恋する女装男子

キザキ ケイ

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すれ違う女装男子

 
「たつ、み、く……んっ、ん、んぅ!?」

 どうしたの、と問いかけようと開いた唇に何かが入り込んできた。
 舌を絡め取られ、息が詰まる。
 こ、これは。いわゆる、ベロチューというやつでは?
 スクリーンの中で見目麗しい俳優と美しい女優がやっているのを見たことがあるだけの行為。それすら恥ずかしくて直視できない、そんな特別な口づけ。
 なのに辰巳くんは慣れた様子で、僕の口腔内を我が物顔で占拠している。
 傍若無人な舌に上顎をなぞられ、体がびくっと跳ねて、その拍子に離れることができた。

「は、は……あ、あの、辰巳くん……?」
「嫌だった?」
「え、ゃ、嫌じゃ、ない、けど」

 そんなことを言ってしまえば、また同じことをされてしまうなんて子供でもわかる。
 バカ正直に応えた僕は顔を押さえられ、口を塞がれ、背中はクローゼットの扉に押し付けられて身動き取れなくなってしまった。

(何が起きてるんだ……?)

 酸欠のせいか、はたまた僕の理解の範囲外の出来事なせいか、現状把握できなければ対処法も思いつかない。
 ただひたすら、唇を貪られて呼吸が苦しい。涙が滲む。
 僕がろくに抵抗しなかったからだろう。
 辰巳くんの手が僕の服の裾から入ってきて、素肌を撫でる。

「────!」

 その瞬間、自分でも驚くくらい強い力で目の前の体を突き飛ばしていた。
 腕一本分開いた距離にほっとして、はっとする。僕は、なんてことを。
 幸い辰巳くんは転んだりせずに、ただ僕から離れて立っていた。一瞬だけ交錯した視線は鋭くて、睨まれているみたいで。
 怒らせてしまった。

「あ……あの」
「ナツキ」
「ご、ごめんなさいッ!」

 僕にできるのは、走ってそこから────辰巳くんの家から逃げ出すことだけだった。
 はだけられた服も上着もそのままに、あの部屋に置きっぱなしの鞄も顧みることなく、見覚えのある道を走った。
 財布や交通ICを鞄に入れっぱなしだと気づいたのは駅に着いてからで、でも上着のポケットにスマホを入れてあったおかげでなんとか家に帰ることはできた。素晴らしきかな、スマホ時代。

「あぁぁ……どうしよう……」

 帰りの電車内では頭を抱えるだけで我慢したけど、自室に帰り着いてしまえばもう抑えが効かない。
 服もメイクもそのままにへたりこんで、床に倒れる。
 どうしよう。辰巳くんを拒絶してしまった。
 僕はなんて愚かなんだろう。
 あまりにも女性経験がないせいで、女の子が一人で、家族が不在の男の家に上がり込む意味を考えたことすらなかった。
 親しい男女が二人きりになったら、そういうことが起きるものなんだ。
 恋愛を映画やドラマやマンガでしか知らない僕ですらわかることを、辰巳くんが意識していなかったはずがない。
 ああいうことをしたかったんだ、彼は、やっぱり。
 でも僕は逃げてしまった。彼を突き飛ばして、意味のない謝罪の言葉を吐き捨てて。
 中でも一番ダメだったことは────。

「嫌じゃなかった……辰巳くんに触られて、僕は、嬉しかった……」

 もう無視することはできない。
 辰巳くんに抱いている、自分自身の気持ち。
 僕は男なのに、同じ男を────辰巳くんを好きになってしまった。

「あぁぁ……どうしよう……」

 恋なんて小学校低学年以来だ。
 その上相手は同性で、同じ男であることを告げれば即失恋だなんて、恋愛初心者には重すぎる結末。
 臆病な僕が「怒らせたままフェードアウトしちゃえよ」と心の中で囁くけど、理性的な僕が「いや財布と定期置きっぱだし」と冷静にツッコミを入れてくる。
 つまり、僕は確実にあと一回は、辰巳くんに会わなくてはならない。

「……あーもう、こうなりゃヤケだ!」

 唯一持って帰ってきたスマホを両手に包み、深呼吸を何度かして、メッセージアプリを開く。
 今日の謝罪と、荷物を取りに行きたいという内容の文章を打って……文言が気になって全文削除。もう一度最初から打ち始めて、謝罪の心がきちんと伝わるか不安になって、また削除。
 そんなことを繰り返してるうちに、玄関の開く音がして、家族が帰ってきてしまった。
 まずい。僕の格好はまだ女装だ。家族の誰にもバレるわけにいかない。
 スマホを放り出して片付けに入ったせいで、僕は辰巳くんにすぐ謝ることができなかった。



