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第2部
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どうすればいい、なんて訊けない。
「ただ……」
訊けない。
でも――……。
ぎゅっと拳を握って緩く息を吐きだす。緊張と不安が過ったけど重い口をゆっくり開いた。
「あのね……別に付き合ってたわけでもなんでもないんだ。会話もそんなにしたことないし」
先生の部屋で会っていたときしていたのは勉強と先生に抱かれること。
会話はあったけどそれは日常的なものじゃない。
勉強を教わるときとあとは必要最低限のもの。
あの部屋で先生の日常を少し知ったけどそれは本当にほんの少しで、僕はなにも先生のことを知らない。
「でも……嫌われては……なかった……気がする」
なぜ先生が僕を犯したのか、抱き続けたのかわからない。
でもでも――僕のためにココアを用意してくれる先生は……"遥"って呼ぶ先生からは悪意は感じられなかった。
「けど……」
冷たく僕を見る先生の目がよみがえる。
思い出すだけで心臓が委縮して息が止まりそうな気さえする。
「……けど? ……なんかあったのか?」
言葉を途切れさせてしまった僕に充くんが控えめに訊いてきた。
「……わからない……けど……嫌われたみたいなんだ」
「なんで」
里ちゃんが眉間に皺寄せて不満そうに呟く。
「なんでだろう。……でも多分……僕が……せ……、気に触るようなことしたんだと思う」
保健室での出来事。
あのとき先生はどういう気持ちだったんだろう。
あのときもう先生は―――。
「なんだよ、その女! ハルに悪いところあるわけねーじゃん! その女が悪いんだろ!」
里ちゃんの怒ったような声にハッとして口をつぐむ。
普通に考えて女性が相手だって思うのが当然だっていまさら気づいて、本当のことを言えないことが心苦しかった。
「……いやでも……僕が気付かないうちになにかしたんだよ、きっと」
「ハルみたいないいヤツがなんかするわけねえし! 何組のヤツだよ!」
「里ちゃん落ちつけって」
「落ちつけるか! そんな急に態度かえるような女やめておけよ、ハル!」
「――」
ズキリと心臓が痛む。
「理由がなんなのかわかんないんだしさ。それにどんな相手にしろハルはその子のこと好きなんだろ?」
ため息をつきながら充くんが里ちゃんをたしなめて、僕に真剣な眼差しを向けた。
「急に態度を変えるような女のことが好きなのかよ」
不服そうに里ちゃんが吐き捨てて。
僕は言葉を失くして―――そして顔が一気に熱くなるのを感じた。
先生のことが……す――……。
里ちゃんの言葉に頭の中が沸騰したみたいになって何も考えられなくなる。
パニックになって視線を落ちつきなく動かして顔を伏せることしかできない。
「……ハル」
何も答えない僕に呆れたのか充くんがため息をついた。
顔を上げると充くんは苦笑していて、逆に里ちゃんが呆れたような顔をしている。
「……そんなに好きなのかよ」
充くんよりも大きくて深いため息を吐き出す里ちゃん。
「……え? や……あ、あの、僕は……せ……、えっと別に……あの」
先生ってまた言いそうになって慌てて口つぐんで、どう言えばいいのかわからなくて口をもごもご動かす。
「……そんなに好きならやっぱり一度ちゃんと話してさ、告白した方がいいと思うぜ?」
充くんの手が伸びてきてデコピンされた。
額を押さえながら戸惑う。
だって僕が先生に―――告白?
「そう……だな。ハルの女の趣味が悪そうってことはわかったけどさー……。んなに好きなら俺ももう一回ぶつかって話したほうがいいんじゃねーの」
真面目な顔で里ちゃんが僕を見つめる。
ふたりからの真っ直ぐな視線に持っていたパンが潰れそうになるくらい手に力を込めてしまった。
「……でも」
僕が先生になにを言えるんだろう?
ずっとずっとあの日から何も言えず訊けず今日まで来てしまった。
最初は恐怖だけで、いまは先生から突き離されて傷ついて。
だけどずっとずっとある先生への疑問が胸に燻ぶってる。
ずっとずっと最初から今でも―――なんで、なんで―――僕を抱くのか。
それを訊きたかった。
だけどもういまさらなのかな。
いま訊いても遅いのかな。
そんな気がして、先生の冷たい目を思い出して、身体が竦んでしまう。
先生に会いに行ってもう一度話すなんてこと僕にでき――……。
「ハル!」
委縮する思考を一蹴するように里ちゃんの声が遮った。
「お前も男なんだし、たまにはガツンって頑張れ!」
「そうそ。当たって砕け……たらダメだけどさ。いつまでも考えてるより行動したほうがうまくいくってこともあるかもしれないんだし」
ふたりが身を乗り出して同時に僕の背中を叩いた。
その力強さに前のめりになってしまいながらも、ぎゅっときつく締めつけられるように軋んでいた頭の中の緊張が緩んだ気がした。
「その女惚れさせる勢いで行け!!」
「そうそう勢い勢い!」
里ちゃんと充くんが自分のことのように真剣な顔をしてくれているのが嬉しい。
先生のことを考えるとまた迷いそうだけど励ましてくれるふたりに僕は自然と頷いていた。
「……うん。一度話してみるよ」
立ち止まってうじうじ考えていてもどうにもならない。
怖いけど、でも、でも―――先生と会えなくなるのは……イヤだ。
その気持ちが浮かび上がってクリアになる。
「ありがとう。里ちゃん、充くん」
少しぎこちないかもしれないけど笑顔になれた。
「おう! 頑張ってこいよ!」
「うん」
もう一度里ちゃんに背を叩かれ、強く頷く。
