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本編
07.めまぐるしい一日
周囲がうるさい。すごく。
開けにくいまぶたを無理やり開くと、にじんだ視界だった。ぱちぱちと何度か瞬いて晴らし、にじみが消えてもよく見えない。なんか黒っぽい。
死後の世界って意外と視界が効かないものなんだな。
「ササ! 気が付いたのか!」
がくんと揺れて、体が斜めになった。
目の前を覆っていた黒いものが離れていく。あれ、目はよく見える。
「あ、れ……かず?」
目の前にあったのは制服の生地だったようだ。
視線を上にたどって、見慣れた友人の顔を見つける。
「ササ! この馬鹿!!」
「いてっ」
まだちょっとぼんやりしているカズの顔が勢いよく落ちてきて、額が痛んだ。
どうやら頭突きをされたようだが、顔が離れていかない。
「力、使うなって言ったろ!」
少しひそめて言われたのは、周囲に人がいるからだろうか。
「カズがいないところでは、使ってないよ」
「おれに使えって意味じゃない! 馬鹿! この大馬鹿!」
「馬鹿って言い過ぎだろ」
「言い過ぎなもんか、馬鹿ササ。おれを……おれのために力を使うなんて、死んでたかもしれないんだぞ!」
「……そういえば、俺って無事なの?」
カズの顔がやっと離れて、背中を押されて体を起こすと状況が見えてきた。
俺は道路に倒れているらしい。カズが支えてくれていて、顔や手や足が痛いが、激痛ってほどじゃない。擦り傷だけのようだ。
近くでは泣いている人、走っている人、電話してる人、俺のように支えられながら倒れこんでいる人。
それから、スマホのカメラを向けられている先。道路の向こうであのトラックがガードレールにぶつかって止まっていた。
道路を寸断するように大型トラックが横切っているので、車列が流れず立ち往生している。現場は大混乱だ。
でも、どういうわけか俺は死んでいなくて、カズも大したケガはないらしい。
「どうなってる……?」
もっとしっかり状況を把握したかったが、やってきた救急隊員によって俺たちは救急車に詰め込まれ、話ができなくなってしまった。
その後、把握したところによると、どうやら俺はカズと揃って助かった、らしい。
轢かれた人はおらず、トラックはそのまま走り続け道路を横切り、ガードレールと電柱にぶつかって停止。
運転手は運転中に心臓発作で意識を失ったらしく、残念ながら亡くなってしまったが、それ以外に大きなケガをした人はいなかったという。
「どういうことだ?」
今のところ擦り傷ばかりで、どこも悪くなかった俺は、今後しばらく様子を見ることを念押しされながらも入院とはならず、待合室で母の到着を待っているところだ。
あのときのことを思い返す。
俺はたしかに能力を使って現場に駆け付け、轢かれそうだったカズを押し出した。
その代わり、俺自身は失速しトラックの前に取り残された。
そのまま轢かれる覚悟はできていた……なのに。
車に轢かれるか、かすりもしないか。そのどちらかだったはずだ。時間停止をしなければ俺は、事故現場から数メートル離れたところにいたのだから。
こうしてケガをしているということは、時間を止めてカズを助けようとしたこと自体は事実のはず。
「ササ」
理解が及ばず、ぼんやりと窓を眺める俺の横に、カズが座った。
「ケガ、どう?」
「軽傷。あとで腫れたりするようならまた来いって。カズは?」
「おれも似たような感じ」
しばし無言の時間が流れる。
意を決したように、カズが向き直ってきた。
「あのとき……すごい力で背中を押されて、転がる寸前、かなり後ろにいたはずのササが真後ろにいた。ササは笑ってて……不思議なくらい一瞬で、全部わかったんだ」
このままではトラックに轢かれて、無事では済まない。
その未来を変えるために、時間を止めて走ってきたのだと理解した。
「わかって、それから、おれはすごく……すごく、嫌だった」
最後に笑った友人の顔が、なにもかもわかっていて、すべて諦めた顔に見えた。
「なんでおれを助けるためにササが犠牲になるんだって、怒りもあった」
一瞬のうちに様々な感情が沸き起こり、その間隙に、奇跡が起こった。
「あのときたぶん、時間が止まってたと思う」
「え……まさか」
「せいぜい1秒とかだった。でも1秒あれば十分だった。ササの腕を引っ張るだけなら」
カズの、はたからみれば異常な速度で動いた手が俺の腕を掴み、二人して道路を転がったということらしい。
どこもかしこも擦り傷や軽い打撲だらけだが、車には接触せずに済んだ。
「助けてくれたのか、カズ」
「当たり前だろ! 助けるに決まってる! むしろササのほうこそ、自分を犠牲に人助けなんて……キャラ違いすぎるじゃん……」
怒った直後に泣きそうになるカズがおかしくて笑うと、肩を軽く叩かれた。いてて、そこには打撲がある。
なんだかもう、全部どうでもいいような気がする。
死を覚悟して、結局死ななかった今、俺の小さな恋心に由来する臆病なプライドなんてどうでもいいような気がする。
