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第二章 契約と要員確保

2-6 クライベルト一族 その三

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 その日の夕刻、クライベルトの一族4人は自家用車で、ブレディ邸を現れた。
 広い敷地と豪邸にやはり度肝を抜かれながら、正門のインターホンで名を告げた。

 大きなフェンスが電動で開き、敷地内に車を乗り入れ、玄関まで辿り着いた。
 明らかに執事の扮装をした男が玄関の入り口ドアを開けて四人を迎え入れ、豪勢な造りのホールを経て、だだっ広いとさえ思える応接間に四人を案内した。

「マイケル様とメリンダ様は間もなく参られます。」

 執事はそう言って引き下がっていった。
 程なく、軽装に身を包んだ二人が現れた。

「いらっしゃい。
 自己紹介の必要はないですね。
 どうぞ、お座りください。
 それで、どうされますか?」

「ここへは貴方方二人を信用して参りました。
 ですから最初に確認しておきたいのですが、あなた方お二人を本当に信用しても宜しいのですね。」

「私もあなた方四人を信用して秘密の一端をお見せしました。
 ですから、私どもを信頼していただいて結構です。」

「では、・・・。」

「あ、ちょっと待ってください。
 メリンダ、エレノアがお茶を持って来そうだ。
 悪いけれど、君が代わりに持ってきてくれないか。
 それと内密な話があるので、誰も近づかないように言って欲しい。
 ヘンリーとサラには伝えた。」

 メリンダは何も言わずにすっと立ち上がって、ドアを出て行った。

「ごめんなさい。
 話の腰を折って。
 使用人達は僕らの能力を知りません。
 ですから、以後こちらに来ることがあっても十分に注意してください。
 どうぞ、話の続きをお願いします。」

 モーリスは、一拍おいて訥々と語り始めた。

「はい、では、私どもの秘密を打ち明けます。
 貴方が申したように私達には人の意識を読む力があります。
 人の身体に触れなければ読めませんが、触れると私達四人以外の者ならば誰でも読めました。
 但し、必ずしも全てがわかるわけではなく、嘘をついているかどうかなどを確認し、或いは少し隠している程度ならわかります。
 ですが記憶をずっと辿るようなことは難しいと思います。
 それから、私ども四人は近くにいれば思念での会話ができます。
 無論、手を触れていれば間違いなく意思を伝えることはできます。
 この力は貴方が指摘したように父から受け継ぎました。
 幼い頃から父には隠すように言われて育ちましたが、秘密が知られたときにどうすべきかは聞いておりません。
 ですから正直なところここへ来るべきか否か迷いました。
 でも、最後は四人が四人とも貴方を信頼できる人間だと判断し、ここへ来ることにしたのです。
 私どもの両親はいずれも他界しております。
 私とエリスの両親は交通事故で亡くなりましたし、ノーマンとサキの両親は流行性の肺炎で亡くなりました。
 他に頼れる親族もなく、私達はそれぞれの遺産を持ち寄って今の会社を立ち上げました。
 たまたま、私がタレント企画の会社に就職していましたので、そこでのノウハウを元手に始めたのです。
 尤も、大手の様に人をたくさん雇ってできるような資産はありませんでしたので、四人だけでやりくりする状況です。
 一応、固定客も掴んではいましたが、最近その会社が倒産しまして、正直なところジリ貧ではございます。
 ですから、例え一回限りになろうとも、仕事は受けたいと思っています。
 無論、目標に向けて全力は尽くしますが、正直申し上げて目標達成は非常に難しいだろうと思っています。」

 メリンダが、ドアを開けてワゴンでお茶を運んできた。
 サキがさっと立って、メリンダの手伝いをした。

 全員にお茶が行き渡るのを確認して、マイケルが言った。

「お茶を飲みながら聞いてください。
 モーリスさん、正直にお話いただいてありがとうございました。
 私からも申し上げることがいくつかございます。
 そうですね。
 ますは、多分、あなた方が一番疑問に思っている点を解明しておきましょう。
 僕達が何故あなた方を見出したかです。
 一面識もないあなた方をMLSに推薦したのはあなた方が能力を持った人たちだと気がついたからです。
 今のあなた方にはできませんが、訓練をすれば、能力のある人かそうでない人かの区別はすぐにできます。
 生きとし生けるものには生命エネルギーがあります。
 そうしてその生命エネルギーは一定の能力あるものが見れば光となって見えます。
 私達はこれをオーラと呼んでいます。
 このオーラは能力の無い普通の人であれば精々体表面にへばりついているぐらいですが、特殊な能力を持つ者のオーラは、体表面からかなり離れた空間にまで及んでいるんです。
 ですからこの部屋の中に例え100人の人がいても、私やメリンダは能力者のオーラを見分けることができます。
 ある意味で暗闇の中の灯台のごとく光っているからです。
 そうしてこのオーラは光の強度と共に大きさで表現されます。
 例えば本当に能力のある人はこの天井まで届くオーラを放ちますし、そうでない方は少しだけの広がりしか持ちません。
 少なくとも一定の大きさのオーラを持った人でなければ特殊な能力の開花はありません。
 あなた方はその一定の大きさを超えたオーラを持っているんです。
 ですから私達は、あなた方四人が能力を持った人だと判断しました。
 但し、そうした能力は必ずしも発現しているとは限らず、潜在能力のまま眠っていて、本人が気づいていない場合もあります。
 今、この家には私達二人以外にも更に二人の能力者がいますが、彼らは私達に会って訓練を受けるまで能力者であることを知りませんでした。
 今呼びますから、ちょっと待ってください。」

