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第三章 新たなる展開

3-6 ハーバード大学の試験 その二

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 午後からの口述試験も同じ部屋を使うが、宏禎王の前には5人分の席とテーブルが設けられていた。
 どうやら試験員というか口頭試問の人物は五人いるようだ。

 そうして定時の五分前になって五人の老人たちがぞろぞろと教室に入ってきた。
 その全員が着席すると、中央の一人が言った。

「私は、スェイニー・レイノルズ、天文物理学の教授をしている。
 本来であれば、君にはその生まれの高貴さ故に敬意を表しなければならないかもしれないが、ここは学びの場である。
 君がここで学ぶことを望む以上、未だ確定してはいなくても、君を我々の弟子として扱うことにして、君の身分に対する敬意は示されないことを納得願いたい。
 それで、同僚のブレンドリー教授から急遽連絡が入って、君への試験レベルを大幅に引き上げることにした。
 少なくとも大学院の博士課程レベルの口述試験と考えてもらいたい。
 だが、最初に言っておくが回答できなくとも恥にはならない。
 大学院に進んだものでさえ回答できずに頭を抱える者もいるはず。
 ここで、このような暴挙に出るのには理由がある。
 教える側が弟子の力量を見極められずに何を教えられようか。
 我々はここでの学びを希望する君の力量をしっかりと見極め、そのうえで必要な知識を追い求めるには何を指導すればよいかを判断せねばならない。
 大学とは教師が一方的に生徒に教える場ではない。
 知識を追い求める者に適切な指針を与え、自ら学べるようにする場にしか過ぎないのだ。
 師であるべき我々にすら不明の知識は数多あまたある。
 時には弟子を師と仰ぐ場合もあるだろう。
 それがわれらの学びだ。
 では、試験を始めよう。
 最初は、カウラ―教授からお願いする。」

「私は、電磁気学を担当するカウラ―・モリフェルという。
 早速に命題を与える。
 電磁気学と古典力学との融合理論において、ローレンツ収縮の矛盾とその解決策について述べよ。」

 宏禎王は、少しの間を置いて、口を開いた。
 新聞で報じられたとおりの綺麗なキングスイングリッシュであり、まるでネィティブ・スピーカーの演説である。

 リズムのような抑揚のある話し方は、それだけでひきつけられるものがある。
 そうして宏禎王は19世紀末に展開されたマクスウェルやローレンツの電磁気論の目指すところを説明し、その方向性の誤った部分と理論の破綻を明示した。

 そのうえでアインシュタインの提唱した特殊相対性理論を概説し、慣性系の違いによる観察結果の違いについても述べた。
 更にはエーテルにも似た真空中の場の想定案を提示し、私的な仮説ながらと断った上で、明らかに従来想定されていた「エーテル」と異なる場の中で起きうる電磁波、放射線、光の動きや性状変化について見事に説明を終えた。

 30分近くに渡った説明は一つの完成された講義であった。
 居並ぶ教授は仮説が示す膨大な方向性と将来性に驚愕しながら聞いていた。

 目の前の少年が言うことはよくわかる。
 実に見事な説明なのだから、大学院に進むほどの能力を有する者ならばおそらくはすぐに納得する。

 だが自らの理解力がそこから先の展開に追いつけないでいる。
 どん詰まりの迷路がいきなり上下左右全てに障害が無くなった宇宙空間に変化したようにも感じられた。

 場合によってはいずれの方向へも進めるのだが、どう進んでよいのかがわからない。
 それこそ手を取って引いてもらわねば前に進めない感覚に陥っていた。

 宏禎王が説明を終えて約30秒の空白があった。
 そうして、ほうっと誰かがため息をついて、まとめ役のスウェイニ―教授が自らの役割を思い出して口を開いた。

「次、アレックス教授お願いする。」

「私は、物性物理学を担当するアレックス・バーナードという。
 命題を与える。
 超電導における物性変化及び特性変化について知り得るところを述べよ。」

 超電導現象は1911年に発見されたばかりの現象で、1915年の段階ではいずれの大学でも試行錯誤をしながら検証を行っている段階であった。
 宏禎王は、オンネスによる実験の成果を説明し、水銀の電気特性について量子論的に説明を行った。

 その上で常温超電導の可能性について述べ、その将来性についても概説した。
 宏禎王が最も力説したのは超電導状態におけるコイル状物質がもたらす電気エネルギーの蓄積可能性であった。

 これも30分ほどで説明を終えた。
 残り三人も、それぞれが抱える難問を宏禎王にぶつけてみた。

 宏禎王は必ずしも直接の最適解を与えてはくれなかったが、そこに至る道筋をわかりやすく説明してくれた。
 明らかに師弟の立場が逆転していた。

 五人の教授はいずれもこの少年は天才でありその底が見えないと最終的に判断した。
 或いは彼は質問の解を全て知っているのか知れない。

 少なくともカウラ―教授の質問に対しては仮説を唱えて様々な現象の説明を試みた。
 それが全てではないにしても、これまでのあらゆる疑問が解消する方策を確かに提唱してくれたのである。

