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74話 知らなかった事実〈アマンダ視点〉
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アイラとの打ち合わせを終え、早速ルアン夫人に手紙を送ることにした。
手紙で切迫感を出したら、きっと早く会ってくれるだろう。そのことを考えたうえで、私はルアン夫人へ送る手紙を書き進めた。
エンディミオン様が婚姻なさったクリスタ・ウィルキンスの裏の顔について、話したいことがある。本当に心配だから、参考までに話を聞くという程度でも良い。どうか話を聞く機会を作って欲しい。
そんな内容を文面にまとめ、最後に彼女の裏の顔をよく知っている情報主一人の同席を願う言葉を加えて手紙を送った。
それから次の日の午前中、さっそくルアン夫人から手紙の返事が届いた。内容を読むと、思い通りの文章が綴られていた。
心配だから、ぜひ話が聞きたい。情報主も連れて来て良いから、三日後、ルアン公爵邸にきてほしい。そんな内容だった。
――上手くいったわ。
後は、ルアン夫人を丸め込むだけよ!
こうして、トントン拍子にことを進めることが出来た私は、約束の日、アイラを伴ってルアン公爵邸にやって来た。
◇◇◇
「あなたが送ってきた手紙の内容を、もう少し詳しく教えていただけるかしら?」
公爵邸の応接間に通され席に着くなり、いつもはゆったりと余裕がある夫人が心配そうな表情で訊ねてきた。
――今日はいつもの余裕が無いみたい。
説明さえ上手くいけば、きっと破談間違いなしね!
「はい! クリスタ・ウィルキンス、彼女はとんでもなく残酷な性格をしているのです」
「本当に……? そ、そうなの? 優しい方としか思えないのだけれど……。そこまで言うのなら、証拠はあるのよね?」
夫人は戸惑う様子を見せながら、訝しげな眼差しをこちらに向けてきた。
いつもの私ならその眼差しにたじろぎそうなものだ。しかし、今日は隣に彼女がいるため問題はない。ということで、私はさっそく夫人に隣にいる人物の紹介を始めた。
「証言するとおっしゃってくださった人物をお呼びしました。夫人に挨拶をお願いしますわ」
そう声をかけると、隣の人物は顔を上げ夫人に挨拶を始めた。
「アイラ・カーチェス、クリスタ・ウィルキンスの妹でございます。本日はお時間を作っていただき、誠にありがとうございます」
彼女がそう告げると、夫人は目を見開きアイラを凝視した。だが、アイラはそんな夫人の様子に動じる様子を見せず、言葉を続けた。
「妹として長い間いたからこそ分かる、姉の本性についてお話に参りました」
神妙で暗い様子を醸しながら話し出したアイラ。そんな彼女の様子で、この部屋の雰囲気に不穏さが漂い始めた。
――やるじゃない。
この話し方なら、夫人もきっとこの話を重く受け止めるはずよ。
そう思いながら、私は打ち合わせ通りの話をするアイラの言葉に耳を傾けた。
クリスタは、レアードのストーカーをしていたということ。レアード以外の男ともただならぬ関係だったということ。
彼女は父親が亡くなってから、継母に冷たく当たっていたこと。継母と血のつながりのない妹だからとアイラをいじめたり、父親が亡くなったのを良いことに、時期を見て二人を家から追い出したりしたこと。
どの話を聞いても、クリスタという女が酷く薄情な女というイメージを植え付けるには十分だった。
案の定夫人も「えぇ!? なんてことなの……」「どうしましょう……本当に!?」なんて声を漏らしながら、驚いた顔で話に夢中になっている。
そのうえ、夫人の反応が良好なだけに、アイラもどんどん饒舌になっていった。
――打ち合わせ外のことも話しているわね。
でも……これはちょっと盛りすぎでは?