 マイケルがそう言った途端、四人の視界の片隅に二人の若い男女がいきなり現れた。
 何もなかったところに忽然と現れたのであり、モーリスたちは死ぬほど驚いた。

 驚く4人の前で自己紹介を始めた。

「初めまして、僕は、ヘンリー・ウォーレンです。」

「同じく、私は、サラ・ウォーレンです。」

「ヘンリー、サラ、紹介しよう。
 こちらは、モーリス・クライベルトさん。
 その隣がノーマン・クライベルトさん。
 モーリスさんとノーマンさんは従兄弟同士だ。
 そうして、その隣がエリス・クライベルトさん。
 エリスさんはモーリスさんの弟さんだ。
 一番端が、サキ・クライベルトさん。
 サキさんはノーマンさんの妹さんに当たる。
 ヘンリーとサラもここへ座りなさい。」

 ヘンリーとサラも、ソファに腰を降ろした。

「これで役者が揃いました。
 僕達四人が新たに結成するボーカルグループのメンバーです。
 そうして、あなた達が僕達のCD販売の戦略を立てることになる。
 そこで、問題なのは、どうすれば売れるかと言う企画なんですが、基本的なことを言えば、僕達の歌を聞けば必ず人は感動します。
 傲慢な自信ではなく、これは事実だから言えます。
 だから、いかに聞かせるかが問題になると思います。
 それをあなた方に考えてもらうのですが、今のあなた方では難しい部分もあります。
 陣容的にも市場リサーチができないでしょうし、人を動かしたくても資金が足りない。
 従来の市場リサーチは、非常に限定的なサンプリングです。
 それで全体を把握するのは非常に難しい。
 だから、別のアプローチが必要です。
 CDを購入してくれる人たちが一体どのような曲を望んでいるのかそれを探らねばなりません。
 同時に、買っている人たちが芸能業界の企画に踊らされているのなら、そうした欺瞞にどうしたら対抗できるかも考えねばなりません。
 最初に申し上げておきますが、僕達は、僕達の歌を聞いてもらうのに嘘をついてまで聞かせたくはないのです。
 ではどうしたらいいか。
 それを探るためのアプローチとして、あなた方の力をより強力にしてエンボス能力を高めたいと思っています。
 エンボス能力とは共感能力ですが、人の意識に反応して喜怒哀楽を感じます。
 そのことは同時に何処に怒りを持っている人がいるか、とこに悲しんでいる人がいるかを探る手段にもなります。
 ある特定の歌を聴いて、好ましいと感じる人がどれほどいるかが定量的に把握できるんです。
 幸い、あなた方は既にテレパス能力を弱いながらも身に着けています。
 だから、訓練すれば、そうした能力に比較的早く目覚めるだろうと考えています。
 僕としては、その能力をモーリスさんが仕事で使っていた様に、今度の仕事で使っていただきたいと思っています。
 正直に申し上げると、僕ら四人でも何とかできると考えてはいます。
 でも、何度でも言いますが、この仕事はあなた方にやってもらいたいのです。
 訓練でどれほどのことができるか今からやってみましょう。
 地下室に訓練をする場所があります。
 そこへ移動しましょうか。」

 8人が地下室の武道場へ移動した。
 靴を脱いで厚手のカーペットの上に車座になり、全員が手をつなぎ、思念での会話を先ず行った。

 クライベルトの従兄弟達は苦もなく思念での会話ができ、他の四人の思念をも判別できるようになった。
 また8人でのリンクを形成することも簡単に成し遂げた。

 クライベルトの従兄弟達はその時に、二組の兄妹が大きな能力を有し、なおかつ非常に暖かい意識を持っていることに感動した。
 初めて一族以外に仲間意識を持てた瞬間であった。

 そうして、驚いたことに、マイケルとメリンダから驚くほどの情報を短時間に受け取ってしまった。
 彼らが知っていることも中にはあったが、その多くは知らない業界情報であった。

 マイケルの指示でリンクを解いて目を開けた時、目の前の鮮やかな色彩を持つオーラの大きさに驚き、その美しさに見惚れた。
 一方で、クライベルトの従兄弟達もオーラの大きさが拡大していたのである。

 訓練は30分ほどで終わり、クライベルト一族は帰って行った。
 帰り際に、マイケルは500万ドレルの小切手を封筒に入れて、モーリスに手渡した。

「これは貴方が秘密を打ち明けてくれたお礼です。
 足りない資金に充当していただければいい。
 返す必要はありません。
 私達は仲間ですから。」

 マイケルはモーリスにそう囁いた。
 モーリスは車の中で封筒を開けて、額を確認し、卒倒しそうになった。

 それから一週間は、終業後にクライベルト一族がブレディ邸を訪れて、訓練を受け、同時にリンクで市場調査をすることになったのである。

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