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第二章 契約と要員確保

2-4 クライベルト一族 その一

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 クライベルト・タレント企画に若い男女が舞い込んだ。
 机に座って、暇そうにしていた社員三人が一斉に色めき立った

 どちらもアイドルやモデルが真っ青になりそうな美男美女であったからである。
 二人はマイケル・ブレディにメリンダ・ブレディと名乗り、社長に会いたいと言った。

 事務所の衝立の奥が社長室である。
 その衝立の蔭から社長のモーリスが顔を出した。

 モーリスも二人の容貌を一目見てタレント志望の子ではないかと思った。
 立ち上がって腕組みしながら眉をひそめてモーリスが言った。

「うちは芸能プロダクションじゃないのだけれど、知っている?」

 苦笑しながら男が言った。

「ええ、知っています。
 社長さんに仕事の話を持ってきたのですけれど聞いていただけますか。」

 意外な反応に腕組みを外して、モーリスが聞いた。

「あら、どちらの会社の方なの。」

 モーリスから見ても素敵な笑顔で女が答えた。

「まだ、正式には所属ではないのですが、MLSに所属することになります。」

 業界では当然のことながら、社員は通常所属という言葉は用いない。

「あらぁ、それじゃぁタレントさんなのね?
 まぁ、狭いところだけれど、座りなさいな。」

 勧められるままに、二人はソファに腰を降ろした。
 モーリスはその前に腰を降ろし、足を組んだ。

「確か、MLSはCDだけれど、歌手なの?
 それともバンド?」

 今度は男が答える。

「ええ、あと二十日足らずで、ボーカルグループのメンバーで所属することになります。」
 またまたモーリスが腕組みをして眉をひそめた。

「困ったわねぇ。
 うちではタレントさんから直接の依頼は受けないのよ。
 法人相手だから。」

 タレントは特に最近はジャリタレが多く、法的な契約を結べない。
 またプロダクションに内緒で来た様な場合、プロダクションとタレントの契約内容に抵触している場合もある。

 従って業界では弁護士でも同道しない限りはタレントと直接契約は結ばないのが常識である。
 尤も、そういったことを承知の上であえて契約書を作成し、契約不履行で損害賠償を請求する不届きな業者もいないわけではない。

 だが、そういったことを知ってか知らずか平然と男が答えた。

「依頼は僕ではなくMLSがします。
 ただ、事前にお知らせをしておかねばならないのと、あなた方四人に別枠でやっていただかねばならないことがありますのでそれをお知らせに参りました。
 最初に仕事の方から申し上げます。
 仕事はCDの販売企画です。
 CDはまだ名前も決まっていない四人の男女のボーカルグループです。
 そのうち二人が僕達になります。
 CDの表装デザインは、イラストデザイナーのジャクソン・マンディスとカメラマンのファラ・ビステルにしていただくべく算段中です。
 ステージ衣装は、レイチェル・ブレクストンにお願いする予定です。」

 三人の意外な人物の名が飛び出てきてモーリスの眉が一瞬吊り上った。

「あなた方には、僕達のCD販売企画をしていただきますが、販売実績によっては専属の販売企画を担当していただきます。
 目標は、CD販売開始から1ヶ月で25万枚以上。
 それだけの目標を達成すれば貴方の会社にMLSから我々のグループの専属となることができます。
 MLSは色々とケチってくることが予想されますけれど、最初の段階で降りないこと。
 粘るんです。
 仕事はやる意思はあるけれど、安い委託料では受けられないと頑張ることですね。
 大手のタレント企画ほどはとれなくても少なくとも8割か9割までは頑張ったほうがいいでしょう。
 ここまではわかりましたか?」

 偉そうに指示をする言い草にモーリスは多少むっとしていた。

「話はわかったけれど、ジャクソンにファラ?
 それにレイチェルの名前まで出てきては、眉唾物よ。
 本当にMLSがレイチェルまで担ぎ出せるの?」

 だが、男はそうした疑念にも平然としている。

「レイチェル女史は僕達の専属デザイナーであって、MLSの専属デザイナーではありません。
 レイチェル女史とは以前から個人的に面識があって、既に電話では了解を取り付けています。
 但し、正式なものにするには、レイチェル女史の住んでいるコーマまで行くことになりますが、基本的には大丈夫です。
 ジャクソンさんとファラさんにもレイチェルさんから根回しが行っている筈なので、明日にはコーマに行ってお三方に会って話をしてまいります。」

「あら、まぁ、驚いた坊やねぇ。
 何でそんなに顔が広いの?」

 少なくともレイチェル女史を動かせる人物ならただの坊やではなさそうだとモーリスは内心思っていた。

「たまたま、レイチェルさんと海外で知り合っただけです。」

 これまた随分とあっさりと言ってくれるわねぇとモーリスは思った。

「たまたまと言ったって、ホテルですれ違ったぐらいじゃ、向こうは顔も覚えてないわよ。
 多分、MLSの社長さんだってまともには会えないはずなんだから。」

 マイケルと言う若い男は苦笑した。

「まぁ、社長さんのおっしゃるとおりでしょうね。
 でも、僕にも話せることと話せないことがあります。
 申し訳ないのですが、僕の口からレイチェル女史との関係では、これ以上の詳しい話はできません。
肝心の話に戻しましょうか。」