なんて思ったが、まあ良い。あくまで、これはアイラが話していること。私が直接言ったわけでは無い。
それに、感情が高ぶったのか、アイラは時折思わずと言った様子で涙を流した。その姿を見て、誰が彼女の発言を疑おうか。
少し盛っていると思っていた私でさえ、ありのままの真実を話していると思えてきた。
それから、アイラによるクリスタ・ウィルキンスの話題が尽きたのは間もなくの事だった。
「……というように、姉には冷酷な裏の顔があるのです」
打ち合わせ通りのその言葉を聞き、私はアイラの目配せに応じて夫人に声をかけた。
「夫人。このことを聞いて以来、私は敬愛する夫人のご子息であられるエンディミオン様が心配でたまりません。どうか、御二方の結婚について、今一度ご再考くださいませ」
この私の言葉を聞いて、夫人はあまり表情には出さないものの、参ったというような様子で軽く顔を伏せた。
――信じたみたいね。
あとは、夫人に寄り添う態度で接して、私を売り込めば……。
そう思った矢先、目の前にいる夫人がスーッとその相貌から感情を消して顔を上げた。その予想外の反応に、本能的な警戒からか胸に戦慄が走る。
そして、そんな私と目を合わせると、夫人は先程までの戸惑った様子を見せることなく、凛と芯の通った声を発した。
「で、今までのお話はすべて真実かしら。エンディミオン、クリスタちゃん?」
――えっ……エンディミオンとクリスタって……。
頭が現状に追いつかない。まさかの名前を聞き、自然と呼吸が浅くなる。隣にいるアイラに至っては、血の気が引き、今にも死にそうだというほど青ざめた顔色になっていた。
そして、夫人がその言葉を発してから僅か数秒後、部屋の扉が開かれ、そこからエンディミオン様とクリスタ・ウィルキンスが室内へと足を踏み入れた。
「エンディミオンさまっ……」
こちらに対し、憐憫のような、蔑むような、そんな視線を向けてくる彼に名前を呼びかけたが、彼はすぐに呆れたように視線を私から逸らした。
こんなにも冷たい態度の彼を初めて見た。そのことにショックを受けていると、夫人が再び口を開いた。
「エンディミオン、はっきりさせなさい。本当なのかしら?」
そう問われると、エンディミオン様は呆れを滲ませため息のように鼻で笑い口を開いた。
「この話は事実の歪曲でしかありません。すべてデタラメですよ、母上」
「お義母様、申し訳ございません。不愉快な思いをさせてしまいました。どうか、弁明の機会をいただけませんでしょうか?」
エンディミオン様に続けるように、クリスタ・ウィルキンスが口を開いた。
――お義母様ですって?
私がそう呼ぶべきはずの人間なのに、何でこの女がっ……!
知らないうちに打ち解けている二人の様子に気付き、腸が煮えくり返りそうになる。だが、そんな私をよそに、夫人はクリスタに視線を向け、優しい口調で言葉を返した。
「クリスタちゃんから説明があるのなら、もちろん幾らでも聞くわ」
そう言ったかと思えば、夫人は「ただ、その前に確認すべきことがあるの」と言いながら、おもむろに視線を私の隣へと移した。
「あなたは彼女の力を知っているわよね? アイラ・レアードさん?」
――は……?
彼女の力ですって?
