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五部 氷鬼なる琅悸編
大切な想い人
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優しく笑う青年だった。いつも目線を合わせ、頭を撫でてくれた。
幼心に、この人は運命の相手なのだと思ったほど心惹かれた青年。今でも鮮明に思いだすことができる。
自分の身柄を引き取り、可愛がってくれた叔母は言う。何者かに襲われたが、彼が助けてくれたのよと。
「とても強いのよ。叔母さん、もうびっくりしちゃって」
微笑みながら叔母が話す物語に、目を輝かせながら聞いていた幼い頃。
神殿の庭で舞うように剣を振るう姿を見ては、うっとりと眺める。
自分は妹のような存在でしかないかもしれない。それでもよかった。なぜなら、やがては自分の護衛になると聞いていたから。
氷穂の代から巫女に護衛がつく。聞かされたとき、彼がつくのだとすぐにわかった。
立ち入りが厳しい神殿によく出入りしていたし、叔母が強いと言っていたから。他には考えられないと。
一人の女性として見られなくても、それでもよかったのだ。ただ傍にいてくれれば。彼が傍にいてくれるだけで、幸せだと思えた。
(だって、これは私の片思いだから……)
これだけ歳が離れていれば、相手にされるわけがない。想いだけを募らせ、氷穂は月日を重ねていった。
巫女に就任し、はじめのうちは問題などなかった。少なくとも、氷穂はそう思っていた。
護衛の肩書きがあるためか、琅悸は常に傍にいてくれたし、これほど幸せな日々はない。
けれど変化は少しずつ起きていた。気付かなかっただけで。
いつからか琅悸は氷のように冷ややかな表情を見せるようになった。同時に、笑うこともなくなってしまったのだ。
本人は隠しているつもりだったのかもしれないが、幼くても作り笑顔や隠された表情ぐらい知っていた。それほど彼を見てきたのだ。
「氷鬼……虚空なら知っているはずだ」
「……氷鬼。まさか、それが琅悸なのか!?」
聞いた瞬間、虚空の表情が険しくなる。それと同時に納得もした。彼の実戦慣れはそこからくるのだと。
「そんな! 僕でも知ってるよ。ベル・ロードで知らない人なんて、いないんじゃないかな?」
「おそらく、な。フェンデの村は閉鎖的だから、情報が回っていなかっただろうが」
向けられた視線に氷穂が頷く。ベル・ロードで有名だと言われても、なんのことだかわからない。
村には外の情報が入ってこないのだ。
入ってくるのは、魔法槍士が流してくれた情報と、現状は巫女護衛の琅悸が仕入れてくれたものだけ。琅悸自身の情報となるなら、氷鬼という情報は氷穂に入れないだろう。
氷鬼とは、一時期ベル・ロードを恐怖へ陥れた殺し屋の呼び名。殺された者に共通点はなく、誰もが怯えたほどだ。
目撃者は誰もいないため、顔は知られていない。必ず氷漬けにして殺すことから、氷の鬼と呼ばれるようになったのだ。
「琅悸が…やっていたの……」
絞り出すように問いかける氷穂に、誰もが痛々しく見ている。
「最初は殺しじゃなかったんだよ。腕がいいから、荷を狙う賊からの護衛とかさ。頼まれたら断れねぇ奴だし」
オルドは港街で、魔具の技術も世界一。たくさんの魔具を各地に出していたことで、よく狙われていた。
「兄妹で、よくやってた」
どちらも強いだけに、交代で引き受けていたのだ。さすがに魔具に関しては見て見ぬふりもできなかった為。
「荷の被害は聞いている。護衛を頼んだことも。だから、対策はしなくていいと連絡をもらった」
ベル・ロードを統治する者として、虚空はオルドの被害を把握しており、連絡を随時受けていたのだ。
彼が護衛をしていたなら、確かに安心して運べたことだろう。問題は、なぜそこから氷鬼と呼ばれる殺し屋になってしまったのかということ。
氷鬼を生み出したのは一体誰なのか。先を話せと促せば、ユフィは一度深呼吸をしてから話しだす。
フェンデの村へ彼が行ったのは、儀式のための魔具が壊れたという知らせを受けて。
「オルドの魔具が世界一と言われるのは、あいつが技術を広めたからなんだ」
「霜瀬さんだろ。あの人、自分の魔力を意図的に封じてた」
「それに、白秋さんの魔力制御の魔具も作っていましたね」
双子の言葉にユフィは頷いた。魔具の知識に長けていた霜瀬は、それを荒れ果てていたオルドの発展に役立てたのだ。
結果、オルドは世界一の技術を持つようになった。
