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第二章 富士野宮(ふじのみや)宏禎(ひろよし)王
2-16-2 閑話 横山善喜海軍少佐 その1
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小官は海軍省経理部で装備第二課長に任じられている横山善喜海軍少佐である。
小官の仕事は、海軍に納品される正面装備である艦艇及び同装備の確認作業が主である。
新造艦の場合は、装備第一課がキールを置く段階から工廠又は造船所に日参して建造工事の確認に当たるが、一方で第二課はできあがった完成品の性能確認等納品検査の仕事がメインである。
但し、今回は異例の納品前検査となる。
何しろ第一課が建造段階を一切確認していない新造艦の納品前検査であるのだ。
仮に小官が「納品不可」の判定を下せば新造艦は海軍に納入されないことになる。
納品検査と言いながら、普通は、その艦艇及び搭載機器・装備のテストの確認を行い、必要なチェックを行って報告書を作成、不備があれば手直しを工廠又は造船所に行わせれば済むのだが、今回の場合、建艦契約を予め締結していない新造艦であるために話が少々面倒なのである。
要は海軍が新造艦の能力を確認し、その結果を見て購入するかしないかを決められるという内容の仮契約しか締結していないのだ。
無論、海軍にとって非常に有利に過ぎる契約条件であって、こんな前例はこれまでに見たことも聞いたこともない。
異例中の異例の取り扱いなのだが、その原因はこの新造艦の大きさと価格にあると言っても過言ではないだろう。
本件新造艦の大きさは、排水量7000トン余りと排水量だけから見ると一等巡洋艦と二等巡洋艦の間ぐらいなのだが、全長が160mを越えており、最新鋭の一等戦艦である鹿島(排水量16,000トン余、長さ130m弱)よりもでかいのである。
吃水が6m強と浅い点から見ると非常に軽い船体であることは間違いない。
因みに一等戦艦鹿島の吃水は8m強もある。
一等戦艦よりも大きな艦体を有するにもかかわらず、その提示価格は(軍機なので詳細は言えないが)200万円を大幅に下回る。
当節、1等戦艦は、一艦で1200万円ほどもする実に高価なものである。
また戦艦よりも格落ちの一等巡洋艦 1 隻の費用で三等巡洋艦 3 隻が建造できるとされているのだが、どうもその三等巡洋艦よりも安い納入価格を敢えて設定しているようだ。
当然のことながら経理部ではそんな張りぼて新造艦に対する事前評価は非常に厳しい。
この値段ならば水雷艇か機雷敷設艇が精々だろうと言う意見が多かった。
その後、図面上で長さが150mを越える鋼鉄艦と知るや、防弾設備のない薄い鉄板張りの船ではないのかという声もあったほどである。
それでも艦政本部の大佐が「その設計者は年若いが三百年に一人の大天才である。」と、目一杯主張し、保証するので、わざわざ西伊豆の片田舎まで小官が部下一人を伴ってやってきたわけである。
で、のっけから驚いたのは、午前十時過ぎに国鉄の沼津駅に到着すると今帝都で話題の新型自動車「韋駄天」が5台も駅前に並んで待っていたことである。
この日は海軍省から少将クラスと大佐クラスが各1名、中佐クラス2名、少佐クラスが小官を含めて2名、尉官が5名、兵曹以下5名の併せて16名の団体で西伊豆にやってきているのである。
我々は、韋駄天に分乗して沼津駅を出発したのだが、「雛には稀な」と言うか、駅前から造船所に着くまで随分と立派な舗装道路が続いているのにまず驚かされた。
韋駄天は流石の評判通りのり心地の良いクッションであり、ほとんど振動を感じさせない造りが素晴らしい。
但し、その韋駄天の乗り心地も道路が整備されて初めて納得できるモノであり、でこぼこ道ではかえって酔うこともあるそうだが、この片田舎の沼津で立派な舗装道路に出会うとは思っても見なかった。
街路樹や歩道まで整備された舗装道路の先にある造船所は、おそらくは3mもあるのではと思われる高い塀に囲まれており、内部の様子が外からは窺えないようになっている。