目の前にいる三人の表情を見れば、三人とも厳しい視線をアイラに向けている。
その視線に釣られ、私も隣に座っているアイラに視線を向けた。
すると、悪事がバレたかのごとく目を見開き、身体を縮こまらせて硬直している彼女がそこにいた。
「何を言っているんですか? 力って……」
私がそう声を漏らすと、途端にアイラが自身の手をきつく握りしめ、ガタガタと身体を震わせ始めた。かと思えば、彼女はとんでもない発言を始めた。
「ア、 アマンダ嬢に命じられたんです。私は、い、言わされただけですっ……!」
「ちょっとあなた、何を言っているの!? 夫人、違います! どうか誤解なさらないでください。彼女が嘘を――」
「私は悪くありません! 嘘も何も、アマンダ嬢が言ったから――」
「ちょっと! 黙りなさい!」
完全に追い詰められた。まさか、アイラが寝返るなんて想定外だ。自分だって乗り気だったくせに、土壇場になって私にすべての罪を擦り付けようとしてきた。
こうなってしまったからには、もうエンディミオン様を守るためにやったことだと主張するしかない。
「ふ、夫人。私はエンディミオン様をこの魔女からすく――」
救うためにやったこと。そう言おうとする前に、怒気を孕ませたエンディミオン様が私の言葉を遮った。
「ヴェストリス公爵令嬢、彼女は魔導士であって、魔女ではありませんが? 訂正してください」
「ま、魔女と言うのは訂正しましょう。……ですがっ、彼女が悪女なことには違いありません! エンディミオン様、あなたはこの悪女に誑かされてしまったんです!」
――でないと、私と結婚するはずのエンディミオン様が、こんな女と結婚するわけないもの!
エンディミオン様を目覚めさせなければならない。そんな思いで告げたその瞬間、アイラにドレスを引っ張られた。
「何よ。触らないでちょうだ――」
そう言いかけたが、私は最後まで言い切ることは出来なかった。必死の形相のアイラが、私の顔を見て全力で首を横に振っていたからだ。
――いったいどうしたと言うのよ。
裏切ったくせに何で止めるの!?
もう訳が分からない。そんな心境でいると、ずっと黙っていた夫人が口を開いた。
「クリスタちゃん、彼女に教えてあげても良いかしら?」
「はい」
彼女が何かについて了承をした。すると、夫人が私の名前を呼んだ。
「アマンダ嬢」
「っはい……」
「あなたはクリスタ・ウィルキンス、彼女のことを悪女と言ったわね? でもね、それは絶対に有り得ないことなのよ」
「はっ……? それはどういう……夫人は騙されて――」
悪い予感が心に過ぎる。だが、何とか抗おうと言葉を発した。しかし、私のその最後の抵抗は空しくも報われなかった。
「彼女は聖女よ。オフィーリア様以来のね」
「えっ……」
夫人の言葉を聞き、私は酷く頭を殴られたような感覚に陥った。クリスタ、彼女が聖女だなんて、なんて悪い冗談だろうか。
――嘘よね……。
そう思いながら隣に視線を向ければ、アイラは観念したように項垂れていた。続いてクリスタ本人に目を向けたが、彼女は否定せず、ただただ哀れな者を見るようなまなざしで私を見つめていた。
エンディミオン様も、彼女と同じまなざしを私に向けている。
「そんな……本当に……?」
「ええ、本当よ」
心の中で言ったつもりが、自然と声になって出ていた。そんな私の漏らした言葉に夫人は返事をすると、更に言葉を続けた。
「アマンダ嬢、調べ方が足りなかったわね。このことは、あなたのご両親にお話して、きっちりと責任を取ってもらうわ。私の未来の娘を貶めようとしたんですもの」
そう言う夫人と顔を見ると、今まで向けられたことのないほど鋭く冷たい視線を返された。その視線だけで、私が今まで積み上げてきたものが崩壊を始めたのだと悟った。
「あなたのご両親は、その貴族よりも感実で誰よりも国に忠誠を誓っている。だからこそ、息子たちの嫁でなくとも、可愛らしいご令嬢と思って可愛がってきましたが、残念です」
「そんなっ……」
夫人ははっきりと口にはしなかったが、これは完全なる絶縁宣言だということは嫌でも分かる。
――ああ……何てことなの。
こんなにもあっけなく、私の人生は終わってしまうの……?
