one night

雲乃みい

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contact1. その男、危険

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「……あの、ここって大丈夫なんですか」
ついさっきタッチパネルで部屋を選んだ智紀さんのあとについて、エレベーターの中。
最上階に向かうここは歓楽街の一角にあるラブホテルだった。
「大丈夫って?」
なにが、と智紀さんは不思議そうに首を傾げる。
「……その男同士で入って」
確か前、ラブホテルには男同士では入れないって聞いたことがあった。
「ああ、平気だよ。ここ同性でも利用オッケーなところだから。それとも普通のホテルがよかった? 御希望ならスイートとるけど?」
「え、いや……大丈夫です」
「そう? 今日は急だったしね、こういうところがいろいろ揃ってるから、ね?」
この場に不似合いにも思えるくらいの爽やかさ。
でも言葉の内容自体はそうでもないよな。
いろいろ揃ってる、のいろいろってなんなんだろう。
いや、それより、俺なんでここにいるんだろう。
二軒目の居酒屋で、あのトイレで智紀さんにキスされて。
あり得ないことに俺はそれに反応してしまっていた。
鈴以外の女に興味さえもてないのに、なんで男であるこの人に誘われるままこんなところまで来てしまったんだろ。
エレベーターが最上階で静かに止まる。
俺とは違って迷うことなく足をすすめていく智紀さん。
どこまでも余裕な雰囲気はかわらない。
その笑顔も。
「ちーくん」
ドア、閉まるよ。
可笑しそうに笑いながら智紀さんがエレベーターに残ったままだった俺の手を引いた。
「……すみません」
そのまま手は繋がれて部屋まで行く。
男と手を繋ぐなんて小学生とか幼稚園とかそんなとき以来じゃないか?
指と指を絡めた恋人繋ぎってやつで部屋へと連れて行かれる。
ラブホテルなんて数回しか来たことない。
ドキドキと心臓がうるさいのは不安と緊張と後悔。
カードキーで部屋の鍵を開ける智紀さんに引っ張られて中に入る。
足を踏み入れた瞬間、後悔する――と同時にそれだけじゃないよくわからない感情が"帰る"っていう選択を押しとどめる。
部屋に入って智紀さんの手は離れていった。
一人進んでいくその背中を立ちすくんで見た。
ついては来たけど、必ずそういう行為をすると決まったわけじゃないし。
そんなありえないいい訳を考えながらゆっくり智紀さんのあとを追った。







