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第三章 新たなる展開
3-1-2 由紀子嬢の婚活
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私は島津公爵家の末娘、というより現島津公爵は父の逝去に伴い家を継いだ長兄なので私はその末の義妹なのです。
島津家は昔から政治中枢に女を送り込んでいるのです。
近くは天璋院様が有名でございますが、家長の命でどこにでも嫁いでゆくのが江戸時代の女であり、明治に変わってもその風潮は左程変わってはいないのです。
でも私は幼い頃から自分の夫は自分で選ぶつもりでおりました。
そうしてあり得ないほどの幸運で見初めたのが宏禎王でございました。
見初めて貰ったのではなく、私が見初め、宏禎王に近づいたのです。
学習院が本当に男女共学になって初めての日、私は容姿の優れた男子を同級生の中に認めました。
本来、婿になるべき方は、私よりも少なくとも5歳から10歳以上は上でなければならないと考えていましたから、当然に同級生の男子など私の結婚相手などになろう筈もありません。
殿方というのは、女子供を養う十分な経済力を持っていなければなりません。
その一方で女の適齢期は15歳から18歳とされているのが当代の風潮なのです。
男子の15歳から18歳など普通ならばとても自立できる年齢ではないでしょう。
少なくとも公爵家令嬢として育った私の金銭感覚で暮らすことになれば薄給の殿方ではすぐに破産でございます。
勿論嫁いだ以上は相手の給与に見合った生活をするように努力しますが、日々の化粧料も捻出できない薄給では困るのです。
単純に申し上げて私は貧乏な殿方の元へ嫁ぐつもりは全くございません。
従って、私が15歳になった時点で相応の金を稼いでいる殿方となると華族を継いでいる者、若しくは会社を経営して相応に成功している者等に限定されるわけです。
官僚で相応の地位についている方もそれに該当しますが、高級官僚になるのは相応に年功が必要。
若くて三十代後半、遅ければ五十代に手が届いているかもしれません。
正直に申し上げて20歳以上も年上の方はできればご遠慮申し上げたいのです。
共白髪どころか、私が女ざかりのうちに旦那様に逝かれては後が困ります。
ですから5歳から10歳程度上の殿方が望ましいと考えていたのですが・・・。
正直なところ、何故に同級生の宏禎王に惹かれるのかよくわかりませんでした。
止むを得ず、島津家の書生である人物に頼んで宏禎王の周辺と人物について調査してもらったのです。
この書生、白石藤次郎というのですが探偵業に興味を持って色々と手づるを持っていたようです。
一月もすると驚くような情報を貰えました。
宏禎王は、学習院に入る前に特許を出願しているのです。
何と水洗便器です。
私もひところポットン式の便所は嫌でございました。
それならばむしろオマルにして、女中に処理してもらう方が楽でしたが、学習院に通う様になれば、学習院で御不浄に赴く必要もありますから避けては通れません。
あの強烈な臭いと、幼児ならば落ちてしまいそうな穴と、暗い御不浄は、とにかく嫌なモノの五指に入るものでした。
ところがある日突然島津家に水洗便器が入ったのです。
速攻で、これは私の好きなモノの五指に入ることになりました。
で、あろうことか、その特許を持った方に数年後に学習院で出会ったわけでございます。
当然、特許取得者は誰かが便器を製造するたびに特許料が入ってくるわけです。
何と学習院に入る前から宏禎王は銭を稼いでいたのでございます。
おまけに書生の白石が島津家の屋敷内で盗み聞きしたところによれば、海軍で秘匿している携帯無線機の製造者が何と宏禎王らしいのです。
携帯無線機なるものが如何なるものか、またいくらで海軍に納品されているのかわかりませんが、軍備と言うものは非常に高くつくものでございます。