受け入れがたい現実に、気が遠くなってくる。と、そのとき、クリスタ・ウィルキンスがこちらに向かって歩みを進めた。
すると、険しい顔つきの彼女が、私の隣にいるアイラに恐怖心を抱かせるには十分なほど低い声で話しかけた。
「アイラ」
その言葉一つで、アイラはビクッと身体を跳ねさせた。だが、クリスタはそれに動じることなく、言葉を続けた。
「姿を見せるなと言ったわよね?」
「っ……」
「それ相応の対応をするから、覚悟しておきなさい」
その言葉を聞くなり、アイラがハッと顔を上げると、あろうことかクリスタの手を縋るように掴んだ。かと思えば、長椅子から滑り落ちるように床に膝を突き、クリスタに懇願を始めた。
「お、お願い! お母様だけは! お母様は何も知らないの! ごめんなさいっ……謝るわ。お母様は関係ないから何もしないでっ……」
涙を流しながら、必死に懇願する彼女の姿は胸に来るものがあった。しかし、クリスタはその姿を見てもなお、一つも顔色を変えることがない。
だが、アイラが何も喋らなくなったタイミングで、クリスタが呆れたように言葉を発した。
「一蓮托生……と言いたいところだけれど、それは少し考えるわ」
「本当!? お姉様ありが――」
「でも、カーチェス侯爵には伝えておくわ」
「そ、そんなっ……! レアード様に嫌われちゃうわ! 今よりも嫌われてしまったら私――」
「それは私の知ったことではないわ。あなたが選んだ道だもの」
そう告げると、クリスタは必死に縋るアイラが掴む手を解いた。そして、私のことは一瞥すらせず、定位置かのようにエンディミオン様の隣に戻った。
――何でこんなことに……。
私は、ただ運命を修正しようとしただけのに。
私が、エンディミオン様と結婚するはずだったのに……。
だが、その未来はもう見えない。今日を以て、その道は完全に閉ざされてしまったのだ。
どれだけ悔いても、もう取り返しがつかない。
そのことを悟った頃、気付けば私はアイラと共にルアン公爵邸を追い出されていた。
……彼の運命に私は組み込まれていない人間だった。
このことに私が気付けたのは、季節を何巡もしたずっとずっと先のことだった。
手紙で切迫感を出したら、きっと早く会ってくれるだろう。そのことを考えたうえで、私はルアン夫人へ送る手紙を書き進めた。
エンディミオン様が婚姻なさったクリスタ・ウィルキンスの裏の顔について、話したいことがある。本当に心配だから、参考までに話を聞くという程度でも良い。どうか話を聞く機会を作って欲しい。
そんな内容を文面にまとめ、最後に彼女の裏の顔をよく知っている情報主一人の同席を願う言葉を加えて手紙を送った。
それから次の日の午前中、さっそくルアン夫人から手紙の返事が届いた。内容を読むと、思い通りの文章が綴られていた。
心配だから、ぜひ話が聞きたい。情報主も連れて来て良いから、三日後、ルアン公爵邸にきてほしい。そんな内容だった。
――上手くいったわ。
後は、ルアン夫人を丸め込むだけよ!
こうして、トントン拍子にことを進めることが出来た私は、約束の日、アイラを伴ってルアン公爵邸にやって来た。
◇◇◇
「あなたが送ってきた手紙の内容を、もう少し詳しく教えていただけるかしら?」
公爵邸の応接間に通され席に着くなり、いつもはゆったりと余裕がある夫人が心配そうな表情で訊ねてきた。
――今日はいつもの余裕が無いみたい。
説明さえ上手くいけば、きっと破談間違いなしね!
