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5部 よみがえる月神編

語られない結末4

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 激しい戦闘で負った傷も、翌日にはすべて治っている。女神の力がこうさせるのだが、同じ女神の力を持つエリル・シーリスの傷は治らない。

「エリル…」

 翼を失い、包帯だらけの姿だった。今は眠っているだけだと言われても、不安でたまらない。このまま目を覚まさないのではないか、と思ってしまうのだ。

 セイレーンにとって翼を失うことは致命傷と変わらないと言われている。当然ながら、エリル・シーリスも先は短いだろうとリーラ・サラディーンは言う。

 こればかりは女神の力で治せるものではない。なにせ、翼は完全に燃えて失われてしまったのだ。

 怪我をしたというレベルではない。

「他は大丈夫みたいだよ。怪我が治るまでは、みんな動けないけどね。フォーランの怪我が少し酷いかなって感じだけど、本人が問題ないって言ってた」

 様子を見に来たリオン・アルヴァースへ、仲間の様子を話すリーラ・サラディーン。同じセイレーンであることから、エリル・シーリスの世話をしていたのも彼女だ。

 常に竪琴を奏で、歌いながら。

 彼女も戦いで疲弊している。疲れ切っていたし、怪我も負っていれば、衝撃的な結末に心も傷ついていた。

 それでも仲間を癒すためにと、歌い続けていたのだ。自分にできることはそれしかないからと。

「……」

「リオン?」

「なんだよ」

「…なんでもない」

 どことなく様子がおかしいと思って声をかけたが、自分ではどうにもできないと諦める。彼を動かせるのは、シオン・アルヴァースかエリル・シーリスだけなのだ。

 時間がかかってもいいから、傷が癒えることを願うことしかできない。

「ティアも無理させられないし、なにかあれば私が動くから言ってね」

 身重のティア・マリヤーナには、フォーラン・シリウスの傍にいるよう言ってあるからと告げれば、リオン・アルヴァースからの返答はない。

 まるで、心を閉ざしてしまったかのように、彼は言葉を発しなくなってしまったのだ。

 それも仕方ないことだと、リーラ・サラディーンは思う。仲間から見ても、彼が兄をどう思っているのかはわかっていたのだ。

 さらに数日経った頃、エリル・シーリスが目を覚ました。日にちの感覚がなくなるほど、ただひたすらに傍で見守っていたリオン・アルヴァース。

 離れている間になにかあったら、と思えば怖くて動けなかったのだ。

 兄がこのようなことになってしまい、その上エリル・シーリスまで失えば、完全に立ち直ることはできなかっただろう。

「リ…オン……」

 ぼんやりとした視界で、それでもしっかりと自分を捉える彼女。冷たい手が頬を触れた瞬間、堪えていたものが堰を切ったかのように溢れ出す。

「俺は…なにひとつ…守れなかった……」

 大切な家族も、大切な女性も、仲間すら守ることができなかった。それらを守りたくて戦ってきたはずなのに。

 戻れるものならば、魔王と戦う前に戻りたい。戻って、あのような結末を迎えないよう、さらに強くなりたいと願う。

 願ったところで、そんなことは叶わないとわかっているのに、願わずにはいられなかったのだ。もう一度チャンスがあるなら、今度こそ守ってみせるから戻らせてくれ。

 何度願ったかわからないほどだ。

「リオンは…世界を…救い…ましたわ……」

 あのままシオン・アルヴァースを止めずにいたら、間違いなくすべてを焼き払っていただろう。

 それこそ、彼自身すら焼き払っていたかもしれない。大切な者を失った彼だからこそ、自らも焼き尽くす結果になっていた可能性がある。

「世界が守れても、なんの意味もない……」

 彼にとっては、世界はどうでもいい存在。すべては仲間のためにやってきたことだ。

 いや、仲間すら兄がいてこそだった。兄を失ってしまったのに等しい今、彼の中には大きな穴が開いてしまったようだ。

 失ったものが、あまりにも大きすぎた。二人の間でしかわかり合えないことがあれば、互いに互いがいたからこそここまで来られたという気持ちもある。

「お願い…聞いて…くださいな」

「お願い?」

 もちろん、彼女の願いとなればなんでも聞くつもりでいた。断る理由など、どこにもない。

「ひっそりと…暮らし…たいですわ……」

 西の大陸には多くの無人島がある。そこなら、ひっそりと二人だけで暮らすことができると提案した。

 二人だけで暮らす日々で、心の傷を少しでも癒してあげたいというのが、エリル・シーリスの想いだったのだ。

 少しだけ妬けると言われれば、リオン・アルヴァースはなんとも言えない表情を浮かべる。

「……兄だからとかじゃなく、大切なんだ」

 二人一緒だから生きてこられたと、誰よりもわかっていた。一人では、生き抜いけたかわからない。

「あいつがいなかったら、今頃死んでたんだろうな」

 どこかで誰にも気付かれることなく、誰の中にも存在を残さず消えていた。仲間すら得ることはできなかっただろう。

 普段は強気な彼からすれば、意外だとエリル・シーリスは思っていた。まだ知らない彼がたくさんあるのだと思い知った瞬間でもある。

「わたくしが傍におりますわ」

 セイレーンは唯一魂が輪廻すると信じていた。生まれ変わりを当たり前と信じているのだ。

「何度生まれ変わっても、わたくしはあなたの傍におります」

 同じ女神の力を持つ二人だが、不死であるのはリオン・アルヴァースだけ。エリル・シーリスは不死ではない。

 それどころか、翼を失ってしまったことで寿命を全うすることもないだろう。

「必ず…わたくしを見つけて」

「見つける…何度生まれ変わっても見つけ出す」

 二人の間で交わされた約束。リオン・アルヴァースは、生まれ変わってくるというなら、何度でも見つけ出すと決意した。






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