恋する女装男子

キザキ ケイ

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求める女装男子

 決して大股に歩かず、でもできる限り早足で、アスファルトの上を行く。
 きれいにセットした髪型が少し崩れてしまうかもしれない。
 それでも、あの人を待たせたくなかった。

辰巳たつみくん」

 定番の待ち合わせスポットに立つ、一際大きくて目立つ男。
 黒のレザージャケットと細身のジーパンをモデルのように着こなすのは、僕の同級生で恩人の────溝渕 辰巳くんだ。
 僕に気づいた彼が片手をあげた。

「ごめんね、待った……?」
「いや、俺も今来たとこ。じゃあ行こっか」

 肩を抱くように方向転換されて、心臓がどきりと跳ねる。
 幸い、辰巳くんの手はすぐ離れた。体が触れ合わないギリギリの距離で並んで歩く。
 今日は新しくできたカフェ、その前は辰巳くんがよく行くレストラン、さらにその前は駅前の映画館……。
 僕はどういうわけか、辰巳くんと一緒に出かける間柄になっていた。

「今日のカフェ、辰巳くんは行ったことあるの?」
「ないよ。まだオープンして一週間くらいらしいから」
「そっか。楽しみだね」

 自然と笑みが浮かんでしまうのを止められそうにない。
 いつも遊びに来る繁華街の一角に、雰囲気の良さそうなカフェができたと教えてくれたのは辰巳くんだ。
 一緒に行こうと誘われ二つ返事で了承した。
 キャップを返してお礼を言えたあの日、僕らは連絡先を交換した。
 その後すぐにメッセージを送り合う仲になって、誘われて出かけることも特別なことじゃなくなった。
 最初はとても躊躇した。断ろうとも思った。
 でも辰巳くんは僕を終始女の子として扱って、男だと気づく素振りすらない。
 だからもう一回だけ会おう、前回が楽しかったからあと一回だけ、これだけバレないんだから次も大丈夫だろう……と、誘われるままに会ってしまっている。
 辰巳くんと過ごす時間が楽しくて、大切で、失いたくないと思っている自分がいることも、自覚してる。
 だからいつだって僕は念入りにお化粧をして、服を選んで、女の子になりきらなきゃいけない。
 男であることを忘れるくらいじゃなきゃ、この人の隣にはいられないんだ。

 辰巳くんが連れて行ってくれたのは、いわゆるブックカフェだった。
 店内に本棚がたくさんあって、本を読みながらコーヒーや紅茶を楽しめる。静かな雰囲気に優しい店内BGM、自然と僕ら二人の声も控えめになった。

「辰巳くんは本読む?」
「こういう店に来といて何だけど、全然読まない。ナツキは?」

 辰巳くんは、メッセージアプリ登録名である「ナツキ」と僕を呼ぶ。
 自分の名前が性別不詳であることをこれほど両親に感謝することもない。

「わたしはミステリーとか歴史モノとか、SFとか……」
「へぇ、そういうの読むんだ。意外」
「あ……うん」

 いけない、つい自分が読むジャンルを挙げてしまった。
 本物の女子高生がどんな本を読むかなんて知らない。でもきっと女子は時代小説もSFも読まない。
 冷や汗をかきながら、注文した紅茶の水面を意味もなくマドラーでかき混ぜる。
 変に思わなかっただろうか。
 そろりと視線を上げると、辰巳くんは近くの本棚から文庫本を一冊引き出したところだった。

「こういうの、読む?」
「あ、このシリーズは読んだよ。おもしろいよ」

 それは有名なミステリー作家の昔の著作で、数冊のシリーズものの第一巻だ。
 息つく暇もなく繰り広げられる、まるで自分がそこにいるかのような迫力を感じる大波乱の展開。そして意外な犯人と驚きの真相。主人公を始めとしたキャラクターは皆魅力的で、皆怪しくて気が抜けない。
 特にラスト手前の……と言いかけて、はっとした。

「あ、ご、ごめんなさい。わたしばっかりしゃべって……」
「いや、続けて。ナツキが楽しそうで俺も楽しい」
「……」

 顔が熱くなるのを俯いて隠し、紅茶を少しだけ啜った。
 辰巳くんはよくこうして、歯の浮くようなことを言う。
 きつく見える目元を細めて、派手な見た目とは裏腹な柔らかい微笑みでこちらを見つめるものだから、僕は勘違いしそうになってしまう。
 この素敵な男の子は、僕のことを特別な意味で好きなんじゃないか、って。
 でもそんなことはあり得ない。
 おしゃれもお化粧も頑張っているけど、僕は元々平凡顔で美人には程遠い。楽しい会話もできない。良い雰囲気のお店を見つけるのも苦手だ。
 それに何より、僕は本物の女の子じゃない。
 性別を偽っている以上、僕は辰巳くんに深入りするべきじゃないし、たとえ友情が芽生えたように感じても、それを享受してはいけない立場だ。
 誠実じゃないことはわかってる。
 でもどうしても手放す勇気が出なくて、ずるずると関係を続けてしまっている。

「いい店だったな。次どこ行こうか……ナツキ?」
「あ、うん」
「ぼーっとしてどうしたの。さっきの店、気に入らなかった?」

 気がつけば僕らは外に出ていて、辰巳くんが僕の顔を覗き込んでいた。
 慌てて精一杯笑みを浮かべ、首を振る。

「そんなことないよ。素敵なお店に連れてきてくれてありがとう。ぼ、わたしはこういうお店見つけられないし、楽しいお話もできないし……」
「気にしないで、こういう店は俺が探すから。ナツキと会えるだけで俺は嬉しいよ」

