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5部 よみがえる月神編
記憶の七英雄2
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のんびりとした旅が一変したのは、魔物との激しい戦闘が起こったあとのことだ。六人はバラバラになってしまった。
とにかく、どうにかして合流しなくてはと頑張り、結果として新しい仲間を得ることになる。
「誰だ、それ」
やっとの思いで兄と合流すれば、見知らぬ男女二人を連れていたのだ。どこで拾ってきたのだ、と言いたくなってしまったほど。
なんとか言わずに済んだが、兄はなぜか笑うだけ。早く教えろと言いたくなる。
「フォーラン・シリウスだ。よくわからないが、このマイペースに巻き込まれた」
淡々と話すハーフエルフ。色々と気になることはあったのだが、それよりも思ったことがある。
「兄が巻き込んで悪かった」
どのような経緯かわからない。巻き込まれた状況もわかっていないのだが、兄が巻き込んだことだけはわかった。それは素直に謝っておくべきだ。
と、珍しいことを思った。理由は、立っているだけでも感じる力の差である。
目の前に立っているハーフエルフは、自分よりも間違いなく強い。もちろん、女神の力があれば魔法ぐらいは問題ないだろうが、剣技だけで戦った場合は絶対に勝てないと言い切れた。
世界は広いと思う。今までは、エルフだろうがハーフエルフだろうが問題なく退けてきたが、これほどの強い者が襲い掛かってきていたらどうなっていたか。
おそらく、今頃は死んでいたことだろう。
「いや、巻き込まれたのは事実だが、嫌とも思っていないから気にしなくていい」
「そうよ。この人は、うっかり踏み込んでしまったのだから」
「言うな」
クスクスと笑うハーフエルフの女性は、うっかりでなかったらなにかと茶化す。
どうやら、移動の際にうっかり踏み込んでしまったのだということを知れば、リオン・アルヴァースは笑った。確かにうっかりだと思ってしまったのだ。
「いや、うっかりで踏み込んだんじゃなくて」
「俺が思わず引っ張ってた」
えへへ、と笑いながら言う兄に、リオン・アルヴァースが絶句した。もっと質が悪いと思ったのだ。
「笑ってんじゃねぇ!」
『バカかシオン!』
なにやってるんだと一人と一匹が怒鳴れば、しょんぼりとうなだれる。ここまで怒られるとは思わなかったのだ。
その後は言うまでもない。説教が始まった。
記憶の中にいるフォーラン・シリウスを見ていると、どうしても親近感が沸く。なぜなのかとクオンは思う。こうまでも彼に惹かれるのは、自分がリオン・アルヴァースの転生者だからなのか。
それとも、北の大国で育ったから気になるのかもしれない。幼い頃から当たり前のように聞かされた名。当たり前のように学ぶ知識だ。
(七英雄が揃った……)
ここから、物語は悲劇へ進んでいくのだと思えば、あの戦いもまた見るのだろうかと思う。
兄へ剣を向けた一度目の戦いだ。
(少し楽になったな)
それにしても、と思う。七英雄との出会いを見ている間は楽だ。平穏な旅をしているからかもしれない。感情が激しく揺さぶられることがないから、安心して見ていられた。
先に待っているのが悲劇だとわかっていても。
「変わったセイレーン拾ったな」
「ふふっ。変わり者ならすでに一人いるじゃないですの」
「まぁ、な」
フォーラン・シリウスはこの時代で考えたら変わり者だ。女神を信じ、女神の恩恵を受ける世界でこの考え方はしない、ということが多々あった。
そんなある日、これまた変わったセイレーンが付きまとうようになったのだ。
歌と舞いを大切にするセイレーン。どちらもせず、ただひたすらに絵を描くだけのセイレーン。それが七英雄ではないが、七英雄と交流を深く持っていたリア・ティーンという人物。
後に、多くの絵を残しているセイレーンであり、西の神聖国を建国したり、双子を神として描いた書物を残した張本人。
リオン・アルヴァースは苦手だったのか、よく逃げ回っていた。
「絵ぐらい、描かせてあげればいいではないですか」
「嫌だ。冗談じゃねぇって」
「わたくしは、あなたと描かれるなら嫌ではないですわ」
この言葉が、最終的にはリア・ティーンの絵を燃やせなかった理由となる。大切な女性を描いた絵をどうこうすることなどできないと。
この頃、拠点として使っていたところは東の大陸にあった。懐かしいとクオンは辺りを見る。
自分がいたわけでもないのに、懐かしく感じてしまう。ここにいつか行ってみたいと思うほどには、親近感がある場所だった。
