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本編
08.あの力がつないでくれたもの
「ササのこと、そういう相手に見れるかどうか、考えてみる。だから逃げないで」
俺は頷いた、と思う。
なんだかぼーっとしている間に、親が迎えにきてカズとは別れた。
母さんは、ニュースにもなった大事故に俺が巻き込まれかけたことにショックを受けていて、取り乱していたので俺が宥めた。普通立場逆な気がするけど。
もし俺があのままトラックに轢かれていたら、母さんの悲しみはこんなものじゃなかっただろう。
今更ながら、カズに命を助けられたお礼を言いそびれたことを思い出す。
その後、俺は大事をとって一日学校を休み、土日をのんびりすごし、念のため月曜の午前中に病院へ行って経過を診てもらい、途中から学校へ行った。
「おはよ」
「うぉおおお! ササ~!」
「うわっ、タケちんどしたん」
教室に入るなりタケちんに抱きつかれ、一歩廊下に戻される。
俺とカズが事故に巻き込まれかけたことはみんなが知っていて、だいぶ心配されていたらしい。
カズは朝から来ていたから、事故の顛末はカズが話してくれたそうだけど、俺の無事はこの目で見るまで喜べないとタケちんはずいぶん気を揉んだようだ。
「心配かけたな、タケちん。打撲ももう痛くないし、大丈夫だよ」
「よかったぁ……俺、ササの高跳び好きだからさ。足とかケガして跳べなくなっちゃってたらと思って、ずっと気が気じゃなかったよ」
「え……」
タケちんが俺の高跳びを好きだったなんて初耳だ。
ちょっと心臓が高鳴る。これが「きゅん」てやつか。
思わず照れた俺と、自分の発言に照れたタケちんで固まっていたら、間に無理やり体をねじ込んできたやつがいる。
「はいはい、ササはケガしてるんだから離れてね~」
「カズ? 俺もう大丈夫だって」
なぜかぶすっとした顔をしているカズに首を傾げると、カズは「ロマンスがはじまったら困るから」などとわけのわからないことを言う。
「ササは今おれが予約してるから。他はだめ」
「なんだよカズぅ、俺もササを愛でたいんだよ~」
「タケちんはだめ」
なぜか今日に限ってタケちんとの接触をブロックされるので、俺は疑問に思いながらも、カズを刺激しない程度にタケちんから距離をとった。
だがカズの過保護は止まらず、その日は一日カズが俺に張り付いていた。
事故のことを心配する知り合いに返事したり、事故のことを聞きに来る知り合いに対応したりというのは全部カズがやった。
おかしいな、カズもケガ人なのは同じはずなのに。
「なんで俺の友だちにカズが対応すんの?」
「別にどっちが話してもいいじゃん。経験したことは同じなんだし」
「そりゃそうだけど」
なんだかいまいち納得しきれないが、自分の経験を何回も話すなんて億劫だし、カズがやってくれるというのならまぁいいか。
休み時間に陸上部顧問の先生と相談して、打ち身と擦り傷がなくなるまでは念のため部活を休むことになった。
さすがに小さな擦り傷全部治るまでだと長いんだけど、俺は膝の横あたりを盛大に擦りむいて制服のスラックスの買い替えまでいってるので、せめてそこが治るまではとのこと。
「ひざ、痛い?」
「いや別に」
「肩は?」
「寝転がるとちょっと痛いから、横向いて寝るくらいだな」
「そっか」
「カズのほうはケガどうなん」
「おれは全然。血も出なかったし」
なんとカズの過保護モードは放課後も有効で、似たような理由で数日部活から離れることになったカズといっしょに帰ることになった。
こんな早い時間に二人で帰るのはめずらしいので、なんだか妙に落ち着かない。
「荷物持とうか」
「へ? いやいい、自分で持つよ」
「そっか」
リュックタイプの通学カバンなのに、なにを持たせることがあるのだろう。
「ササ、危ないよ。もっとこっち」
「え、あぁ、うん」
気がついたらカズが車道側に立っていた。
横を通った自転車からかばうように立たれて、脳内疑問符が増えていく。
「どこか寄ってく? カフェとか」
「かふぇ~? なんだそりゃ、なんで俺らでそんなとこ行くんだよ」
いよいよカズの様子がおかしい。
クラスメイトや部活仲間といっしょに帰るとき、寄り道をすることはあっても、行先はファストフード店かせいぜいカラオケだ。カフェなんて候補に挙がったこともない。
