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第一章
09.求職活動
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レグルスのそばにずっといるためには、この場のルールを知らなくては。
いつまでもお客さんではいられない。
早速タビトは周囲の獣人たちと積極的に話をして、ここの決まり事やの暮らし方を学んだ。
「僕、はたらきたい」
「えっ、どうしたのタビト」
突然の申し出に案の定レグルスは驚いていた。
ベッドでごろごろしながら絵本を読んでいるときにいきなり言ったので、余計驚かれたかもしれない。
でもこのままじゃいけない。タビトにとってこの暮らしは贅沢すぎる。
「毎日なにもせずレグルスと遊んでるだけなんて、ダメだと思って」
「それのなにがダメなの?」
「レグルスはいいよ。でも僕は……いつまでもただのお客さんじゃいられない。やくわりがないとダメなんだ」
屋敷のオトナたちは、尋ねればほとんどのことを教えてくれた。
この大きなお屋敷はレグルスの父のもので、レグルスは立派な血筋を持つ由緒正しい獅子の子であること。
将来はたくさんのライオン族を束ね、率いる存在になると有望視されていること。現にレグルスの父親はその立場であること。
幼いながらも将来のために勉強を始めていたレグルスは、タビトのためにここしばらく勉強をやめていること。
「レグルス、さいきんお勉強してないんでしょ?」
「うっ」
「自分のこともよくわからない僕のこと、助けてくれて、気遣ってくれてありがとう。レグルスのおかげで僕は元気になったし、がんばって生きていこうって思えるようになった。でもそれは、レグルスのじゃまをすることとは違うんだ」
「じゃまだなんて!」
「そういうことなんだよ。でも、じゃまでも僕は、レグルスのそばにいたい」
シーツの上で苛立たしげに振り乱されている獅子のしっぽに、自分のしっぽを絡めた。
途端に大人しくなった細い尾に笑みがこぼれる。
「僕がじゃまじゃなくなれば、僕はもっとずっとレグルスといっしょにいられると思う」
「それが、はたらくってこと?」
「うん。僕の見た目が怖いとか、不気味だとか思われるのはどうしようもない。でも、へんてこだけど使えるやつだってみんなが考えを変えてくれれば」
生まれながらに選ばれたものであるレグルスの隣に立つには、そうするしかない。
親も学も立場もないタビトが、生きていくには。
「でも、はたらくのはオトナのシゴトだよ。タビトにできることなんかあるのかなぁ」
「実はもうムルジムにおねがいして、はたらけそうな場所をおしえてもらったんだ。お芋の皮むきとかお庭のおそうじとか、やれることはありそうだよ」
「でも……」
「レグルス。応援してくれない?」
こてんと首を傾げて覗き込んだ顔は、むっと唇を尖らせて不満そうだ。
でも頷いてくれた。
「わかった……おうえんする」
「ありがと。僕がんばるね」
故郷に帰る道は知れないし、母さんにはもう会えない。
だからここで生きて、生き抜かなくては。
次の日からタビトはレグルスの家の「使用人見習い」になった。ヒトではないけれどそう呼ばれる。
ムルジムが紹介してくれた勤務先候補は、炊事場、獣舎、洗濯場、それからお庭。
炊事場はいつも働き手不足だからと真っ先に向かった。
でもタビトの爪と肉球の前足では芋の皮むきも、鍋が焦げ付かないようスープをかき混ぜることもできなくて、早々に追い払われてしまった。
獣舎にも行ってみた。
この世界では言葉を話せて人型になれる獣人と、そうでないケモノとの間には深い溝があり、後者は使役されたり食用になったりするものなのだそうだ。
馬房にはタビトより何倍も大きな馬や、タビトを乗せて飛べそうなほど大きな鳥がいた。
彼らは手紙を届けたり、移動手段のために飼われているという。別の棟には肉を食べるための家畜や卵を採るための鳥もいた。