その上に、入り口でも念入りに身元確認がなされ警備がしっかりしていることにも気づいた。
少なくとも海軍艦艇を建艦するのであれば当然の警備体制ではあるのだが、少なくともそこらの中小の民間造船所にはないシステムである。
そうしてまた、造船所の敷地が非常に広いことにも驚かされた。
横須賀にある海軍工廠の少なくとも数倍の敷地があり、かつ、金属壁の巨大な上屋が連立している所為か、一見すると造船所内であることを忘れてしまう。
生憎と、造船所内での見学の時間はなかった。
造船所のゲートをくぐると一気に新造艦の着岸している桟橋まで車列が進んだのである。
桟橋では飛鳥造船の幹部他数名が舷門付近で出迎え、直ぐに乗艦となったのだが、とにかくでかい船だった。
少なくとも小官はこれほどでかい戦闘艦を見たことがない。
その大きさだけで圧倒されたのだが、造船所側からの事前資料では新造艦は秘匿名称とされながら「長月型駆逐艦」となっている。
但し、大きさの割に兵装が乏しく、戦闘艦らしからぬ白色の塗装がなされているのは、正直に言って気に食わなかった。
戦闘艦とは、ある意味で国威の発揚であるから、猛々しさや威容を見る者に与えねばならないと常々思っているからである。
因みに帝国海軍に在る陽炎型駆逐艦は排水量300トン強、全長60m強の小型艦である。
尤も陽炎は小型艦ながら、8cm単装砲1基、57mm単装砲5基、45cm水上発射管2門を備えた戦闘艦である。
だが眼前にあるこれは大きさだけは別格なモノの、兵装から見て絶対に駆逐艦などと呼べる代物ではない。
三笠や鹿島の艦橋は甲板上の三階にあるが、この新造艦は艦橋の高さが間違いなく4階以上になっている。
ちゃんとした武装さえ整えれば一等戦艦をも凌ぐことになると思うのだが、なんでこんな中途半端な兵装の艦を造ったのかと設計者の頭を疑わざるを得ない。
武装は、120mm単装砲1門、30mm機関砲二門のみしか見えないのだ。
そんな貧弱な武装では戦に使えないと経理部門の小官でさえ断言できる。
しかしながら、この小官の思い込みは、後に完璧に覆されることになった。
我々は並列二艦で付けている桟橋側の二号艦を通過して、海側係留の一号艦に乗艦した。
我々が乗艦すると直ぐにメガホンか何かで「出港用意」の号令(これがまたびっくりするほどのでかい声だった)があり、乗員(ドック側人員で編成され、海軍将兵は一切手を出さない。)が動き出す合間に外舷通路を通って艦橋へ案内された。
新造艦の艦橋は非常に広かったので我々15名全員がそこで出港の様子を見られたのだが、艦が動き始めたときに曳き船も付いていないのに艦が真横に動き出したことにまず驚いた。
船というモノは本来前後に動き、進みながらであれば舵により左右に曲がることもできるが、基本的には横方向には動けない代物だ。
にもかかわらず、パイロット(ドック側水先人)の何やら訳のわからない号令一過(少なくとも「すらすたー」とか「右へ10度」とかいう号令は海軍にはないはずで、小官には全く意味不明だった。)、ドック側乗員の一人が右舷側のボックス状の機器で操作を行うと船が完璧に横移動を始めたのである。
速力は速くはない。
が、横移動ができるならば狭い港内での操艦や着岸には非常に便利なはずである。
経理担当ながら、その仕組みを知りたいと思ったが、「色々と質問はございましょうが、説明は後にまとめてしますので取り敢えずは出港の様子をご覧ください。」という所長の一言でお預けを食らった状態である。
飛鳥造船所西浦支所の港内出口は200m程の間口があるようだ。
一号艦はほとんど無音でその港口を出て外海に乗り出した。
小官のこれまでの経験では、艦橋といえど機関室の騒音が何となく届いていたのを記憶していたのだが、この船は形状・構造からしてこれまでの戦闘艦とはかなり異なるので、機関室の騒音が届きにくいのかも知れない。
余りに静かすぎて何となく帆船にでも乗っているような錯覚さえ覚えた。
それに、まぁ、外海とは言っても艦は未だ駿河湾の奥まったところにあって多少のうねりはあっても海は至って静かである。