「はい! クリスタ・ウィルキンス、彼女はとんでもなく残酷な性格をしているのです」
「本当に……? そ、そうなの? 優しい方としか思えないのだけれど……。そこまで言うのなら、証拠はあるのよね?」
夫人は戸惑う様子を見せながら、訝しげな眼差しをこちらに向けてきた。
いつもの私ならその眼差しにたじろぎそうなものだ。しかし、今日は隣に彼女がいるため問題はない。ということで、私はさっそく夫人に隣にいる人物の紹介を始めた。
「証言するとおっしゃってくださった人物をお呼びしました。夫人に挨拶をお願いしますわ」
そう声をかけると、隣の人物は顔を上げ夫人に挨拶を始めた。
「アイラ・カーチェス、クリスタ・ウィルキンスの妹でございます。本日はお時間を作っていただき、誠にありがとうございます」
彼女がそう告げると、夫人は目を見開きアイラを凝視した。だが、アイラはそんな夫人の様子に動じる様子を見せず、言葉を続けた。
「妹として長い間いたからこそ分かる、姉の本性についてお話に参りました」
神妙で暗い様子を醸しながら話し出したアイラ。そんな彼女の様子で、この部屋の雰囲気に不穏さが漂い始めた。
――やるじゃない。
この話し方なら、夫人もきっとこの話を重く受け止めるはずよ。
そう思いながら、私は打ち合わせ通りの話をするアイラの言葉に耳を傾けた。
クリスタは、レアードのストーカーをしていたということ。レアード以外の男ともただならぬ関係だったということ。
彼女は父親が亡くなってから、継母に冷たく当たっていたこと。継母と血のつながりのない妹だからとアイラをいじめたり、父親が亡くなったのを良いことに、時期を見て二人を家から追い出したりしたこと。
どの話を聞いても、クリスタという女が酷く薄情な女というイメージを植え付けるには十分だった。
案の定夫人も「えぇ!? なんてことなの……」「どうしましょう……本当に!?」なんて声を漏らしながら、驚いた顔で話に夢中になっている。
そのうえ、夫人の反応が良好なだけに、アイラもどんどん饒舌になっていった。
――打ち合わせ外のことも話しているわね。
でも……これはちょっと盛りすぎでは?
なんて思ったが、まあ良い。あくまで、これはアイラが話していること。私が直接言ったわけでは無い。
それに、感情が高ぶったのか、アイラは時折思わずと言った様子で涙を流した。その姿を見て、誰が彼女の発言を疑おうか。
少し盛っていると思っていた私でさえ、ありのままの真実を話していると思えてきた。
それから、アイラによるクリスタ・ウィルキンスの話題が尽きたのは間もなくの事だった。
「……というように、姉には冷酷な裏の顔があるのです」
打ち合わせ通りのその言葉を聞き、私はアイラの目配せに応じて夫人に声をかけた。
「夫人。このことを聞いて以来、私は敬愛する夫人のご子息であられるエンディミオン様が心配でたまりません。どうか、御二方の結婚について、今一度ご再考くださいませ」
この私の言葉を聞いて、夫人はあまり表情には出さないものの、参ったというような様子で軽く顔を伏せた。
――信じたみたいね。
あとは、夫人に寄り添う態度で接して、私を売り込めば……。
そう思った矢先、目の前にいる夫人がスーッとその相貌から感情を消して顔を上げた。その予想外の反応に、本能的な警戒からか胸に戦慄が走る。
そして、そんな私と目を合わせると、夫人は先程までの戸惑った様子を見せることなく、凛と芯の通った声を発した。
「で、今までのお話はすべて真実かしら。エンディミオン、クリスタちゃん?」
――えっ……エンディミオンとクリスタって……。
頭が現状に追いつかない。まさかの名前を聞き、自然と呼吸が浅くなる。隣にいるアイラに至っては、血の気が引き、今にも死にそうだというほど青ざめた顔色になっていた。
そして、夫人がその言葉を発してから僅か数秒後、部屋の扉が開かれ、そこからエンディミオン様とクリスタ・ウィルキンスが室内へと足を踏み入れた。
「エンディミオンさまっ……」
こちらに対し、憐憫のような、蔑むような、そんな視線を向けてくる彼に名前を呼びかけたが、彼はすぐに呆れたように視線を私から逸らした。
こんなにも冷たい態度の彼を初めて見た。そのことにショックを受けていると、夫人が再び口を開いた。
「エンディミオン、はっきりさせなさい。本当なのかしら?」
そう問われると、エンディミオン様は呆れを滲ませため息のように鼻で笑い口を開いた。
「この話は事実の歪曲でしかありません。すべてデタラメですよ、母上」
「お義母様、申し訳ございません。不愉快な思いをさせてしまいました。どうか、弁明の機会をいただけませんでしょうか?」
エンディミオン様に続けるように、クリスタ・ウィルキンスが口を開いた。
――お義母様ですって?