VIPルームらしい部屋はモダンインテリアでシティホテルとは違うけど、オシャレで広くて綺麗だった。
リビングと寝室にわかれているらしい。
寝室はやたらと大きなベッドがドンと置かれていた。
そして風呂はめちゃくちゃ広いし、そのうえに露天風呂まであった。
外に設置されたジャグジー風呂に驚いてたら後ろから声がかかる。
「先にお風呂入る?」
背広はもう脱いでいてネクタイを緩めながら智紀さんが目を細めて俺の肩に手を置いて外を覗き見る。
「……えっと」
「ちーくんはさ、温泉とか苦手な人?」
「え……。いや、平気です」
俺が言うと智紀さんは「よかった」って満面の笑顔を浮かべた。
「じゃあ一緒に入れるね」
「はぁ………エッ!?」
「えっ、って、だって男同士だし恥ずかしいことないでしょ」
まるでやましいことなんかないように言われたら―――頷くしか、ないのか?
智紀さんは外に出てジャグジーにお湯を溜めだす。
ラブホテルに来た時点で覚悟を決めなきゃいけないんだろうけど。
……いきなり一緒に風呂はハードル高くないか。
「まぁでも並んで身体洗うのも微妙だし、俺が先に入るから、ちーくんはあとで入っておいで」
洗い場は内湯のバスルームにだけだ。
少しだけでもタイムラグがるのならそっちがましだし。
鼻歌歌い出す智紀さんに対して俺は身体が固まったように動けなかったけど。
それでも目が合うと一瞬俺を絡め取るような眼差しを向けた智紀さんに、逃げだしたいのと同じくらい、身体の奥が疼くのも感じた。
ネクタイを外した智紀さんは俺がいるにも関わらず服を脱ぎだした。
予想外にバランスよく筋肉がついた締まった身体つきに思わず見てしまう。
それは変な意味じゃなくて、同じ男として羨ましいなって見惚れただけだ。
「やっぱり一緒に洗いっこする?」
からかうように笑われて、慌てて脱衣所から出た。
リビングに戻ってソファに座ってテレビをつける。
『……っあん、ぁあ!』
「……」
ドラマで見たことあるようなお約束のように流れてきたAVにリモコンを探してチャンネルを変える。
AVはさすがに見たことあるし、別にビビったりはしない。
けど――風呂までいまの聴こえてないかなというのは少し心配だった。
だってひとりで見てたら智紀さんに絡まれそうな気がするんだよな。
それにしても……ラブホ、だよなぁ。
ベッドがないからつい忘れそうになるけど……大人の玩具の自販機もあるし。
メニュー表を開けてみればレンタルコスプレだのなんだの乗っていて、やっぱりラブホだなと実感した。
――鈴もいつかはこういうとこに来たりするんだろうか。
彼氏が出来て、もう鈴は"女"になってしまってるけど。
考えなきゃいいのに、考えるまでもなくそんなことが頭の中を埋め尽くしていく。
一生告げるつもりのない気持ちを封印したはずなのに、気を抜くとあっけなく蓋は開いてしまう。
ため息ひとつついて冷蔵庫からビール取り出して飲んだ。
プロ野球ニュースを眺めながら余計なことを考えないようにする。
試合結果だけを目で追ってたら、考えなさ過ぎて突然聴こえて来た声にびくりとしてしまった。
「ちーくーん」
心臓がばくばく速くなる。
視線を向けると脱衣所のドアから智紀さんが顔をのぞかせていた。
髪も、見えている上半身も濡れていて妙に色っぽい。
男相手にそう思うのはどうなんだ。
だけどぽかんと見てしまっていたら目を細めた智紀さんが手招きした。
「俺もうジャグジーの方に入ってるから。ちーくんも早く来るんだよ。ね? 早く来てくれないと俺のぼせちゃうかもしれないからね」
無邪気にも見える笑顔を向けられて―――少し躊躇った後頷いた。
「じゃあ待ってるよー」
パタンとドアが閉まって、半分くらいで放置していたビールを一気に飲み干す。
「……"温泉"と一緒だよな」
それに湯あたりされたら大変だし……な。
風呂に入ろう。
決意してバスルームにむかったけれど、なかなか服を脱ぐことができなかった。
何度も自分と格闘しながら数分後ようやく身体を洗いはじめた。
ラブホなのにやたら高そうな香りのいいシャンプーやボディソープを使っていく。
家にいるときよりも洗う速度が遅いのは、このあとのことを考えると躊躇うから。
……いや、ただ風呂に一緒に入るだけだ。
それに男同士だし。
鈴とっていうわけじゃないし。
そこでまた思考が鈴のもとに戻ってることに気づいてため息が出る。
どんだけ鈴中心だ。
振り払うように熱めのシャワーを頭から浴びて、なにも考えないうちに勢いで外に出た。
途端に冷たい空気にさらされた身体がぶるりと震える。
蒼い水中ライトが光るジャグジーに入ってる智紀さんが目に映って、また緊張したけど……。
夜空を見上げる何の感情も浮かべていない顔が何故か寂しそうに見えた。
「ようやく来た」
だけどそう思ったのも一瞬だった。
視線を俺に向けた智紀さんはあっという間に非の打ち所のない爽やかな笑顔を浮かべている。
……この人もフラれた…んだっけ。
いまさら思い出して少しだけ肩から力が抜けた。
「早く入らないと身体冷えるよ」
「……はい」
手招きされて、広い円形のジャグジー風呂に入った。
ちょうどいい強さの気泡が出ていて気持ちいい。
「ちーくん」
気泡が出てくるところに手を当てるなんてガキみたいなことをしていたら呼ばれた。
顔をあげると智紀さんが何故か拗ねたような顔をしてる。
「な、なんですか?」
「遠くない?」
「え?」
「距離だよ。なんでそんな離れたところにいるの」
「……」
意識してじゃなかったけど、すぐそばには座っていなかった。
だけど円形だから隅がないし、広いと言ったって手を伸ばせば届く距離だ。
「こっちおいで」
自分の隣に来いと言う。
……正直初対面の男と風呂に入ってる時点で頑張ってるんだけどな。
……どうしようか。
ここまできていまさらだけど、トイレでのキスを思い出すと簡単には動けなかった。
「ちーくん、俺寂しいんだけど。イヤ?」
笑みを消して、眉を下げる智紀さん。
演技くさい……というのはわかる。
「ちーくん」
鈴が俺を呼ぶ声とは全く違うのに、そう呼ばれると弱い。
それに、
「こっちおいで。お願い」
俺はお願いにも弱い。
渋々お湯の中を擦り膝で智紀さんの傍にいく。
気持ち距離を置いて隣に座った。
妙な気恥ずかしさ。
ちらっと智紀さんを見ると目があって、ふっとその口元が緩んだ。
「――捕まえた」
「へっ」
そしていきなり腰に手がまわってきて引き寄せられた。
浮力があるせいかあっさりと俺の身体は智紀さんに密着した。
「っ、うあ」
やばい、変な声が出た。
でもまじでやばい。
俺は智紀さんの足の上に座らされ、逃げようとしても腰をガッチリ押さえられていて逃げれない。
ばしゃばしゃとお湯を揺らしてそれでも離れようとすると吹きだされた。
「そーんなイヤがらなくてもいいのに」
からかうような眼差しで覗きこまれる。
嫌とかそういう問題じゃない。
俺の腰にまわっている手が肌の感触を確かめるたびに身体が震えてしまう。
不安と緊張のせい、のはずだ。
「ちーくんてさ、童貞じゃないよね?」
「……」
「え、童貞?」
「ち、違います! っちゃんと経験ありますよ」
さすがに童貞と思われるのは不本意だから急いで首を振った。
「ふーん。じゃあ別に風呂でイチャつくくらい平気だよね?」
「……いや、それは」
女と一緒に風呂なんて入ったことないし。
……鈴とはほんとうに小さいころ、入ったことならあるけど。
「あれ、もしかして、ちーくんってさ」
吐息がかかるくらいの至近距離。
羞恥と気まずさとでいたたまれなくて視線を合わせることができなかった。
ライトとか南国をイメージでもしたかのように置かれた観葉植物を気を紛らわせるように眺める。
「好きな女の子以外どーでもいいから、どーでもいいセックスしかしたことなかったりする?」
「……」
それは―――正直図星で固まってしまった。
もっと智紀さんの顔を見ることができなくなってしまって限界まで首を逸らす。
「へぇ、そうなんだ。それは―――……開発のし甲斐があるね」
楽しげな声が最後の方は一段低くなって聴こえた。



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