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8. 初めての
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不思議な感覚だった。さっきまで本気で戦っていた相手に、傷を負わされた張本人に、手当てをされている。しかも、その手当ての的確さ、手際の良さは、素人目にも明らかだった。ジークはただその不思議な感覚に飲み込まれたまま、おとなしくなすがままにされていた。
アンジェリカはラウルの横でこまごまと手伝いをしていた。一方のリックはただおろおろしているだけだった。
「たいしたことはない。腕の骨には多少ひびが入っているが、あとはかすり傷だけだ」
一通りの手当てを終え、残った包帯を片づけながらラウルが言った。それを聞いてアンジェリカとリックはそろって安堵の息をもらした。しかし、当の本人のジークは相変わらずぼーっとしているだけだった。
「アンジェリカに感謝するんだな。アンジェリカがいなければ、これごときではすまなかっただろう」
ラウルの続けざまのこの言葉に、ようやくジークが反応した。急に思い出したように、腰掛けていたベッドから勢いよく跳び降り、アンジェリカの方に体を向け、堰を切ったように問い詰め始めた。
「あのすんでのところで結界を張ったのはおまえか! あの一瞬でよくあんなことが……」
ジークは驚き、感心したように言った。しかし、視界の隅のラウルに気がつくと、はっとしたように彼を指さした。
「というか、おまえとこいつはどういう関係なんだ?! もしかしてこいつとなにか企んでたのか? 名門のラグランジェ家の娘がわざわざアカデミーに入ること自体、不自然だよな!」
アンジェリカは怒るというよりも呆れ顔で、一息おいて反撃を始めた。
「助けてもらっといてありがとうの一言もないのね。それにさっきも言ったと思うけど、『おまえ』じゃなくて『アンジェリカ』。『こいつ』じゃなくて『ラウル』。あと、ラグランジェ家の娘がアカデミーに入っちゃいけないなんてきまりでもあるの? わたしがここで学びたいと思ったから来たのよ。どうして不自然なの? 言い掛かりつけないで」
一瞬たじろいだものの、ジークもまだ負けじと切り返す。
「はぐらかすなよ。いちばん肝心なことの答えがないぜ。おま……アンジェリカとこいつの関係だ」
それを聞いて、アンジェリカはくすっと笑った。予想もしない反応に、ジークはいぶかしげな顔を見せる。
「なに、その台詞。奥さんに浮気された亭主みたい」
10歳の子供とは思えない台詞である。どこで覚えたのか謎だ。ジークが対応に悩んでいると、アンジェリカは続けて核心部分の話を始めた。
「私ね、子供の頃からちょくちょく王宮に行っていたのよ」
今でも子供だろう、と突っ込みたかったが続きが気になるのでおとなしく次の言葉を待った。
「両親が用事を済ませるまでの間、ラウルに預けられてたのよ。それで遊んでもらったり、魔導を教えてもらったりしてたってわけ。ラウルがここの先生になったことは、わたしも今日初めて知ったのよ」
言われてみれば、至極常識的なことだった。さっきまで自分が考えていたことの方が、よっぽど突拍子もない。ジークは苦笑いした。
「よかったね、ジーク!」
さっきまで固唾を飲んで二人のやりとりを聞いていたリックが安堵の表情で声を掛ける。何が良かったのかさっぱりわからないが、ジークはついうなずいてしまった。
「実技の手伝いは難しいけど、ノートくらいなら僕が貸すから」
リックの何気ない一言に、いきなりの現実を突きつけられた。アカデミーに今日入学したばかりで、あいつとやりやって教室を半壊させ、しかもその相手は担任で……。ジークは一気に不安に襲われた。せっかく入学したのに即退学にもなりかねないことをやらかしてしまったのだ。ノートがどうとか、そんな悠長なレベルの話ではない。
「なぁ……」
気まずそうにラウルの背中に呼び掛ける。それだけで、ラウルは彼の心中まで察したようだった。
「安心しろ。人的被害はほとんどない。やめろと言われることはないだろう。ここには個性の強いやつも多く、ときどきこういうことも起こる。呼び出されて注意くらいはされるだろうがな」
それを聞いて、ジークの表情は一気に明るくなった。が、一方リックは冷や汗を浮かべた。
「ときどき起こるって……」
もう苦笑いするしかなかった。
そんなリックのことなどまるで眼中にないらしく、ジークはしばらく考えてから声を張り上げた。
「よし! 卒業するまでにはおまえに勝つ!」