 週明けの学校で、僕は朝から重苦しい溜め息を吐く。

「那月、どした? 寝不足?」
「んー……そう……」
「おいおい大丈夫かよ、目の下真っ黒だぞ」

 頬をつんつんつついてくる友人の手を払い除けながら、腹の底から深く深く溜め息を吐いた。
 結局メッセージは送れていない。
 最初の勢いはどこへやら、やけくそなやる気は萎みきってしまい、何か色々考え始めると不安が止まらなくて胃が痛くなり、部屋に閉じこもってる間に休みが終わってしまった。
 苦しいのに眠ることもできず、ベッドの中で吐き気がするほどぐるぐる考え込んで、それでもメッセージ一つ送ることができず。
 辰巳くんからも何もコンタクトがなくて、それにも勝手に傷ついて、眠れないまま朝を迎えた。

「今日マジでダメかも……」
「だろうな、顔が土色だもん。保健室行くか?」
「んや……大丈夫」

 友人は僕の肩をぽんぽんと叩いて自分の席へと戻っていった。
 歴研仲間でもあるこの友人とは学校内で一番仲がいいけど、それでも女装のことを話す気にはなれない。
 でも辰巳くんにだけは、話さなきゃいけない。僕はもう逃げたくない。

「おい」

 次は教室移動だ。
 筆箱と教科書とノートを抱えてヨロヨロと廊下を歩いていた僕の前に、誰かが立ちはだかった。

「はい…………ぇ、」

 たつみくん。
 口から出そうになった言葉を寸前で飲み込む。
 落ち着け、僕は今女装のナツキじゃない。
 溝渕辰巳とはなんの接点もない、しがない高校生男子・窪田(くぼた)那月だ。
 咄嗟に吐きそうになったのを堪えて必死に呼吸を整え、おずおずと辰巳くんを見上げる。

「あの、何か?」

 黙ったまま見下され、すごすごと俯くことしかできない。
 メイクもウィッグもない状態で見上げる辰巳くんは妙な存在感と、殺気とも言えそうな圧迫感に溢れていて、僕みたいな雑魚キャラが直視していい相手じゃない。
 ワックスで固めた髪も、凛々しい眉と切れ長の三白眼も、たくさんのピアスも、着崩した制服も、すべてが地味な僕と対極に位置する要素だ。
   「ナツキ」の姿なら好ましく思えるものが全部威嚇にしか思えない。
 僕が内心焦りまくっているのに、辰巳くんは口を開かず動きもしない。僕は行く手を塞がれ、通り過ぎる誰も助けてくれない。

「あ、の、僕、これから教室移動で……その、行っても、いいかな?」

 裏返りそうな声を抑えながら、小声でつぶやくのが精一杯。
 実際そろそろ時間がない。学校内にいるのに遅刻は良くない。
 恐る恐るもう一度辰巳くんを見上げると、目が合った。
 優しさの欠片もないきつい眼差しは僕が知ってる彼じゃなくて、思わず後ずさる。なんでこんなに睨まれてるんだろう。本当にわけがわからない。

「……チッ」

 腹立たしげに舌打ちして、彼は去っていった。
 よろけた足に力が入らなくて、座り込む。廊下の床は冷たくて、でもすぐには立てなかった。

「こ、怖かった……」

 初めて見る辰巳くんだった。
 いや、違う。きっとさっきのが彼の通常なんだ。
 強くて怖くてかっこよくて、誰とも馴れ合わない孤高のひと。
 抜身のナイフのような、野生の獣のような彼が、笑みを向けてくれていたこと自体が特別の証だった。
 居心地のいい偽りの姿。辰巳くんが入れてくれたあたたかい場所に、きちんと別れを告げなければ。それが誠意と言うものだ。

「……」

 休み時間の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。
 慌てて立ち上がって、小走りで廊下を駆けながら、そういえば彼はなぜ「僕」に声を掛けようと思ったのだろうと考えた。
 僕と辰巳くんに接点はないのに。彼が僕みたいなのを知っているはずがないのに。
 答えは出ない。



 うじうじと悩んでいたのが嘘みたいに、メッセージを送るのは一瞬だった。
 既読がつくかどうか心配だったけど、いつまでもスマホ画面を眺めてしまいそうだったので意識的に遠くに押しやる。

「はぁ……」

 週末会いたいと、辰巳くんにメッセージを送った。
 できれば彼の家でと言い添えて。
 もう会えないと告げるためにどこかの街までご足労いただくのが申し訳ないし、僕の忘れ物をそこまで持ってきてもらうのはさらに気がひけるという理由からだ。

「男だってちゃんと言って、騙していたことを謝って、それから」

 告白する。
 辰巳くんを好きだと思う気持ちは、僕の腹の底の方にぐるぐるとぐろを巻いて蹲っている。ふとしたときに鎌首をもたげて暴れ始め、その度に僕の体がダメージを受ける。
 すべて吐き出してしまいたい。その一心で、辰巳くんにとっては迷惑でしかない告白をするつもりだ。
 戻すほどではない吐き気に腹をさする。
 あと数日で片がつく。もうこの想いに振り回されることはなくなる。
 告白して、振られても、僕はきっとしばらくは辰巳くんを忘れられないだろう。
 砕けた想いの欠片を抱えて、遠くから彼を眺める陰気な自分がかんたんに想像できる。

「たつみくん……」

 痛む腹を抱えて横になると、頭まで痛む。少し眠っている間に、スマホにメッセージが届いていた。
 辰巳くんからの了承の返事だった。

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