私がそう呼ぶべきはずの人間なのに、何でこの女がっ……!
知らないうちに打ち解けている二人の様子に気付き、腸が煮えくり返りそうになる。だが、そんな私をよそに、夫人はクリスタに視線を向け、優しい口調で言葉を返した。
「クリスタちゃんから説明があるのなら、もちろん幾らでも聞くわ」
そう言ったかと思えば、夫人は「ただ、その前に確認すべきことがあるの」と言いながら、おもむろに視線を私の隣へと移した。
「あなたは彼女の力を知っているわよね? アイラ・レアードさん?」
――は……?
彼女の力ですって?
目の前にいる三人の表情を見れば、三人とも厳しい視線をアイラに向けている。
その視線に釣られ、私も隣に座っているアイラに視線を向けた。
すると、悪事がバレたかのごとく目を見開き、身体を縮こまらせて硬直している彼女がそこにいた。
「何を言っているんですか? 力って……」
私がそう声を漏らすと、途端にアイラが自身の手をきつく握りしめ、ガタガタと身体を震わせ始めた。かと思えば、彼女はとんでもない発言を始めた。
「ア、 アマンダ嬢に命じられたんです。私は、い、言わされただけですっ……!」
「ちょっとあなた、何を言っているの!? 夫人、違います! どうか誤解なさらないでください。彼女が嘘を――」
「私は悪くありません! 嘘も何も、アマンダ嬢が言ったから――」
「ちょっと! 黙りなさい!」
完全に追い詰められた。まさか、アイラが寝返るなんて想定外だ。自分だって乗り気だったくせに、土壇場になって私にすべての罪を擦り付けようとしてきた。
こうなってしまったからには、もうエンディミオン様を守るためにやったことだと主張するしかない。
「ふ、夫人。私はエンディミオン様をこの魔女からすく――」
救うためにやったこと。そう言おうとする前に、怒気を孕ませたエンディミオン様が私の言葉を遮った。
「ヴェストリス公爵令嬢、彼女は魔導士であって、魔女ではありませんが? 訂正してください」
「ま、魔女と言うのは訂正しましょう。……ですがっ、彼女が悪女なことには違いありません! エンディミオン様、あなたはこの悪女に誑かされてしまったんです!」
――でないと、私と結婚するはずのエンディミオン様が、こんな女と結婚するわけないもの!
エンディミオン様を目覚めさせなければならない。そんな思いで告げたその瞬間、アイラにドレスを引っ張られた。
「何よ。触らないでちょうだ――」
そう言いかけたが、私は最後まで言い切ることは出来なかった。必死の形相のアイラが、私の顔を見て全力で首を横に振っていたからだ。
――いったいどうしたと言うのよ。
裏切ったくせに何で止めるの!?
