仇討ちの娘

サクラ近衛将監

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第二章 共に生きるために

2ー9 船旅

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 翌朝七つ時、仙水寮の門を宗徳、彩華、咲、吉野、八太の五人とお須磨、お喜代の親子がくぐり出た。
 その門前には三次が振り分け荷物の姿で待っていた。

 ひとしきり母千代や仙水寮の家人と挨拶を交わし、一行はよどの渡しに向かった。
 淀からは桂川、淀川を経て一気に野田まで船旅である。

 夜が白々と明け行くころ、一行は淀の渡し場で船に乗り込んだ。
 左程大きくはない川船は十人も乗れば満杯であり、一人百六十文の船賃に加えて酒代さかだいを弾んで二両の金を前渡しすると、船頭は七人の客を乗せてすぐに桟橋を離れたのである。

 船頭にとっては法外の金であったからである。
 淀から野田の桟橋まではおよそ二刻のゆったりとした川旅であった。

 野田に上陸するとすぐに最寄りの小料理屋で昼餉ひるげを済ませ、一行は川口に向かった。
 川口には浪速屋なにわやがあり、一行は浪速屋の寮に草鞋わらじを脱ぐことになった。

 京の白木屋からはまだ反物が届いていなかったのである。
 反物が届いたのはその二日後であり、寮を出た一行の後に浪速屋の丁稚でっち数人が大八車を引いて北津守きたづもりの桟橋に到着したのは、その日の八つ時を過ぎていた。

 木津川の北津守の桟橋には見慣れない船がつけていた。
 全体に丸みを帯びた細長い船である。

 川船ではなさそうであるが喫水が浅いのか木津川の北津守まで上がってきたようであるが、長さは五百石船をはるかに超える大きさの様である。
 但し、前部甲板に舟べりは無く、後部後半に少しばかりの船べりがついている。

 目検討で長さが、六十尺から七十尺ほどあろうか、それほどの長さにもかかわらず幅は二十尺足らずではないかと思われる。
 桟橋から水面までは四尺ほどあるかと思われるが、舷側は彩華の背丈と変わらない。

 つまりは水面上に九尺ほどもある船体なのである。
 内部を立って歩けるだけの構造物と言うことになる。

 川岸から丁稚たちが京から送られてきた、品を大事に抱えて桟橋まで運び上げていた。
 その品を待っていたらしい三人の水夫が船に運び上げている合間を縫って、彩華達は階段を上って船に乗った。

 宗徳は乗客たちをすぐに船の中へと案内する。
 人一人がやっと通れるような階段を降りて行くとそこには通路があり、両脇にいくつもの船室が並んでいた。

 彩華と咲は同じ船室に入れられた。
 四畳半よりは狭いが、二畳よりは広い。

 船室は狭いけれど、寝床が二つ並んでおり、二人ならば十分に寝起きできる広さがある。
 他の面々も男女別に部屋に入れられたようである。

 何しろ通路は行き合うのも難しいほど狭いから、荷物を船底に入れるだけでも大変なのである。
 八太、三次、それに吉野は、宗徳と一緒に荷積みを手伝っていた。

 荷入れは四半時ほどで終わり、浪速屋の丁稚は店へ空の荷車を引いて戻って行った。
 船の舫いもやいを外したのは、それから間もなくであり、船は帆も張らずに滑るように動き出していた。

 北津守から木津川河口までは橋も架けられておらず、この舷側の高い船が通航するのに支障はなかった。
 船の出港に際しては、船室に籠っていた女達も声を掛けられ、順次甲板に上がってきた。

 後部の甲板に操船する場所があり、その背後の空間がいくらか開けているので、九人の船客たちは両岸の景色を楽しむことができた。
 船足はゆっくりとしているのだが着実に進んでいる。

 但し、水夫たちが竿さおを操っているわけではなく、彩華は如何にして船が進むのか不思議であった。
 明らかに後部の先端からは水流が背後に向かって流れており、川の流れによって船が進んでいるわけではないからだ。

 そうしてまた船は揺れるという観念を捨てなければならないほどこの船は安定していた。
 無論、淀川を下ってきた川船と比べるとはるかに大きな船であるから、揺れないのかもしれないが、それにしても揺れなさすぎると思った。

 河口に近づくにつれて波も荒くなっているのがわかるのであるが、それとわかる動揺はほとんどないのである。
 彩華は宗徳に訊ねた。

「宗徳様、この船は何故に前に進んでいるのでしょうか。
 船頭の方が舵を握って右へ左へと船の向きを変えているのは判りますけれど、竿も櫓も使ってはいない様子。
不思議です。」