「琅悸も魔具への知識は街一番だ。それで呼ばれて、フェンデの巫女襲撃に遭遇した」
場所的に男一人で行くのはと考えた琅悸が妹を連れて行き、襲撃してきた邪教集団を退ける。これがきっかけで、巫女との繋がりを得た。
「嫌な予感がしますね、この流れ。タイミングが良すぎます」
「女はこぇからな」
話を聞いていた二人は、珍しく険しい表情を浮かべて先を促す。
先代の巫女と琅悸の間になにがあったのか。なんとなく、流れが読めてきたのだろう。
多少なりともこの時代の情報を集めていたのが、今回は助かったとも思った。
「察しがいいな。お前ら、下調べしてただろ」
二人の性格を理解していたからこそ、察することもできる。
関わらないと言って、三人がなにもやらないとは思っていなかったのだ。絶対に裏で動いているはずだと、ユフィだからこそ確信できる。
「職業病ってやつだな。じっとしてらんねぇんだよ」
「困ったことに、動いてしまうんですよね」
本来の時代では現役の魔法槍士補佐官なのだから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないと、ユフィはため息をつく。
「あいつ、あの顔だろ。モテるんだよ。どうやら、先代はかなり前から知ってたみたいだ」
モテると言われれば、琅悸は誰もが納得するほどの美形。
女性陣があれは反則よね、などと言いながら頷くから、男性陣はなんとも言えない表情を浮かべていた。
「魔具の件は、たぶん意図的だ。あいつを呼ぶための口実だ。魔具を見ていた琅悸の反応からしてな。随分おかしな反応してたぜ、あのときの琅悸。邪教集団は偶然だろうが」
さすがにそこまでやらないだろう、とユフィは言う。仮にも魔法槍士の分家である巫女だ。
一歩間違えれば、魔法槍士に殺されるような真似はしない。そのような集団と連絡を取り合うなど、すぐさまバレることだとわかっているはずなのだ。
「いい歳して、惚れたというわけか? 理解できないな」
不機嫌そうに陽霜が言う。話を聞いていて、彼にも先が読めてきたのだ。
氷鬼の後ろにいたのが、先代の巫女だと。その結果がこれで、自分の半身がやられたとなれば腹が立つというもの。
自力で手当てはしたようだが、星霜は動くこともできない。今もなんとか意識を保っている状態で、話は聞いているがなにかを喋るような力は残されていないようだ。
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幼心に、この人は運命の相手なのだと思ったほど心惹かれた青年。今でも鮮明に思いだすことができる。
自分の身柄を引き取り、可愛がってくれた叔母は言う。何者かに襲われたが、彼が助けてくれたのよと。
「とても強いのよ。叔母さん、もうびっくりしちゃって」
微笑みながら叔母が話す物語に、目を輝かせながら聞いていた幼い頃。
神殿の庭で舞うように剣を振るう姿を見ては、うっとりと眺める。
自分は妹のような存在でしかないかもしれない。それでもよかった。なぜなら、やがては自分の護衛になると聞いていたから。
氷穂の代から巫女に護衛がつく。聞かされたとき、彼がつくのだとすぐにわかった。
立ち入りが厳しい神殿によく出入りしていたし、叔母が強いと言っていたから。他には考えられないと。
一人の女性として見られなくても、それでもよかったのだ。ただ傍にいてくれれば。彼が傍にいてくれるだけで、幸せだと思えた。
(だって、これは私の片思いだから……)
これだけ歳が離れていれば、相手にされるわけがない。想いだけを募らせ、氷穂は月日を重ねていった。
巫女に就任し、はじめのうちは問題などなかった。少なくとも、氷穂はそう思っていた。
護衛の肩書きがあるためか、琅悸は常に傍にいてくれたし、これほど幸せな日々はない。
けれど変化は少しずつ起きていた。気付かなかっただけで。
いつからか琅悸は氷のように冷ややかな表情を見せるようになった。同時に、笑うこともなくなってしまったのだ。
本人は隠しているつもりだったのかもしれないが、幼くても作り笑顔や隠された表情ぐらい知っていた。それほど彼を見てきたのだ。
「氷鬼……虚空なら知っているはずだ」
「……氷鬼。まさか、それが琅悸なのか!?」
聞いた瞬間、虚空の表情が険しくなる。それと同時に納得もした。彼の実戦慣れはそこからくるのだと。
「そんな! 僕でも知ってるよ。ベル・ロードで知らない人なんて、いないんじゃないかな?」
