時間停止能力を手に入れたけどエロいことには使えない

キザキ ケイ

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本編

03.能力を使いこなしつつある

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 朝起きた瞬間から上の空だったと思う。
 昨夜判明したいろいろな事実が頭から離れない。

 どうやら俺は間違いなく「時間停止」能力を手に入れたらしい。
 トリガーは「タイム」と口に出すこと。
 あのあと連続で三回、時間を止めてみた。特に問題なく止まった。
 本当なら限界を見極めたりしたほうがいいんだろうけど、怖くて三回以上はできなかった。
 それから、停止する残り時間はスマホのタイマーで表示される。
 あとからよく見てみたら、あのタイマーはスマホに最初から入ってる時計アプリとは違った。時間が止まっていないときにあのタイマーを探してみたが、スマホ内になければ、似た見た目のアプリがストアに並んでるということもなかった。
 時間停止中に再度「タイム」と唱えてみても、停止時間が延びることはなかった。
 今わかっているのはこれくらいで……正直、謎は深まるばかりだ。

「エロいことにも使えないし、停止中に動かせるのはちっちゃいものだけだし……使い道ないんだよな~この能力」

 一晩考えてみたが、使いどころとしてはテストのカンニングくらいだろうか。
 だがこの使い道にも問題がある。
 俺は、わりと勉強ができるほうなのだ。
 少なくともカズとタケちんよりはできるので、カンニングしてまでテストの点数を上げなければならないほど切羽詰まってない。
 受験生になって、入試となればカンニングの意味もあるかもしれないが……。
 というわけで、本当に使い道が思い浮かばなかった。

「はぁ……走るか」

 もやもやした気持ちは、走って吹き飛ばすに限る。
 リュックを背負いなおし、俺は通学路を走った。駅前に出るまでは人通りが少ない住宅街の道路はとても走りやすい。
 ふと、以前カズが「ササは走るフォームがきれいだね」と言ってくれたことを思い出した。
 ぼふっと顔が熱くなる。

「あぁぁ、心頭滅却~!」

 いろいろな雑念が湧き出そうとするのを押さえつけるように、強くアスファルトを踏みつけて走った。
 そのおかげでいつもより早い電車に乗り、まださほど混雑していない通学電車に揺られて、人もまばらな学校に着いた。
 俺が所属する陸上部は朝練があるが、それほどハードではない。
 強豪校ってわけじゃないし、ガチというより楽しんでやってるやつのほうが多いからというのもあるだろう。
 ゆるく挨拶しながら、眠そうに走る集団に混ざる。

「おはよ、ササ」

 横につけてきたカズに一瞬どきりとしつつ、俺はつとめて眠そうな声を出して返事した。

「おはよ。バレー部今日はジョグだけ?」
「ん。最近はずっとそんな感じ」
「そーなんだ」

 朝練は軽く流すようなジョギングだけで十分だろうと俺も思う。朝からがっつり練習すると授業中ずっと眠いし。
 エンジョイ勢な陸上部と違って、男子バレーボール部はまぁまぁ強い。
 カズをはじめ背の高い男子が揃ってるし、県大会常連、何度か優勝もしてる。今年は当たり年でもあるらしい。
 まぁ俺のカズがいるもんな、と、鼻が高い。俺のじゃないけど。
 だらだらとしゃべりながらのんびり走り、ちょうどコーナーを曲がるところだった。

「あ」

 不意に、カズが一文字発してぐらついた。
 おい、こんななにもないところでなぜ転びそうになっているんだおまえは。
 その瞬間とっさに「タイム」と叫ぶことができたのは、昨夜の練習の成果が出た結果かもしれない。

「うおっ、とっとっと」

 数歩前の部員仲間に追突しそうになって、慌てて勢いを押さえつける。
 通り過ぎてしまったカズの元へ戻ると、やはり石像になっていた。今まさに前のめりに転びそうになっているが、姿勢からして顔面からスライディングするような大惨事にはならない。せいぜい後ろ足を強く突いて痛めるくらいのものだろう。
 でも俺は、カズにちょこっとのケガすらしてほしくない。