 教授たちは自らの視野が広がったことを感じていた。
 東洋から突然に訪れた貴公子はまるで魔法使いの様であった。

 口述試験が終わって、宏禎王が教授達に見事なお辞儀を披露して退室した後、五人の教授は小会議を開いた。

「私は、彼こそがハーバード開設以来の天才だと思うが、皆さんはどう思うかね。」

「いや、まさにその通りだ。
 しかし、まさか、こんな場面で天才が身近に出現するなんて思わなかったな。」

「世界が変わるかもしれないな」

「あぁ、その通りだ。
 しかも彼は学者ですらない。
 東洋の島国の元首の縁者であり、成人の暁には相応の力が与えられ、政治、軍事、経済の分野に成果を上げるだろう。
 現に未だ成人前と言うのに経済的な分野では十分な成果を上げつつあって、末は億万長者が目に見えている。」

「ん、何かね、その億万長者と言うのは?」

「彼が主導して樺太に油田を開発したらしい。
 油田から生まれる富は彼に集中するはずだ。
 北辺の地の厳冬期に原油の採掘は難しくても、夏場には膨大な量の原油を採掘して場合によっては小さな国の国家予算をもしのぐ金が順次流れ込んでくるはずだ。」

「フム、そうか、彼は理論家であると同時に発明家でもあったのだねぇ。
 政府からの情報によれば特殊な電池、詳細不明な発電装置、実用的な電気自動車、プラセメントにプラスクリート、新たな性質のセラミックス等々様々な実用品を社会に送り出している実業家でもあるらしい。
 そちらの方でも底が見えないなぁ。
 原油にしてもまさか海底から原油を掘り出すなんて、一体誰が考え出すと思うかね。
 全く、ほんの五十年前までは世界に門戸を閉ざした未開の地だったはずなのに・・・。
 今や大国のロシアを打ち破って、世界の主流国になりつつある。
 かの国には彼のような天才が多数いるのかね?」

「いやぁ、それはないな。
 きらめくような天才が数多居るならわざわざハーバードに留学などしない。
 国内で天才たちと切磋琢磨できるだろうよ。」

「ふむ、ところで、もう一つの難題だが・・・。
 政府の言うように彼を垂らしこむことができるかね。」

「無理だろうね。
 彼はきちんと表に出せる部分とそうでない部分を整理している。
 先ほどの口頭試問の回答でも、彼は全ての説明をしているわけではないと儂は睨んでおる。
 日本で秘匿されているモノを勝手に披歴するほど愚かではないはずだ。
 しかも彼は王族の一員だからね。
 国民に対する義務をも背負っている筈。
 例え色仕掛けでも彼を取り込むことはまず不可能だろうね。
 成人すらしてないというのに彼には明確な信条がある。
 それに反するモノは受け入れまい。
 だが、強固に手厳しく反発するのではなく柔らかく受け止めてそっと返してくれるだろう。
 今日の受け答えではそれを感じたよ。
 これまでの学説の誤りをそれとなく示唆して正しい道の方向を指し示さずとも雰囲気で教えてくれる。
 これまでに感じたことのない不思議な感覚だな。」

「で、彼をどう扱うかね。
 流石に一回生に組み込むのは無駄だと思うのだが・・・」

「ああ、既に博士課程の域でも差し支えないぐらいだが、周囲がすぐには受け入れまい。
 三回生から始めて半年で四回生、一年後には大学院の修士課程ではどうだろう。
 彼の留学予定は二年間しか無いのだから、一応の所属を決めたうえで、彼が望む講座やセミナーには自由に参加させる。
 これには大学院も含まれるというのは?」

「ふむ、極めて異例だが、それが最も相応しいかもしれないな。
 わかった。
 その線で学長に提案し、運営委員会にかけることにしよう。」

「後、今日の彼の説明はどうすべきかな。
 あれだけでいくつかの論文ができるぞ。」

「その件は運営委員会の協議が合わってから又相談するが、彼が在学中に論文を造ってもらえばいいと思っている。
 その成果は、わが校の至宝にもなるはずだ。」

「ああ、まさしく、金の卵だな。
 この二年間で幾つ生んでくれるかだが、まぁ、期待しておこうじゃないか。」


 試験の結果については、週末の11日に通知がなされた。
 留学生として受け入れられ、いきなり物理学部三回生へ組み込むという。

 ハーバード大学は、今現在は秋季休暇中であり、セミナー等に参加する学生や大学院生が残留しているだけの状態であるらしい。
 9月14日月曜日から次の学期が始まるようだ。

 従って初登校は、9月14日となるが、大学の学生証を受け取ったならば、特例としていずれの学部、いずれのセミナーであっても自由に参加できるという権利が与えられるという。
 如何に日本の皇族だからと言ってそこまでの待遇は行きすぎじゃないだろうかとも考えたが、結局何かと便利だからと受け入れた。
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