もしかしたら、死ぬ前まで使っていたのかもしれないな、と思う。だからこうも懐かしく感じるのだろうと。
揺さぶられるのを感じ、クオンは目を覚ます。ぼんやりとした視界に、覗き込むリーナの姿。部屋が暗いのを見れば、すでに夜なのだとわかる。
夕食で起こされたのだろうかと思う。苦しい夢ではなかったのだから、起こされる理由はそこしかない。
「動けそう?」
心配そうに見てくるリーナ。昼に痛みで動けないと言ってしまったからだろう。それぐらいはわかるから、問題ないと答える。
「今回はそんな内容じゃなかった」
ただ、妙に身体が怠い。この怠さはなんなのだろうかと思うほどに。
身体を起こすことはできるが、ベッドから抜け出すのは厳しいかもしれない。夜なのに、なぜこうも怠いのか理解できなかったが、原因は記憶の中にあると思うことにした。
(飯は……食わないとクロエが怒鳴り込んできそうだな)
室内にいないのを見れば、今は別の場所にいるのだろう。もしかしたら休息を取っているのかもしれない。
とはいえ、逐一報告されているようなので、食べないという選択肢は選べなかった。
「リーナ、飯はここで食うわ」
「わかった」
なぜなど聞くことはない。なにかあれば話してくれると、彼女が信じている証だ。
食事を取りに部屋を出て行くリーナを見送れば、ゆっくり身体を起こす。
(なぁ、これがなんでかわかるか?)
試しに問いかけてみた。なぜこうも身体が怠いのか、自分の中にいる自分ならわかるのではないか。
『当然だろ。魂に刻まれた記憶を一気に受け入れれば、人間の身体で耐えられるわけがねぇ』
なに当たり前なことを言っているのか、という呆れた声だけ投げつけられる。そのまま存在を感じなくなったので、会話をする気がないということだろう。
どうにも、存在力のようなものが薄れているような感じがした。
(消えようとしてるのか)
いつかは消えてしまう。ずっと自分の中に彼がいるわけではないのだ。
それは教えられたわけでもなく、本能的なもので気付いていた。どうしてもう一人の自分がいるのかわからないが、これは一定期間だが魂に共存している状態だと認識している。
(俺があいつの記憶を得ることで、消えていく……)
それはどういう意味なのだろうかと思う。転生者にとっては当たり前なことなのか。
前例を知らないだけにわからない。前例があったところで、そんな記録は残されていないだろう。語る者などいないだろうから。
・
とにかく、どうにかして合流しなくてはと頑張り、結果として新しい仲間を得ることになる。
「誰だ、それ」
やっとの思いで兄と合流すれば、見知らぬ男女二人を連れていたのだ。どこで拾ってきたのだ、と言いたくなってしまったほど。
なんとか言わずに済んだが、兄はなぜか笑うだけ。早く教えろと言いたくなる。
「フォーラン・シリウスだ。よくわからないが、このマイペースに巻き込まれた」
淡々と話すハーフエルフ。色々と気になることはあったのだが、それよりも思ったことがある。
「兄が巻き込んで悪かった」
どのような経緯かわからない。巻き込まれた状況もわかっていないのだが、兄が巻き込んだことだけはわかった。それは素直に謝っておくべきだ。
と、珍しいことを思った。理由は、立っているだけでも感じる力の差である。
目の前に立っているハーフエルフは、自分よりも間違いなく強い。もちろん、女神の力があれば魔法ぐらいは問題ないだろうが、剣技だけで戦った場合は絶対に勝てないと言い切れた。
世界は広いと思う。今までは、エルフだろうがハーフエルフだろうが問題なく退けてきたが、これほどの強い者が襲い掛かってきていたらどうなっていたか。
おそらく、今頃は死んでいたことだろう。
「いや、巻き込まれたのは事実だが、嫌とも思っていないから気にしなくていい」
「そうよ。この人は、うっかり踏み込んでしまったのだから」
「言うな」
クスクスと笑うハーフエルフの女性は、うっかりでなかったらなにかと茶化す。
どうやら、移動の際にうっかり踏み込んでしまったのだということを知れば、リオン・アルヴァースは笑った。確かにうっかりだと思ってしまったのだ。
「いや、うっかりで踏み込んだんじゃなくて」
「俺が思わず引っ張ってた」
えへへ、と笑いながら言う兄に、リオン・アルヴァースが絶句した。もっと質が悪いと思ったのだ。
「笑ってんじゃねぇ!」
『バカかシオン!』
なにやってるんだと一人と一匹が怒鳴れば、しょんぼりとうなだれる。ここまで怒られるとは思わなかったのだ。
その後は言うまでもない。説教が始まった。
