある佐多岬をかわし、鹿児島湾口に入ったのは午の刻前の事であった。

 更に十五里ほど先に薩摩の鶴丸城がある。
 その城下町が鹿児島で有る。

 鹿児島という地名は古くは続日本記ショクニホンギかのこ(鹿の子という意味合い)島と紹介されていたり、別の書では加古志萬という表記をされていたりしているほか、は、桜島の崖或いは火山を意味するとかの種々の解釈があるようです。

 それはともかく、湾口からは折からの南風があったので、帆柱前方に大きな縦帆を出しその両下端を船の両舷側に結わえると、風を一杯にはら(はら)んだ帆は素晴らしい速度で船を前に押し出した。
 湾口から緩やかな弧を描きながら、一時もかからずに鶴丸城城下町沖合に達していた。

 船は小舟で賑わう浜町の沖合で錨を降ろしたのである。
 珍しい船の出現に町の人々は随分と驚いているようだったが、ここでもまた小舟が数隻、帆柱に掲げられた旗を確認してやってきた。

 延岡藩と同じような問答のあと、宗徳達一行六人は鹿児島に上陸した。
 一行は、照国神社近くの南洲苑に案内された。

 案内された先は、旅館ではなく料理屋の様である。
 格式の高い造りであるが、左程年代は立っていない様子である。

 広い庭園と比較的低く大きな屋根を持つ屋敷は、野分のわけの対策の様である。
 葉月から長月にかけて薩摩は野分の暴風雨にさらされる。

 風は京・大阪よりも格段に強く激しいことから、屋根を低くしなければならず、また、暑さ対策もあって軒先を大きくとるのが特徴の様である。
 日陰ができる分涼しくなり、風の通り道にも配慮しているようだ。

 大きな樹林と密生する竹林は防風林の役目も果たしている。
 南洲苑の周囲は、物々しい警備であった。

 そうして、それは外部からの侵入者に対抗するよりもむしろ内部から外に抜け出す者を防ぐための警備の様にも見えた。
 案内は次席家老前野まえの庄之助しょうのすけが務め、宿に落ち着いた頃改めて国家老末次すえつぐ謙信かねのぶがやってきた。

 挨拶の上で、明日の登城日程の確認を行ったのだが、その際に宗徳は注文をつけた。

「物々しい警備でっけど、何か不穏な動きがおますのんやろか。」

「いえ、不穏な動きなど滅相もございもはん。
 こいは、あくまで何もなかこつを確認せんじゃっどやっとるもんち、思うってくんね。」

 国家老は何とかなまりを消そうと努力をしているが、薩摩から出たことのない男には少々無理なことではあった。

「ほなら、天井裏の大きなネズミ二匹とわてらのお隣さんの飼い猫多分六匹やと思うねんけど引き取っていただけまへんか。
 外の番犬さんもせめて今の五分の一にしていただけまへんやろか。
 ごっつい顔した番犬はんがうろうろされとるだけで、わての奥も女御たちも襲われるんやないかと怖がってますぅ。
 えらい、番犬はんが気負ってますからなぁ。」

「は?
 ねずみ?猫?それに犬?」

 何を言われたのか一瞬わからなかったようである。

「畏まって候。
 すぐにも改めしもっそ。」

 冷や汗を掻きながら国家老は戻って行った。
 間もなく天井裏の大ネズミの気配が消えた。

 同時に隣室に潜んでいた者達も引き上げたようである。
 その代わりに、店の者がひっきりなしにやってくるようになった。

 女中や仲居は無論のこと、番頭、手代、女将に主までが顔を出す。
 夕刻までに表向きの警備は一応減ったようである。

 六十人ほどの人数が十二名までに減ったのである。
 だが、実質的には半分ほどしか減ってはいなかった。

 残りは最寄りの家の中或いは物陰などに隠れており、南洲苑から見える場所から消えただけである。
 六人は取り留めもない会話をして過ごした。

 夕餉の食事を運んできた女中もまた武家又は忍びの様であった。
 その昔、島津には鞍馬揚心流を系譜とした忍群がいた。

 しかしながら、島津が幕府隠密をあぶり出すための組織として使い始めて以来、本来の忍びと言うよりも忍び狩りの様相を呈してきている。
 彼らは相応に体術も心得ているが忍びのように潜伏はしない。

 潜伏はしないが、町人に化けたりするなどの変装擬態を得意としていた。
 従って、この料理屋の者全てが忍び狩りに特化した組織の一員と考えた方が安全である。

 この店自体が特殊な組織の巣窟である可能性がある以上、迂闊ウカツな話は一切できないのである。
 仮に薩摩探索の話をするとなれば、あす以降の町の中での散策の折にするしかない。

 船の中でそうした島津領内における行動について詳細に渡る打ち合わせはできていた。
 勢い、会話は延岡での散策が話題になったのである。

 いずれにせよ、中々に難しい状況に宗徳達は入り込んでいると言えよう。
 その夜の秘め事で彩華は普段に似つかわしくなくひたすら声を潜めていた。

 くぐもった聞き取れないほどの呻きと喘ぎが宗徳の静かな律動に合せて続く。
 その反動かいつになく燃え上がり、感極まるとひしと宗徳にしがみつき小さな痙攣を起こして失神した。