 モーリスは坊やと言うイメージを改めなくてはいけなかった、少なくともこの若い男は何を言うべきか言わざるべきかを心得て言っているし、話の切り替えも巧みである。

「そうね、・・・。
 仮に、三人の有名人が揃って、MLSが正式に依頼をしてきたとして、・・・。
 無理ね。
 うちは所帯が小さいから到底無理だけれど、大手でも無名新人ボーカルのデビュー曲を一ヶ月で25万は無理。
 油が乗り切っている絶好調のアイドル歌手であっても、初版一ヶ月で20万枚まで行けばいいほうだわ。 
 それでも間違いなく年間ミリオンセラーにはなる。」

 だが、若い男は、モーリスの予想外のことを言った。

「さすがにタレント企画をされているだけのことはありますね。
 確かにその辺が相場です。
 でもそれを塗り替えればいいじゃないですか。
 僕達は、あなた方ならできると思い、あなた方を推薦した。
 MLSは、自分の所にちゃんとそうした部門を持っていますし、大手に外部委託もしています。
 でも、MLSは僕らの言い分を聞いてくれた。
 チャンスは一回限り。
 社長さん、受けますか、それとも断りますか?」

 唐突に結論を求められ、モーリスはやや狼狽した。
 しかも一面識もないこの若い男女が左程有名でもないモーリスの会社を何故指名してきたのか皆目検討がつかない。

 モーリスは正直に返事をした。

「興味はあるわ。
 でもどうやればいいかが全く浮かばない。」

 若い男は更に執拗に迫ってくる。

「しっかりしてください。
 いい儲け話なんですから。
 少なくともあなた方に受ける意思がなければ、この話はなかったことにします。」

 モーリスは少なくとも考える時間が欲しかった。
 今、話を打ち切られては拙いと思った。

「その前に確認させて欲しいのだけれど、あなた方がこのクライベルト・タレント企画を推薦したのね?
 なんで?
 少なくともあなた方二人には全く接点がないわね。
 マイケル、メリンダ、それにブレディという姓にも面識がある人はいない。
 ん、・・・?」

 唐突に何かを思い出した。

「ちょっと待って、ブレディ兄妹?
 あなた達、もしかして、去年の所得番付のトップだったあのブレディ兄妹なの?」

 マイケルは表情も変えずに頷いた。

「そうです。
 でも、それは関係がない話です。
 あなた方に接点はありません。
 でも、僕らは数あるタレント企画の中から貴方の会社を名指ししたんです。
 理由は申せませんが、あなた方にやってもらいたいし、あなた方ならできると思い推薦しました。
 ですが、社長さんにそもそもの覇気が無いのであれば止めます。
 この仕事は片手間にできるような仕事ではないことは知っています。
 だから、何としても貴方のところで受けてもらいたいんです。」

 モーリスは奥の手を出すことにした。

「ちょっと手を出して。」

「え?」

「いいから、右手をこっちへ差し出してよ。
 別に噛み付きゃしないから。」

 マイケルが右手を出すと、モーリスはその手に右手を重ねた。
 途端に恐ろしく思念が撥ね付けられ、慌てて手を引いた。

 怖いものでも見たかのように、ひるんでしまった。
 マイケルの表情が少し険しくなったように思えた。

「そうですか。
 貴方は知っているわけですね。」

 マイケルは傍らに立っているサキに向かって言った。

「サキさん
 悪いんですが、出口のドアを閉めてもらえますか。
 どうせ、今日は客が来る予定は無いと思いますから。」

 サキは戸惑っていた。
 モーリスが言った。

「サキ、いいよ。
 閉めてらっしゃい。」

 それから、マイケルに向かって訊いた。

「どうしてサキの名を知っているの。」

「事前に調べましたので知っています。」

「私が知っていると言ったけれどどういう意味なの?」

「大したことではありません。
 貴方が人にはない特別な能力を持っていることを自分で知っていらっしゃる。
 そうして、そのことを人には隠している。」

 モーリスは内心驚いたが努めて平静を装った。

「特別な能力って何のことなの?」

「そうですね。
 貴方は、多分、手や肌に触れることで相手の意識を読み取ることができる。
 弟さんや従兄弟さんも同じことができるのでしょうかね。
 それと、もしかするとこの四人が近くにいれば互いに会話をせずに意思を交し合うことができるぐらいでしょうか。」

 今度は、明らかに狼狽しながらモーリスは言った。

「何故、・・・そんな風に思うのかしら。」

「貴方は僕の意識を読み取ろうとして手を触れて、僕に撥ね付けられた。
 僕が意識してしたわけじゃないんですが、そうなるんです。
 例えば、貴方が弟さんに手を触れてもその意識は読めないでしょう?
 弟さんは、特別な能力を持っているので、意識の外側にシールドのような防御層があるんです。
 だから意識を読めない。
 でも、本人が会話を意識して伝えようとすれば、貴方にも伝わるんです。
 その能力のことをテレパスと言います。
 僕らも同じ能力を持っているからわかるんです。」
 
 暫くモーリスとマイケルの間で睨み合いが続いた。
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