恋する女装男子

キザキ ケイ

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番外編 見られる女装男子

 その日感じたのは微かな違和感だった。

 後から考えれば、その日、那月の様子がいつもと違っていたのは化粧のせいだった。
 男の格好をしているときはおどおどと小動物のように怯えるのに、女装をしていると背筋を伸ばしてきりりとできる、不思議なやつ。
 そのくせ、声をかけると素朴な笑顔で辰巳を迎える。
 那月をちらちらと伺っていた周囲の人間の視線に苛つきと優越感を同時に覚える。彼は実に厄介な男だ。
 今日も恋人の女装趣味に付き合って、まるで男女の恋人同士のように待ち合わせをして入った店。
 店内の照明のせいか、その日はいつもより那月が良く見えた。

「今日かわいいな」

 思わずつぶやいた言葉に那月は目を大きく見開き、それから大輪の花が咲き誇るように笑ったので、さっさと昼食を食べ終えさせて自宅に引きずり込んだのが少し前の話。
 どういうわけか今日も那月はどこかが違う。
 照れて逃げようとする顔を無理やり捕まえてじっくり眺めてみたが、いつもより明るく強い色のアイメイクをしていることしかわからない。

「おまえ、浮気してんのか?」

 辿り着いた結論はそれで、自分で言っておきながら辰巳は猛烈に腹が立った。
 誰のために化粧を変えたのか。誰の好みに合わせようとしている。
 そいつは知っているのか、那月が男であること、もしくは女の格好をする男であることを。
 辰巳から那月を奪おうとするものは誰であっても許せない。
 しかし、いつまで経ってもぽかんと口を開けている那月に辰巳は毒気を抜かれた。
 実際に浮気をしているやつなら、不自然に取り繕おうとしたり、もしくは青褪めたり怒り出したりするはずだ。
 ところが那月はまったく無反応で、後ろめたさを微塵も抱いていない。
 辰巳は腹の虫をおさめ、違和感の理由を問いただした。できるだけ優しい声で。

「あ、あの……友達と、メイクの仕方の情報交換をしてて」

 友達?
 再燃しそうになる苛立ちを理性でねじ伏せ、辰巳は引き続き猫なで声で尋ねた。男か女か、同じ学校のやつか。
 常にない恐ろしげな様子の辰巳に怯える那月の答えは、どうにも要領を得ず。
 最終的には脅してスマホを奪い取り、判明したことに辰巳は拍子抜けした。

「インスタぁ?」
「ひっ、ご、ごめんなさい……」

 なぜか謝罪する那月に辰巳は溜め息を吐いて、スマホを返してやった。
 どうやら那月は先日から、写真投稿メインの大手SNSにアカウントを作ったらしい。女装男子としてのアカウントだそうだ。
 そこで同じく女装を趣味とする男や、時には化粧好きの女たちと情報交換をするうち、新しいメイク道具やメイク方法を試してみたくなったという。

「浮気はしてねぇんだな?」
「も、もちろん!」
「そいつらと会ったことは? 会う約束は?」
「しないよ、さすがに怖いし」
「他に隠してることはないな?」
「……はい」

 一瞬言葉に詰まったのが気にはなったが、辰巳は信じることにした。
 どのみちこの小心者には、大それた隠し事などできないだろう。SNSでつながっている相手に特別な感情を持つ相手もいないようだし、そういうものができれば多分すぐ分かる。
 しかし念のため、辰巳は先程目にした那月のSNSのIDを記憶し、自身も登録して覗いてみることにした。

「……は?」

 そして、那月がまだ隠し事をしていたことを知ったのだった。




 その日那月はいつになくそわそわと落ち着かなかった。
 せっかく自宅に連れ込んで、ベッドの上にまで乗せたのに、いちゃつくどころではない那月の様子が辰巳はなんとも腹立たしかった。
 が、努めて苛立たしさを抑え込み優しい声をかける。

「那月? どうかしたのか?」
「!」

 小さな背中がびくりと震えた。
 どう見てもやましいことがある、といった反応だ。
 那月はなんでもないよ、とすぐに否定したがそれは想定内。手中の獲物をいたぶる肉食獣のように静かに近寄って、那月の耳元に唇を寄せる。

「シたいんだろ。今ここでヤってもいいぜ」
「え……えっ? な、な、なにを?」
「とぼけても無駄だ。俺にはわかってんだよ……おまえが……顔出しでライブ配信やってるってことはなァ!」
「ひっ、ひぇええ」

 那月は顔を真っ青にして悲鳴を上げた。
 先日発覚した那月のSNSでは、誰でも簡単にライブ配信を行うことができる。
 彼はあろうことか、女装男子として自らを偽ることなく、顔出し声出しでライブ配信をしていたのだった。
 震えるか細い声で、マスクとウィッグで半分以上顔は隠れていると言い訳をする那月を辰巳は冷たく見下ろす。
 顔半分隠れていても目元はバリバリの丸出しだ。すでに数回配信に潜り込んで確認済み。アカウント名も本名をもじった程度で危険なことこの上ない。
 幸い、男からと思しきユーザーの「かわいい」やら「会いたい」やらの気色悪いコメントには反応せず、ひたすら化粧品関連のおすすめを言ったり聞いたり、手ブレのひどいインカメラでメイクの実践をするだけの配信ではある。
 しかし隠し事はもうないと言っておきながらのこれは、辰巳にとっては許せない裏切りだった。

