【完結】あなたに私を捧げます〜生き神にされた私は死神と契約を結ぶ~

綺咲 潔

文字の大きさ
60 / 74

59 明らかになる秘密

しおりを挟む
 ヘルル様はその後、私の母であるティアについて教えてくれた。

「ティアは正式に言うと、暁と輝きの女神なの」
「暁と輝き?」
「そうよ。その力を司る彼女は、すべてを見通す力を持っていた。だから、一人ここに居る私に気付いて、よく遊びに来てくれていたの」

 そこまで言うと、途端に彼女の顔色が曇った。まるで、悲しみと諦めを滲ませたかのような表情だった。

「だけど、彼女は来なくなった。それからしばらくして、主神からの便りが届いたことで、彼女が不死性を失って亡くなったと知ったの」
「そんなっ! 母は私を産む前、ヘルル様に何もお伝えしなかったのですか?」
「あなたにだけ教えると、好きな人がいる話を聞かせてもらった。それが彼女と会った最後だったわ」

 懐かしむようにどこか遠くを見つめるヘルル様が、そっと私に視線を戻した。

「あなたは私の大切な友、ティアの子よ。好きなだけここに居ると良いわ。あなたが思うままに過ごしてね」
「っ……ありがとうございます」

 儚げに微笑を湛える彼女の表情を見て、なぜか感傷的な気持ちになる。しかし、ふとあることに気付き、私は気持ちを切り替えた。

「ところで、ヘルル様。一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうしたの?」
「母はどこからこの冥界にやって来ていたのですか?」
「天界からよ」

 さらりと告げられた言葉に、私は違和感を覚えた。

――よく来てくれたってことは、行き来していたってことよね?
 ということは、確実に冥界から出られる方法はあるっ!

 ロキオという神でさえも不可能だという無謀な脱出に、一筋の光が見えたような気がした。
 逸る気持ちでヘルル様に訊ねる。

「天界からということは、母は冥界に出入りできたということですよね? どうやって帰っていたんですか?」
「彼女は自身の輝きの力を使って、冥界の曇天を貫き行き来していたわ。でも、ロキオは光の力を持っていないから、あえて言わなかったの」

