【完結】あなたに私を捧げます〜生き神にされた私は死神と契約を結ぶ~

綺咲 潔

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48 無情の女神

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――無茶苦茶よ……。

 そんなこと、あっていいはずがない。

「ダメよシド……。あれだけ嫌だったのに、私のためになんてっ……」
「いいんだ」
「いいわけないでしょ!」

 諦めたように首をゆるゆると横に振るシドに、私は声を荒げた。
 自分を犠牲にしたらいいだなんて、そんなシドの考え方は間違っているからだ。

 だが、シドは私の言葉を聞くと、少し苛立った顔で私に向き直り口を開いた。

「いいわけなくたって、俺はあんたに死んでほしくないんだよっ……!」
「私だってシドに――」
「オーロラが守れるならいいんだよ。あんたさえ無事だったらっ……!」

 シドは悔しそうに顔を歪めて、私の正面から両方の上腕を掴んだ。

「堕天使にだって悪魔にだってなっていい」
「そんなっ……」
「だってあんたのためなら俺、死ねるから」

 信じたくないくらいに優しい笑顔を向けられて、言葉が上手く喉から出て来てくれない。

 すると、シドはそんな私の後頭部に手を回し、ごく自然に髪を解いた。

 シドの手には、彼がくれたリボンが握られている。もらった日から、毎日大切に付けているものだ。

「どうして解いて――」
「手、貸してよ」
「え?」

 戸惑いながらシドを見上げると、彼はじれったいとばかりに私の左手を掴んだ。そして、そのリボンを手に取った私の手の薬指に結んだ。

「これ、あんたによく似合ってる。大切にしてくれよ。じゃあね」
「シド、何を言っているの?」

 理解が追い付かず、彼の行動に戸惑う。
 だが、シドはそんな私から早々に視線を逸らし、死神姫の元へと歩き始めていた。

「そ、そんな……いや! シド!」

 背後から呼びかけても彼は振り向いてくれない。

「こんなの嫌よ。ねえ、シド! 行かないでっ……!」

 絶叫に近い声を張り上げた。すると、シドの足が止まった。

 しかし、間髪入れずに死神姫がシドに早く移動するよう急かす。そのせいで、シドはやはり振り返ることなく歩き出してしまった。

 だが、ここで死神姫が何かを閃いたようにシドを止めた。

「そうだ、シド。いいことを思いついたぞ」

 この場合のいいことは、決して私たちにとっては良くないことだろう。自ずとその場に戦慄が走る。

 そんな中、死神姫は空気感など気にする様子も見せず、信じられないことを宣った。

「シド。私への忠誠を証明するのだ。今、この女の目の前でな」

 欠片もない忠誠を、どのように証明しろというのだろうか。あまりの無理難題に、シドもさすがに困った様子で訊ねた。

「……っ何をしたらよろしいのですか」

 感情を押し殺した冷たい声だった。しかし、死神姫はそれに動じず、むしろ楽しそうに証明とやらの方法を考え始めた。

「ああ、良いのを思いついたぞ」

 そう時間を置くことなく、死神姫が妖艶な笑みをシドに向ける。そして、思いついた証明法とやらを述べた。

「ここに跪き、私の足に口付けよ」

 私は自身の耳を、目を疑って彼女を凝視した。
 彼女は堪えきれないといった様子で、ククッと笑みを零す。

 そして、突然小手招く動きをした。その瞬間、ドドドドッという音とともに、ピンクアンバーのブタがやってきた。

 死神姫はやってきたブタの顎下を軽く撫でると、そのブタの背に座った。
 まるで椅子に座るかのように、一切の躊躇い無く。

「シド、さあ早くしろ」

 彼女はそう言うと足を組み、上になった一方の足をシドの方へと差し出した。

 すると、シドはあろうことか素直に彼女の足元に跪いた。

「シド! やめて!」

 私を守るためにと、シドは自身の矜持を捻じ曲げて、忠誠を証明しようとしている。

 そんなこと、絶対にさせたくない。

 思うように動かない足に何とか力を入れ、シドの元へと駆ける。

 だが、死神姫がそんな私を止めようと、私の首に何かを巻き付けてきた。

「っ……シド、くっ……だめ、絶対に……」

 苦しくて息ができないながらも、必死にシドに訴えかける。シドはそんな私に駆け寄ろうとしたが、死神姫の声が彼の動きを止めた。

「口付けたら解放してやる」
「しなくて、いいっ……!」

 気道が細まる中、シドに叫ぶ。

 しかし、シドは私の視線を振り切り――そのまま、死神姫の足の甲に口付けてしまった。

「はっ……はは……。あははははは! シド、よくやった!」