記憶の中にいるフォーラン・シリウスを見ていると、どうしても親近感が沸く。なぜなのかとクオンは思う。こうまでも彼に惹かれるのは、自分がリオン・アルヴァースの転生者だからなのか。
それとも、北の大国で育ったから気になるのかもしれない。幼い頃から当たり前のように聞かされた名。当たり前のように学ぶ知識だ。
(七英雄が揃った……)
ここから、物語は悲劇へ進んでいくのだと思えば、あの戦いもまた見るのだろうかと思う。
兄へ剣を向けた一度目の戦いだ。
(少し楽になったな)
それにしても、と思う。七英雄との出会いを見ている間は楽だ。平穏な旅をしているからかもしれない。感情が激しく揺さぶられることがないから、安心して見ていられた。
先に待っているのが悲劇だとわかっていても。
「変わったセイレーン拾ったな」
「ふふっ。変わり者ならすでに一人いるじゃないですの」
「まぁ、な」
フォーラン・シリウスはこの時代で考えたら変わり者だ。女神を信じ、女神の恩恵を受ける世界でこの考え方はしない、ということが多々あった。
そんなある日、これまた変わったセイレーンが付きまとうようになったのだ。
歌と舞いを大切にするセイレーン。どちらもせず、ただひたすらに絵を描くだけのセイレーン。それが七英雄ではないが、七英雄と交流を深く持っていたリア・ティーンという人物。
後に、多くの絵を残しているセイレーンであり、西の神聖国を建国したり、双子を神として描いた書物を残した張本人。
リオン・アルヴァースは苦手だったのか、よく逃げ回っていた。
「絵ぐらい、描かせてあげればいいではないですか」
「嫌だ。冗談じゃねぇって」
「わたくしは、あなたと描かれるなら嫌ではないですわ」
この言葉が、最終的にはリア・ティーンの絵を燃やせなかった理由となる。大切な女性を描いた絵をどうこうすることなどできないと。
この頃、拠点として使っていたところは東の大陸にあった。懐かしいとクオンは辺りを見る。
自分がいたわけでもないのに、懐かしく感じてしまう。ここにいつか行ってみたいと思うほどには、親近感がある場所だった。
もしかしたら、死ぬ前まで使っていたのかもしれないな、と思う。だからこうも懐かしく感じるのだろうと。
揺さぶられるのを感じ、クオンは目を覚ます。ぼんやりとした視界に、覗き込むリーナの姿。部屋が暗いのを見れば、すでに夜なのだとわかる。
夕食で起こされたのだろうかと思う。苦しい夢ではなかったのだから、起こされる理由はそこしかない。
「動けそう?」
心配そうに見てくるリーナ。昼に痛みで動けないと言ってしまったからだろう。それぐらいはわかるから、問題ないと答える。
「今回はそんな内容じゃなかった」
ただ、妙に身体が怠い。この怠さはなんなのだろうかと思うほどに。
身体を起こすことはできるが、ベッドから抜け出すのは厳しいかもしれない。夜なのに、なぜこうも怠いのか理解できなかったが、原因は記憶の中にあると思うことにした。
(飯は……食わないとクロエが怒鳴り込んできそうだな)
室内にいないのを見れば、今は別の場所にいるのだろう。もしかしたら休息を取っているのかもしれない。
とはいえ、逐一報告されているようなので、食べないという選択肢は選べなかった。
「リーナ、飯はここで食うわ」
「わかった」
なぜなど聞くことはない。なにかあれば話してくれると、彼女が信じている証だ。
食事を取りに部屋を出て行くリーナを見送れば、ゆっくり身体を起こす。
(なぁ、これがなんでかわかるか?)
試しに問いかけてみた。なぜこうも身体が怠いのか、自分の中にいる自分ならわかるのではないか。
『当然だろ。魂に刻まれた記憶を一気に受け入れれば、人間の身体で耐えられるわけがねぇ』
なに当たり前なことを言っているのか、という呆れた声だけ投げつけられる。そのまま存在を感じなくなったので、会話をする気がないということだろう。
どうにも、存在力のようなものが薄れているような感じがした。
(消えようとしてるのか)
いつかは消えてしまう。ずっと自分の中に彼がいるわけではないのだ。
それは教えられたわけでもなく、本能的なもので気付いていた。どうしてもう一人の自分がいるのかわからないが、これは一定期間だが魂に共存している状態だと認識している。
(俺があいつの記憶を得ることで、消えていく……)
それはどういう意味なのだろうかと思う。転生者にとっては当たり前なことなのか。
前例を知らないだけにわからない。前例があったところで、そんな記録は残されていないだろう。語る者などいないだろうから。
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