 彩華にとって初めての経験であり、その余韻が覚めぬうちに四度も挑んでそのたびに意識を失っていたのである。
 
 ◇◇◇◇

 翌朝、鶴丸城を訪れた宗徳と彩華は、薩摩鹿児島藩主島津しまづ吉貴よしたかに挨拶をした。
 手土産は半貫目の金塊十本である。

 鶴丸城の茶室で側室お有紀の方様のお手前で茶を喫した。
 島津吉貴は三十九歳の分別盛り、お有紀の方様は支藩である加治木家の息女であり御年二十五歳、今が盛りの花であった。

 二人の間には三人のお子がいる。
 島津吉貴は中々の古狸であり、宗徳が多少の鎌をかけても動じない男であった。

 但し、翌日以降の城下散策を非常に気にしていた。
 それとなく、宗徳が言った。

「北へ行こうか、南に行こうかと少々迷っておりまする。」

「なるほど、北にも良きところは多々あれど少々遠いのが難点、南の方角が宜しきやもしれません。
 身共からご推薦するとなれば、二軒茶屋、慈眼寺辺りまで足を延ばされるのも一興かと存じまする。
 錦江湾沿いの街道は中々見晴らしもようございます。」

と吉貴が本音を漏らした。
 北の方角には余り行って欲しくないのであろう。

「左様でおじゃりますか、では朝から南へ向かって散策してみましょうぞ。」

「城下なればいずこの地にてもご自由になされるがよい。」

 吉貴は不用意にもそう断言した。
 昼餉を馳走になり、その日は照国神社へ参拝した。

 いつになくゆったりとした足取りであり、周囲の景色あるいはお店を除き店主と他愛もない話をするなどして時間を潰したのである。
 翌日は、明け六つには朝餉をとって南洲苑を出発、警護の者が驚くほどの早足で、二軒茶屋を通り慈眼寺へ行って住職と四半時ほど話をした。

 慈眼寺は漕洞宗の寺であり、島津家の菩提寺でもある。
 それから取って返して二軒茶屋で早い昼餉を摂り、そのまま大手門前を突っ切り北へ向かったのである。

 その足取りは早く、午の刻までには稲荷川を渡っていた。
 稲荷川を渡って右手に小高い山があり、そちらに伸びる小道に不審な気配を感じて、一行は右手に入った。

 奥まったところに館があり、数人の武家がその周囲に配置されていた。
 一行が近づくとその者達が気色ばんだ。

「ここは島津家縁所ゆかりの場所にて、御出入りはできもはん。
 お引き取り下され。」

「左様か。
 なれど麻呂は鶴丸城にて、吉貴公直々に御城下なれば出入り自由とお墨付きを頂いた。
 従って、まかり通る。
 御免。」

 宗徳はそう言って警固の武士たちをかわすと垣根の合間にある竹造りの小さな入り口に手を掛け、すっと中に入ってしまった。
 止める間もあればこその自然な動きであり、警護の者達は一瞬のすきを突かれた。

 慌てるところを、一行が次々に邸内の敷地に入り込んで仕舞っていた。
 慌てて追いかけようとしたところを陰供で着いてきた警護の武士に何事か耳打ちされて、思いとどまったようである。

 今頃は、城へ急使が走っている頃であろう。
 閑静な造りの屋敷であるがどこか異国情緒が漂っている。

 庭伝いに歩いて行くと、屋敷の縁側から声を掛けられた。

「もうし、どちら様にございましょうか。」

 極彩色の合わせに武家でも町人でもない変わった髪形の若い女人が縁側に座っていた。
 目はぱっちりと大きく、肌が浅黒い。

 細面の顔で小柄な造りの身体である。

「麻呂は、松倉宗徳、こなたは我が妻にて彩華、四人は伴の者におじゃる。」

「はて、麻呂とは・・・。
 京のお公家様にございましょうか?」

「左様でおじゃるな。
 公卿の末席をけがしておじゃる。
 所で、そなたは?」

「可奈と申しまする。
 琉球より参りました者。」

「ほう、ここで何をなされておられるのか。」

 娘は戸惑った様子でいたが、やがて答えた。

「弟尚舎しょうしゃとともに人質にございます。」

「そなたの父は?」

「父は、琉球国司尚益しょうえきにございます。」

「ふむ、一年ほど前に尚益殿は琉球国王になられたが、そなたは知らされては居らぬのか?」

 娘は悲しそうに頭を振った。

「ここには便りは届きませぬ。
 来るのは、半年に一度、竹富の親方が訪ねてくれるのみで、琉球の様子は禁じられているのか語ってはくれません。」

「如何に人質とは云えど余りの扱いじゃな。
 可奈さんは、琉球へ戻りたいであろうな。」

「生まれ故郷です。
 帰りとうはございますが、勝手に帰れば琉球の者が迷惑を蒙りましょう。」

「琉球には島津藩の者がいるのじゃな。」

「はい、薩摩のお人は二年を過ごすと薩摩に帰れますのに・・・。
 私と尚舎はもう三年もこの薩摩におります。」

「そうか・・・。
 私のような余所者よそものと話をすれば後でおとがめが来ようか?」

「わかりませぬ。
 何しろ初めてのことにございますから。」

「弟御はどうなされている。」

「少し、体調を崩して今は床に臥せっております。」

「医師には見てもろうたのか?」

「お付の人には二日ほど前に申し上げましたが、その後何の音沙汰もございませぬ。」

「それはいかぬな。
 私は医師ではないが、多少医術の心得はある。
 差し障りなければ診させてもらってよいかな。」

 娘の顔が少し明るくなった。
 娘は宗徳を奥の座敷に案内した。

 奥座敷には明らかに町人とわかる女がおり、寝ている男の子の看病をしていたが、狩衣姿の宗徳を見て慌てて平伏した。
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