午前11時過ぎに港口を通過すると徐々に速力を上げて、まもなく船速が12ノットに落ち着くと、飛鳥造船の西浦支部長が艦橋の下部にある集会室に案内してくれた。
ここは士官食堂になるらしい。
艦橋では左程目立たなかったが、通路や食堂には内装材がふんだんに使われていて、かなり豪華な客船の様に見えることに驚いたが、これは軍艦の造りとしては大きな減点である。
内装材は一般に燃えやすい。
万が一にも船内火災が発生した際には周囲に可燃物がない方が望ましく、従って軍艦は余計な内装はせずにむき出しのままが良いのである。
無論、必要な防火措置は施すのだが・・・。
何となく設計者は素人なのではないかというイメージさえ浮かんでしまった。
士官食堂に集められた我々に向かって最初に所長が挨拶がてら発言した。
「本日乗艦された海軍のお歴々には釈迦に説法ともなりますが、我々の上司からくどいほどに厳命を受けておりますので予め、ご注意を申し上げます。
本艦はその装備全てが第一級の機密に属します。
本艦は長月型駆逐艦と我が方では整理・呼称しておりますが、今後外部に公表される場合はあくまで海軍補助艦艇としての「海防艦」と呼称をお願いいたします。
本艦は見た目駆逐艦若しくはそれ以下の装備しか保たない艦ではございますが、見えない部分に強大な兵器を隠し持つ特殊艦であります。
その内容、性能を漏らした者はすべからくお上より死を賜るものとお覚悟願います。
これは恐れおおくも天皇陛下のご内諾を得たものでございます。」
この言葉が出るに及んで軍人十数名にざわざわと動揺と緊張の波が走った。
これまで今回の新鋭艦公試運転に陛下が絡む話などは一切聞いていなかったからであるが、これが真実とするならば、・・・。
否このような場で公言すること自体が真実であることを正しく示しているのだが、この造船所そのものが陛下がお認めになった御用達でさえある。
小官はそのような造船所が造った艦の納品の可否を決定せねばならんのかと幾分なりとも焦ったものだ。
そんな小官の内心の動揺を知らぬかのように支部長が話を続けた。
「本艦は世界に例を見ない非常に高度な技術によって生まれた高性能機器の集合体であり、お集りの皆様は今日から三日の間にその事実を知ることになりましょうが、仮に欧米列強がその存在を知れば大挙してその秘密を探ろうと我が帝国にそうして我が造船所に押しかけてまいりましょう。
それは我々が望むことではありません。
おいそれと一朝一夕に欧米列強に同じモノが造れるとは思いませんが、何事も用心に用心を重ねることが肝要でございます。
このことを努々お忘れなさらぬよう老婆心ながらお願い申し上げ、これからそれぞれの担当の者より本艦について詳しい説明をさせていただきます。」
この後、数人の担当者が入れ替わりながら長月型駆逐艦の詳細説明を行ったのだが、その説明は投影画像のようなものを見せられながら行われ、中には画像が実際に動くモノさえあった。
写真ではなく動く写真を見たのは初めてだった。
確か10年ほど前に歌舞伎座で活動写真なるものが公開されたと聞いてはいたのだが、・・・。
こんなにきれいなものだとはついぞ知らなかった。
写真ですら白黒でしか見たことが無いのに、天然色で動く写真があることを始めて知った次第である。
いずれにせよ小休憩や昼食をはさみながらの怒涛の6時間であった。
彼らの説明通りの性能であるならば、この艦はこれまでの海戦というものを根こそぎ変革する新兵器の塊である。
支部長が第一級の機密と言う理由が確かにあった。
そうしてそれが真実であるか否かを知るのは今夜半からになるはずである。
午前11時半から午後5時半までかかった臨時の説明会を終えると、午後6時から夕食であり、その後部屋に案内されて数時間休息をとった。
先ほどの日程説明によれば、午後9時ころから伊豆大島西方沖100海里付近で旋回試験等の公試運転の第一部を開始するとのことである。
伊豆大島西方沖ではあくまで通常航行時の運動性能とそれに付随する航海機器の確認、照明機器等居住設備の作動確認を行うらしい。