まして秘匿されているものならば間違いなく高額。
何ということでしょう。
同じ年の男子で十分な生活力を持ったお方が居たのです。
『男女七歳にして席を同じゅうせず』との朱子学の教えが未だ残る明治でございます。
私が親しくなろうと近づくと、あろうことか宏禎王は私を避けるのです。
でも、そんなことでめげてはいられません。
薩摩の女は強いのです。
私が嫁ぐ人はこの宏禎王しかいないと心に決めたのです。
あとは押して、押して、押しまくるのみでした。
さすがに一線を超えるわけには行きませんが、手をつないだり、何かと宏禎王の身体に触れたりはもう当たり前のようにしていました。
宮家である富士野宮家にもしばしばお邪魔し、父上の宏恭王様、母上の宏恭王妃常子様にも親しく顔を覚えていただきました。
富士野宮家で夕食を頂くなんてもう当たり前になるほど通っております。
古の貴族であればこれが講じて通い婚になるのではと思っていたりもしています。
富士野宮家の侍従、女官など用人全ての顔も名前も覚え、また、私の顔も覚えてもらいました。
これほど積極的に通っていますのに、宏禎王は左程親密にはなってくれないのです。
私は事あるごとに「I love you」のサインを出し、密かに求婚のサインを出し続けているのに・・・。
多分、彼は気づいていて、気づかないふりをしています。
まぁ、殿方にとって嫁を貰うのは20歳を過ぎてからが当たり前。
特に宮家の場合は成人の儀なる儀礼をおこなうのでその前に婚礼を行うことはあまりないと聞いたことがございます。
でも冗談ではありません。
宏禎王が20歳になるまで待っていたら、私も20歳になってしまうのです。
その時点で私は行かず後家と呼ばれることになります。
何としても、その前に約束だけでも取り付けなければなりません。
それからその決心が揺らぐことなく、はや8年近くになりました。
今日は私の誕生日、数えで17歳、年が明ければ18歳になります。
私も一世一代の覚悟を以て今日は富士野宮家に乗り込みました。
宏禎王は同じ敷地内の別邸に住んでいますので、いつものように母屋のご両親にご挨拶をしてから別邸に向かいました。
別邸の宏禎王付き侍従や女官とはもちろん顔なじみです。
玄関先でいつもの挨拶を交わし、宏禎王が何時も籠もっている二階の書斎兼工房に案内されました。
宏禎王はいつも通り、書斎の重厚なマホガニー製の机に向かっていました。
何か図面でも描いていたようです。
宏禎王様がペンを置いて私に向かい合ってくれましたので、私は切り出しました。
「宏禎王殿下、今日は大事な御用があってまいりました。
宏禎王殿下には何としてもご返事を頂かねばならない質問がございます。」
宏禎王様は、いつものようにおっとりとした話し方をされます。
「はい、私で分かることなればご返事いたしましょう。
どのようなご質問でしょうか?」
「私は以前から申し上げている通り、宏禎王殿下が大好きでございます。
宏禎王殿下は私のことを好きですか?それともお嫌いですか?」
「由紀子嬢のことは嫌いではありませんよ。
好きですね。」
あっさりと答える宏禎王でございますが、これではまずいのです。
好きか嫌いかと言われれば好きな方だと言っているにしか過ぎないのですから・・・。
「なれば、この私を将来嫁にもらっても良いとお考えでしょうか?」
「嫁?ですか・・・。
嫁となると、やはり成人後若しくはその近くになってから考えねばなりません。
今の段階では、由紀子嬢は嫁の候補である親しい女人の一人とお考えいただけませんか?
少なくともこの場で嫁にしましょうとは申し上げられません。」
「あぁ、やはりそうなのですね。
でも宏禎王殿下が成人になるまで待つとなると、私は行かず後家の年齢になってしまい、周囲が放っておいてはくれません。
どうか今の時点で、私を娶るつもりがあると仰っては頂けませんか?