「自分を犠牲に人助けしたんじゃねーよ。カズだから助けたんだ」
カズの表情は変わらない。きっと意味が伝わってない。
「俺、カズのこと好きだからさ。死んでほしくないし、できれば大ケガもしてほしくなかった。そんだけ」
言った、言ったぞ。
ビビりな俺としてはとてつもない決意を持って、言ってやった。
でもビビりなのでカズの顔が見れない。正面だけ見つめて、横からのリアクションがないことで、今更ながらぶわっと汗が出てきた。
カズが座っている左側の二の腕がぬるついて感じるレベルで変な汗出てる。
「あーまぁ、そんだけだから。じゃ」
軽い感じで離れれば、友だちとしての「好き」だと思ってもらえるかもしれない。
それはそれで寂しいけれど、元から望みなんてない想いだ。
よっこいしょと腰を上げた俺に、少し焦ったような声がかけられた。
「待って」
立ち止まりはしたが、振り返ることができない。
カズはしばらく「あー」とか「うー」とかうめいていたが、意を決したように話し出した。
「ササ、時間停止してるときさ、枯葉とか触ってたじゃん。そのとき人間も触ったことある?」
「……ある。本当に固まってるのか確かめたくて」
「んー、やっぱそうか。実はさ、時間停止中に触られてる感触っての? なんかわかったかもなんだよ」
は?
ちょっと待て。ここにきて衝撃の事実発覚。
時間停止中に触られてた人は、その感触があった、だと?
「ササにとっては連続した時間だろうけど、こっちは止まってるわけじゃん。だからいきなり『なんか触られた?』って変な感じになるんだよ。それだけ、それだけなんだけど、気のせいにしてはしっかり触感あるし、そんでササの能力のこと聞いて……あ、これなのかなって」
おいおいちょっと待て。俺は、時間が止まって誰にもバレないのをいいことに、カズを、カズの体を。
俺は────走った。
後ろでカズが「ちょっと」とか「待って」とか言ってる。すれ違う看護師さんに「廊下を走らないで」と叫ばれる。
いや無理だって。止まれないって。
俺の「好き」が友愛ではなく、がっちがちに肉欲込みのやつだって、さっきのでバレちゃったってことだろ。
俺、カズの体を触るためだけに時間停止したこともあるくらいなんだぞ。腕だけだけど、腕だけでも、嫌だろそんなの。友だちだと思ってたやつからエロい触られ方したらさぁ。
あぁ、神様。時間停止の能力なんていらないから、俺をカズの前から消してくれ。
好きな男からの軽蔑の目なんて見たくない。
「ササ、待て、待てってば!」
「ひぃっ」
追いかけてきてる!
走りながら彷徨い、公園みたいに広い中庭に出た。
ここなら追いつかれないようにできる。
「タイムっ!」
そのまま走り続けて────気づいた。
時間が止まってない。
ざわざわと揺れる木々、散歩するパジャマ姿の入院患者。
振り返ると、予想よりずっと近い位置にいる、カズ。
「捕まえたっ」
「うわぁっ」
肩を組まれるような姿勢で捕獲され、二人とも急には止れずに木陰のほうへ。足がもつれそうになりながらも、こけることはなかった。
「俺のほうが足速いの、知らなかった?」
「忘れてた……」
カズはいつだって俺に合わせて走ってくれるから。
木の下の芝生に座り込んで息を整える。
「さっきササ、時間止めようとしたろ」
「はい……」
「そんなに逃げたかったかよ」
「はい……」
俯いて顔をあげられない俺の視界に、にゅっと大きな手のひらが差し出された。
「時間、止められなかったよな。試してみよう」
「あ、うん。タイム」
カズの手を握って、時間停止を試みるが、景色は変わらなかった。
芝生を歩く入院患者。車椅子を押す看護師さん。遠くでバイクの走る音。
「なくなった、のか」
いよいよ確信が深くなる。
俺はあの瞬間のために能力を得て、あの瞬間に使い切った。そういうことなのだろう。
カズを助けられた。そのための力だった。
助けられてよかった。
「ササ。あのさ」
握ったままだった手が離れていかないどころか、きゅうっと握られる。
「ごめん、ササのことそういう相手だと思ってなくて、今すぐどうこう考えるのは無理だ」
わかっていた返答だった。
なのに鋭く胸を刺された。
カズは異性愛者で、たとえ同性がいけたとしても俺が対象になるとは限らない。恋愛ってそういうものだ。
俺がどんなにカズを好きでも、それはカズには関係ない。
むしろ、命を助けてもらったから付き合ってあげるなんて態度に出られるほうが嫌だったから、フラれて嬉しいくらいだ。
俺が好きになったのは、正直でまっすぐなカズだから。
だから誇らしく胸を張ってもいいくらいなのに、俺の目からは空気の読めない塩辛い汗がぼろぼろ溢れてしまう。
「だからさ、ちょっと時間ほしい」
「……は?」
「えっ、ササ泣いてる。どした、傷が痛む?」
「いや、これは、その。フラれたから……」
「え!? おれまだフってないよ?」
俺まだフラれてなかったのか。時間がほしいって何?
