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選択と終演
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「改めて、突然お邪魔して申し訳ありません。アリシア様のことが気になったものですから、つい」
「……わたくしのことを? わざわざお気遣いくださるなんて意外ですわ」
わたくしは皮肉を込めた口調で返しますが、マーカスはただ微笑むだけ。その笑みはこれまでの冷たい余裕よりも、少しだけ柔らかいように見えました。
「あなたにとってこの結末は理想通りだったのでしょうか。それとも何か物足りなさを感じますか?」
「……静かに暮らせるようになってほしい。自分が傷つきたくない。そういった意味では思い通りかもしれません。しかし同時にひどく空しいのです。自分の手で壊したのですから、当たり前なのですけれど」
脚へ視線を落としながら答えると、マーカスは少し目を伏せ、含みのある口調で続けました。
「あのお二人は今後どこへ行くにせよ、もう二度とこの宮廷には戻れないでしょう。あなたとの決定的な決別であり、あなたが観察していた“醜い恋”は終わったわけです。寂しいですか?」
「……っ」
その言葉は核心をつきすぎていて、思わず息を止めてしまいます。まさしくわたくしが感じている寂寥(せきりょう)を、マーカスは正確に言い当てたのです。潔白を保つために断罪したはずなのに、どうしてこんな虚しさが胸に広がるのか。呆れるほど自己中心的な感情です。
「まあ、それもひとつの真実。人は“見たいもの”を得るために、他のすべてを犠牲にすることがある。あなたの場合は、“破滅の瞬間”を味わうことがその衝動を満たす行為だったのでしょう。おかげさまで、私も退屈せずに済みました」
マーカスは言いながら、次の一手を探るようにわたくしの顔を覗き込みました。わたくしは堪えきれず、彼に問いかけます。
「あなたが本当に望んでいたものは何ですの? わたくしたちを破綻させて、大公家と王家に波紋を広げること? それとも、わたくしがこうして“本性”をさらけ出すのを見たかっただけ?」
「すべて、でしょうね。私自身にも複雑な思いはあるけれど、いまそれを話しても仕方がない。ただ、ひとつだけ申し上げるとするなら、あなたの選択を見届けられたことは非常に興味深かった」
わたくしの心の奥底に潜む闇を認めるかのような口調。わたくしは苦々しく思いながらも、こうして言葉を交わせる相手がいることに、どこか救われるような感覚も抱いてしまうのです。皮肉な話ですがこんな城のなかで、わたくしが本音をぶつけられる相手はマーカスしかいないのかもしれません。
「結局、わたくしは“愛”を取り戻したのでも、“彼らを救った”のでもない。ただ、ふたりを追放し、壊しただけ……」
「ええ、それがあなたの答えだった。……今後、大公家の令嬢としてどのように立ち回るかは、あなたの自由意志だと思いますよ。騒動の片づけは厄介でしょうが、あなたの父上も甘くはありません。きっと上手に収めるでしょう」
マーカスの言葉に、わたくしは氷のように冷えた笑みを返します。そうして長い沈黙が訪れ、やがてマーカスは椅子から立ち上がりました。わたくしもそれにならって腰を上げる。また新たな嵐が来るのかな、と漠然と思いつつも、今日は何事もなく会話が終わりそうです。
最後に、彼はわたくしに向かって深々と頭を下げました。その姿が舞台が終わったあとのカーテンコールにすら見えてくるから不思議です。
「それでは、アリシア様。またいずれ、宮廷のどこかでお会いしましょう。あなたにはまだいろいろな可能性が残されている。あなたが次にどんな一手を打つのか……楽しみにしております」
扉が閉じ、マーカスが去ったあと、部屋には静寂しか残りませんでした。わたくしは思わず長い吐息をつき、窓辺へと歩み寄ります。外の庭にはさわやかな風が吹き渡り、何事もなかったかのように鳥がさえずっていました。
「……わたくしのことを? わざわざお気遣いくださるなんて意外ですわ」
わたくしは皮肉を込めた口調で返しますが、マーカスはただ微笑むだけ。その笑みはこれまでの冷たい余裕よりも、少しだけ柔らかいように見えました。
「あなたにとってこの結末は理想通りだったのでしょうか。それとも何か物足りなさを感じますか?」
「……静かに暮らせるようになってほしい。自分が傷つきたくない。そういった意味では思い通りかもしれません。しかし同時にひどく空しいのです。自分の手で壊したのですから、当たり前なのですけれど」
脚へ視線を落としながら答えると、マーカスは少し目を伏せ、含みのある口調で続けました。
「あのお二人は今後どこへ行くにせよ、もう二度とこの宮廷には戻れないでしょう。あなたとの決定的な決別であり、あなたが観察していた“醜い恋”は終わったわけです。寂しいですか?」
「……っ」
その言葉は核心をつきすぎていて、思わず息を止めてしまいます。まさしくわたくしが感じている寂寥(せきりょう)を、マーカスは正確に言い当てたのです。潔白を保つために断罪したはずなのに、どうしてこんな虚しさが胸に広がるのか。呆れるほど自己中心的な感情です。
「まあ、それもひとつの真実。人は“見たいもの”を得るために、他のすべてを犠牲にすることがある。あなたの場合は、“破滅の瞬間”を味わうことがその衝動を満たす行為だったのでしょう。おかげさまで、私も退屈せずに済みました」
マーカスは言いながら、次の一手を探るようにわたくしの顔を覗き込みました。わたくしは堪えきれず、彼に問いかけます。
「あなたが本当に望んでいたものは何ですの? わたくしたちを破綻させて、大公家と王家に波紋を広げること? それとも、わたくしがこうして“本性”をさらけ出すのを見たかっただけ?」
「すべて、でしょうね。私自身にも複雑な思いはあるけれど、いまそれを話しても仕方がない。ただ、ひとつだけ申し上げるとするなら、あなたの選択を見届けられたことは非常に興味深かった」
わたくしの心の奥底に潜む闇を認めるかのような口調。わたくしは苦々しく思いながらも、こうして言葉を交わせる相手がいることに、どこか救われるような感覚も抱いてしまうのです。皮肉な話ですがこんな城のなかで、わたくしが本音をぶつけられる相手はマーカスしかいないのかもしれません。
「結局、わたくしは“愛”を取り戻したのでも、“彼らを救った”のでもない。ただ、ふたりを追放し、壊しただけ……」
「ええ、それがあなたの答えだった。……今後、大公家の令嬢としてどのように立ち回るかは、あなたの自由意志だと思いますよ。騒動の片づけは厄介でしょうが、あなたの父上も甘くはありません。きっと上手に収めるでしょう」
マーカスの言葉に、わたくしは氷のように冷えた笑みを返します。そうして長い沈黙が訪れ、やがてマーカスは椅子から立ち上がりました。わたくしもそれにならって腰を上げる。また新たな嵐が来るのかな、と漠然と思いつつも、今日は何事もなく会話が終わりそうです。
最後に、彼はわたくしに向かって深々と頭を下げました。その姿が舞台が終わったあとのカーテンコールにすら見えてくるから不思議です。
「それでは、アリシア様。またいずれ、宮廷のどこかでお会いしましょう。あなたにはまだいろいろな可能性が残されている。あなたが次にどんな一手を打つのか……楽しみにしております」
扉が閉じ、マーカスが去ったあと、部屋には静寂しか残りませんでした。わたくしは思わず長い吐息をつき、窓辺へと歩み寄ります。外の庭にはさわやかな風が吹き渡り、何事もなかったかのように鳥がさえずっていました。
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