 宗徳がにっこり笑いながら答えてくれた。

「この船は水の中に船を前に押し出すような仕組みが有るのですよ。
 その力で船は前に進んでいます。」

「それは一体どのようなものでしょうか?」

「彩華殿は風車がざぐるまを知っておられますね?」

「はい、竹や紙で造られた羽で風を受けるとくるくると回ります。」

「うん。その通りです。
 風を受けると風車が回りますが、逆に風車を回してやれば人が空気を吹くように風車が風を送ってくれるのです。
 同じように水の中で風車のような羽を回すと、水の流れを生み出すこともできるのです。
 水の流れができるということは同時に水の流れとは反対の方向に力が生まれ、風車を前に押し出すのですよ。
 そのため風車と一体となっている船は前に進みます。」

「では、その風車を回す力は如何様にして生み出すのでしょうか。
 見たところ水夫の方三人はそのような力仕事をしているようには思えませぬ。」

「この船の中で、からくり人形の様に力を貯めて自前で動く仕掛けがあります。
 夕食の後で彩華殿にもその力の源をお見せしましょう。
 但し、この船の秘密は誰にも言ってはなりません。
 良いですね。」

「はい、宗徳様の仰せなれば、母にも弟にも秘密にします。」

 木津川河口を過ぎた頃には夕焼けが迫っていた。
 大阪の海はなだらかであり、小さなさざ波が立っている程度のなぎであった。

「さてと、夕餉ゆうげの支度をせねばな。
 彩華殿、手伝ってくれますか。」

 彩華が驚いた。

「宗徳様、女子が四人も乗っていて殿方に炊事の真似事などさせられませぬ。
 かまどと材料の在り処を教えて頂ければ、私どもがいたします。」

「ふむ、ちと陸の竈とは違いますでな。
 知っている者が手伝わねば彩華殿達女子とて何もできないことになりましょう。
 水夫たちは船の仕事で忙しいでしょうからな。
 私がお手伝いしましょう。」
 
 そう言って宗徳は四人の女子衆を先導した。
 船室は、廊下の左右に全部で六つ、その先の戸を開けると広い船室が現れた。

 幅が三間ほど奥行きは四間ほどあるやも知れなかった。
 その片側に作業台らしきものは見えたが、竈らしきものは見当たらない。
 
 船の中で火をけば煙が充満してしまうに違いないから、何か工夫があるのだろうが、そう言えばまきらしき物も無ければ水瓶みずがめも無いのである。
 彩華達四人の女子は途方に暮れた。

 だが、すぐに宗徳が采配を振るった。
 お咲に米の在り処を教え、大きなざると金物でできたような丸い器を出してくれ、米とぎをしてほしいと言ったのである。

 作業台の一角に五寸ほど入れ子になった部分があり、そこにつきだしている金物から水を出して見せた。
 飲める水であるそうな。

 水の出し方、止め方を教えると早速にお咲は米とぎを始めた。
 次に、お喜代には味噌汁を作るように指示し、みそや出汁だし、具材の在り処を教え、刃物の有り場所を教えた。

 その上で、彩華とお須磨にはになるような具材の有り場所を教え、二人で何でも作りなさいと言ったのである。
 調理器具は小料理屋を始められるほど揃っていたし、棚の中には食器もふんだんにあった。

 彩華はお須磨と相談し、煮つけと焼き魚を作ることにした。
 宗徳が教えてくれた糧食の有り場所には生きのいい秋刀魚さんまが人数分揃っていたからである。

 糧食の大半は冷気の籠った大きな箱状の物に収まっており、冷やされていた。
 これならば生物でも新鮮に保たれるに違いなかった。

 半時と更に四半時後、既に外はとっぷりと暮れてはいたが、船の中は明るかった。
 どのような仕組かはわからないが、天井に白く輝く灯りがあり、行燈あんどんよりも明るい光を投げかけており、特に、頭より少し高い位置にある明るい光は手元を明るく照らしていたので、女子衆の作業に大いに助けになった。

 竈の代わりとなるのは不思議なお釜であり、味噌汁や煮つけ、秋刀魚の焼き魚を生んだのは青白い炎であった。
 火のつけ方も押しせんを押すだけである。

 また、宗徳は、換気のための押し栓を教えてくれた。
 焼き魚の煙は天井にある金物の中に吸い込まれていった。

 金物の中に空気が吸い込まれるような仕掛けがあるようである。
 部屋の中央にある腰高の卓に出来上がった料理を器に載せて食事の用意が整った。

 水夫二人が仕事に就いたまま、十人での夕食が始まった。
 折りたたみのできる椅子を卓の周りに配置し、皆が座って食べる食事はおいしかった。
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