「おれさ、告白されることあるんだけどさ、よく知らない相手に好きですっていきなり言われても謎すぎるじゃん。いやおれは君のこと知りもしないけど、って。特に男から告白されるとき、本当に君誰? ってなるんだよ。だから今までは、顔見知りに告白されて、嫌いじゃなかったときだけ付き合ってた」
たしかにカズは、告白しても誰でもいいわけじゃないと聞いていた。
男子の告白成功率はゼロパーセントだが、女子の場合でも顔の美醜は関係なく、成功率は低かったらしい。
知り合いかどうかで考えていたのか。
意外な事実と思いきや、カズはこう見えて人見知りなところがあるので納得かもしれない。
「でさ、今回はササじゃん。今までで一番好感度高い人に告白されて、でもそれが、付き合うとか考えたことなかった男でさ。混乱するじゃん。だから時間がほしい」
「それって……時間差でフラれるってこと?」
「なんでそうなるんだ。逆だよ逆」
時間差でフラれるの逆ってなんだ。今すぐフラれる?
いつもはもうちょっと回る頭が動かない。
熱があるときみたいに現実感がない。
呆然とする俺に、カズは笑って、大きな手の長い指が俺の目元をぬぐっていった。
「ササのこと、そういう相手に見れるかどうか、考えてみる。だから逃げないで」
開けにくいまぶたを無理やり開くと、にじんだ視界だった。ぱちぱちと何度か瞬いて晴らし、にじみが消えてもよく見えない。なんか黒っぽい。
死後の世界って意外と視界が効かないものなんだな。
「ササ! 気が付いたのか!」
がくんと揺れて、体が斜めになった。
目の前を覆っていた黒いものが離れていく。あれ、目はよく見える。
「あ、れ……かず?」
目の前にあったのは制服の生地だったようだ。
視線を上にたどって、見慣れた友人の顔を見つける。
「ササ! この馬鹿!!」
「いてっ」
まだちょっとぼんやりしているカズの顔が勢いよく落ちてきて、額が痛んだ。
どうやら頭突きをされたようだが、顔が離れていかない。
「力、使うなって言ったろ!」
少しひそめて言われたのは、周囲に人がいるからだろうか。
「カズがいないところでは、使ってないよ」
「おれに使えって意味じゃない! 馬鹿! この大馬鹿!」
「馬鹿って言い過ぎだろ」
「言い過ぎなもんか、馬鹿ササ。おれを……おれのために力を使うなんて、死んでたかもしれないんだぞ!」
「……そういえば、俺って無事なの?」
カズの顔がやっと離れて、背中を押されて体を起こすと状況が見えてきた。
俺は道路に倒れているらしい。カズが支えてくれていて、顔や手や足が痛いが、激痛ってほどじゃない。擦り傷だけのようだ。
近くでは泣いている人、走っている人、電話してる人、俺のように支えられながら倒れこんでいる人。
それから、スマホのカメラを向けられている先。道路の向こうであのトラックがガードレールにぶつかって止まっていた。
道路を寸断するように大型トラックが横切っているので、車列が流れず立ち往生している。現場は大混乱だ。
でも、どういうわけか俺は死んでいなくて、カズも大したケガはないらしい。
「どうなってる……?」
もっとしっかり状況を把握したかったが、やってきた救急隊員によって俺たちは救急車に詰め込まれ、話ができなくなってしまった。
その後、把握したところによると、どうやら俺はカズと揃って助かった、らしい。
轢かれた人はおらず、トラックはそのまま走り続け道路を横切り、ガードレールと電柱にぶつかって停止。
運転手は運転中に心臓発作で意識を失ったらしく、残念ながら亡くなってしまったが、それ以外に大きなケガをした人はいなかったという。
「どういうことだ?」
今のところ擦り傷ばかりで、どこも悪くなかった俺は、今後しばらく様子を見ることを念押しされながらも入院とはならず、待合室で母の到着を待っているところだ。