さもなければ、私は、私は、生きて行く縁を失ってしまいます。」
「生きて行く縁などと・・・。
怖いことを申さないでください。
断られたなら自殺しますとでも言うに等しい仰りようではないですか。
それではまともな返事ができません。」
「宏禎王殿下、当代の女は15歳から18歳で婚約者を決めるか嫁いでゆくのです。
私がそうでなければならない切実な理由はないものの、このまま放置されれば私は世間から後ろ指をさされます。
それでも宏禎王殿下が最終的に娶って下されればそうした誹謗にも耐えて見せましょう。
でも、その保証もなしに待つことはできません。
お慈悲ですから、いずれ私を娶るとおっしゃってはいただけませんか?」
「宮家の一員との婚約は、そのような簡単な口約束で成就できるような簡単なモノではないのです。
当然に両家が納得の上で婚約の儀を挙げ、正式に宮中に届け出なければならないモノなのです。
とても私の一存では決められません。」
「そのことは私も十分承知しております。
その上で、なお、殿下のお約束が欲しいのです。
殿下に将来お好きな方ができましたなら、私は側室であっても構いません。
私を嫁か側室に迎えると、その一言をお願いしたいのです。」
「側室などと、簡単に仰るのは良くありませんね。
由紀子嬢、貴女は出会ったころから一途な方だし、きっとこれからもその性格は変わらないのでしょうね。
そんな貴方の性格も含めて好きなのですが・・・。
仕方がないですね。
今、この場では、何れ由紀子嬢を娶るつもりはあるとだけ申し上げておきましょう。
正直に申し上げて心変わりが無いとは言い切れません。」
私はそれを聞いて心の中で万歳三唱をいたしました。
でもさらにそれをもう一歩進めるのです。
「今はそれで構いません。
少なくとも殿下から私の婚姻話は待てと仰せになられたと理解しておきます。」
宏禎王殿下は、私のその言葉を聞いてちょっと慌てたようでございます。
「いや、いや、待ってください。
由紀子嬢の結婚を束縛するようなつもりはないのですよ。
由紀子嬢に良き婿殿候補が現れればそちらを選んでいただいて構いません。」
「いいえ、そうでなければ私のもとに来る結婚話を断る理由に困るのです。
ですから、私がそのように曲解したとお考え下さい。
そうすれば、何とか殿下の成人の儀まで持ちこたえられます。」
宏禎王殿下はため息をついておられましたが、ここで更なる追撃をしなければ私の決意は無駄になります。
「宏禎王殿下、私をいずれ娶るおつもりがありますならば、言葉だけではなく是非に行動でその意図を私へお示しください。」
「ン?
行動?とは?
何をせよと?」
「好き逢うた男女は、言葉だけではなく行動で互いのその意思を見せ合うものです。
究極的には身体で結ばれることにございましょうが、・・・。」
この言葉に明らかに宏禎王殿下がびっくりしていますが、その先を続けます。
「今の段階で子作りをしてはお互いに不味いので、それは避けねばなりません。」
その言葉で宏禎王殿下はほっとした様子。
いつも通りでわかりやすい感情表現です。
「漏れ聞くところによれば殿下は欧米への留学をお望みとか・・・。
来年あたりに計画されるならば、場合により二、三年はお戻りになられないはず。
帰国時には20歳は超えることにもなりましょう。
私も間もなく18になります。
嫁に行っても良い身体を持っており、同時に殿方を求める衝動もそれなりにございます。
恋人同士なれば、口吸いなるものをすると聞いたことがあります。
宏禎王殿下の言葉の証として、私に口吸いをお願いしてはなりませぬか。
どうか殿下のお帰りを待つだけの私に、殿下の思い人になるとの望みを叶えてはいただけませんか?」
「うーん、由紀子嬢・・・。
それも貴方の計画の一つなのですね?
