私は今日も婚約者の不義を観察します

三雲はる

文字の大きさ
12 / 27
壊れゆく誓い

1

しおりを挟む
わたくしはつい先日開かれた大舞踏会の余韻をまだ身体のどこかに感じておりました。あれほど華やかな場で、ロデック様とエリザベットが人目をはばからず言葉を交わす姿を見てしまったのですから、当然と申しましょうか。けれども、わたくしはその“秘密”を守るどころか、むしろ深く観察をしたい、という後ろ暗い欲望を抱き続けているのです。

そんな折、城のなかに息せき切って駆け込む騎士たちの報せが入りました。「騎士団、帰還せり」という喧騒。しかし、その帰還を知らされても、わたくしの心にはある種の不穏な予感がむくむくと湧き起こるばかり。

というのも、わたくしは風の噂で聞いたのです。この帰還によって宮廷で催される式典にロデック様もエリザベットも強制的に出席する義務が生じるのだと。そして、わたくしの父である大公家はこの機会を捉えて、わたくしとロデック様の婚約を成就させるための段取りを密かに整えようとしているということを――。


――…


「お嬢様、ご機嫌麗しゅうございます。騎士団帰還の儀式ですが、まもなく日程が正式に決まるようです」

「そうですの。フランソワ、あなたも何か詳しいお話はお聞きになって?」

「はい。お聞きするところによりますと、式典の後、すぐに騎士団の一部は城内に宿営するとのこと。ロデック様もおそらくは王室直属の騎士として、宿営地に滞在されるのでしょうね」

「……なるほど。そうなるとエリザベットも女官として、休む暇もないほど動き回るはず。式典の手配やお世話をするのも彼女の仕事のひとつでしょうし……」

わたくしはフランソワの言葉に曖昧に相槌を打ちながら、頭の中でさまざまな思惑が交錯するのを感じました。ロデック様とエリザベットは互いに離れようにも離れられない立場。にもかかわらず、大公家はわたくしとロデック様の婚約式を急いで執り行おうとしている。つまり、父や母は“強引にでもふたりを引き離す”腹積もりなのです。

「ねえ、フランソワ。あなたはロデック様とわたくしの婚約式が近づいていると聞いてどうお思いですか?」

「まあ、お嬢様が幸せになれるのならば、わたくしもうれしゅうございます。ロデック様は誠実なお方と伺っておりますし、おふたりの絆は確かなものでしょう?」

「…………」

誠実。そんな単語を耳にすると、胸の奥がひりついてしまいます。わたくしが知るロデック様は騎士としては誠実でも、わたくしにとっては“浮気をされている相手”なのですもの。

けれども、その裏切りをわたくしはどこか楽しみにしてしまっている……。フランソワには絶対に言えない秘密です。わたくしは乾いた笑いを飲み込みながら、視線をそらしました。


――…


数日が過ぎ、騎士団の帰還式の準備が加速する中、わたくしはあえて“公式行事のためのドレス選び”に精を出すふりをしておりました。ドレス選びはもともと好きですし、こうしているほうが人目につかずあれこれ考える時間が確保できるのです。

「お嬢様、こちらの白いサテン地はいかがでしょう。帰還式典には清らかな色合いがよろしいかと」

「そうね、シンプルな白も悪くありませんわ。でも……そう、もう少し裾に刺繍をあしらったものがほしいのです」

「公爵家としても見映えが大事ですので、目を引くようなデザインにしましょうか。改めてお仕立て屋に頼りましょう」

フランソワや仕立て屋さんと儀式の衣装について話すたびに、わたくしの頭には「ロデック様は何を着るのだろう? エリザベットはどんな衣装で式典を取り仕切るのだろう?」という無粋な想像が浮かんでまいります。

いったいどの場面でふたりは接近し、どんな会話を交わすのか――そんなことばかり気になって、準備に集中できぬ自分が情けなくもあり、妙にたかぶりを覚えてしまう。わたくしは鏡越しに自分の顔を見つめて、こそりと呟きました。

「……わたくしは何をしているのかしら。大事な式典の前だというのに」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

短編 跡継ぎを産めない原因は私だと決めつけられていましたが、子ができないのは夫の方でした

朝陽千早
恋愛
侯爵家に嫁いで三年。 子を授からないのは私のせいだと、夫や周囲から責められてきた。 だがある日、夫は使用人が子を身籠ったと告げ、「その子を跡継ぎとして育てろ」と言い出す。 ――私は静かに調べた。 夫が知らないまま目を背けてきた“事実”を、ひとつずつ確かめて。 嘘も責任も押しつけられる人生に別れを告げて、私は自分の足で、新たな道を歩き出す。

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。 事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

もう何も信じられない

ミカン♬
恋愛
ウェンディは同じ学年の恋人がいる。彼は伯爵令息のエドアルト。1年生の時に学園の図書室で出会って二人は友達になり、仲を育んで恋人に発展し今は卒業後の婚約を待っていた。 ウェンディは平民なのでエドアルトの家からは反対されていたが、卒業して互いに気持ちが変わらなければ婚約を認めると約束されたのだ。 その彼が他の令嬢に恋をしてしまったようだ。彼女はソーニア様。ウェンディよりも遥かに可憐で天使のような男爵令嬢。 「すまないけど、今だけ自由にさせてくれないか」 あんなに愛を囁いてくれたのに、もう彼の全てが信じられなくなった。

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

処理中です...