 きっと教えてもらっていたら、期待をかけて脱出を試みただろう。彼女なりに、下手な期待を持たせまいとしていたわけだ。

 ミステリアスでアンニュイ、そのうえもともとの表情が薄い彼女は、接する回数が増えるほど見た目からは分からなかった優しさや温かみが伝わってくる。

 ……何だか、ティアがヘルル様に会いに来ていた気持ちが分かるような気がした。

 しかし建前とはいえ、ヘルル様は皆が来たくない場所で独りぼっちにされている。
 そう思うと、どうにも彼女が不憫に思えてならなかった。

「ヘルル様……」
「……?」
「自ら望んで、この冥界にいるのですか?」

 望んでいないと答えられても何もできないくせに、つい訊ねてしまった。すると、彼女は表情を崩すことなく言葉を紡いだ。

「ええ……そうね」

 意外な答えだった。

「そうなんですか?」
「ええ、私が天界にいたら、私の持つ能力のせいで神たちの欲望を悪戯に増幅させてしまう。だったら、冥界で穏やかに過ごしたいの」
「能力……?」

 神たちの欲望を増幅させてしまうような能力なんて、いったいどのようなものなのだろうか。

 心から湧き出た純粋な疑問が口を衝いて出た直後、ヘルル様は極めて穏やかな表情で口を開いた。

「私は人を生き返らせることができるの。まあ……今はできないんだけどね」

 そう言うと、彼女はおもむろに自身の足に視線を移した。思わずつられて、彼女の足に目を向けてしまう。

「気になるわよね」
「あっ! ごめんなさいっ……」
「謝らないで」

 彼女はそういうと、不躾な視線を向けた私の頭を、まるで幼子をなだめるかのように一撫でして続けた。

「私は半身が死んでいて、そのせいで能力が半減してしまったのよ。だから車いすなの」

 その言葉を聞いた瞬間、さっきロキオから聞いた言葉が脳内で再生された。

『主神の妹を庇って、歩けなくなった上ほかに、何か神の力の一部を失ったらしい』

 悪い予感が脳裏を過ぎる。

「もしかして、そうなった理由は主神の妹を庇ったからですか……?」

 おずおずと訊ねると、途端にヘルル様が柳眉をしかめた。

「まさか、あの露出狂から聞いたの?」
「は、はいっ……」

 儚げな見目に反し、低く真のある声を出したヘルル様に、思わず畏まるように背筋を正す。
 そんな私に、ヘルル様はふっと息を吐いて続けた。

「まあ、違うとは言えないわね。彼女がここに遊びに来たとき、こっそり悪魔がついて来ていたの。その悪魔を倒した時にちょっとね……」

 そこまで告げた彼女は、喋りながら再び自身の足に落としていた視線を、私の顔に向けた。
 輝きを失わぬ女神の視線が、私の瞳と交わった。

「オーロラ。私にとってこの傷は名誉ある傷よ。たった一人の大切な友を、私の半身一つで守り抜いたんだもの」

 ヘルル様はそう告げると、フッと目を細めて再び目の前に広がる薔薇園を眺めた。極めて穏やかな表情をしている。

 だがその一方で、彼女があえて口にしなかった情報を察した私は、表情を繕うことすらできず心を酷く揺さぶられていた。

――私の母は、主神の妹ということ……?


 ◇◇◇


 天界では、ルニー、ベリー、アールの三者が、ロキオの根城にヴァルドを連れてやってきたところだった。

 オーロラの無事を確認するため、慌ててやってきたヴァルド。しかし、彼に待ち受けたのは思いもよらぬ状況だった。

「オーロラさんはまだ帰って来てないのです?」
「いや、帰ってきた。それで、シドを助けるためには鍵の在り処を調べなければならないと言っていた」

 帰ってくるなりアールが投げかけた問いに、フェンリーがすかさず答える。

 だが、居ると言ったオーロラの姿はどこにも見当たらない。この状況に、ヴァルドの顔色は曇った。

「ヨル、フェンリー。オーロラはどこにいるんだい?」

 柔らかい口調ではあるが、どこかピリついた物言いに場は静まる。その直後、ヨルとフェンリーがひれ伏したかと思えば、息を揃えて叫ぶように告げた。

「「ヴァルド様! 大変申し訳ございません!」」

 謝罪にしても大袈裟すぎる聖獣たちの様子に、ヴァルドは不審を覚えた。

「……もしや、ロキオがオーロラに何かしたのか?」

 ロキオの性格を熟知しているヴァルドはまさかと思いながらも、ひれ伏す聖獣たちを見据えながら訊ねる。
 すると、二人は委縮した様子で互いに顔を見合わせた。

――嘘だろう。

 その光景を見ただけで、ヴァルドは自身の嫌な予感が的中したことを悟った。
 しかし、ヨルが次に告げた言葉は、ヴァルドの想定よりもずっと最悪なものだった。

「実は、ロキオ様がその井戸からオーロラを巻き込んで落ちたのです」
「何だと!? 行先はどこだ?」

 たおやかで優しいイメージしかないヴァルドが露わにした怒りに対面し、ヨルは思わず全身をビクンと跳ねさせる。
 すると、その様子に気付いたフェンリーが代わりに口を開いた。

「どこかは、我々にも分からないのです。大変申し訳ございません」

 頭を下げるフェンリーを横目に、ヴァルドは井戸に視線を向けた。

 どこに行くかも分からぬ井戸から、胡散臭い男神とともに落ちたオーロラ。探しに行くという選択肢以外、ありえなかった。

「分かった。私は今から二人を追う。その間、ここに残る者はシドを助ける鍵の在り処を探っていなさい」

 ヴァルドはそう告げると、周りを見向きもせず井戸に向かった。

「ヴァルド様、私もお供しますわ!」
「ぼくも一緒に行くです!」
「ボクもオーロラを助けに行きます!」

 ヴァルドの後を、聖獣のルニー、そしてアールとベリーが追いかける。そしてヴァルドを筆頭に、四者は躊躇う様子もなく井戸の中へと飛び込んだ。

 その様子を、ヨルとフェンリーは茫然と見つめていた。しかしハッと我に返り、自身の主の失態を挽回すべく、彼らは鍵の捜索に乗り出したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

処理中です...