うかうかと載せられる私も私だが・・・。
いいでしょう。
でも、あなたの望むことを為すのはこの一度だけ。
後は嫁になった折に楽しみなさい。」
そう言って、宏禎王殿下は立ち上がり、私に向かって両腕を差し出しました。
私は笑みを浮かべて殿下の元へ。
そうしてその日、余人を介さずに、宏禎王殿下の自室で、目を閉じながら望み通りの口吸いなるものを初めてしました。
それを為して改めて思いましたね。これは甘美にして蠱惑的、絶対に癖になりそうと。
でも殿下の申し様では婚姻の儀まではお預けになりそうです。
それでもかまいません。
私はようやく非公式ながら殿下の婚約者の地位を勝ち得たのですから。
日本海海戦並の大勝利なのです。
島津家は昔から政治中枢に女を送り込んでいるのです。
近くは天璋院様が有名でございますが、家長の命でどこにでも嫁いでゆくのが江戸時代の女であり、明治に変わってもその風潮は左程変わってはいないのです。
でも私は幼い頃から自分の夫は自分で選ぶつもりでおりました。
そうしてあり得ないほどの幸運で見初めたのが宏禎王でございました。
見初めて貰ったのではなく、私が見初め、宏禎王に近づいたのです。
学習院が本当に男女共学になって初めての日、私は容姿の優れた男子を同級生の中に認めました。
本来、婿になるべき方は、私よりも少なくとも5歳から10歳以上は上でなければならないと考えていましたから、当然に同級生の男子など私の結婚相手などになろう筈もありません。
殿方というのは、女子供を養う十分な経済力を持っていなければなりません。
その一方で女の適齢期は15歳から18歳とされているのが当代の風潮なのです。
男子の15歳から18歳など普通ならばとても自立できる年齢ではないでしょう。
少なくとも公爵家令嬢として育った私の金銭感覚で暮らすことになれば薄給の殿方ではすぐに破産でございます。
勿論嫁いだ以上は相手の給与に見合った生活をするように努力しますが、日々の化粧料も捻出できない薄給では困るのです。
単純に申し上げて私は貧乏な殿方の元へ嫁ぐつもりは全くございません。
従って、私が15歳になった時点で相応の金を稼いでいる殿方となると華族を継いでいる者、若しくは会社を経営して相応に成功している者等に限定されるわけです。
官僚で相応の地位についている方もそれに該当しますが、高級官僚になるのは相応に年功が必要。
若くて三十代後半、遅ければ五十代に手が届いているかもしれません。
正直に申し上げて20歳以上も年上の方はできればご遠慮申し上げたいのです。
共白髪どころか、私が女ざかりのうちに旦那様に逝かれては後が困ります。
ですから5歳から10歳程度上の殿方が望ましいと考えていたのですが・・・。
正直なところ、何故に同級生の宏禎王に惹かれるのかよくわかりませんでした。
止むを得ず、島津家の書生である人物に頼んで宏禎王の周辺と人物について調査してもらったのです。
この書生、白石藤次郎というのですが探偵業に興味を持って色々と手づるを持っていたようです。
一月もすると驚くような情報を貰えました。
宏禎王は、学習院に入る前に特許を出願しているのです。
何と水洗便器です。
私もひところポットン式の便所は嫌でございました。
それならばむしろオマルにして、女中に処理してもらう方が楽でしたが、学習院に通う様になれば、学習院で御不浄に赴く必要もありますから避けては通れません。
あの強烈な臭いと、幼児ならば落ちてしまいそうな穴と、暗い御不浄は、とにかく嫌なモノの五指に入るものでした。
ところがある日突然島津家に水洗便器が入ったのです。
速攻で、これは私の好きなモノの五指に入ることになりました。
で、あろうことか、その特許を持った方に数年後に学習院で出会ったわけでございます。
当然、特許取得者は誰かが便器を製造するたびに特許料が入ってくるわけです。
何と学習院に入る前から宏禎王は銭を稼いでいたのでございます。
おまけに書生の白石が島津家の屋敷内で盗み聞きしたところによれば、海軍で秘匿している携帯無線機の製造者が何と宏禎王らしいのです。