小官の仕事は、海軍に納品される正面装備である艦艇及び同装備の確認作業が主である。
新造艦の場合は、装備第一課がキールを置く段階から工廠又は造船所に日参して建造工事の確認に当たるが、一方で第二課はできあがった完成品の性能確認等納品検査の仕事がメインである。
但し、今回は異例の納品前検査となる。
何しろ第一課が建造段階を一切確認していない新造艦の納品前検査であるのだ。
仮に小官が「納品不可」の判定を下せば新造艦は海軍に納入されないことになる。
納品検査と言いながら、普通は、その艦艇及び搭載機器・装備のテストの確認を行い、必要なチェックを行って報告書を作成、不備があれば手直しを工廠又は造船所に行わせれば済むのだが、今回の場合、建艦契約を予め締結していない新造艦であるために話が少々面倒なのである。
要は海軍が新造艦の能力を確認し、その結果を見て購入するかしないかを決められるという内容の仮契約しか締結していないのだ。
無論、海軍にとって非常に有利に過ぎる契約条件であって、こんな前例はこれまでに見たことも聞いたこともない。
異例中の異例の取り扱いなのだが、その原因はこの新造艦の大きさと価格にあると言っても過言ではないだろう。
本件新造艦の大きさは、排水量7000トン余りと排水量だけから見ると一等巡洋艦と二等巡洋艦の間ぐらいなのだが、全長が160mを越えており、最新鋭の一等戦艦である鹿島(排水量16,000トン余、長さ130m弱)よりもでかいのである。
吃水が6m強と浅い点から見ると非常に軽い船体であることは間違いない。
因みに一等戦艦鹿島の吃水は8m強もある。
一等戦艦よりも大きな艦体を有するにもかかわらず、その提示価格は(軍機なので詳細は言えないが)200万円を大幅に下回る。
当節、1等戦艦は、一艦で1200万円ほどもする実に高価なものである。
また戦艦よりも格落ちの一等巡洋艦 1 隻の費用で三等巡洋艦 3 隻が建造できるとされているのだが、どうもその三等巡洋艦よりも安い納入価格を敢えて設定しているようだ。
当然のことながら経理部ではそんな張りぼて新造艦に対する事前評価は非常に厳しい。
この値段ならば水雷艇か機雷敷設艇が精々だろうと言う意見が多かった。
その後、図面上で長さが150mを越える鋼鉄艦と知るや、防弾設備のない薄い鉄板張りの船ではないのかという声もあったほどである。
それでも艦政本部の大佐が「その設計者は年若いが三百年に一人の大天才である。」と、目一杯主張し、保証するので、わざわざ西伊豆の片田舎まで小官が部下一人を伴ってやってきたわけである。
で、のっけから驚いたのは、午前十時過ぎに国鉄の沼津駅に到着すると今帝都で話題の新型自動車「韋駄天」が5台も駅前に並んで待っていたことである。
この日は海軍省から少将クラスと大佐クラスが各1名、中佐クラス2名、少佐クラスが小官を含めて2名、尉官が5名、兵曹以下5名の併せて16名の団体で西伊豆にやってきているのである。
我々は、韋駄天に分乗して沼津駅を出発したのだが、「雛には稀な」と言うか、駅前から造船所に着くまで随分と立派な舗装道路が続いているのにまず驚かされた。
韋駄天は流石の評判通りのり心地の良いクッションであり、ほとんど振動を感じさせない造りが素晴らしい。
但し、その韋駄天の乗り心地も道路が整備されて初めて納得できるモノであり、でこぼこ道ではかえって酔うこともあるそうだが、この片田舎の沼津で立派な舗装道路に出会うとは思っても見なかった。
街路樹や歩道まで整備された舗装道路の先にある造船所は、おそらくは3mもあるのではと思われる高い塀に囲まれており、内部の様子が外からは窺えないようになっている。
その上に、入り口でも念入りに身元確認がなされ警備がしっかりしていることにも気づいた。
少なくとも海軍艦艇を建艦するのであれば当然の警備体制ではあるのだが、少なくともそこらの中小の民間造船所にはないシステムである。
そうしてまた、造船所の敷地が非常に広いことにも驚かされた。