あのときのことを思い返す。
俺はたしかに能力を使って現場に駆け付け、轢かれそうだったカズを押し出した。
その代わり、俺自身は失速しトラックの前に取り残された。
そのまま轢かれる覚悟はできていた……なのに。
車に轢かれるか、かすりもしないか。そのどちらかだったはずだ。時間停止をしなければ俺は、事故現場から数メートル離れたところにいたのだから。
こうしてケガをしているということは、時間を止めてカズを助けようとしたこと自体は事実のはず。
「ササ」
理解が及ばず、ぼんやりと窓を眺める俺の横に、カズが座った。
「ケガ、どう?」
「軽傷。あとで腫れたりするようならまた来いって。カズは?」
「おれも似たような感じ」
しばし無言の時間が流れる。
意を決したように、カズが向き直ってきた。
「あのとき……すごい力で背中を押されて、転がる寸前、かなり後ろにいたはずのササが真後ろにいた。ササは笑ってて……不思議なくらい一瞬で、全部わかったんだ」
このままではトラックに轢かれて、無事では済まない。
その未来を変えるために、時間を止めて走ってきたのだと理解した。
「わかって、それから、おれはすごく……すごく、嫌だった」
最後に笑った友人の顔が、なにもかもわかっていて、すべて諦めた顔に見えた。
「なんでおれを助けるためにササが犠牲になるんだって、怒りもあった」
一瞬のうちに様々な感情が沸き起こり、その間隙に、奇跡が起こった。
「あのときたぶん、時間が止まってたと思う」
「え……まさか」
「せいぜい1秒とかだった。でも1秒あれば十分だった。ササの腕を引っ張るだけなら」
カズの、はたからみれば異常な速度で動いた手が俺の腕を掴み、二人して道路を転がったということらしい。
どこもかしこも擦り傷や軽い打撲だらけだが、車には接触せずに済んだ。
「助けてくれたのか、カズ」
「当たり前だろ! 助けるに決まってる! むしろササのほうこそ、自分を犠牲に人助けなんて……キャラ違いすぎるじゃん……」
怒った直後に泣きそうになるカズがおかしくて笑うと、肩を軽く叩かれた。いてて、そこには打撲がある。
なんだかもう、全部どうでもいいような気がする。
死を覚悟して、結局死ななかった今、俺の小さな恋心に由来する臆病なプライドなんてどうでもいいような気がする。
「自分を犠牲に人助けしたんじゃねーよ。カズだから助けたんだ」
カズの表情は変わらない。きっと意味が伝わってない。
「俺、カズのこと好きだからさ。死んでほしくないし、できれば大ケガもしてほしくなかった。そんだけ」
言った、言ったぞ。
ビビりな俺としてはとてつもない決意を持って、言ってやった。
でもビビりなのでカズの顔が見れない。正面だけ見つめて、横からのリアクションがないことで、今更ながらぶわっと汗が出てきた。
カズが座っている左側の二の腕がぬるついて感じるレベルで変な汗出てる。
「あーまぁ、そんだけだから。じゃ」
軽い感じで離れれば、友だちとしての「好き」だと思ってもらえるかもしれない。
それはそれで寂しいけれど、元から望みなんてない想いだ。
よっこいしょと腰を上げた俺に、少し焦ったような声がかけられた。
「待って」
立ち止まりはしたが、振り返ることができない。
カズはしばらく「あー」とか「うー」とかうめいていたが、意を決したように話し出した。
「ササ、時間停止してるときさ、枯葉とか触ってたじゃん。そのとき人間も触ったことある?」
「……ある。本当に固まってるのか確かめたくて」
「んー、やっぱそうか。実はさ、時間停止中に触られてる感触っての? なんかわかったかもなんだよ」
は?
ちょっと待て。ここにきて衝撃の事実発覚。
時間停止中に触られてた人は、その感触があった、だと?
