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壊れゆく誓い
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わたくしはつい先日開かれた大舞踏会の余韻をまだ身体のどこかに感じておりました。あれほど華やかな場で、ロデック様とエリザベットが人目をはばからず言葉を交わす姿を見てしまったのですから、当然と申しましょうか。けれども、わたくしはその“秘密”を守るどころか、むしろ深く観察をしたい、という後ろ暗い欲望を抱き続けているのです。
そんな折、城のなかに息せき切って駆け込む騎士たちの報せが入りました。「騎士団、帰還せり」という喧騒。しかし、その帰還を知らされても、わたくしの心にはある種の不穏な予感がむくむくと湧き起こるばかり。
というのも、わたくしは風の噂で聞いたのです。この帰還によって宮廷で催される式典にロデック様もエリザベットも強制的に出席する義務が生じるのだと。そして、わたくしの父である大公家はこの機会を捉えて、わたくしとロデック様の婚約を成就させるための段取りを密かに整えようとしているということを――。
――…
「お嬢様、ご機嫌麗しゅうございます。騎士団帰還の儀式ですが、まもなく日程が正式に決まるようです」
「そうですの。フランソワ、あなたも何か詳しいお話はお聞きになって?」
「はい。お聞きするところによりますと、式典の後、すぐに騎士団の一部は城内に宿営するとのこと。ロデック様もおそらくは王室直属の騎士として、宿営地に滞在されるのでしょうね」
「……なるほど。そうなるとエリザベットも女官として、休む暇もないほど動き回るはず。式典の手配やお世話をするのも彼女の仕事のひとつでしょうし……」
わたくしはフランソワの言葉に曖昧に相槌を打ちながら、頭の中でさまざまな思惑が交錯するのを感じました。ロデック様とエリザベットは互いに離れようにも離れられない立場。にもかかわらず、大公家はわたくしとロデック様の婚約式を急いで執り行おうとしている。つまり、父や母は“強引にでもふたりを引き離す”腹積もりなのです。
「ねえ、フランソワ。あなたはロデック様とわたくしの婚約式が近づいていると聞いてどうお思いですか?」
「まあ、お嬢様が幸せになれるのならば、わたくしもうれしゅうございます。ロデック様は誠実なお方と伺っておりますし、おふたりの絆は確かなものでしょう?」
「…………」
誠実。そんな単語を耳にすると、胸の奥がひりついてしまいます。わたくしが知るロデック様は騎士としては誠実でも、わたくしにとっては“浮気をされている相手”なのですもの。
けれども、その裏切りをわたくしはどこか楽しみにしてしまっている……。フランソワには絶対に言えない秘密です。わたくしは乾いた笑いを飲み込みながら、視線をそらしました。
――…
数日が過ぎ、騎士団の帰還式の準備が加速する中、わたくしはあえて“公式行事のためのドレス選び”に精を出すふりをしておりました。ドレス選びはもともと好きですし、こうしているほうが人目につかずあれこれ考える時間が確保できるのです。
「お嬢様、こちらの白いサテン地はいかがでしょう。帰還式典には清らかな色合いがよろしいかと」
「そうね、シンプルな白も悪くありませんわ。でも……そう、もう少し裾に刺繍をあしらったものがほしいのです」
「公爵家としても見映えが大事ですので、目を引くようなデザインにしましょうか。改めてお仕立て屋に頼りましょう」
フランソワや仕立て屋さんと儀式の衣装について話すたびに、わたくしの頭には「ロデック様は何を着るのだろう? エリザベットはどんな衣装で式典を取り仕切るのだろう?」という無粋な想像が浮かんでまいります。
いったいどの場面でふたりは接近し、どんな会話を交わすのか――そんなことばかり気になって、準備に集中できぬ自分が情けなくもあり、妙にたかぶりを覚えてしまう。わたくしは鏡越しに自分の顔を見つめて、こそりと呟きました。
「……わたくしは何をしているのかしら。大事な式典の前だというのに」
そんな折、城のなかに息せき切って駆け込む騎士たちの報せが入りました。「騎士団、帰還せり」という喧騒。しかし、その帰還を知らされても、わたくしの心にはある種の不穏な予感がむくむくと湧き起こるばかり。
というのも、わたくしは風の噂で聞いたのです。この帰還によって宮廷で催される式典にロデック様もエリザベットも強制的に出席する義務が生じるのだと。そして、わたくしの父である大公家はこの機会を捉えて、わたくしとロデック様の婚約を成就させるための段取りを密かに整えようとしているということを――。
――…
「お嬢様、ご機嫌麗しゅうございます。騎士団帰還の儀式ですが、まもなく日程が正式に決まるようです」
「そうですの。フランソワ、あなたも何か詳しいお話はお聞きになって?」
「はい。お聞きするところによりますと、式典の後、すぐに騎士団の一部は城内に宿営するとのこと。ロデック様もおそらくは王室直属の騎士として、宿営地に滞在されるのでしょうね」
「……なるほど。そうなるとエリザベットも女官として、休む暇もないほど動き回るはず。式典の手配やお世話をするのも彼女の仕事のひとつでしょうし……」
わたくしはフランソワの言葉に曖昧に相槌を打ちながら、頭の中でさまざまな思惑が交錯するのを感じました。ロデック様とエリザベットは互いに離れようにも離れられない立場。にもかかわらず、大公家はわたくしとロデック様の婚約式を急いで執り行おうとしている。つまり、父や母は“強引にでもふたりを引き離す”腹積もりなのです。
「ねえ、フランソワ。あなたはロデック様とわたくしの婚約式が近づいていると聞いてどうお思いですか?」
「まあ、お嬢様が幸せになれるのならば、わたくしもうれしゅうございます。ロデック様は誠実なお方と伺っておりますし、おふたりの絆は確かなものでしょう?」
「…………」
誠実。そんな単語を耳にすると、胸の奥がひりついてしまいます。わたくしが知るロデック様は騎士としては誠実でも、わたくしにとっては“浮気をされている相手”なのですもの。
けれども、その裏切りをわたくしはどこか楽しみにしてしまっている……。フランソワには絶対に言えない秘密です。わたくしは乾いた笑いを飲み込みながら、視線をそらしました。
――…
数日が過ぎ、騎士団の帰還式の準備が加速する中、わたくしはあえて“公式行事のためのドレス選び”に精を出すふりをしておりました。ドレス選びはもともと好きですし、こうしているほうが人目につかずあれこれ考える時間が確保できるのです。
「お嬢様、こちらの白いサテン地はいかがでしょう。帰還式典には清らかな色合いがよろしいかと」
「そうね、シンプルな白も悪くありませんわ。でも……そう、もう少し裾に刺繍をあしらったものがほしいのです」
「公爵家としても見映えが大事ですので、目を引くようなデザインにしましょうか。改めてお仕立て屋に頼りましょう」
フランソワや仕立て屋さんと儀式の衣装について話すたびに、わたくしの頭には「ロデック様は何を着るのだろう? エリザベットはどんな衣装で式典を取り仕切るのだろう?」という無粋な想像が浮かんでまいります。
いったいどの場面でふたりは接近し、どんな会話を交わすのか――そんなことばかり気になって、準備に集中できぬ自分が情けなくもあり、妙にたかぶりを覚えてしまう。わたくしは鏡越しに自分の顔を見つめて、こそりと呟きました。
「……わたくしは何をしているのかしら。大事な式典の前だというのに」
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