なぜそんな場所へ行こうとしているのか。
疑問で脳がパンクしそうになった瞬間、ふと思いついた。
今までのカズの動きは、もしかして、歴代彼女へのやり口そのものなのではないか、と。
「……カズ、ちょっと」
俺はカズを伴い通学路を外れた。
行先も告げずどんどん人通りのないほうへ進んでいく。カズは不思議そうにしながらも黙ってついてきているようだ。
駅へ続く大通りを外れると、すぐ住宅街になる。
立ち並ぶ家々の間にぽつんとある児童公園に入った。誰もおらず、人もあまり通らない。
「カズ。どういうつもりだよ」
「え、なにが?」
「俺はおまえの彼女じゃねーんだけど」
えっ、という顔のカズに、自覚がなかったのかと呆れる。
「おまえ、付き合った女子にああいうことしてんだな。荷物持つとか、車道側歩くとか、放課後デートに誘うとか」
「え、ぁ、まじか。たしかにそうだ」
「やっぱ自覚なしかよ。なぁ、俺が告白したの、迷惑だったか?」
想いを告げるという行為自体、エゴの塊だ。
この土日で俺は何度、あの言葉を後悔して、取り消したいと願って、ベッドの上でじたばたしたことか。
時間がほしいだなんて、カズのやさしさだ。
あと数か月は同じクラスの友人を傷つけないようにするための方便だ。
それなのに俺は気持ちを押し付けて、断る理由すらカズに担わせようとしている。
恋人に接するような振る舞いをするのも、カズが俺の扱いに困っている証拠だろう。今まで告白しては別れていった女子たちと俺は今、同じまな板の上に乗せられているんだ。
「あのさ、やっぱあれ、取り消すよ。俺とカズはただの友だち。これからもずっとそう。それでいいだろ?」
全然そんなこと思ってないくせにと胸の針が全身を貫くかのように痛む。
震える手で胸元を握りしめて、倒れたくなくて足を踏ん張る。
俺が平気そうな顔さえしていれば、きっとカズはほっとして、じゃあ元通りな、とでも言って笑うのだろう。あぁいやだ、想像力豊かな自分に腹が立つ。
だから、いきなり肩を引っ張られて、怒った顔のカズに直面させられて、俺は目を丸くした。
「なんでそうなるんだよ!」
「へ? だって、実際迷惑だろ、男に告白されるなんて」
「迷惑じゃない! なんでいきなり迷惑だとか迷惑じゃないとかそんな話になるんだって聞いてんの!」
「えぇ……」
肩を掴まれついでにがくがく揺らされ、なぜこんなにも責められているのかすらわからない。
「女の子相手みたいにしたのは悪かったよ。でもそれは迷惑なんじゃなくて……休みの間によく考えて、考えて考えて、ササとどうなりたいんだろうって……そしたら、ああいう態度になっちゃっただけで」
俺の両肩にすがるように立つカズの頬は赤く染まっていた。
「ササが、男を好きになるなら、おれがササの告白を断ったら、ササはおれ以外の誰かを恋人にするのか? って。そしたらタケちんとか、周りの男全員敵に見えてきた。今まで全然気にならなかったのが不思議なくらいだけど、みんなササに触りすぎだよな? 肩とか背中とか、髪触るやつとか本気で殴りつけてやろうかと」
「おいおいおい、なに言ってんだよカズ」
「だからっ、ササを誰かに渡したくないって……話だよ」
そんな話だったのか。国語の成績は悪くないはずなのに、ちっとも理解できない。
俺は現状誰のものでもないが、カズは俺を誰にも渡したくないらしい。
それって。
「告白の返事、していい?」
こっからフラれるルートある? フライングでどっくんどっくん暴れ回る俺の心臓。まだ早い。誤解したくない。勘違いしたくない。これでフラれたら反動で心臓止まる。あぁどうしてこういうときこそ時間停止なのに能力なくなっちゃったんだ俺。
カズの口が開く、開いてしまう。
「ササ……ささめ。おれと付き合ってください」
時間が、止まった気がした。
でも俺は本当に止まった時間を知っているから、本当は時間が止まってないこともわかってる。
どくどく速い心臓は変わらず、少しだけ唇を震わせるカズと、風の音、どんどん水があふれて見えなくなっていく視界。
「……よろしく……」
「はは、ササまた泣いちゃった」
そっと指で拭われた目元から伺い見た俺の彼氏は、まばゆい笑顔で、愛おしそうに触れてくる。