もう訳が分からない。そんな心境でいると、ずっと黙っていた夫人が口を開いた。
「クリスタちゃん、彼女に教えてあげても良いかしら?」
「はい」
彼女が何かについて了承をした。すると、夫人が私の名前を呼んだ。
「アマンダ嬢」
「っはい……」
「あなたはクリスタ・ウィルキンス、彼女のことを悪女と言ったわね? でもね、それは絶対に有り得ないことなのよ」
「はっ……? それはどういう……夫人は騙されて――」
悪い予感が心に過ぎる。だが、何とか抗おうと言葉を発した。しかし、私のその最後の抵抗は空しくも報われなかった。
「彼女は聖女よ。オフィーリア様以来のね」
「えっ……」
夫人の言葉を聞き、私は酷く頭を殴られたような感覚に陥った。クリスタ、彼女が聖女だなんて、なんて悪い冗談だろうか。
――嘘よね……。
そう思いながら隣に視線を向ければ、アイラは観念したように項垂れていた。続いてクリスタ本人に目を向けたが、彼女は否定せず、ただただ哀れな者を見るようなまなざしで私を見つめていた。
エンディミオン様も、彼女と同じまなざしを私に向けている。
「そんな……本当に……?」
「ええ、本当よ」
心の中で言ったつもりが、自然と声になって出ていた。そんな私の漏らした言葉に夫人は返事をすると、更に言葉を続けた。
「アマンダ嬢、調べ方が足りなかったわね。このことは、あなたのご両親にお話して、きっちりと責任を取ってもらうわ。私の未来の娘を貶めようとしたんですもの」
そう言う夫人と顔を見ると、今まで向けられたことのないほど鋭く冷たい視線を返された。その視線だけで、私が今まで積み上げてきたものが崩壊を始めたのだと悟った。
「あなたのご両親は、その貴族よりも感実で誰よりも国に忠誠を誓っている。だからこそ、息子たちの嫁でなくとも、可愛らしいご令嬢と思って可愛がってきましたが、残念です」
「そんなっ……」
夫人ははっきりと口にはしなかったが、これは完全なる絶縁宣言だということは嫌でも分かる。
――ああ……何てことなの。
こんなにもあっけなく、私の人生は終わってしまうの……?
受け入れがたい現実に、気が遠くなってくる。と、そのとき、クリスタ・ウィルキンスがこちらに向かって歩みを進めた。
すると、険しい顔つきの彼女が、私の隣にいるアイラに恐怖心を抱かせるには十分なほど低い声で話しかけた。
「アイラ」
その言葉一つで、アイラはビクッと身体を跳ねさせた。だが、クリスタはそれに動じることなく、言葉を続けた。
「姿を見せるなと言ったわよね?」
「っ……」
「それ相応の対応をするから、覚悟しておきなさい」
その言葉を聞くなり、アイラがハッと顔を上げると、あろうことかクリスタの手を縋るように掴んだ。かと思えば、長椅子から滑り落ちるように床に膝を突き、クリスタに懇願を始めた。
「お、お願い! お母様だけは! お母様は何も知らないの! ごめんなさいっ……謝るわ。お母様は関係ないから何もしないでっ……」
涙を流しながら、必死に懇願する彼女の姿は胸に来るものがあった。しかし、クリスタはその姿を見てもなお、一つも顔色を変えることがない。
だが、アイラが何も喋らなくなったタイミングで、クリスタが呆れたように言葉を発した。
「一蓮托生……と言いたいところだけれど、それは少し考えるわ」
「本当!? お姉様ありが――」
「でも、カーチェス侯爵には伝えておくわ」
「そ、そんなっ……! レアード様に嫌われちゃうわ! 今よりも嫌われてしまったら私――」
「それは私の知ったことではないわ。あなたが選んだ道だもの」
そう告げると、クリスタは必死に縋るアイラが掴む手を解いた。そして、私のことは一瞥すらせず、定位置かのようにエンディミオン様の隣に戻った。
――何でこんなことに……。
私は、ただ運命を修正しようとしただけのに。
私が、エンディミオン様と結婚するはずだったのに……。
だが、その未来はもう見えない。今日を以て、その道は完全に閉ざされてしまったのだ。
どれだけ悔いても、もう取り返しがつかない。
そのことを悟った頃、気付けば私はアイラと共にルアン公爵邸を追い出されていた。
……彼の運命に私は組み込まれていない人間だった。
このことに私が気付けたのは、季節を何巡もしたずっとずっと先のことだった。
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