始まりの竜

朱璃 翼

文字の大きさ
115 / 174
五部 氷鬼なる琅悸編

思い出の歌4

しおりを挟む
 剣先が少しずつ下がっていく。対照的に琅悸は酷く苦しげで、思いだそうとするほど酷くなるようだ。

 そう、彼は自分から思いだそうとしている。自分の中に抜けた記憶があるのだと、歌を聴いて気付いてしまったから。

 それがわかったからか、飛狛も注意しつつ見守る。彼なら自力で抜け出せると信じたいのだ。いや、彼と彼女なら、と思っていた。

(俺は……なにを忘れて……)

 わからない。どれだけ考えてもわからなければ、考えるほどに頭が割れるように痛む。そこになにかが刺さっているかのような痛みだ。

 これが原因で大切なことを忘れている。それだけはハッキリと言い切れた。

(大切なこと?)

 なぜそのようなことを思ったのか。忘れていることが、大切なことだとは限らないのに。

 また疑問が増えたと同時に、忘れているのが目の前にいる女性のことなのかと思う。

(だから、泣いているのか)

 彼女はずっと泣いている。自分を見ながら。

 自分を見たまま涙を流す女性を見ていると、さらに頭が痛むようになった。

 痛みを振り払うように剣を構える。下がっていた剣先を上げ、目の前にいる女性をどうにかすれば痛みが引くだろうと考えた。

 この痛みは彼女がきっかけだ。だから消すのだと、なぜか思考が誘導されていく。

「琅悸……」

 なぜ、そんなに切なげに自分を呼ぶ。いや、それよりも、なぜ敵が名前を知っているのかと考え、ふと思考が止まる。

 なぜ彼女達は敵なのだろうか。誰が敵と言ったのか。今自分は、誰の指示で動いているのか。それすらもわからない。そんな事実に気付いて愕然とする。

(俺は……なにをしている……)

 どうして目の前の女性を消さなくてはいけない。目の前にいる青年と戦っていた意味はどこにあるのか。

 そして、それ以前に戦っていた者達がなにをしたというのか考え、なにもしていないではないかと思い直す。

 疑惑が膨れ上がっていく。頭痛すらも忘れてしまうほどに。

 琅悸の剣先が完全に下がったのを見て、誰もがこのまま彼を取り戻せると思えた。

 この瞬間、彼らはしてはならないミスを犯す。邪教集団の少女がいることを忘れていたのだ。

 戻ろうとする琅悸に意識が集中して、その動きを注意していた者は誰一人いない。

「キャァァ!」

「しまった!」

 誰の叫びだったのか。慌てたところですでに遅い。少女は琅悸を戻そうとする氷穂を黒い気で縛り上げる。

「うっ…っ……琅悸っ……」

 苦しげにしながらも、氷穂は琅悸を見た。ずっと彼だけを見てきたのだ。いまさら、他の誰かなど見られない。見られるわけがないのだ。

 紫の瞳から涙が溢れて止まらない。せっかく兆しが見えたというのに、邪教集団の少女が再び干渉を始めている。

(氷鬼に…なん…か…させない。死んでも…助け…なきゃ……)

 邪教集団に利用されるだけの存在にするなら、自分の手で殺してしまえ。けれど一人で死なせもしない。

(一緒に…逝こう……琅悸……)