横須賀にある海軍工廠の少なくとも数倍の敷地があり、かつ、金属壁の巨大な上屋が連立している所為か、一見すると造船所内であることを忘れてしまう。
生憎と、造船所内での見学の時間はなかった。
造船所のゲートをくぐると一気に新造艦の着岸している桟橋まで車列が進んだのである。
桟橋では飛鳥造船の幹部他数名が舷門付近で出迎え、直ぐに乗艦となったのだが、とにかくでかい船だった。
少なくとも小官はこれほどでかい戦闘艦を見たことがない。
その大きさだけで圧倒されたのだが、造船所側からの事前資料では新造艦は秘匿名称とされながら「長月型駆逐艦」となっている。
但し、大きさの割に兵装が乏しく、戦闘艦らしからぬ白色の塗装がなされているのは、正直に言って気に食わなかった。
戦闘艦とは、ある意味で国威の発揚であるから、猛々しさや威容を見る者に与えねばならないと常々思っているからである。
因みに帝国海軍に在る陽炎型駆逐艦は排水量300トン強、全長60m強の小型艦である。
尤も陽炎は小型艦ながら、8cm単装砲1基、57mm単装砲5基、45cm水上発射管2門を備えた戦闘艦である。
だが眼前にあるこれは大きさだけは別格なモノの、兵装から見て絶対に駆逐艦などと呼べる代物ではない。
三笠や鹿島の艦橋は甲板上の三階にあるが、この新造艦は艦橋の高さが間違いなく4階以上になっている。
ちゃんとした武装さえ整えれば一等戦艦をも凌ぐことになると思うのだが、なんでこんな中途半端な兵装の艦を造ったのかと設計者の頭を疑わざるを得ない。
武装は、120mm単装砲1門、30mm機関砲二門のみしか見えないのだ。
そんな貧弱な武装では戦に使えないと経理部門の小官でさえ断言できる。
しかしながら、この小官の思い込みは、後に完璧に覆されることになった。
我々は並列二艦で付けている桟橋側の二号艦を通過して、海側係留の一号艦に乗艦した。
我々が乗艦すると直ぐにメガホンか何かで「出港用意」の号令(これがまたびっくりするほどのでかい声だった)があり、乗員(ドック側人員で編成され、海軍将兵は一切手を出さない。)が動き出す合間に外舷通路を通って艦橋へ案内された。
新造艦の艦橋は非常に広かったので我々15名全員がそこで出港の様子を見られたのだが、艦が動き始めたときに曳き船も付いていないのに艦が真横に動き出したことにまず驚いた。
船というモノは本来前後に動き、進みながらであれば舵により左右に曲がることもできるが、基本的には横方向には動けない代物だ。
にもかかわらず、パイロット(ドック側水先人)の何やら訳のわからない号令一過(少なくとも「すらすたー」とか「右へ10度」とかいう号令は海軍にはないはずで、小官には全く意味不明だった。)、ドック側乗員の一人が右舷側のボックス状の機器で操作を行うと船が完璧に横移動を始めたのである。
速力は速くはない。
が、横移動ができるならば狭い港内での操艦や着岸には非常に便利なはずである。
経理担当ながら、その仕組みを知りたいと思ったが、「色々と質問はございましょうが、説明は後にまとめてしますので取り敢えずは出港の様子をご覧ください。」という所長の一言でお預けを食らった状態である。
飛鳥造船所西浦支所の港内出口は200m程の間口があるようだ。
一号艦はほとんど無音でその港口を出て外海に乗り出した。
小官のこれまでの経験では、艦橋といえど機関室の騒音が何となく届いていたのを記憶していたのだが、この船は形状・構造からしてこれまでの戦闘艦とはかなり異なるので、機関室の騒音が届きにくいのかも知れない。
余りに静かすぎて何となく帆船にでも乗っているような錯覚さえ覚えた。
それに、まぁ、外海とは言っても艦は未だ駿河湾の奥まったところにあって多少のうねりはあっても海は至って静かである。
午前11時過ぎに港口を通過すると徐々に速力を上げて、まもなく船速が12ノットに落ち着くと、飛鳥造船の西浦支部長が艦橋の下部にある集会室に案内してくれた。
ここは士官食堂になるらしい。
艦橋では左程目立たなかったが、通路や食堂には内装材がふんだんに使われていて、かなり豪華な客船の様に見えることに驚いたが、これは軍艦の造りとしては大きな減点である。
