死神さんは仕事をしない

うねやん

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エピソード 1

空っぽの僕

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 僕は今、大っ嫌いな学校の唯一の居場所だった屋上にいる。ここは立ち入り禁止で誰も入ってこない。下にあるのは血の海の跡。錆びた鉄のような匂いが風に乗って嫌というほど鼻を掠める。そう、僕は飛び降りたんだ。自殺。
僕はいじめられていて、それにもう耐えられなかった。うまくやってきたはずだった。成績もそこそこ優秀で、部活はレギュラー入り。先生からの信頼も厚かった。だからなのかは知らないが、気に食わなかったのだろう。嫉妬というのは恐ろしいものでその感情に駆られて一歩間違えば、人を殺めることだってできるんだから。肉体的な死だけじゃなく、精神的な死も、だ。僕のことを気に食わなかった奴らが僕をいじめるようになって。僕は毎日逃げるのに必死だった。ストレスからか体は助けを求めていた。でももう心は完全に死んでいた。髪の毛が抜けて、悲しくなくても涙が溢れた。もうどうでも良くなっていた僕は何も感じなくなっていた。辛くないし哀しくないけれど、楽しくないし嬉しくなかった。
ある日、いつものように放課後に僕は虐められていて。この屋上に逃げてきた。陽が沈みはじめた立ち入り禁止のこの場所は、誰にも入ることができない。人をいじめることはできても先生に叱られるのは嫌なようだ。夏の残香がする風が柔らかく吹いていた。一筋の涙が頬を伝って、コンクリートの地面を黒く染めた。もう、疲れたんだ、とその時感じてしまった。ヒュゥっと音を立てて風が吹くと、それに操られるように僕は歩き、フェンスを越え、体を乗り出した。
「あぁ、やっと終わるんだ。」
綺麗な夕日にきらりと涙が照らされながら、僕を茜色に染めながら、僕は前へと踏み出した。

そして今に至るわけだが。1日経っているのか、死体はなかった。きっと今は朝だ。いつもより肌寒いから、昼ではないだろう。そしていつものような制服でただただ立ちすくんでいるばかりだ。死んだはずだよなと思考を巡らせていると、背後から声がしたんだ。

「残念だなぁ。また若い子の命がなくなっちゃったのか。」

鈴のように透き通った高い声。でも優しくて柔らかい声だった。振り返ってみると真っ黒なポンチョに鎌を担いだ女の子が立っていた。高校生くらいにも見えるし、中学生にも見える。
フードを被っているので顔はよく見えないが、血色のいい赤く染まった唇がのぞいている。長くて緩やかなウェーブを描く真っ黒な髪の毛もフードから見えている。足元は編み上げの黒色のブーツで、膝下まで隠れている。ほとんど露出しておらず、強いて見えるのは首元と手だけだが、それでも髪の毛や服と対照的に透き通るような白さだ。全身真っ黒に身を包んでいる。怪しさのあまりもうハロウィンか何かの仮装なのではと思うほどだ。

「誰なんですか。」

僕はぶっきらぼうに言い放った。

「私は死神の柑凪です、あなたの魂をあの世までお送りいたします。」 

死神?何を言っているんだ。信用ならなかった僕は

「死神なんているはずないじゃないですか。」

そう強く突き放してしまった。

「そうだよね、いきなり私は死神だなんて言われても、信じられないよね。でもごめんね。本当に死神なんだ。あなたの言った通り、あなたは死んだの。だからあの世までの案内をさせていただきます。」

一定の距離を保ったまま、優しい口調で言う彼女。

「じゃあ、死神だって証拠を見せてください。」

まだ信用ならなくてそう言うと。

「証拠かぁ。いいよ。見せてあげる。」

そう言うと彼女はクルッと向きを変え、コツコツとブーツを鳴らしながら歩き出した。時間があっという間に過ぎてこの瞬間昼休憩を知らせるチャイムが鳴った。ガヤガヤと賑わう廊下のど真ん中に死神だと言う女の子は立った。

「どうかな?これで信じてもらえた?」

ちらちら見える顔が笑っている。たしかにあんな黒ずくめの格好をした、しかも鎌という刃物を担いだ女の子が立っていたら誰だって気にするだろう。しかし誰1人として彼女に話しかけたり、彼女を見たりしなかった。

「本当に、死神なの?」

「そうだよ。私のことがみんなには見えていないからね。私は死神で、あなたは今魂の状態だからね。」

本当に死神なのだと信じざるを得なかった。

「ところで、君さ、自分の体どこにあるか知ってるの?」

死神が口を開いた。淡々と話す。
体?死体のことなら僕は何も知らない。

「知らないです。気づいたらここにいました。」

そう言うと、少しの間があいてから

「じゃあ、一緒に来て!」

と手を引かれ僕は何故だかすんなりとついていった。
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