 涙で赤くなりかけていた紫の瞳が、金色へと変化していく。魔力が凄まじい勢いで高まる。

「氷穂、なにをする気だ」

 ただの精霊眼発動ではない。違和感を覚えた飛狛が止めに入ろうとした瞬間、眩い光が辺りを包み爆発した。

「氷穂!」

 違和感を覚えた黒耀が叫ぶ。同じ精霊眼を持つ者なら、この違和感は感じたことだろう。

 表現しづらい違和感で、それでいて寒気を感じるほどの違和感。本能的に使ってはいけない力だと訴えてくる。

「待って!」

 駆け寄ろうとする黒燿に、華朱は腕を掴んで引き留めた。

「黒耀、あそこ」

 指差した先、誰もが引き込まれるように見て、息を呑む。

「琅悸……」

「戻ったのか?」

 虚空の問いかけに、誰も答えることができない。まだ確証がないからだ。

 だが、しっかりと氷穂を抱えている。身体を張って、命を投げ出す勢いで彼女を護ったことだけは、事実であった。

「精霊眼に、自爆能力があるなんて聞いてねぇぞ」

「ユフィ、あなたなにか知らないんですか?」

 その中、夜秋と秋星が険しい表情を浮かべる。このようなことができるとは思っていなかったのだ。

 精霊眼は可愛い甥も持っているもの。自爆能力があるとなれば、黙っていることはできない。

「自爆っつうか……まぁ、自爆に近いか。一歩間違えりゃ、死ぬし」

 頭を掻きながら、ユフィの表情も険しい。氷穂がこのような真似をするとは思ってもみなかったのだ。

 自爆をするためのものではない。ユフィはハッキリと言った。ただし、それは精霊が使うからだと。

 どのような力なのかは、さすがに言えないとも言われてしまう。口で説明できるものではないのだと。

「竜族はそもそも、精霊の力と反発するからな」

「じゃあ、それを利用して?」

 できるかもしれないと華朱は思う。氷穂が使った力も理解できた。同時に使う真似はしたことがないが、やれば今回のようなことができる可能性はある。

 彼女自身も、九兎から同時に使うなと言われていた。なにが起きるかわからないからと。

「琅悸を殺して、自分も死ぬ気だったのか。なんてことを巫女殿はするんだ」

 普段の彼女からしたら、とてもじゃないが考えられない。このようなことをするタイプではないからだ。

「ですが、それが今回は吉と出たようですね」

「あぁ……戻ったな、あいつ」

 氷穂を助けたということは、少なくとも敵対はしないだろう。誰でもわかったが、なぜ二人は断言できたのか。

 こちらからでは、琅悸の表情が見えていない。まだ、完全に戻ってきたとは判断できないのではないか。





.
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ
恋愛
婚約破棄―― それは、多くの令嬢にとって人生を揺るがす一大事件。 けれど彼女は、泣き叫ぶことも、復讐に走ることもなかった。 「……では、私は日常に戻ります」 派手なざまぁも、劇的な逆転劇もない。 彼女が選んだのは、線を引き、基準を守り、同じ判断を繰り返すこと。 王宮では改革が進み、領地では生活が整えられていく。 誰かが声高に称えられることもなく、 誰かが悪役として裁かれることもない。 それでも―― 混乱は起きず、争いは減り、 人々は「明日も今日と同じである」ことを疑わなくなっていく。 選ばない勇気。 変えない決断。 名を残さず、英雄にならない覚悟。 これは、 婚約破棄をきっかけに 静かに日常を守り続けた一人の令嬢と、 その周囲が“当たり前”を取り戻していく物語。 派手ではない。 けれど、確かに強い。 ――それでも、日常は続く。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

転生小説家の華麗なる円満離婚計画

鈴木かなえ
ファンタジー
キルステン伯爵家の令嬢として生を受けたクラリッサには、日本人だった前世の記憶がある。 両親と弟には疎まれているクラリッサだが、異母妹マリアンネとその兄エルヴィンと三人で仲良く育ち、前世の記憶を利用して小説家として密かに活躍していた。 ある時、夜会に連れ出されたクラリッサは、弟にハメられて見知らぬ男に襲われそうになる。 その男を返り討ちにして、逃げ出そうとしたところで美貌の貴公子ヘンリックと出会った。 逞しく想像力豊かなクラリッサと、その家族三人の物語です。

婚約破棄された公爵令嬢は数理魔法の天才

希羽
ファンタジー
この世界では、魔法は神への祈りとされる神聖な詠唱によって発動する。しかし、数学者だった前世の記憶を持つ公爵令嬢のリディアは、魔法の本質が「数式による世界の法則への干渉」であることを見抜いてしまう。 ​彼女が編み出した、微分積分や幾何学を応用した「数理魔法」は、従来の魔法を遥かに凌駕する威力と効率を誇った。しかし、その革新的な理論は神への冒涜とされ、彼女を妬む宮廷魔術師と婚約者の王子によって「異端の悪女」の烙印を押され、婚約破棄と国外追放を宣告される。 ​追放されたリディアは、魔物が蔓延る未開の地へ。しかし、そこは彼女にとって理想の研究場所だった。放物線を描く最適な角度で岩を射出する攻撃魔法、最小の魔力で最大範囲をカバーする結界術など、前世の数学・物理知識を駆使して、あっという間に安全な拠点と豊かな生活を確立する。 ​そんな中、彼女の「数理魔法」に唯一興味を示した、一人の傭兵が現れる。感覚で魔法を操る天才だった彼は、リディアの理論に触れることで、自身の能力を飛躍的に開花させていく。 ​やがて、リディアを追放した王国が、前例のない規模の魔物の大群に襲われる。神聖な祈りの魔法では全く歯が立たず、国が滅亡の危機に瀕した時、彼らが頼れるのは追放したはずの「異端の魔女」ただ一人だった。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

十八歳で必ず死ぬ令嬢ですが、今日もまた目を覚ましました【完結】

藤原遊
恋愛
十八歳で、私はいつも死ぬ。 そしてなぜか、また目を覚ましてしまう。 記憶を抱えたまま、幼い頃に――。 どれほど愛されても、どれほど誰かを愛しても、 結末は変わらない。 何度生きても、十八歳のその日が、私の最後になる。 それでも私は今日も微笑む。 過去を知るのは、私だけ。 もう一度、大切な人たちと過ごすために。 もう一度、恋をするために。 「どうせ死ぬのなら、あなたにまた、恋をしたいの」 十一度目の人生。 これは、記憶を繰り返す令嬢が紡ぐ、優しくて、少しだけ残酷な物語。

コンバット

サクラ近衛将監
ファンタジー
 藤堂 忍は、10歳の頃に難病に指定されているALS(amyotrophic lateral sclerosis:筋萎縮性側索硬化症)を発症した。  ALSは発症してから平均3年半で死に至るが、遅いケースでは10年以上にわたり闘病する場合もある。  忍は、不屈の闘志で最後まで運命に抗った。  担当医師の見立てでは、精々5年以内という余命期間を大幅に延長し、12年間の壮絶な闘病生活の果てについに力尽きて亡くなった。  その陰で家族の献身的な助力があったことは間違いないが、何よりも忍自身の生きようとする意志の力が大いに働いていたのである。  その超人的な精神の強靭さゆえに忍の生き様は、天上界の神々の心も揺り動かしていた。  かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。  この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。  しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。  この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。  一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。

呪われ姫の絶唱

朝露ココア
ファンタジー
――呪われ姫には近づくな。 伯爵令嬢のエレオノーラは、他人を恐怖させてしまう呪いを持っている。 『呪われ姫』と呼ばれて恐れられる彼女は、屋敷の離れでひっそりと人目につかないように暮らしていた。 ある日、エレオノーラのもとに一人の客人が訪れる。 なぜか呪いが効かない公爵令息と出会い、エレオノーラは呪いを抑える方法を発見。 そして彼に導かれ、屋敷の外へ飛び出す。 自らの呪いを解明するため、エレオノーラは貴族が通う学園へと入学するのだった。

処理中です...