内装材は一般に燃えやすい。
万が一にも船内火災が発生した際には周囲に可燃物がない方が望ましく、従って軍艦は余計な内装はせずにむき出しのままが良いのである。
無論、必要な防火措置は施すのだが・・・。
何となく設計者は素人なのではないかというイメージさえ浮かんでしまった。
士官食堂に集められた我々に向かって最初に所長が挨拶がてら発言した。
「本日乗艦された海軍のお歴々には釈迦に説法ともなりますが、我々の上司からくどいほどに厳命を受けておりますので予め、ご注意を申し上げます。
本艦はその装備全てが第一級の機密に属します。
本艦は長月型駆逐艦と我が方では整理・呼称しておりますが、今後外部に公表される場合はあくまで海軍補助艦艇としての「海防艦」と呼称をお願いいたします。
本艦は見た目駆逐艦若しくはそれ以下の装備しか保たない艦ではございますが、見えない部分に強大な兵器を隠し持つ特殊艦であります。
その内容、性能を漏らした者はすべからくお上より死を賜るものとお覚悟願います。
これは恐れおおくも天皇陛下のご内諾を得たものでございます。」
この言葉が出るに及んで軍人十数名にざわざわと動揺と緊張の波が走った。
これまで今回の新鋭艦公試運転に陛下が絡む話などは一切聞いていなかったからであるが、これが真実とするならば、・・・。
否このような場で公言すること自体が真実であることを正しく示しているのだが、この造船所そのものが陛下がお認めになった御用達でさえある。
小官はそのような造船所が造った艦の納品の可否を決定せねばならんのかと幾分なりとも焦ったものだ。
そんな小官の内心の動揺を知らぬかのように支部長が話を続けた。
「本艦は世界に例を見ない非常に高度な技術によって生まれた高性能機器の集合体であり、お集りの皆様は今日から三日の間にその事実を知ることになりましょうが、仮に欧米列強がその存在を知れば大挙してその秘密を探ろうと我が帝国にそうして我が造船所に押しかけてまいりましょう。
それは我々が望むことではありません。
おいそれと一朝一夕に欧米列強に同じモノが造れるとは思いませんが、何事も用心に用心を重ねることが肝要でございます。
このことを努々お忘れなさらぬよう老婆心ながらお願い申し上げ、これからそれぞれの担当の者より本艦について詳しい説明をさせていただきます。」
この後、数人の担当者が入れ替わりながら長月型駆逐艦の詳細説明を行ったのだが、その説明は投影画像のようなものを見せられながら行われ、中には画像が実際に動くモノさえあった。
写真ではなく動く写真を見たのは初めてだった。
確か10年ほど前に歌舞伎座で活動写真なるものが公開されたと聞いてはいたのだが、・・・。
こんなにきれいなものだとはついぞ知らなかった。
写真ですら白黒でしか見たことが無いのに、天然色で動く写真があることを始めて知った次第である。
いずれにせよ小休憩や昼食をはさみながらの怒涛の6時間であった。
彼らの説明通りの性能であるならば、この艦はこれまでの海戦というものを根こそぎ変革する新兵器の塊である。
支部長が第一級の機密と言う理由が確かにあった。
そうしてそれが真実であるか否かを知るのは今夜半からになるはずである。
午前11時半から午後5時半までかかった臨時の説明会を終えると、午後6時から夕食であり、その後部屋に案内されて数時間休息をとった。
先ほどの日程説明によれば、午後9時ころから伊豆大島西方沖100海里付近で旋回試験等の公試運転の第一部を開始するとのことである。
伊豆大島西方沖ではあくまで通常航行時の運動性能とそれに付随する航海機器の確認、照明機器等居住設備の作動確認を行うらしい。
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美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
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