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第四章 新たなる展開

4-15 ナタリー弁護士の話

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「私は、こちらのマイケル・ブレディ、メリンダ・ブレディ、ヘンリー・ウォーレット、サラ・ウォーレットそしてグァハッシ族のミアラの五人から正式の依頼を受けた弁護士のナタリー・ウッドでございます。
 本件に関する法律的側面について御説明申し上げます。
 本件で争点となるディルカ帝国の宝物は、連邦政府が所有する土地であって、立ち入り自由とされる非管理区域で発見されたものでございます。
 通常、こうした大昔の財宝の所有権については種々の問議がなされます。
 一つは往々にして本来の所有者が不明であること、また仮に所有者が判明したにしても当該所有者の直系子孫が明確でないことから起こる相続問題でございます。
 二つ目は、所有者不明の場合、誰にその所有権が帰属するかの問題でございます。
先ほどマイケル氏が言及されたとおり、発見された場所の土地の所有者がかなり有利になる準則がございます。
 但し、あくまで準則であって絶対のものではございません。
 例えば私が道路で1万ドレルの入ったカバンを拾得したといたしましょう。
 この場合遺失物処理法に拠れば、拾得者は最寄の警察に届け出ることが義務付けられております。
 届け出なければ先占離脱物横領罪に問われることになります。
 俗に言うネコババでございます。」