 嘘が上手いなぁ。
 僕は苦笑してお礼を言ったけど、辰巳くんは眉根を寄せてしまった。

「俺の言うこと信じてないな」
「そ、そんなことないよ」

 笑っているとそうでもないけど、怒ったりイラついているときの辰巳くんは、元々の顔立ちが怜悧な印象だからか、少しだけ怖く見える。
 彼を怒らせてしまったとしたら僕のせいだ。
 僕は嘘つきで、無価値で無個性で、面白みがなくて、辰巳くんを笑顔にすることもできない。
 ないない尽くしで、そのうえ辰巳くんの貴重な時間まで奪って。
 あぁもう泣きたくなってきた。
 自然と深く俯いてしまい、スカートの向こうの自分のつま先を見つめる。
 足が涼しいスカートを身につけることも、ヒールのあるパンプスを履くこともすっかり慣れたけど、僕の中身はちっとも変わらない。

「ナツキ、こっち見て」

 頬を大きな手が覆って、そっと顔を上向けさせられる。
 いけない、こんなところで泣いたりしたら余計に辰巳くんを困らせる。
 頑張って口角を持ち上げて微笑もうとして、唇が熱くて柔らかいものに覆われた。

「……ん……?」

 目を閉じた辰巳くんのどアップが目の前にある。
 至近距離で見つめる辰巳くんの顔は、まぶたが薄くて、まつげが長くて。それしか考えられない。
 固まっていた時間はほんの数秒だったと思う。
 ふに、と薄皮を軽く食まれ、ぬくもりが離れた。

「……うん。ナツキは悲しい顔より笑顔とか、そうやって目丸くしてるほうがかわいいよ」

 辰巳くんがにっこり笑う。
 な────なんだ……僕が泣きそうだったから、驚かせようとしてくれたんだ。
 おかげで涙は引っ込んで、悲しい思考も全部吹き飛んでしまった。
 それにしても驚かせるために体を張るなんて、さすがモテる男は違う。僕には真似できそうにない。
 なんせキスなんて、僕は誰ともしたことなくて。さっきのが初めてだったから。

(ファーストキス……辰巳くんと……しちゃった、のか)

 男にキスさせてしまったという罪悪感と、男に初めてを奪われたという困惑と、初めてが辰巳くんだったという密かな歓喜。
 心臓が今更ばくばくと大きく波打って、ひっくり返ってしまいそうだ。

「そうだ、さっきナツキがおすすめしてくれた本、一冊しかなかったし、本屋で続き探そうか」
「あ、うん」
「行こ」

 自然に手を繋がれて、この手よりあたたかくて柔らかい部分が僕に触れたんだと思って、顔が沸騰したみたいに熱くなってしまう。
 辰巳くんにとってはなんでもない触れ合いだったんだろうけど、僕にとっては。
 それ以降はまともに隣の彼の顔を見られなくて、楽しかったのに、さんざんな日になってしまった。

「我ながらすごく失礼だったよな……もう会ってもらえないんだろうな……」

 外したウィッグに櫛を通しながら、ぼんやりと考える。
 露骨にそっぽ向いてる僕を、辰巳くんが持て余して困ってる気配は伝わってた。
 でもどうしても直視できなくて。辰巳くんの顔を、というより、あの口元がダメで。
 思い出したらまた顔が熱くなる
 僕は意味もなくベッドに倒れ込んだ。
 丸めた毛布をぎゅっと抱き込む。女装していないときの仕草すらなんだか女々しくなってしまってる。
 無意識に指で唇をなぞっていた。
 はっとして手を離すけど、ぼうっと考え事をしているとまた触れてしまう。

「いやじゃなかったな……」

 なにがなんだかわからないうちに終わってしまったキスに、嫌悪感はなかった。
 辰巳くんは僕のことを女の子だと思っているから、ああいう触れ合いも慣れてるんだろうし、きっと気にもしてない。
 でも僕は自分が男で、辰巳くんも男だということがわかっているんだから、気持ち悪いと、嫌だったと思うはずなんだ。
 実際には事実が気になってしまうだけで、マイナスな感情は沸き起こらなかった。
 それがなぜなのか、わからないほど馬鹿じゃない。

「でも辰巳くんは友達で……そもそも僕が女の子じゃなきゃ会話もできないような人で……」

 本当は男だと、女装していたとバレれば、二度と彼の笑顔を見ることはできなくなる。
 それどころか騙していたことを詰られるだろう。殴られるかもしれない。
 冷たく整った彼の双眸が鋭く細められ、嫌悪の目で見られることを想像するだけで、体が凍りつきそうなほど悲しくなる。
 誠実に彼と接するなら、早く告げるべきだった。
 いつまでも決心できなかったのは、辰巳くんに嫌われたくなかったから。
 黙っていれば、居心地のいい彼の隣にいつまでもいられるんじゃないかって思ってしまったから。
 でももう、こんなことを続けるべきじゃない。性別を偽って何度も会っている僕が、辰巳くんにこんな想いを抱く資格はない。

 勇気を振り絞って、辰巳くんとのメッセージ画面を開く。
 これで最後にしよう。幸い同じ学校の生徒だということを彼は知らない。塾や習い事が忙しくなったとか、適当な理由をつけてもう会わないと言えばいいだけだ。
 別れを告げるための逢瀬の約束は、張り裂けそうなほど胸が痛かった。

「……たつみくん……」

 彼から送られてきたのは、了承の返事と、会えるのを楽しみにしているという言葉だった。
 心が痛い。
 彼ともうあんなふうに触れ合えないんだと思うと体のどこかを引きちぎられているみたいに痛くて、悲しい。
 悲哀の中で思い出されたのは、不思議とくっきり覚えている、甘くて少しだけ苦い彼の匂いだった。

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