「あと2分以上あるか……」

 いきなり走るのをやめたので、ふくらはぎが不服を申し立てるかのように疼く。
 軽く歩き回りながら足をなだめて、改めてカズと向き合った。

「……きれいだな」

 走るフォームはカズのほうがよっぽどきれいだ。
 まるでギリシャの彫刻のよう。転びそうなポーズが、円盤投げの彫刻に似てて芸術性を増している気がする。
 長い手足を存分に生かしてゆったりと走るカズは、俺と並走して走るほうが不便なはずだ。俺とカズでは歩幅がまったく違うのだから。
 でもカズは横に来てくれて、歩く時も走る時も並んでおいて行かれることがない。
 そういう「ともだち」の枠に居続けられることが俺はなにより幸福だ。

「うーん、後ろから引っ張っておくか、それとも前から支えるか?」

 残り1分ほどになったので、カズがこけないように支えることにした。
 もし周りから見ている人間がいたとしたら、俺は目にもとまらぬ速さでカズを支えたように見えるかもしれない。
 だが朝練は自主トレみたいなもので、顧問は終わり頃にしか顔を出さないし、周りもだらだら走っているだけで誰も俺たちを注視してはいないだろう。たぶん。
 石像カズの腕を掴んで、後ろに体重をかけてみる。
 びくともしないが、これだと勢い余って二人でひっくり返る可能性が過った。

「前からにしとくか」

 やや前のめりになっているカズの前へ回り込み、体を支えるようにした。
 倒れかけた柱を肩と手で支えるような姿勢。
 つまり、上半身にみっちりとカズの体がのしかかっている。

「…………いや、やめよう。ほかの姿勢でなんとかしよう」

 今でこそ冷たく硬い感触だが、時間が動き出せばカズのあたたかい体が俺にもたれかかってくるだろう。
 そんなことになれば俺はたぶん膝から崩れ落ちる。喜びと欲望が爆発しかねない。
 残り十数秒ではじき出した最適解は……さりげなく片腕を出す。これだ。

「おっと」

 時間が動き始め、カズはよろけ、俺はそんなカズの腕から胸にかけてを片腕で支えた。
 結果として、二人してよろけることになってしまったが、カズは転びも捻挫もせず、俺もなんともなかった。ジョギングのルートから外れ、互いの体を確認する。

「大丈夫か? 足がもつれたとか?」
「うーん、そうかも。ありがとねササ」
「いいってことよ。走るのはこのへんにして戻ろうぜ」
「そうだね」

 よろけたカズのことは少し心配だが、俺は今それどころではなかった。
 ほんのわずか触れたカズの胸筋は、ボリュームはないものの密度が高く、弾力があって、広かった。
 朝のほんの1秒ないくらいの接触が、その日一日俺の脳内を占めてしまって。
 帰宅後、妄想のスパイスになってしまったのは……俺くらいの年齢の男子なら自然なことだと思う。

「カズ……カズっ……」

 服越しに触れた筋肉の固さと、ほんの少しだけ嗅ぎ取った肌の香りだけで股間は反応を示す。
 一心に、それだけを思い出しながら、ゆるく立ち上がったものを扱いた。

「……っ」

 ティッシュで受け止めて、もう一二枚取って力をなくした息子を拭って……自己嫌悪で崩れ落ちる。

「あぁもう……カズは友だち、友だち……」

 わかってるんだ、こんなこと自分に言い聞かせてる時点で友だち失格だってことは。友だちで抜くやつがあるか。
 でもじゃあ、どうすればいいんだ。
 俺が友だち以上の好意をちらつかせて、カズが嫌そうな顔をするところを想像する。
 いや、温厚なカズのことだから、嫌な顔はしないだろう。困ったように眉を下げて、ごめんとでも言われるかもしれない。
 想像の産物に胸を刺し貫かれて、このまま消えてしまいたいくらいへこんだ。
 しかしこうしておかないと、俺はきっと勘違いしてしまう。
 優しいカズが、友だちとして特別に接してくれるのを、恋愛に発展させても許されるんじゃないかって勘違いしてしまう。

「カズは、友だち」

 どんなに苦しくても、悲しくても、この関係を変えないと決めた。
 体を丸めて夜が過ぎ去るのを待つ。
 暗い時間は暗い気持ちを呼び起こす。早く、俺にだけ微笑んでくれるカズが出てくるかもしれない夢の世界へ逃げ込みたかった。
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