しかしケモノたちは人型のイヌであるムルジムには無反応なのに、子トラには怯えて暴れた。結局ここでも働けなかった。
屋敷の裏手にある井戸を中心とした洗濯場は、四つ足でも役立てそうな工程があったが、無理を言って辞退させてもらった。
ランドリーメイドたちのタビトを見下ろす視線。
廊下で聞いた、タビトを不気味だと噂していた女たちの声……聞こえもしないそれが耳に蘇って、とても彼女たちに混じって洗濯に精を出すことはできそうになかった。
「では、きみには庭仕事を手伝ってもらいましょう」
ムルジムは最後にタビトを庭へ連れていった。
引き合わされた庭師は、大柄の人型獣人だ。
厳つい顔立ちで、口数少なく、とても歓迎してくれているとは思えない。
「よ、よろしく……です」
「……あぁ」
しかし拒絶されることはなかった。
タビトの仕事は、見事に整えられたお庭を見回って小動物や虫を追い払うことと、枯れた枝葉や花を取り除くこと、炊事場から依頼される薬草や香草を摘むことに決まった。
「このカゴに香草を摘み取って入れろ」
「どれくらいいるの?」
「カゴがいっぱいになるくらいだ」
「はいっ」
四つ足の体ではハサミなどの道具を持つことはできない。
首に革紐を巻いてもらい、そこへ一抱えほどのカゴを引っ掛ける。
タビトの体高より大きい香草はものすごい匂いを発している。正直、くさい。しかしこれが料理に入ると食欲をそそる良い味を引き出すのだという。
枝の一部を噛み切って咥え、首を捻ってカゴに入れる。その繰り返し。
草の汁で口の周りが大変なことになったけが、なんとかカゴをいっぱいにすることはできた。
「できた! です!」
「よし」
厳つい顔の庭師がカゴの中身を確認して厨房に届ける。
その間にタビトは口の周りを水ですすいで、庭の見回りに繰り出した。
色とりどりの花々や木々には小さな虫や小動物がやってくる。
庭を隅々まで見て回り、葉や花をいたずらに傷つけてしまう害虫を追い払い、木に穴を開けようとする鳥や、花をむしり取ってしまうネズミなどを追い立てた。
前足や爪で取れない虫は、動物の毛を束ねて作った筆という道具に浸した薬液を塗って落とす。
この薬液もひどい匂いがするので、一通りの仕事が終わった頃には全身ものすごい匂いまみれになっていた。
「くっさ!」
そのままレグルスの元に帰ったものだから、開口一番けなされた。
「そんなにくさいかな」
「くさいよ! タビト、鼻がおかしくなっちゃったの? お風呂はいろう!」
いつもはレグルスのほうが嫌がるお風呂に、今日はタビトが引きずられていく。
泡立てられた石鹸で口や首周り、四肢など薬液と香草の付着した場所は特に念入りに、毛が抜けそうなほどぐいぐいと強く洗われた。
湯船につかっている間にも何度も被毛の匂いを嗅がれて、少しでも青臭ければごしごし擦られる。
「痛いよレグルス」
「あ、ごめん。でもすごくにおうんだ」
レグルス鼻の頭にぎゅっとシワが寄った。
「ねぇ、やっぱりシゴトなんてやめなよ。オレたちまだ子どもなのに、こんなことさせるなんて変だよ」
「応援してくれるんじゃなかったの?」
「するつもりだったけど……タビトはイヤじゃないの? お庭のシゴトなんてくさくてつらくて大変でしょ?」
「大変だけど、イヤじゃないよ」
タビトは胸を張った。
ムルジムは、お庭の仕事をきちんと頑張れば住み込みの使用人としてこの屋敷に滞在して良いと言った。その上、はたらきに応じた給料も払ってくれるという。
この世界はタビトが知る人間の社会とあまり変わらない。
食べ物を得るにも住む場所を得るにも、働いてお金を得なければならない。
生きることすべてにお金がかかって、お金がないと何もできないし、死ぬより辛い目に遭うことだってある。
何をするにもお金だ。身寄りも身分もないタビトには特に必要なもの。
今は幸運にも食べるものと住むところが確保されているけど、この先はどうなるかわからない。