はじめてのキスの味はよくわからなかった。
おわり
俺は頷いた、と思う。
なんだかぼーっとしている間に、親が迎えにきてカズとは別れた。
母さんは、ニュースにもなった大事故に俺が巻き込まれかけたことにショックを受けていて、取り乱していたので俺が宥めた。普通立場逆な気がするけど。
もし俺があのままトラックに轢かれていたら、母さんの悲しみはこんなものじゃなかっただろう。
今更ながら、カズに命を助けられたお礼を言いそびれたことを思い出す。
その後、俺は大事をとって一日学校を休み、土日をのんびりすごし、念のため月曜の午前中に病院へ行って経過を診てもらい、途中から学校へ行った。
「おはよ」
「うぉおおお! ササ~!」
「うわっ、タケちんどしたん」
教室に入るなりタケちんに抱きつかれ、一歩廊下に戻される。
俺とカズが事故に巻き込まれかけたことはみんなが知っていて、だいぶ心配されていたらしい。
カズは朝から来ていたから、事故の顛末はカズが話してくれたそうだけど、俺の無事はこの目で見るまで喜べないとタケちんはずいぶん気を揉んだようだ。
「心配かけたな、タケちん。打撲ももう痛くないし、大丈夫だよ」
「よかったぁ……俺、ササの高跳び好きだからさ。足とかケガして跳べなくなっちゃってたらと思って、ずっと気が気じゃなかったよ」
「え……」
タケちんが俺の高跳びを好きだったなんて初耳だ。
ちょっと心臓が高鳴る。これが「きゅん」てやつか。
思わず照れた俺と、自分の発言に照れたタケちんで固まっていたら、間に無理やり体をねじ込んできたやつがいる。
「はいはい、ササはケガしてるんだから離れてね~」
「カズ? 俺もう大丈夫だって」
なぜかぶすっとした顔をしているカズに首を傾げると、カズは「ロマンスがはじまったら困るから」などとわけのわからないことを言う。
「ササは今おれが予約してるから。他はだめ」
「なんだよカズぅ、俺もササを愛でたいんだよ~」
「タケちんはだめ」
なぜか今日に限ってタケちんとの接触をブロックされるので、俺は疑問に思いながらも、カズを刺激しない程度にタケちんから距離をとった。
だがカズの過保護は止まらず、その日は一日カズが俺に張り付いていた。
事故のことを心配する知り合いに返事したり、事故のことを聞きに来る知り合いに対応したりというのは全部カズがやった。
おかしいな、カズもケガ人なのは同じはずなのに。
「なんで俺の友だちにカズが対応すんの?」
「別にどっちが話してもいいじゃん。経験したことは同じなんだし」
「そりゃそうだけど」
なんだかいまいち納得しきれないが、自分の経験を何回も話すなんて億劫だし、カズがやってくれるというのならまぁいいか。
休み時間に陸上部顧問の先生と相談して、打ち身と擦り傷がなくなるまでは念のため部活を休むことになった。
さすがに小さな擦り傷全部治るまでだと長いんだけど、俺は膝の横あたりを盛大に擦りむいて制服のスラックスの買い替えまでいってるので、せめてそこが治るまではとのこと。
「ひざ、痛い?」
「いや別に」
「肩は?」
「寝転がるとちょっと痛いから、横向いて寝るくらいだな」
「そっか」
「カズのほうはケガどうなん」
「おれは全然。血も出なかったし」
なんとカズの過保護モードは放課後も有効で、似たような理由で数日部活から離れることになったカズといっしょに帰ることになった。
こんな早い時間に二人で帰るのはめずらしいので、なんだか妙に落ち着かない。
「荷物持とうか」
「へ? いやいい、自分で持つよ」
「そっか」
リュックタイプの通学カバンなのに、なにを持たせることがあるのだろう。
「ササ、危ないよ。もっとこっち」
「え、あぁ、うん」
気がついたらカズが車道側に立っていた。
横を通った自転車からかばうように立たれて、脳内疑問符が増えていく。
「どこか寄ってく? カフェとか」
「かふぇ~? なんだそりゃ、なんで俺らでそんなとこ行くんだよ」
いよいよカズの様子がおかしい。
クラスメイトや部活仲間といっしょに帰るとき、寄り道をすることはあっても、行先はファストフード店かせいぜいカラオケだ。カフェなんて候補に挙がったこともない。
なぜそんな場所へ行こうとしているのか。
疑問で脳がパンクしそうになった瞬間、ふと思いついた。
