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しおりを挟む国の英雄が目覚めた。彼は数百年前の人物だが、その功績をして、神の末席に名を連ねることとなり、それにあたって、主神からはっきりとこの新しい神の誕生に関して神託が下ったという。そのため、神殿から大神官がボリンブルック王家に神託を伝えに訪れたのが本日である。
問題はその内容で、王家の人々は困惑していた。
「えー、つまり、先祖が英雄の恋人である聖女を寝取ったお詫びに、このたび無事潘神に昇格された元英雄様へ、聖女の子孫でもある我々王家の誰かが嫁がねばならないと。そういうことかな?」
代々みごとな赤毛の遺伝するボリンブルック王家の次男、オスカーが腕組みをしてまとめると、何とも言えない空気が一同の集まった談話室に流れた。国王夫妻は一応息子を「オスカー」とたしなめる。
「ははは、すみません」
オスカーは肩をすくめたが、緑眼を魅力的にウィンクするあたり、軟派な顔つきのこの王子に反省の色はない。
皇太子のウィリアムはこめかみを抑え、沈痛な面持ちで頭痛を覚えているようだし、長女のエリザベス王女は見るからに馬鹿を見る目つき、三男のノア王子も冷ややかな態度だ。
王家に神託を伝えにきた真っ白な髪に長いあごひげを垂らした老齢の大神官が、渋い顔でいさめる。
「オスカー殿下、言葉はお選びください。潘神(はんしん)様は、生前――つまり人間であられた英雄時代に、魔王と相打ちとなり、長い間眠りについておられました。しかし喜ばしいことにこのたび、無事にお目覚めとなり、その身は神格へと昇格なされたのです。ついては、主神様より神託がくだって、因縁浅からぬボリンブルック王家より、御身に仕え、お心をなぐさめる巫子をお側に差し上げるようにとのお告げにございました」
「ああ」
オスカーは片手をあげ、ひらひらとさせる。
「主神様は、不遇の英雄をあわれまれておられるのだろう」
「さようにございます」
「うん。それゆえ、聖女の子孫でもある我々の誰かが、聖女に代わって、潘神様を性的にお慰めせよということなのだろう?」
「オスカー殿下。言葉を、お選び、ください、と申し上げましたが!?」
その時、我が身に火の粉が降りかかると見たらしいエリザベス王女が口を開いた。
「オスカー兄様の言い方はどうかと思うけど、結局そうでしょう。私は嫌。お断り」
国王は元々娘のエリザベスがそう言いだすのは予想していたらしい。苦労性の皇太子と顔を見合わせ、
「リズが不可というなら、適齢の女性はボリンブルック家には現在存在しない。しかし神託を無視するのもまずい。どうしたものか……」
「父上」
皇太子のウィリアムが提案した。
「可能な限り聖女の子孫をすべて洗ってみては。長子先継王位継承権からは外れていますが、血を継ぐもの自体は存在するはずです」
これにオスカーが肩をすくめて、意見を述べる。
「兄上、そのような限りなく薄い血縁、かえって神の怒りに触れるのではないでしょうか」
痛いところをつかれたらしい。国王も皇太子も顔をしかめた。オスカーは顎に手をやり、とうとうと述べる。
「先祖の寝取りを、子孫の我々があがなえということですから、直系も直系の我々王家の誰かが行くのが筋というものでしょう」
ぴくりとこめかみを動かしたのは、真顔のエリザベスだ。
「はあ? やっぱり私に犠牲になれっていうの? オスカー、表に出ろ」
「リズは血の気が多すぎる。俺のような文化人を見習え」
「魔塔の芋が大きな口を利くわね。その無駄な筋肉が泣いているわよ。今からでも稽古をつけてやろうか?」
ソードマスターのエリザベスは、黒竜軍を率いる一騎当千の剣客だ。魔塔に所属しているオスカーが彼女に本気で殴られたら、ミンチになりかねない。オスカーは見た目こそ質のいい筋肉に覆われ、均整の取れた体格をしているが、妹の方が肉弾戦では圧倒的に強いのである。さすがにこれ以上軽口をたたいては、殺されると思ったらしい。オスカーは口調を改めた。
「まあ待て。リズよ、朗報だぞ。この私に泣いて感謝するだろう素晴らしい提案がある」
「は? お前が潰れたトマトになる前に、命乞いを聞いてやるから、早く言え」
イライラとすでに剣気を手刀に赤いオーラでまとわせ始めている妹に、オスカーは動じずにこやかな態度で告げた。
「別にリズが行く必要はない。私が立候補する」
「……はあ?」
エリザベスだけではなく、他の者まで胡乱気に声を上げた。
「待ちなさい。オスカー、あなた、潘神様のところへ嫁ぐと言ったの?」
これまで黙って聞いていた王妃のヘンリエッタが慎重に確認した。
「そうです。特に性別は指定されていないのでしょう。兄上は皇太子ですし、リズはどう考えても無理。末のノアも幼すぎます。ついては、私が一番適任でしょう。それに面白そうだし」
面白そうだしではないだろう、と皇太子が疲れたように諫めたが、結局他に良い案もない。大神官も当初は驚いていたが、エリザベスが潘神に切りかかるよりは、よほどこの社交的な第二王子がまだしもと思ったのか、では私は準備いたしますと辞去していった。
そういうわけで、目覚めた元英雄の潘神に、ボリンブルック家の第二王子が嫁ぐことになってしまったのである。
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