仕事をしてお金を得て、不測の事態に備えられれば先の憂いを減らすことができる。
むしろタビトのような、取り柄のない子どもでも働けるなんてすごいことだ。
ムルジムと庭師の寛容さに感謝している。
「今日で仕事はおぼえたし、匂いはひどいけど庭師のおじさんは優しいし、やっていけると思う」
「でも……」
渋るレグルスに向き直り、オレンジ色の眼にしっかり視線を合わせて覗き込む。
「レグルスのそばにいるためにがんばるよ。それに、僕がくさくなって帰ってきても、レグルスが洗ってくれるでしょ?」
「……うん、オレがタビトをすっかりいいにおいに戻るまでしっかり洗うよ」
「よろしくね」
「まかせて!」
最後にはレグルスも納得してくれた。
でも二匹して湯船で話し込んでいたせいで、すっかりのぼせてしまった。
よろよろしながらお湯から上がり、ふかふかの布で念入りに肉球を拭い、ごろごろ転がって水気を取ってから浴室を出る。
この工程をせずに濡れたまま廊下を走るとムルジムにとても怒られる。
「なんだかつかれちゃった……」
「おひるねしよっか」
「うん」
よたよたと部屋に戻ると、レグルスもついてきてベッドによじ登ってきた。
ぽしゃぽしゃしたタテガミがまだ湿っている。
水気を拭うように舌で舐めてやると、お返しとばかりに前足を舐められた。
そのまま頬や額、首筋を舐められて、乾いた毛にレグルスの鼻先が埋まる。
「うん。いいにおいのタビトに戻った」
「まだにおう?」
「わるいにおいじゃないよ。獣人みんなにあるにおい。オレはタビトのが一番好き……」
「そっか」
同じようにレグルスのタテガミに鼻を押し付けてみる。
石鹸の匂いしか感じ取れない。レグルスは鼻がいいんだろう。
もしくは、タビトには獣人の匂いはわからないのかもしれない────。
びちゃびちゃからもふもふに戻った被毛に顔を埋めて眠った。
タビトはこれまで一度も、ヒトの姿になったことがない。
レグルスは当然のようにタビトを獣人として扱うけど、タビト自身、自分が獣人なのかそうでないのか判断できずにいる。
いつまでもお客さんではいられない。
早速タビトは周囲の獣人たちと積極的に話をして、ここの決まり事やの暮らし方を学んだ。
「僕、はたらきたい」
「えっ、どうしたのタビト」
突然の申し出に案の定レグルスは驚いていた。
ベッドでごろごろしながら絵本を読んでいるときにいきなり言ったので、余計驚かれたかもしれない。
でもこのままじゃいけない。タビトにとってこの暮らしは贅沢すぎる。
「毎日なにもせずレグルスと遊んでるだけなんて、ダメだと思って」
「それのなにがダメなの?」
「レグルスはいいよ。でも僕は……いつまでもただのお客さんじゃいられない。やくわりがないとダメなんだ」
屋敷のオトナたちは、尋ねればほとんどのことを教えてくれた。
この大きなお屋敷はレグルスの父のもので、レグルスは立派な血筋を持つ由緒正しい獅子の子であること。
将来はたくさんのライオン族を束ね、率いる存在になると有望視されていること。現にレグルスの父親はその立場であること。
幼いながらも将来のために勉強を始めていたレグルスは、タビトのためにここしばらく勉強をやめていること。
「レグルス、さいきんお勉強してないんでしょ?」
「うっ」
「自分のこともよくわからない僕のこと、助けてくれて、気遣ってくれてありがとう。レグルスのおかげで僕は元気になったし、がんばって生きていこうって思えるようになった。でもそれは、レグルスのじゃまをすることとは違うんだ」
「じゃまだなんて!」
「そういうことなんだよ。でも、じゃまでも僕は、レグルスのそばにいたい」
シーツの上で苛立たしげに振り乱されている獅子のしっぽに、自分のしっぽを絡めた。
途端に大人しくなった細い尾に笑みがこぼれる。
「僕がじゃまじゃなくなれば、僕はもっとずっとレグルスといっしょにいられると思う」
「それが、はたらくってこと?」