「ほら、今ここで配信始めろよ」
「ひ……」
「早くしろ」
「は……はい……」

 だからこれは一種のお仕置きだ。
 使い捨てマスクを投げつけると那月はしぶしぶそれをつけ、スマホから配信を始めた。
 背景や自身の首から下を映さないよう気をつけながらも、横にいる辰巳をちらちらと見ては困ったように眉を下げる。

「こ、こんばんは……今日もちょっとだけ、配信……ひゃっ」

 自分のアカウントで確認した那月のライブには、開始早々すでに数人の視聴者が来ていた。全く腹立たしいことこの上ない。
 こいつが誰のものなのか、思い知らせてやる。
 辰巳はカメラに映らない角度から、那月の服の裾をたくしあげ素肌に手のひらを這わせた。
 素っ頓狂な声を上げこちらを睨む目には批難と怯えの色が滲んでいる。
 それは強烈に辰巳の独占欲を満たした。

「あ、きょ、今日はいつもと違うとこから……や、ちょ……あ、あの」
「どうした? 続けろよ。お仲間との貴重な交流の機会なんだろ」

 数日前に那月自身がSNS上で書いていた文言をそのまま囁いてやると、触れている肌が大げさなほどびくりと震える。
 そのまま脇腹や肩甲骨にまで手を動かしていく。
 どこを撫でられても感じるように彼を躾けたのは辰巳だ。那月の弱い部分は誰よりも知っている。

「あ、あ……だめ、さわんな、ぃ、で」
「……」
「やっ、んん……っ! も、だめっ」

 訴えを無視して触り続けていると、那月は慌ててスマホを操作して画面を消したようだった。

「配信、切ったから……もうしないから……!」
「俺は配信すんなとは言ってない。楽しいんだろ? 続ければいいさ」
「だって、辰巳くんが……!」
「俺がなんだって?」

 意地悪く手を引いて距離をとってやると、那月はマスクをかなぐり捨て、紅潮した頬もそのままに辰巳を睨みつけた。
 恨みがましいその目は情欲を煽る。

「配信もうしないから……中途半端じゃなくて、触って……」

 熱にとろけた那月の表情は余所行きのものではなく、恋人である辰巳にしか見せない、あまりにも色めいたものだ。
 喉がこくりと鳴る。
 簡単に手折れそうなのに、あと一歩のところで手に入らないこの少年が、自ら辰巳の手に堕ちてくる瞬間は堪らなく心地良い。

「いい子だ。こっち来い」

 なんでも望みを叶えてやりたいような、なにもかも奪って閉じ込めておきたいような。
 相反する感情を抱えながら、辰巳は那月の体を引き寄せて唇を奪う。
 今度は抵抗されなかった。



 気怠い雰囲気のベッドの上で、横臥する恋人の髪をゆっくり梳く。
 那月は体力がない。贅肉はないが筋肉も少ない体では当然のことながら、すぐにバテてしまう。
 辰巳としてはもっと長時間色々したいのだが、我慢しているなどと言えばまた怯えられてしまうので言わないでおく。

「ライブ配信のことだけど」

 辰巳がそう切り出すと、那月はぴくりと反応してこちらを見た。
 頬に落ちかかった、男にしては長めの黒髪を払ってやる。

「配信はしてもいい、俺に許可も取らなくていい。ただ顔出しはやめとけ。おまえは未成年だし、危険な変態野郎がいるかもしれないから」
「うぅん。配信はやめるよ」
「いいのか?」
「うん」

 那月は裸の体をもぞもぞ動かし、うつ伏せて枕を抱きかかえた。

「辰巳くんが同じことしてたらどう思うか、考えたんだ。僕の知らないとこで僕の知らない人と、楽しそうにしてたら……嫌だし、悲しいから」

 辰巳くんはモテるし……と小さく呟かれた言葉に、そうだろうかと考え、那月は辰巳がとてもモテると勘違いしていることを思い出した。
 不特定多数にモテているつもりはないし、ウケのいい顔立ちだとも性格だとも思っていないが、友人と呼べるものが片手の数で足りてしまう那月と比べれば辰巳は人に囲まれている方かもしれない。
 モテていたわけじゃないが、慰め合う関係の男女は複数いた。これは、那月に言うつもりはないが。

「でも見るのだけは許してほしい。お化粧のこととか洋服のこととか、すごく参考になるんだ」
「構わねぇよ。俺に許可取る必要ないって言ったろ」
「うん。ありがと」

 初めは不思議に思い、次第に戸惑うことも多くなった那月の女装趣味について、辰巳は今では理解できないながらも受け入れていた。
 辰巳が音楽を好み、良い機材を揃えたり音楽ライブに行くことがあるのと同じように、那月にとって化粧をし女性のようなシルエットを整えることは好ましい行動なのだ。
 いじましい恋人の頭を引き寄せて髪に口づけると、那月はくすぐったそうに目を細め、微かに唇を突き出した。

「誘うのが上手くなったな」
「え、なに……っ、ん、ん……」

 どうやら無意識だったらしい誘惑に乗ってやると、那月は戸惑いながらも拒絶せず、従順に辰巳を受け入れる。
 やはり誰にも彼を見せたくないと主張する自分を脳裏に感じつつ、辰巳は物足りなさを思う存分発散することにした。

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