携帯無線機なるものが如何なるものか、またいくらで海軍に納品されているのかわかりませんが、軍備と言うものは非常に高くつくものでございます。
まして秘匿されているものならば間違いなく高額。
何ということでしょう。
同じ年の男子で十分な生活力を持ったお方が居たのです。
『男女七歳にして席を同じゅうせず』との朱子学の教えが未だ残る明治でございます。
私が親しくなろうと近づくと、あろうことか宏禎王は私を避けるのです。
でも、そんなことでめげてはいられません。
薩摩の女は強いのです。
私が嫁ぐ人はこの宏禎王しかいないと心に決めたのです。
あとは押して、押して、押しまくるのみでした。
さすがに一線を超えるわけには行きませんが、手をつないだり、何かと宏禎王の身体に触れたりはもう当たり前のようにしていました。
宮家である富士野宮家にもしばしばお邪魔し、父上の宏恭王様、母上の宏恭王妃常子様にも親しく顔を覚えていただきました。
富士野宮家で夕食を頂くなんてもう当たり前になるほど通っております。
古の貴族であればこれが講じて通い婚になるのではと思っていたりもしています。
富士野宮家の侍従、女官など用人全ての顔も名前も覚え、また、私の顔も覚えてもらいました。
これほど積極的に通っていますのに、宏禎王は左程親密にはなってくれないのです。
私は事あるごとに「I love you」のサインを出し、密かに求婚のサインを出し続けているのに・・・。
多分、彼は気づいていて、気づかないふりをしています。
まぁ、殿方にとって嫁を貰うのは20歳を過ぎてからが当たり前。
特に宮家の場合は成人の儀なる儀礼をおこなうのでその前に婚礼を行うことはあまりないと聞いたことがございます。
でも冗談ではありません。
宏禎王が20歳になるまで待っていたら、私も20歳になってしまうのです。
その時点で私は行かず後家と呼ばれることになります。
何としても、その前に約束だけでも取り付けなければなりません。
それからその決心が揺らぐことなく、はや8年近くになりました。
今日は私の誕生日、数えで17歳、年が明ければ18歳になります。
私も一世一代の覚悟を以て今日は富士野宮家に乗り込みました。
宏禎王は同じ敷地内の別邸に住んでいますので、いつものように母屋のご両親にご挨拶をしてから別邸に向かいました。
別邸の宏禎王付き侍従や女官とはもちろん顔なじみです。
玄関先でいつもの挨拶を交わし、宏禎王が何時も籠もっている二階の書斎兼工房に案内されました。
宏禎王はいつも通り、書斎の重厚なマホガニー製の机に向かっていました。
何か図面でも描いていたようです。
宏禎王様がペンを置いて私に向かい合ってくれましたので、私は切り出しました。
「宏禎王殿下、今日は大事な御用があってまいりました。
宏禎王殿下には何としてもご返事を頂かねばならない質問がございます。」
宏禎王様は、いつものようにおっとりとした話し方をされます。
「はい、私で分かることなればご返事いたしましょう。
どのようなご質問でしょうか?」
「私は以前から申し上げている通り、宏禎王殿下が大好きでございます。
宏禎王殿下は私のことを好きですか?それともお嫌いですか?」
「由紀子嬢のことは嫌いではありませんよ。
好きですね。」
あっさりと答える宏禎王でございますが、これではまずいのです。
好きか嫌いかと言われれば好きな方だと言っているにしか過ぎないのですから・・・。
「なれば、この私を将来嫁にもらっても良いとお考えでしょうか?」
「嫁?ですか・・・。
嫁となると、やはり成人後若しくはその近くになってから考えねばなりません。
今の段階では、由紀子嬢は嫁の候補である親しい女人の一人とお考えいただけませんか?
少なくともこの場で嫁にしましょうとは申し上げられません。」
「あぁ、やはりそうなのですね。
でも宏禎王殿下が成人になるまで待つとなると、私は行かず後家の年齢になってしまい、周囲が放っておいてはくれません。
どうか今の時点で、私を娶るつもりがあると仰っては頂けませんか?