「うん。僕の見た目が怖いとか、不気味だとか思われるのはどうしようもない。でも、へんてこだけど使えるやつだってみんなが考えを変えてくれれば」
生まれながらに選ばれたものであるレグルスの隣に立つには、そうするしかない。
親も学も立場もないタビトが、生きていくには。
「でも、はたらくのはオトナのシゴトだよ。タビトにできることなんかあるのかなぁ」
「実はもうムルジムにおねがいして、はたらけそうな場所をおしえてもらったんだ。お芋の皮むきとかお庭のおそうじとか、やれることはありそうだよ」
「でも……」
「レグルス。応援してくれない?」
こてんと首を傾げて覗き込んだ顔は、むっと唇を尖らせて不満そうだ。
でも頷いてくれた。
「わかった……おうえんする」
「ありがと。僕がんばるね」
故郷に帰る道は知れないし、母さんにはもう会えない。
だからここで生きて、生き抜かなくては。
次の日からタビトはレグルスの家の「使用人見習い」になった。ヒトではないけれどそう呼ばれる。
ムルジムが紹介してくれた勤務先候補は、炊事場、獣舎、洗濯場、それからお庭。
炊事場はいつも働き手不足だからと真っ先に向かった。
でもタビトの爪と肉球の前足では芋の皮むきも、鍋が焦げ付かないようスープをかき混ぜることもできなくて、早々に追い払われてしまった。
獣舎にも行ってみた。
この世界では言葉を話せて人型になれる獣人と、そうでないケモノとの間には深い溝があり、後者は使役されたり食用になったりするものなのだそうだ。
馬房にはタビトより何倍も大きな馬や、タビトを乗せて飛べそうなほど大きな鳥がいた。
彼らは手紙を届けたり、移動手段のために飼われているという。別の棟には肉を食べるための家畜や卵を採るための鳥もいた。
しかしケモノたちは人型のイヌであるムルジムには無反応なのに、子トラには怯えて暴れた。結局ここでも働けなかった。
屋敷の裏手にある井戸を中心とした洗濯場は、四つ足でも役立てそうな工程があったが、無理を言って辞退させてもらった。
ランドリーメイドたちのタビトを見下ろす視線。
廊下で聞いた、タビトを不気味だと噂していた女たちの声……聞こえもしないそれが耳に蘇って、とても彼女たちに混じって洗濯に精を出すことはできそうになかった。
「では、きみには庭仕事を手伝ってもらいましょう」
ムルジムは最後にタビトを庭へ連れていった。
引き合わされた庭師は、大柄の人型獣人だ。
厳つい顔立ちで、口数少なく、とても歓迎してくれているとは思えない。
「よ、よろしく……です」
「……あぁ」
しかし拒絶されることはなかった。
タビトの仕事は、見事に整えられたお庭を見回って小動物や虫を追い払うことと、枯れた枝葉や花を取り除くこと、炊事場から依頼される薬草や香草を摘むことに決まった。
「このカゴに香草を摘み取って入れろ」
「どれくらいいるの?」
「カゴがいっぱいになるくらいだ」
「はいっ」
四つ足の体ではハサミなどの道具を持つことはできない。
首に革紐を巻いてもらい、そこへ一抱えほどのカゴを引っ掛ける。
タビトの体高より大きい香草はものすごい匂いを発している。正直、くさい。しかしこれが料理に入ると食欲をそそる良い味を引き出すのだという。
枝の一部を噛み切って咥え、首を捻ってカゴに入れる。その繰り返し。
草の汁で口の周りが大変なことになったけが、なんとかカゴをいっぱいにすることはできた。
「できた! です!」
「よし」
厳つい顔の庭師がカゴの中身を確認して厨房に届ける。
その間にタビトは口の周りを水ですすいで、庭の見回りに繰り出した。
色とりどりの花々や木々には小さな虫や小動物がやってくる。
庭を隅々まで見て回り、葉や花をいたずらに傷つけてしまう害虫を追い払い、木に穴を開けようとする鳥や、花をむしり取ってしまうネズミなどを追い立てた。
前足や爪で取れない虫は、動物の毛を束ねて作った筆という道具に浸した薬液を塗って落とす。