「ササにとっては連続した時間だろうけど、こっちは止まってるわけじゃん。だからいきなり『なんか触られた?』って変な感じになるんだよ。それだけ、それだけなんだけど、気のせいにしてはしっかり触感あるし、そんでササの能力のこと聞いて……あ、これなのかなって」
おいおいちょっと待て。俺は、時間が止まって誰にもバレないのをいいことに、カズを、カズの体を。
俺は────走った。
後ろでカズが「ちょっと」とか「待って」とか言ってる。すれ違う看護師さんに「廊下を走らないで」と叫ばれる。
いや無理だって。止まれないって。
俺の「好き」が友愛ではなく、がっちがちに肉欲込みのやつだって、さっきのでバレちゃったってことだろ。
俺、カズの体を触るためだけに時間停止したこともあるくらいなんだぞ。腕だけだけど、腕だけでも、嫌だろそんなの。友だちだと思ってたやつからエロい触られ方したらさぁ。
あぁ、神様。時間停止の能力なんていらないから、俺をカズの前から消してくれ。
好きな男からの軽蔑の目なんて見たくない。
「ササ、待て、待てってば!」
「ひぃっ」
追いかけてきてる!
走りながら彷徨い、公園みたいに広い中庭に出た。
ここなら追いつかれないようにできる。
「タイムっ!」
そのまま走り続けて────気づいた。
時間が止まってない。
ざわざわと揺れる木々、散歩するパジャマ姿の入院患者。
振り返ると、予想よりずっと近い位置にいる、カズ。
「捕まえたっ」
「うわぁっ」
肩を組まれるような姿勢で捕獲され、二人とも急には止れずに木陰のほうへ。足がもつれそうになりながらも、こけることはなかった。
「俺のほうが足速いの、知らなかった?」
「忘れてた……」
カズはいつだって俺に合わせて走ってくれるから。
木の下の芝生に座り込んで息を整える。
「さっきササ、時間止めようとしたろ」
「はい……」
「そんなに逃げたかったかよ」
「はい……」
俯いて顔をあげられない俺の視界に、にゅっと大きな手のひらが差し出された。
「時間、止められなかったよな。試してみよう」
「あ、うん。タイム」
カズの手を握って、時間停止を試みるが、景色は変わらなかった。
芝生を歩く入院患者。車椅子を押す看護師さん。遠くでバイクの走る音。
「なくなった、のか」
いよいよ確信が深くなる。
俺はあの瞬間のために能力を得て、あの瞬間に使い切った。そういうことなのだろう。
カズを助けられた。そのための力だった。
助けられてよかった。
「ササ。あのさ」
握ったままだった手が離れていかないどころか、きゅうっと握られる。
「ごめん、ササのことそういう相手だと思ってなくて、今すぐどうこう考えるのは無理だ」
わかっていた返答だった。
なのに鋭く胸を刺された。
カズは異性愛者で、たとえ同性がいけたとしても俺が対象になるとは限らない。恋愛ってそういうものだ。
俺がどんなにカズを好きでも、それはカズには関係ない。
むしろ、命を助けてもらったから付き合ってあげるなんて態度に出られるほうが嫌だったから、フラれて嬉しいくらいだ。
俺が好きになったのは、正直でまっすぐなカズだから。
だから誇らしく胸を張ってもいいくらいなのに、俺の目からは空気の読めない塩辛い汗がぼろぼろ溢れてしまう。
「だからさ、ちょっと時間ほしい」
「……は?」
「えっ、ササ泣いてる。どした、傷が痛む?」
「いや、これは、その。フラれたから……」
「え!? おれまだフってないよ?」
俺まだフラれてなかったのか。時間がほしいって何?
「おれさ、告白されることあるんだけどさ、よく知らない相手に好きですっていきなり言われても謎すぎるじゃん。いやおれは君のこと知りもしないけど、って。特に男から告白されるとき、本当に君誰? ってなるんだよ。だから今までは、顔見知りに告白されて、嫌いじゃなかったときだけ付き合ってた」
たしかにカズは、告白しても誰でもいいわけじゃないと聞いていた。
男子の告白成功率はゼロパーセントだが、女子の場合でも顔の美醜は関係なく、成功率は低かったらしい。
知り合いかどうかで考えていたのか。
意外な事実と思いきや、カズはこう見えて人見知りなところがあるので納得かもしれない。
「でさ、今回はササじゃん。今までで一番好感度高い人に告白されて、でもそれが、付き合うとか考えたことなかった男でさ。混乱するじゃん。だから時間がほしい」
「それって……時間差でフラれるってこと?」
「なんでそうなるんだ。逆だよ逆」
時間差でフラれるの逆ってなんだ。今すぐフラれる?
いつもはもうちょっと回る頭が動かない。
熱があるときみたいに現実感がない。
呆然とする俺に、カズは笑って、大きな手の長い指が俺の目元をぬぐっていった。
「ササのこと、そういう相手に見れるかどうか、考えてみる。だから逃げないで」
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