 記者から笑いが漏れた。

「本件についてもこれを適用される恐れが全くないとはいえませんので、この会見の後、私も同行の上、ミアラがこれらの品物を持参の上で届出をすることにしております。
 では拾得物の場合、法はどのように定めているかと申しますと、先ほど申した1万ドレル入りのカバンの場合、警察は6ヶ月間の公示を行い、その間に所有者が名乗り出なければこのカバンごと私に所有権が移ります。
 尤も本来の所有者が現れ、間違いなく本人と認められますと、カバンも中のお金も所有者の下へ返されますが、拾得者は報酬を求める権利がございます。
 慣行では概ね5%から20%とされており、私は所有者に少なくとも報酬として500ドレルを請求することができ、所有者はこれに応ずる義務があることになります。
 従って、ここに並べられている品物が拾得物として認められたならば、この品物は拾った方のものになる可能性がございます。
 既にフォーリーブスの皆様は、記者会見という公の場で発見者としての権利を放棄する旨の宣言をされましたので、この品物の拾得者はミアラただ一人となります。
 6ヶ月の公示期間を経て、誰も所有者が名乗り出なければこの品物はミアラのものになります。
 そうなれば、ミアラはこの品物を売却しても誰かに譲ってもよいことになります。
 余談ではございますが、先ほど記者会見の前に私の知り合いにこの品物を鑑定していただきました。
 その方は某所で美術商をされている方ですが、この品一品ごとに非常に精巧な細工がなされており、美術的価値は非常に高いと申されております。
 因みに同氏は、ラングリッシュにおいてバリアスタンがディルカ帝国から奪ってきた黄金製品と称されてラングリッシュ国立博物館に展示されている品物を実際に見ており、文様、細工が非常に良く似ていると証言されております。
 その上で、仮に、品物が本物であってこの5点だけであればその骨董価値はそれだけで1億ドレルを下るまいとも申されています。
 たくさんあればどうなりますかと私が訪ねますと、希少価値があってこそ高価になりますが同じ品物が多数となると半値以下になりますよと笑っておられました。
 話がそれてしまいましたが、同氏は文様の中にディルカ帝国の文様があるのを確かに認められておりますし、特にこのなかの二点、コップ大の壷状容器と明らかにしゃくと思われるものにはディルカ帝国皇帝しか使用を許されない刻印が押されていると断言しております。
 無論、現代の技術をもってすれば偽造や複製ができるのは紛れもない事実ですので、ここではそうした刻印がなされていると言うことだけ指摘しておきます。
 話を元に戻しましょう。
 所有権の問題でございますが、非常に古い法律で今から千年ほど前の法典に、埋蔵金等の帰属に関する準則というのがございます。
 これは地下から掘り出された価値ある物の所有権が誰に帰属するかを明示した法律に準ずるものでございます。
 これに拠れば、公的管理のなされていない場所で掘り出された埋蔵金などは掘り出した者に帰属することを明示しております。私有地において掘り出された埋蔵金などは、当該私有地の所有権者に帰属し、掘り出したものの功績に応じて報奨金を支払うこととされています。
 また、政府が管理する用地であって出入り等を制限している場所で掘り出された埋蔵金などは政府に帰属することとされています。
 但し、一方で埋蔵金などの所有者が明らかとなった場合にはこの限りにあらずとされ明確な言及を避けております。
 一般的には、いろいろと条件が変わりますので判断が難しい場合も多いのですが、仮に以前の所有者が私である土地をマイケル氏が購入し、さらに庭の手入れをマイケル氏から依頼されたヘンリー氏が、たまたま1万ドレル入りのカバンを掘り出したとしますと、私がそれは私のもので庭に埋めたことを忘れていたと言ってそれが認められた場合、5%から20%の範囲の報酬がヘンリー氏に支払われ、私とマイケル氏が残りを折半することになります。
 この報酬額は必ずしも法律で定められたものではありません。
 次に相続の問題について申し上げます。
 相続は、一般に亡くなられた方の生前直近の意思若しくは法律によって相続権が定められております。
 遺言がある場合はその遺言が優先されます。
 例えば私が亡くなる前にマイケル氏一人を相続人として指定すれば、私に配偶者が居ない限り私の財産は全てマイケル氏に相続されます。
 配偶者がいる場合は配偶者にその遺産の50%を相続する権利が生じます。
 その場合、私に子供がいても、その子には遺産が配分されません。
 私が遺言を残さずに亡くなった場合、法律に基づき近親者に遺産が相続されます。
 配偶者に半分、残り半分を子供が相続します。
 子供が一人であれ、十人であれ、半分の相続となり子供達は人数により均等に相続することになります。
 配偶者も子供も無い場合、血筋による近親者により配分度合いが異なりますが、いずれにしろ近親者に相続されると言うことに留めます。
 このことは子孫であれば相続の権利を有すると言うことでございます。
 さて、具体的に今回の場合、どの事例に該当するのか非常に悩むところでございます。
 二千五百年前の皇帝の子孫など実のところ調べようもございません。
 無論、連邦政府すらなかった時代の話であり、戸籍の記録もございません。
 連邦政府になってからの記録ならば存在するでしょうが、仮にここにいるミアラ嬢が皇帝の子孫だと主張しても確認の仕様がないのです。
 一方、拾得物については多分届出が受理されないでしょう。
 もともと本来の所有者が現れる可能性のないものですし、警察は相続や所有権の確認を行うべき行政組織ではありません。
 あくまで念のため、私はネコババをしているわけではありませんよと言う意思表示ですので、形だけのものです。
 警察が私どもの届け出を受けるなら、それは、それで結構です。
 次に埋蔵金などの所有権に関する準則に則れば、二つの解釈がありえます。
 一つは連邦政府が所有する土地ですので、政府が公的管理をしているかどうかが問題となります。
 連邦政府は公的管理をしていると主張するはずです。
 ここに争点がございます。
 また、二つ目に政府が立ち入り等を制限している区域であるかどうかが問題となります。
 ここで言う『立ち入り等』は、往々にして連邦政府の都合により拡大解釈をされるケースが多いのです。
 制限が一つでもあれば等に入るのだと主張できなくは無いのです。
 但し、文理解釈上は必ずしもそうではありません。
 『等』とは『立ち入り』という例示にあうものに本来限定されるべきなのです。
 例えば国土利用法には連邦政府の土地を勝手に掘り返してはならないという条項があります。
 その条項があるから管理をしているのだとする主張が少なからず過去にあるのです。
 但し、管理とは単に周知するだけではなく、実質的に制限できる状況を確認できることが必要です。
 例えば、100メフォル四方もある地域にたった一歩入って周囲を見渡したから管理をしているとはいい難いでしょう。
 また、航空機を飛ばして上空から一回りさせたから管理をしているとも言い難いのです。
 少なくとも頻繁に見回りをするなどの実質的管理を行ってこそ管理していると言えるのです。
 その態様は様々ですから一々私が定義するわけにも参りません。
 ですが、管理者たるもの不断の努力で監視をする意図を外部に見せるようでなければ管理とは言えないでしょう。
 お前は一体何を言いたいのだと言われそうですが、・・・。
 結論から申し上げると連邦政府の意向次第で何とでも変わり得る事例だと言えましょう。
 政府が白と言えば白になり得るし、黒と言えば黒になり得る事案なのです。
 だからこそ、マイケル氏があれほど先住民族の苦境を強調したに他なりません。
 彼らから相談を受けたとき、受けるべきか受けざるべきかを迷った時、彼らは奥の手を出して参りました。
 弁護士であるこの私でさえ知らなかったものを、何時何処で知ったのか、実に600年前の判例を私に示し、検討していただきたいと言ったのです。
 それは、セオディア対財務省の最高裁判例なのです。
 およそ600年前、先住民族の居留地で見つかった遺物について、その所有権を巡る争いがありました。
 居留地は当時、連邦政府の所有地であり、住民には土地の所有権が認められていませんでした。
 当該居留地で見つかった遺物は、先住民族が作った古い壷であり、考古学的な観点から非常に高い価値があるものでした。
 発見者は、先住民族の子供で当時15歳のセオディアという男の子です。
 連邦政府はその政府所有地から出土したものであるから、所有権は国にあるとして壷を取り上げようとしましたが、ある若い弁護士が無償で弁護を買って出て、連邦政府と所有権を争った事例なのですが、最終的に最高裁は、セオディアに所有権があると認めたのです。
 その理由要旨については詳しく述べません。
 ただ、連邦政府が大きな調査能力を有するのだから、先住民族の末裔たるセオディアには所有権がないという積極証明をしなければならないと判示したことだけ申し上げておきます。
 或いは御承知かと思いますが、我が国は判例主義を取っており、その意味で極めて有力な判例と私は考えております。
 そうして、私は、その判例の結果よりもその若い弁護士の名を見て、彼らの依頼を受けることにしました。
 600年前の若き弁護士の名は、・・・ジョン・ウッド。
 そうして、この私が彼の末裔であることを確認いたしております。
 その上で、私は、先祖であるジョンの意思を受け継がねばならないと思ったのです。
 私は、この五人の若者達に弁護を引き受けることを約し、そうして私の古い友人に電話をしました。
 その友人は、私のロースクール時代の同級生、互いを善きライバルと認め合い、尊敬しあう仲でございます。」

 ナタリー弁護士はわざと一息ついた。

「彼の名はハワード・レイソン・・・・。」

 途端に記者団がざわついた。
 無理も無い。

 ハワード・レイソンは、カレック連邦の現職大統領なのだ。
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