この薬液もひどい匂いがするので、一通りの仕事が終わった頃には全身ものすごい匂いまみれになっていた。
「くっさ!」
そのままレグルスの元に帰ったものだから、開口一番けなされた。
「そんなにくさいかな」
「くさいよ! タビト、鼻がおかしくなっちゃったの? お風呂はいろう!」
いつもはレグルスのほうが嫌がるお風呂に、今日はタビトが引きずられていく。
泡立てられた石鹸で口や首周り、四肢など薬液と香草の付着した場所は特に念入りに、毛が抜けそうなほどぐいぐいと強く洗われた。
湯船につかっている間にも何度も被毛の匂いを嗅がれて、少しでも青臭ければごしごし擦られる。
「痛いよレグルス」
「あ、ごめん。でもすごくにおうんだ」
レグルス鼻の頭にぎゅっとシワが寄った。
「ねぇ、やっぱりシゴトなんてやめなよ。オレたちまだ子どもなのに、こんなことさせるなんて変だよ」
「応援してくれるんじゃなかったの?」
「するつもりだったけど……タビトはイヤじゃないの? お庭のシゴトなんてくさくてつらくて大変でしょ?」
「大変だけど、イヤじゃないよ」
タビトは胸を張った。
ムルジムは、お庭の仕事をきちんと頑張れば住み込みの使用人としてこの屋敷に滞在して良いと言った。その上、はたらきに応じた給料も払ってくれるという。
この世界はタビトが知る人間の社会とあまり変わらない。
食べ物を得るにも住む場所を得るにも、働いてお金を得なければならない。
生きることすべてにお金がかかって、お金がないと何もできないし、死ぬより辛い目に遭うことだってある。
何をするにもお金だ。身寄りも身分もないタビトには特に必要なもの。
今は幸運にも食べるものと住むところが確保されているけど、この先はどうなるかわからない。
仕事をしてお金を得て、不測の事態に備えられれば先の憂いを減らすことができる。
むしろタビトのような、取り柄のない子どもでも働けるなんてすごいことだ。
ムルジムと庭師の寛容さに感謝している。
「今日で仕事はおぼえたし、匂いはひどいけど庭師のおじさんは優しいし、やっていけると思う」
「でも……」
渋るレグルスに向き直り、オレンジ色の眼にしっかり視線を合わせて覗き込む。
「レグルスのそばにいるためにがんばるよ。それに、僕がくさくなって帰ってきても、レグルスが洗ってくれるでしょ?」
「……うん、オレがタビトをすっかりいいにおいに戻るまでしっかり洗うよ」
「よろしくね」
「まかせて!」
最後にはレグルスも納得してくれた。
でも二匹して湯船で話し込んでいたせいで、すっかりのぼせてしまった。
よろよろしながらお湯から上がり、ふかふかの布で念入りに肉球を拭い、ごろごろ転がって水気を取ってから浴室を出る。
この工程をせずに濡れたまま廊下を走るとムルジムにとても怒られる。
「なんだかつかれちゃった……」
「おひるねしよっか」
「うん」
よたよたと部屋に戻ると、レグルスもついてきてベッドによじ登ってきた。
ぽしゃぽしゃしたタテガミがまだ湿っている。
水気を拭うように舌で舐めてやると、お返しとばかりに前足を舐められた。
そのまま頬や額、首筋を舐められて、乾いた毛にレグルスの鼻先が埋まる。
「うん。いいにおいのタビトに戻った」
「まだにおう?」
「わるいにおいじゃないよ。獣人みんなにあるにおい。オレはタビトのが一番好き……」
「そっか」
同じようにレグルスのタテガミに鼻を押し付けてみる。
石鹸の匂いしか感じ取れない。レグルスは鼻がいいんだろう。
もしくは、タビトには獣人の匂いはわからないのかもしれない────。
びちゃびちゃからもふもふに戻った被毛に顔を埋めて眠った。
タビトはこれまで一度も、ヒトの姿になったことがない。
レグルスは当然のようにタビトを獣人として扱うけど、タビト自身、自分が獣人なのかそうでないのか判断できずにいる。
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