上 下
42 / 165
11・お嬢様、教会へ行く。

04人として。

しおりを挟む
「ど、どうしたのナイン……」

「…………失礼いたしました。続けてください」

 私の動揺どうようが伝わったのか、ナインは落ち着いて何事もなかったように静かになった。

「へえ、ナインさんとおっしゃるのね。良い名前ね、じゃ続けますよ」

 アンジェラ嬢も執事のあわてっぷりを流して、話を戻す。

「この聖女の脱走は当時はかなり秘匿ひとくされて大事にはならなかった。とにかくこの時の聖女は人が変わったように行動的になって、この世界にない知識を使って追手を振り切ったみたい」

 いや本当に転生者なら多分そうだ。
 それも、私と同じパターンの異世界転生者だったのだろう。

「私は正直、聖女はただの人間だと思ってる。少なくとも今の聖女であるジュリアナは本気で神に祈ることで世界を安寧あんねいと幸福にみちびけると思っているだけの、ただの人よ」

 いやそれを教会で言うのはどうなんだと、信仰心がまるでない私ですら思うことをアンジェラ嬢は言ってのける。

「でも、異世界からの生まれ変わりなんてとんでもないことが事実として残されていて、それが聖女だと言うのなら。原因は女神としか思えないのよね」

 アンジェラ嬢はそう言って、私の質問に対する説明を終了した。

 なるほど。
 確かにおおよその説明つく。

 アンジェラ嬢の提唱ていしょうする、おとぎ話から魔女という存在を通して歴史につなげる女神実在の可能性示唆しさ

 さらに、異世界転生者であった過去の聖女の存在。

 いくらでも否定できる内容ではあるけれども。私たちの視点からはこれに追加して、ワタナベ男爵が会ったという自称女神の存在や自分自身が転生者であるという情報が上乗せされる。

 そうすると、少なくとも女神とやらは実在すると考えた方が良いか……。
 だけどアビィは聖女のように信心深い訳じゃない、前世を思い出すのに共通点は何かあるのだろうか。

 なんて考えていると。

「あの……ウェンディ・ロックハートは、どうなったかご存知でしょうか?」

 と、ナインがアンジェラ嬢へとたずねた。
 ウェンディ・ロックハート……? ロックハートというからには聖女だろうけど、今の話とは関係の無い聖女じゃないの?

 いつもならこんな時に口を開くようなことはしないのに、やっぱり今日は様子がおかしい。

「あら、貴方がそれを知らないのね。ナインの名前を付けられているからてっきり信心深い人なのかと思ってたけど。祈り方も綺麗だったし」

 少し驚いた風にアンジェラ嬢はナインに返して、別の本を探しながら話し出す。

「聖女ウェンディと言えば聖女暗殺未遂事件、それを身を盾にして守った英雄の名前がナイン。その英雄を教会が聖人としてえようとした」

 待って、

 私もナインも固唾を飲んで話を聞く。

「でも聖女ウェンディは反対した。彼は聖人ではなく人間なのだと、人間として生きて人間として死んだのだと、そう言って断固として認めなかった」

 ナインはそれを聞き、少し眉をひそめる。

「理由としては諸説しょせつある、聖女が聖人に権威けんいを奪われたくなかったとか色々言われてるけど。違うのよね」

 ここでアンジェラ嬢は探し出した本を取り出して開く。

「聖女ウェンディは年老いて、聖女としての時間を全うする寸前にこう漏らしたの」

 本の文章をなぞり、音読する。

「告白します。私は、彼と同じく人間だったのです。私は聖女としての人生を生きて、人として終わります。ずっと、彼がうらやましかったのですよ」

 そう言って。

「聖女ウェンディは聖女ではなく人間として死にたがっていたらしいの。これは流石に聖女の存在を否定するのものだから秘匿ひとくされたけど、聖女は英雄ナインを人として死なせてあげたかったのね」

 それを聞いたナインは。

「そうですか、ありがとうございます」

 少し涙目になりながら、感謝の弁をべた。

 なんか変な空気になったのを察して、そこからはアンジェラ嬢と私のガールズトークと洒落こんだ。
 アンジェラ嬢の最近できた恋人の話だったり変なお友達の話だったり。
 女神の実在有無と同じくらい有意義ゆういぎなお話だった。

 それよりなにより、何となくナインの前世を少し垣間見ることが出来たのが。

 一番有意義ゆういぎだったと思う。
しおりを挟む

処理中です...