「おそらく、な。フェンデの村は閉鎖的だから、情報が回っていなかっただろうが」
向けられた視線に氷穂が頷く。ベル・ロードで有名だと言われても、なんのことだかわからない。
村には外の情報が入ってこないのだ。
入ってくるのは、魔法槍士が流してくれた情報と、現状は巫女護衛の琅悸が仕入れてくれたものだけ。琅悸自身の情報となるなら、氷鬼という情報は氷穂に入れないだろう。
氷鬼とは、一時期ベル・ロードを恐怖へ陥れた殺し屋の呼び名。殺された者に共通点はなく、誰もが怯えたほどだ。
目撃者は誰もいないため、顔は知られていない。必ず氷漬けにして殺すことから、氷の鬼と呼ばれるようになったのだ。
「琅悸が…やっていたの……」
絞り出すように問いかける氷穂に、誰もが痛々しく見ている。
「最初は殺しじゃなかったんだよ。腕がいいから、荷を狙う賊からの護衛とかさ。頼まれたら断れねぇ奴だし」
オルドは港街で、魔具の技術も世界一。たくさんの魔具を各地に出していたことで、よく狙われていた。
「兄妹で、よくやってた」
どちらも強いだけに、交代で引き受けていたのだ。さすがに魔具に関しては見て見ぬふりもできなかった為。
「荷の被害は聞いている。護衛を頼んだことも。だから、対策はしなくていいと連絡をもらった」
ベル・ロードを統治する者として、虚空はオルドの被害を把握しており、連絡を随時受けていたのだ。
彼が護衛をしていたなら、確かに安心して運べたことだろう。問題は、なぜそこから氷鬼と呼ばれる殺し屋になってしまったのかということ。
氷鬼を生み出したのは一体誰なのか。先を話せと促せば、ユフィは一度深呼吸をしてから話しだす。
フェンデの村へ彼が行ったのは、儀式のための魔具が壊れたという知らせを受けて。
「オルドの魔具が世界一と言われるのは、あいつが技術を広めたからなんだ」
「霜瀬さんだろ。あの人、自分の魔力を意図的に封じてた」
「それに、白秋さんの魔力制御の魔具も作っていましたね」
双子の言葉にユフィは頷いた。魔具の知識に長けていた霜瀬は、それを荒れ果てていたオルドの発展に役立てたのだ。
結果、オルドは世界一の技術を持つようになった。
「琅悸も魔具への知識は街一番だ。それで呼ばれて、フェンデの巫女襲撃に遭遇した」
場所的に男一人で行くのはと考えた琅悸が妹を連れて行き、襲撃してきた邪教集団を退ける。これがきっかけで、巫女との繋がりを得た。
「嫌な予感がしますね、この流れ。タイミングが良すぎます」
「女はこぇからな」
話を聞いていた二人は、珍しく険しい表情を浮かべて先を促す。
先代の巫女と琅悸の間になにがあったのか。なんとなく、流れが読めてきたのだろう。
多少なりともこの時代の情報を集めていたのが、今回は助かったとも思った。
「察しがいいな。お前ら、下調べしてただろ」
二人の性格を理解していたからこそ、察することもできる。
関わらないと言って、三人がなにもやらないとは思っていなかったのだ。絶対に裏で動いているはずだと、ユフィだからこそ確信できる。
「職業病ってやつだな。じっとしてらんねぇんだよ」
「困ったことに、動いてしまうんですよね」
本来の時代では現役の魔法槍士補佐官なのだから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないと、ユフィはため息をつく。
「あいつ、あの顔だろ。モテるんだよ。どうやら、先代はかなり前から知ってたみたいだ」
モテると言われれば、琅悸は誰もが納得するほどの美形。
女性陣があれは反則よね、などと言いながら頷くから、男性陣はなんとも言えない表情を浮かべていた。
「魔具の件は、たぶん意図的だ。あいつを呼ぶための口実だ。魔具を見ていた琅悸の反応からしてな。随分おかしな反応してたぜ、あのときの琅悸。邪教集団は偶然だろうが」
さすがにそこまでやらないだろう、とユフィは言う。仮にも魔法槍士の分家である巫女だ。
一歩間違えれば、魔法槍士に殺されるような真似はしない。そのような集団と連絡を取り合うなど、すぐさまバレることだとわかっているはずなのだ。
「いい歳して、惚れたというわけか? 理解できないな」
不機嫌そうに陽霜が言う。話を聞いていて、彼にも先が読めてきたのだ。
氷鬼の後ろにいたのが、先代の巫女だと。その結果がこれで、自分の半身がやられたとなれば腹が立つというもの。
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