Astray

雲乃みい

文字の大きさ
20 / 30
第2部

19

しおりを挟む
どうすればいい、なんて訊けない。

「ただ……」

訊けない。
でも――……。
ぎゅっと拳を握って緩く息を吐きだす。緊張と不安が過ったけど重い口をゆっくり開いた。

「あのね……別に付き合ってたわけでもなんでもないんだ。会話もそんなにしたことないし」

先生の部屋で会っていたときしていたのは勉強と先生に抱かれること。
会話はあったけどそれは日常的なものじゃない。
勉強を教わるときとあとは必要最低限のもの。
あの部屋で先生の日常を少し知ったけどそれは本当にほんの少しで、僕はなにも先生のことを知らない。

「でも……嫌われては……なかった……気がする」

なぜ先生が僕を犯したのか、抱き続けたのかわからない。
でもでも――僕のためにココアを用意してくれる先生は……"遥"って呼ぶ先生からは悪意は感じられなかった。

「けど……」

冷たく僕を見る先生の目がよみがえる。
思い出すだけで心臓が委縮して息が止まりそうな気さえする。

「……けど? ……なんかあったのか?」

言葉を途切れさせてしまった僕に充くんが控えめに訊いてきた。

「……わからない……けど……嫌われたみたいなんだ」
「なんで」

里ちゃんが眉間に皺寄せて不満そうに呟く。

「なんでだろう。……でも多分……僕が……せ……、気に触るようなことしたんだと思う」

保健室での出来事。
あのとき先生はどういう気持ちだったんだろう。
あのときもう先生は―――。

「なんだよ、その女! ハルに悪いところあるわけねーじゃん! その女が悪いんだろ!」

里ちゃんの怒ったような声にハッとして口をつぐむ。
普通に考えて女性が相手だって思うのが当然だっていまさら気づいて、本当のことを言えないことが心苦しかった。

「……いやでも……僕が気付かないうちになにかしたんだよ、きっと」
「ハルみたいないいヤツがなんかするわけねえし! 何組のヤツだよ!」
「里ちゃん落ちつけって」
「落ちつけるか! そんな急に態度かえるような女やめておけよ、ハル!」
「――」

ズキリと心臓が痛む。

「理由がなんなのかわかんないんだしさ。それにどんな相手にしろハルはその子のこと好きなんだろ?」

ため息をつきながら充くんが里ちゃんをたしなめて、僕に真剣な眼差しを向けた。

「急に態度を変えるような女のことが好きなのかよ」

不服そうに里ちゃんが吐き捨てて。
僕は言葉を失くして―――そして顔が一気に熱くなるのを感じた。

先生のことが……す――……。
里ちゃんの言葉に頭の中が沸騰したみたいになって何も考えられなくなる。
パニックになって視線を落ちつきなく動かして顔を伏せることしかできない。

「……ハル」

何も答えない僕に呆れたのか充くんがため息をついた。
顔を上げると充くんは苦笑していて、逆に里ちゃんが呆れたような顔をしている。

「……そんなに好きなのかよ」

充くんよりも大きくて深いため息を吐き出す里ちゃん。

「……え? や……あ、あの、僕は……せ……、えっと別に……あの」

先生ってまた言いそうになって慌てて口つぐんで、どう言えばいいのかわからなくて口をもごもご動かす。

「……そんなに好きならやっぱり一度ちゃんと話してさ、告白した方がいいと思うぜ?」

充くんの手が伸びてきてデコピンされた。
額を押さえながら戸惑う。
だって僕が先生に―――告白?

「そう……だな。ハルの女の趣味が悪そうってことはわかったけどさー……。んなに好きなら俺ももう一回ぶつかって話したほうがいいんじゃねーの」

真面目な顔で里ちゃんが僕を見つめる。
ふたりからの真っ直ぐな視線に持っていたパンが潰れそうになるくらい手に力を込めてしまった。

「……でも」

僕が先生になにを言えるんだろう?
ずっとずっとあの日から何も言えず訊けず今日まで来てしまった。
最初は恐怖だけで、いまは先生から突き離されて傷ついて。
だけどずっとずっとある先生への疑問が胸に燻ぶってる。
ずっとずっと最初から今でも―――なんで、なんで―――僕を抱くのか。
それを訊きたかった。
だけどもういまさらなのかな。
いま訊いても遅いのかな。
そんな気がして、先生の冷たい目を思い出して、身体が竦んでしまう。
先生に会いに行ってもう一度話すなんてこと僕にでき――……。

「ハル!」

委縮する思考を一蹴するように里ちゃんの声が遮った。

「お前も男なんだし、たまにはガツンって頑張れ!」
「そうそ。当たって砕け……たらダメだけどさ。いつまでも考えてるより行動したほうがうまくいくってこともあるかもしれないんだし」

ふたりが身を乗り出して同時に僕の背中を叩いた。
その力強さに前のめりになってしまいながらも、ぎゅっときつく締めつけられるように軋んでいた頭の中の緊張が緩んだ気がした。

「その女惚れさせる勢いで行け!!」
「そうそう勢い勢い!」

里ちゃんと充くんが自分のことのように真剣な顔をしてくれているのが嬉しい。
先生のことを考えるとまた迷いそうだけど励ましてくれるふたりに僕は自然と頷いていた。

「……うん。一度話してみるよ」

立ち止まってうじうじ考えていてもどうにもならない。
怖いけど、でも、でも―――先生と会えなくなるのは……イヤだ。
その気持ちが浮かび上がってクリアになる。

「ありがとう。里ちゃん、充くん」

少しぎこちないかもしれないけど笑顔になれた。

「おう! 頑張ってこいよ!」
「うん」

もう一度里ちゃんに背を叩かれ、強く頷く。
ようやくふたりも笑顔になって昼食を再開したのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

告白ごっこ

みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。 ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。 更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。 テンプレの罰ゲーム告白ものです。 表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました! ムーンライトノベルズでも同時公開。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

キミがいる

hosimure
BL
ボクは学校でイジメを受けていた。 何が原因でイジメられていたかなんて分からない。 けれどずっと続いているイジメ。 だけどボクには親友の彼がいた。 明るく、優しい彼がいたからこそ、ボクは学校へ行けた。 彼のことを心から信じていたけれど…。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

処理中です...