今までのカズの動きは、もしかして、歴代彼女へのやり口そのものなのではないか、と。
「……カズ、ちょっと」
俺はカズを伴い通学路を外れた。
行先も告げずどんどん人通りのないほうへ進んでいく。カズは不思議そうにしながらも黙ってついてきているようだ。
駅へ続く大通りを外れると、すぐ住宅街になる。
立ち並ぶ家々の間にぽつんとある児童公園に入った。誰もおらず、人もあまり通らない。
「カズ。どういうつもりだよ」
「え、なにが?」
「俺はおまえの彼女じゃねーんだけど」
えっ、という顔のカズに、自覚がなかったのかと呆れる。
「おまえ、付き合った女子にああいうことしてんだな。荷物持つとか、車道側歩くとか、放課後デートに誘うとか」
「え、ぁ、まじか。たしかにそうだ」
「やっぱ自覚なしかよ。なぁ、俺が告白したの、迷惑だったか?」
想いを告げるという行為自体、エゴの塊だ。
この土日で俺は何度、あの言葉を後悔して、取り消したいと願って、ベッドの上でじたばたしたことか。
時間がほしいだなんて、カズのやさしさだ。
あと数か月は同じクラスの友人を傷つけないようにするための方便だ。
それなのに俺は気持ちを押し付けて、断る理由すらカズに担わせようとしている。
恋人に接するような振る舞いをするのも、カズが俺の扱いに困っている証拠だろう。今まで告白しては別れていった女子たちと俺は今、同じまな板の上に乗せられているんだ。
「あのさ、やっぱあれ、取り消すよ。俺とカズはただの友だち。これからもずっとそう。それでいいだろ?」
全然そんなこと思ってないくせにと胸の針が全身を貫くかのように痛む。
震える手で胸元を握りしめて、倒れたくなくて足を踏ん張る。
俺が平気そうな顔さえしていれば、きっとカズはほっとして、じゃあ元通りな、とでも言って笑うのだろう。あぁいやだ、想像力豊かな自分に腹が立つ。
だから、いきなり肩を引っ張られて、怒った顔のカズに直面させられて、俺は目を丸くした。
「なんでそうなるんだよ!」
「へ? だって、実際迷惑だろ、男に告白されるなんて」
「迷惑じゃない! なんでいきなり迷惑だとか迷惑じゃないとかそんな話になるんだって聞いてんの!」
「えぇ……」
肩を掴まれついでにがくがく揺らされ、なぜこんなにも責められているのかすらわからない。
「女の子相手みたいにしたのは悪かったよ。でもそれは迷惑なんじゃなくて……休みの間によく考えて、考えて考えて、ササとどうなりたいんだろうって……そしたら、ああいう態度になっちゃっただけで」
俺の両肩にすがるように立つカズの頬は赤く染まっていた。
「ササが、男を好きになるなら、おれがササの告白を断ったら、ササはおれ以外の誰かを恋人にするのか? って。そしたらタケちんとか、周りの男全員敵に見えてきた。今まで全然気にならなかったのが不思議なくらいだけど、みんなササに触りすぎだよな? 肩とか背中とか、髪触るやつとか本気で殴りつけてやろうかと」
「おいおいおい、なに言ってんだよカズ」
「だからっ、ササを誰かに渡したくないって……話だよ」
そんな話だったのか。国語の成績は悪くないはずなのに、ちっとも理解できない。
俺は現状誰のものでもないが、カズは俺を誰にも渡したくないらしい。
それって。
「告白の返事、していい?」
こっからフラれるルートある? フライングでどっくんどっくん暴れ回る俺の心臓。まだ早い。誤解したくない。勘違いしたくない。これでフラれたら反動で心臓止まる。あぁどうしてこういうときこそ時間停止なのに能力なくなっちゃったんだ俺。
カズの口が開く、開いてしまう。
「ササ……ささめ。おれと付き合ってください」
時間が、止まった気がした。
でも俺は本当に止まった時間を知っているから、本当は時間が止まってないこともわかってる。
どくどく速い心臓は変わらず、少しだけ唇を震わせるカズと、風の音、どんどん水があふれて見えなくなっていく視界。
「……よろしく……」
「はは、ササまた泣いちゃった」
そっと指で拭われた目元から伺い見た俺の彼氏は、まばゆい笑顔で、愛おしそうに触れてくる。
はじめてのキスの味はよくわからなかった。
おわり
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