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5部 よみがえる月神編

虹の記憶3

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 うんざりしつつも、仕方ないから付き合ってやるかと思う。兄が奪ってしまったのだから、弟の自分がと思ったのだ。

 恋など理解できないが、それでも兄が幸せならいいと思う。

 それに、とリオン・アルヴァースは思った。面倒なことは多々あるのだが、それでも旅が楽しくなったのは事実なのだ。

 初めてできた仲間。そう、仲間なのだ。

(悪くねぇな)

 二人は自分達を化け物と罵る人間とは違う。事情を知っているのも大きいのだが、知っても不気味だと思う者はいる。

 そう思えば、受け入れてくれた二人は大切な存在に違いない。

『また騒ぎだしたぞ』

 少し考えている間に、兄とリュークス・ユシル・ラーダが騒いでいる。やれやれと思いながらも、煩わしいとは思わない。

 不思議だと思う。人間が騒ぐのは煩わしいと感じるのに、なぜこれは平気なのか。

(仲間だから、なのか)

 まだわからないが、とりあえずうるさいことに変わりはない。止めようと動き出した。いつまでも騒がれてるのも困るから。

 うるさく騒いだ結果知り合ったセイレーン達に招かれ、集落へ行くことになった。そこはのんびりとした空気が流れており、兄にぴったりだと思う。

 いや、自分も嫌いではない。むしろ育った村に似ていて、居心地がいいとすら思ってしまった。

「エルフかい? うちにも一人いるんだよ」

「きれいなお姉さんがねぇ」

「いやぁ、エリルちゃんには敵わないさ」

 集まってきたセイレーン達が口々に言うのを聞き流しそうになり、ふと気付く。ここにエルフがいるということだ。

 この時代、大陸の移動は簡単ではない。その上、魔物まで現れることで命がけになっている状態だった。大陸を移動することは最終手段としているぐらいに。

「エルフもいるんだ」

「えぇ。知り合いを捜しているとかで。里から出てきたそうです」

「へぇ」

 あんなエルフじゃなければいいけど、と背後を見る。リオン・アルヴァースの中では、エルフはあの二人で印象づいてしまったのだ。

 マイペースなイリティス・シルヴァンとやかましいリュークス・ユシル・ラーダ。まともなエルフだといいな、と思ったのが本音である。

 どこかで会うかもしれないと言われたが、そのエルフと会うことはなかった。捜している誰かを見つけるために、集落を空けてウロウロしていることも珍しくないということだったのだ。

 夜には歓迎会をしてくれたセイレーン達。知り合ったセイレーンは舞いを得意としていて、夜には集落一番の歌い手が歌を披露してくれた。

「どうです? リーラの歌声は素敵でしょう」

「あぁ…」

 本当に素敵だと思う。思わず聴き入ってしまったほどで、このときばかりは素直に答えていた。

 あの歌声を聴いているだけで、すべてが洗われていくような気分になる。

「そろそろ、わたくし達の出番ですわ。ふふっ、楽しみにしていてくださいな」

 鈴の音を鳴らしながら飛び上がる女性こそ、エリル・シーリス。後に星の女神となる七英雄の一人。

 リオン・アルヴァースをも虜にした歌声の持ち主が、同じく七英雄として仲間になるリーラ・サラディーンだった。

 戦力としては決して高くはない。けれど、苦しい旅に憩いを与えてくれた大切な仲間。二人がいたからこそ、前を向いていられたのかもしれない、とすら思ったほどだ。



 ほんの一瞬で、双子にとっては大切な人物との出会いを見た。この先に、エリル・シーリスが仲間になった経緯があると思ったとき、急に記憶の流れは止まる。

 なにが起きたのかわからなかったが、目の前で冷え切った眼差しを向けてくる幼馴染みに現状を理解。その背後には苦笑いを浮かべているリーナがいる。

「……飯は食え」

 手にした腕輪を強制的に奪ったのだ。それによって記憶の流れを止められた。

 文句を言えるわけがない。目の前で不機嫌を隠すことなく立っているクロエを見れば。

(今なにかを言ったら……終わる)

 言えるわけがない。これ以上、怒らせると怖い幼馴染みの逆鱗に触れたくはないと、クオンは腕輪を諦めた。食事をするまで返ってこないだろう。

「話が終わったなら、さっさと食事にしよう。お腹が空いたぞ」

「……ん?」

 この声は、と思った瞬間、クオンは身体が痛むことも忘れ慌てて起き上がった。女王の前で寝ているわけにはいかないと思ったのだ。

「いってぇ…」

 当然ながら、身体に激痛が走る。結局、みっともない姿を女王へ見せることとなったのだ。

「無理に起き上がらなくてもいい。事情はわかっているから」

 苦笑いを浮かべながら女王が言えば、渋々といった表情で頷く。

 国ではないのだから、とまで言われてしまったのだ。だから寝ていてもいいと言われたところで、さすがにだらけた自分は見せられない。

 身体は痛むが、起こすぐらいはしておこうとそのまま壁へ寄りかかる。

「まったく、男という生き物は」

「いや、関係ないです」

 男だからではない。相手が女王だからだとは、先程言われた言葉もあって言えなかった。

 しかも、目の前には真面目なクロエがいる。いくら本人が気にしなくてもいいと言ったところで、限界はあると思っていた。

(ぶっちゃけ、陛下よりクロエが怖い)

 特に、抜け出してからずっと機嫌が悪い。この状況でさらに怒らせることは、なるべく避けたいところなのだ。

「食事にしよう。クオンの好きな、甘いものもあるよ」

「甘いものだけで……いや、食べる。うん、ちゃんと食べる」

 甘いものだけでいいと言おうとした瞬間、睨みつけてきたクロエに慌てたのは言うまでもない。

 目の前に広げられた食事を見ながら、ここでみんな食べるのかと視線を逸らす。完全にクロエは見張りだとわかったからだ。

「陛下もこちらで?」

「なんだ、私だけのけ者にしようってか」

 一人で食事など、さすがに寂しいぞと言われてしまえば、クオンはなにも言えない。クロエはここから出ないだろうし、リーナも嫌だろう。

 そうなると、ここで食べるか一人で食べるかしかない。

「まぁ、陛下のご自由にしてください」

 ダメ、とは言えなかった。幸いにもリーナの機嫌は悪くないし、それならいいかと思う。クオンの基本はすべてリーナで決まるのだ。

「こういうのも悪くないな。戻ったら、今度は城下で食事とかしてみたいものだ」

「陛下ができるわけないでしょう」

 そもそも、目立って困るとクオンはため息を吐く。女王など連れて歩けるわけがないのだ。

「セルティ様にでも頼めばいいのではないですか」

「……諦めるさ」

 妙な間が空いた瞬間、三人ともがなにかやらかしたな、と思うのだった。

 こうなってくると、本当にセルティが苦労しているのだとわかる。それも仕方ないのだろうかと思った辺りで、食事へ専念した。







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