「うっ……シド、なんで……」

 首元の締め付けが解除され、私は床にへたりこんだ。シドは血が出そうなほど唇を強く噛み、ギュッと両手に拳を作っている。

 そして、決して私と目を合わせようとはしなかった。

「女、これで分かったであろう? シドは私の物なのだ。覚えておくがいい」

 彼女はそう言って、悔しさを滲ませ佇むシドを後ろから抱き締める。
 すると間もなく、二人はまるで幻影だったかのように、同時に目の前から消えてしまった。

「シド……シドっ……!!!!!!!!」

 どれだけ叫んでも、彼はどこにもいない。

 慌てて家の外へと飛び出すと、ツタで身体をぐるりと縛られた地面に寝かされたベリーとアールを発見した。

「ベリー! アール!」

 私は二人に駆け寄り、ツタを急いで解く。

「シド様は!?」
「どうなったですか!?」

 ツタを解かれながら、二人が無事を祈るかのような表情で訊ねてくる。その顔を見た瞬間、私の涙腺は決壊してしまった。

「ごめん、ごめんねっ……」
「ご、ごめんじゃわかんないよ」
「オーロラさん?」

 二人はツタを解きながらわんわんと泣き始めた私に戸惑い、その目に涙を浮かべ始めた。

「ううっ……連れてかれちゃった……。絶対に助けないと、っいけなかったのに……。ごめんなさいっ……」

 泣いている暇なんてないと分かっているのに、涙が止まらない。

 気付けば、ツタはすべて解き終わり、私の両腕には解放されたベリーとアーㇽが抱き着いていた。

 こうして抱き着く彼らもまた、私のように泣いていた。

 そのときだった。

 何の予兆も無く、私たちの周りを黒紫に光るツタが取り囲んだ。それはまるで檻のようで、出て行く隙間もない。

「な、なにっ……!?」

 驚きながら、全方位をぐるりと見まわす。すると、私たちの真下の地面に謎の紋様が浮かび上がった。

――これは、魔法陣?

 そう思った瞬間、私たちは目も開けられないほど強い光に包まれた。そして気付けば、見たことも無い場所にやって来ていた。

 そこは、もの一つない異様な部屋。その様相に、思わず恐怖を抱き、二人を引き寄せる。

 すると、カツンカツンという聞き覚えのあるヒール音が、唐突に部屋中に鳴り響いた。

 慌てて音が聞こえた後方に顔を向ける。

「どうしてっ……!」
「どうしてだと? 私がそなたのようなあばずれ、許すわけが無かろう。シドの前だから我慢してやっただけだ」

 そこにいたのは、死神姫フレイアだった。

 得意げな顔で、見下すような視線を向けてくる。そんな彼女に、私は負けてはならないと睨み返す。

 しかし、その様子が癪に障ったのだろう。彼女は余裕ありげな顔をギュッと醜く歪め、声を荒げた。

「お前のその勝気な目が気に食わんのだ! こっちを見るな!」
「なら、今すぐシドを解放してください!」

 見るなというなら呼ぶな。そしてシドを返せ。

 そんな思いで、私は絶対に彼女から目を逸らさなかった。

 すると、彼女はそんな私に激高し、張り手を食らわそうとした。だが、その手は寸でのところで止まった。

「ははっ、もっといいことを思いついた。お前が一番嫌なことをしてやる!」

 死神姫はそう言うと、私の顎を掴んで強制的に目を合わせてきた。

 さきほどまでとは違い、すべてを見透かすようなその目によって、皮肉なことに彼女が神であることを痛感させられる。

――今、何をしているの?

 不穏な雰囲気の中、私の瞳を覗き込む死神姫に嫌な予感しかしない。

 そんな中、彼女は用事は済んだというように、乱暴に私の顔から手を放すと、高慢な態度で言い放った。

「私の手を煩わせた己の愚行を悔いろ。天使のくせに神の私に逆らうお前たちもだ!」

 死神姫はアールとベリーに対してまでも、鋭い眼光で睨めつける。

 だが、すぐにその怒りの形相に笑みが浮かんだ。

「神による鉄槌をとくと味わえ」

 彼女がそう言うと、再び私たちは黒紫の光の檻に取り囲まれた。そして、魔法陣が地面に浮かび上がったかと思えば、再び強烈な光に包まれた。

 耳の奥で、死神姫の耳障りな高笑いが響いている。

 すると気付けば、私たちは新たな場所に飛ばされていた。

 そこは、非常に見覚えのある景色だった。それも、最悪な気持ちが込み上げてくるような、二度と見たくない景色で。

「嘘でしょ。まさかここって……」

 身体から力が抜け落ち、私は床にへたり込む。

 私たちが新たに飛ばされてしまった場所。

 それは私がかつて逃げ出した場所である、ロイス陛下の居間だったのだ。
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