さもなければ、私は、私は、生きて行く縁を失ってしまいます。」
「生きて行く縁などと・・・。
怖いことを申さないでください。
断られたなら自殺しますとでも言うに等しい仰りようではないですか。
それではまともな返事ができません。」
「宏禎王殿下、当代の女は15歳から18歳で婚約者を決めるか嫁いでゆくのです。
私がそうでなければならない切実な理由はないものの、このまま放置されれば私は世間から後ろ指をさされます。
それでも宏禎王殿下が最終的に娶って下されればそうした誹謗にも耐えて見せましょう。
でも、その保証もなしに待つことはできません。
お慈悲ですから、いずれ私を娶るとおっしゃってはいただけませんか?」
「宮家の一員との婚約は、そのような簡単な口約束で成就できるような簡単なモノではないのです。
当然に両家が納得の上で婚約の儀を挙げ、正式に宮中に届け出なければならないモノなのです。
とても私の一存では決められません。」
「そのことは私も十分承知しております。
その上で、なお、殿下のお約束が欲しいのです。
殿下に将来お好きな方ができましたなら、私は側室であっても構いません。
私を嫁か側室に迎えると、その一言をお願いしたいのです。」
「側室などと、簡単に仰るのは良くありませんね。
由紀子嬢、貴女は出会ったころから一途な方だし、きっとこれからもその性格は変わらないのでしょうね。
そんな貴方の性格も含めて好きなのですが・・・。
仕方がないですね。
今、この場では、何れ由紀子嬢を娶るつもりはあるとだけ申し上げておきましょう。
正直に申し上げて心変わりが無いとは言い切れません。」
私はそれを聞いて心の中で万歳三唱をいたしました。
でもさらにそれをもう一歩進めるのです。
「今はそれで構いません。
少なくとも殿下から私の婚姻話は待てと仰せになられたと理解しておきます。」
宏禎王殿下は、私のその言葉を聞いてちょっと慌てたようでございます。
「いや、いや、待ってください。
由紀子嬢の結婚を束縛するようなつもりはないのですよ。
由紀子嬢に良き婿殿候補が現れればそちらを選んでいただいて構いません。」
「いいえ、そうでなければ私のもとに来る結婚話を断る理由に困るのです。
ですから、私がそのように曲解したとお考え下さい。
そうすれば、何とか殿下の成人の儀まで持ちこたえられます。」
宏禎王殿下はため息をついておられましたが、ここで更なる追撃をしなければ私の決意は無駄になります。
「宏禎王殿下、私をいずれ娶るおつもりがありますならば、言葉だけではなく是非に行動でその意図を私へお示しください。」
「ン?
行動?とは?
何をせよと?」
「好き逢うた男女は、言葉だけではなく行動で互いのその意思を見せ合うものです。
究極的には身体で結ばれることにございましょうが、・・・。」
この言葉に明らかに宏禎王殿下がびっくりしていますが、その先を続けます。
「今の段階で子作りをしてはお互いに不味いので、それは避けねばなりません。」
その言葉で宏禎王殿下はほっとした様子。
いつも通りでわかりやすい感情表現です。
「漏れ聞くところによれば殿下は欧米への留学をお望みとか・・・。
来年あたりに計画されるならば、場合により二、三年はお戻りになられないはず。
帰国時には20歳は超えることにもなりましょう。
私も間もなく18になります。
嫁に行っても良い身体を持っており、同時に殿方を求める衝動もそれなりにございます。
恋人同士なれば、口吸いなるものをすると聞いたことがあります。
宏禎王殿下の言葉の証として、私に口吸いをお願いしてはなりませぬか。
どうか殿下のお帰りを待つだけの私に、殿下の思い人になるとの望みを叶えてはいただけませんか?」
「うーん、由紀子嬢・・・。
それも貴方の計画の一つなのですね?
うかうかと載せられる私も私だが・・・。
いいでしょう。
でも、あなたの望むことを為すのはこの一度だけ。
後は嫁になった折に楽しみなさい。」
そう言って、宏禎王殿下は立ち上がり、私に向かって両腕を差し出しました。
私は笑みを浮かべて殿下の元へ。
そうしてその日、余人を介さずに、宏禎王殿下の自室で、目を閉じながら望み通りの口吸いなるものを初めてしました。
それを為して改めて思いましたね。これは甘美にして蠱惑的、絶対に癖になりそうと。
でも殿下の申し様では婚姻の儀まではお預けになりそうです。
それでもかまいません。
私はようやく非公式ながら殿下の婚約者の地位を勝ち得たのですから。
日本海海戦並の大勝利なのです。
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