そう言ってまっすぐラウルを指差したジークには、いつもの自信に満ちた表情が戻っていた。いや、高慢さが消えて挑戦者としての気概が表れている分、前よりいきいきしていた。
このとき初めてジークは目標とすべき相手を見つけたのだ。
アンジェリカはラウルの横でこまごまと手伝いをしていた。一方のリックはただおろおろしているだけだった。
「たいしたことはない。腕の骨には多少ひびが入っているが、あとはかすり傷だけだ」
一通りの手当てを終え、残った包帯を片づけながらラウルが言った。それを聞いてアンジェリカとリックはそろって安堵の息をもらした。しかし、当の本人のジークは相変わらずぼーっとしているだけだった。
「アンジェリカに感謝するんだな。アンジェリカがいなければ、これごときではすまなかっただろう」
ラウルの続けざまのこの言葉に、ようやくジークが反応した。急に思い出したように、腰掛けていたベッドから勢いよく跳び降り、アンジェリカの方に体を向け、堰を切ったように問い詰め始めた。
「あのすんでのところで結界を張ったのはおまえか! あの一瞬でよくあんなことが……」
ジークは驚き、感心したように言った。しかし、視界の隅のラウルに気がつくと、はっとしたように彼を指さした。
「というか、おまえとこいつはどういう関係なんだ?! もしかしてこいつとなにか企んでたのか? 名門のラグランジェ家の娘がわざわざアカデミーに入ること自体、不自然だよな!」
アンジェリカは怒るというよりも呆れ顔で、一息おいて反撃を始めた。
「助けてもらっといてありがとうの一言もないのね。それにさっきも言ったと思うけど、『おまえ』じゃなくて『アンジェリカ』。『こいつ』じゃなくて『ラウル』。あと、ラグランジェ家の娘がアカデミーに入っちゃいけないなんてきまりでもあるの? わたしがここで学びたいと思ったから来たのよ。どうして不自然なの? 言い掛かりつけないで」
一瞬たじろいだものの、ジークもまだ負けじと切り返す。
「はぐらかすなよ。いちばん肝心なことの答えがないぜ。おま……アンジェリカとこいつの関係だ」
それを聞いて、アンジェリカはくすっと笑った。予想もしない反応に、ジークはいぶかしげな顔を見せる。
「なに、その台詞。奥さんに浮気された亭主みたい」
10歳の子供とは思えない台詞である。どこで覚えたのか謎だ。ジークが対応に悩んでいると、アンジェリカは続けて核心部分の話を始めた。
「私ね、子供の頃からちょくちょく王宮に行っていたのよ」
今でも子供だろう、と突っ込みたかったが続きが気になるのでおとなしく次の言葉を待った。
「両親が用事を済ませるまでの間、ラウルに預けられてたのよ。それで遊んでもらったり、魔導を教えてもらったりしてたってわけ。ラウルがここの先生になったことは、わたしも今日初めて知ったのよ」
言われてみれば、至極常識的なことだった。さっきまで自分が考えていたことの方が、よっぽど突拍子もない。ジークは苦笑いした。
「よかったね、ジーク!」
さっきまで固唾を飲んで二人のやりとりを聞いていたリックが安堵の表情で声を掛ける。何が良かったのかさっぱりわからないが、ジークはついうなずいてしまった。
「実技の手伝いは難しいけど、ノートくらいなら僕が貸すから」
リックの何気ない一言に、いきなりの現実を突きつけられた。アカデミーに今日入学したばかりで、あいつとやりやって教室を半壊させ、しかもその相手は担任で……。ジークは一気に不安に襲われた。せっかく入学したのに即退学にもなりかねないことをやらかしてしまったのだ。ノートがどうとか、そんな悠長なレベルの話ではない。
「なぁ……」
気まずそうにラウルの背中に呼び掛ける。それだけで、ラウルは彼の心中まで察したようだった。
「安心しろ。人的被害はほとんどない。やめろと言われることはないだろう。ここには個性の強いやつも多く、ときどきこういうことも起こる。呼び出されて注意くらいはされるだろうがな」
それを聞いて、ジークの表情は一気に明るくなった。が、一方リックは冷や汗を浮かべた。
「ときどき起こるって……」
もう苦笑いするしかなかった。
そんなリックのことなどまるで眼中にないらしく、ジークはしばらく考えてから声を張り上げた。
「よし! 卒業するまでにはおまえに勝つ!」
そう言ってまっすぐラウルを指差したジークには、いつもの自信に満ちた表情が戻っていた。いや、高慢さが消えて挑戦者としての気概が表れている分、前よりいきいきしていた。
このとき初めてジークは目標とすべき相手を見つけたのだ。
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