ようやくふたりも笑顔になって昼食を再開したのだった。
「ただ……」
訊けない。
でも――……。
ぎゅっと拳を握って緩く息を吐きだす。緊張と不安が過ったけど重い口をゆっくり開いた。
「あのね……別に付き合ってたわけでもなんでもないんだ。会話もそんなにしたことないし」
先生の部屋で会っていたときしていたのは勉強と先生に抱かれること。
会話はあったけどそれは日常的なものじゃない。
勉強を教わるときとあとは必要最低限のもの。
あの部屋で先生の日常を少し知ったけどそれは本当にほんの少しで、僕はなにも先生のことを知らない。
「でも……嫌われては……なかった……気がする」
なぜ先生が僕を犯したのか、抱き続けたのかわからない。
でもでも――僕のためにココアを用意してくれる先生は……"遥"って呼ぶ先生からは悪意は感じられなかった。
「けど……」
冷たく僕を見る先生の目がよみがえる。
思い出すだけで心臓が委縮して息が止まりそうな気さえする。
「……けど? ……なんかあったのか?」
言葉を途切れさせてしまった僕に充くんが控えめに訊いてきた。
「……わからない……けど……嫌われたみたいなんだ」
「なんで」
里ちゃんが眉間に皺寄せて不満そうに呟く。
「なんでだろう。……でも多分……僕が……せ……、気に触るようなことしたんだと思う」
保健室での出来事。
あのとき先生はどういう気持ちだったんだろう。
あのときもう先生は―――。
「なんだよ、その女! ハルに悪いところあるわけねーじゃん! その女が悪いんだろ!」
里ちゃんの怒ったような声にハッとして口をつぐむ。
普通に考えて女性が相手だって思うのが当然だっていまさら気づいて、本当のことを言えないことが心苦しかった。
「……いやでも……僕が気付かないうちになにかしたんだよ、きっと」
「ハルみたいないいヤツがなんかするわけねえし! 何組のヤツだよ!」
「里ちゃん落ちつけって」
「落ちつけるか! そんな急に態度かえるような女やめておけよ、ハル!」
「――」
ズキリと心臓が痛む。
「理由がなんなのかわかんないんだしさ。それにどんな相手にしろハルはその子のこと好きなんだろ?」
ため息をつきながら充くんが里ちゃんをたしなめて、僕に真剣な眼差しを向けた。
「急に態度を変えるような女のことが好きなのかよ」
不服そうに里ちゃんが吐き捨てて。
僕は言葉を失くして―――そして顔が一気に熱くなるのを感じた。
先生のことが……す――……。
里ちゃんの言葉に頭の中が沸騰したみたいになって何も考えられなくなる。
パニックになって視線を落ちつきなく動かして顔を伏せることしかできない。
「……ハル」
何も答えない僕に呆れたのか充くんがため息をついた。
顔を上げると充くんは苦笑していて、逆に里ちゃんが呆れたような顔をしている。
「……そんなに好きなのかよ」
充くんよりも大きくて深いため息を吐き出す里ちゃん。
「……え? や……あ、あの、僕は……せ……、えっと別に……あの」
先生ってまた言いそうになって慌てて口つぐんで、どう言えばいいのかわからなくて口をもごもご動かす。
「……そんなに好きならやっぱり一度ちゃんと話してさ、告白した方がいいと思うぜ?」
充くんの手が伸びてきてデコピンされた。
額を押さえながら戸惑う。
だって僕が先生に―――告白?
「そう……だな。ハルの女の趣味が悪そうってことはわかったけどさー……。んなに好きなら俺ももう一回ぶつかって話したほうがいいんじゃねーの」
真面目な顔で里ちゃんが僕を見つめる。
ふたりからの真っ直ぐな視線に持っていたパンが潰れそうになるくらい手に力を込めてしまった。
「……でも」
僕が先生になにを言えるんだろう?
ずっとずっとあの日から何も言えず訊けず今日まで来てしまった。
最初は恐怖だけで、いまは先生から突き離されて傷ついて。
だけどずっとずっとある先生への疑問が胸に燻ぶってる。
ずっとずっと最初から今でも―――なんで、なんで―――僕を抱くのか。
それを訊きたかった。
だけどもういまさらなのかな。
いま訊いても遅いのかな。
そんな気がして、先生の冷たい目を思い出して、身体が竦んでしまう。
先生に会いに行ってもう一度話すなんてこと僕にでき――……。
「ハル!」
委縮する思考を一蹴するように里ちゃんの声が遮った。
「お前も男なんだし、たまにはガツンって頑張れ!」
「そうそ。当たって砕け……たらダメだけどさ。いつまでも考えてるより行動したほうがうまくいくってこともあるかもしれないんだし」
ふたりが身を乗り出して同時に僕の背中を叩いた。
その力強さに前のめりになってしまいながらも、ぎゅっときつく締めつけられるように軋んでいた頭の中の緊張が緩んだ気がした。
「その女惚れさせる勢いで行け!!」
「そうそう勢い勢い!」
里ちゃんと充くんが自分のことのように真剣な顔をしてくれているのが嬉しい。
先生のことを考えるとまた迷いそうだけど励ましてくれるふたりに僕は自然と頷いていた。
「……うん。一度話してみるよ」
立ち止まってうじうじ考えていてもどうにもならない。
怖いけど、でも、でも―――先生と会えなくなるのは……イヤだ。
その気持ちが浮かび上がってクリアになる。
「ありがとう。里ちゃん、充くん」
少しぎこちないかもしれないけど笑顔になれた。
「おう! 頑張ってこいよ!」
「うん」
もう一度里ちゃんに背を叩かれ、強く頷く。
ようやくふたりも笑顔になって昼食を再開したのだった。
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