みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで

キザキ ケイ

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第四章

57.学外実習

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 両手で足りる数の級友たちと一緒に、副都行きの大型馬車で揺られるところから実習は始まる。
 少ない私物と訓練のための準備を携えたリゲルたちに迎えられ、馬車へ乗り込んだ。
 乗っているのはタビトをはじめ肉食獣人ばかりで、よくウマが怯えずに牽いてくれるものだと思ったら、二匹の輓馬はどちらも騎獣学の教師だった。道理で立派すぎる四肢だ。

「副都行くの久しぶりだな」
「副都の守備隊は首都のより訓練厳しいらしいぜ」
「隊長が怖いって。副都の長官がライオンだから統率を重視してんのかな」
「隊員の寮もきついぞ。狭い6人部屋だとか、メシは肉が少ないだとか」
「風呂は広いらしい。グループ入れ替え制で全然時間ないらしいけど」
「デカい獣人がみんなで入ったら、広い浴槽も芋洗いだろうよ」

 わずかに緊張しつつも、級友たちが先輩から聞いた話を披露していくのを静かに聞く。
 実習自体に不安はない。なるべくいつも通りに、自分の実力を高めることを考えていればいいだけだ。
 タビトの不安は、レグルスのことばかりだった。

「大丈夫か?」

 硬い表情のタビトをプロキオンが心配してくれたが、頷くのみに留めた。
 今しゃべったら情けないことしか言えなさそうだ。
 ガタゴトと揺られ続け、馬車は昼過ぎに目的地に到着した。
 赤茶の石積みで作り上げられた、山裾の町・副都ケープ。
 山地以外の三方から街道が引き込まれる交通と商業の要所、その周囲をぐるりと囲う塀や門の内側を守るものたち、それが副都守備隊だ。
 町の中心近くの守備隊本部へ馬車が入っていく。
 見慣れた赤茶レンガの堅牢な建物は無骨で装飾性にとぼしく、まるで要塞のようだ。

「よろしくお願いします!」

 騎士学校生が横並びで到着の挨拶をするのは、毎年この時期の恒例行事らしい。
 屈強な隊員たちがわらわら出てきて、やんやと拍手してくれた。
 ほとんどはあたたかい見守る視線。いくらかは品定めの囁き声。中には、具体的な部署名を叫びながら学生の配属を希望している隊員もいくらかいる。
 タビトも皆と同じようにじろじろ見られつつ、作戦本部に詰めている隊長に引き合わされた。

「ようこそ、若者諸君。きみたちの中から将来の同僚が現れてくれることを願うよ。わりと切実に」

 怖いと噂されていた守備隊長は、優しそうなオスオオカミだった。
 プロキオンとは違う黒のしっぽがぱたぱた揺れていた。歓迎してくれているらしい。
 ただ最後の一言には妙に実感がこもっていて、どこも獣手不足なんだなぁと苦笑するしかなかった。

 次に案内されたのは、二ヶ月間宿泊する隊員寮だ。
 噂通り狭い室内に、二段ベッドがぎゅうぎゅうに詰め込まれ、余ったスペースは細い共用部分のみ。大柄な獣人なら肩をつっかえてしまいそうな幅しかない。

「タビトは俺様のベッドの上だ。横にはリゲルが入る」

 タビトが何か言う前に、プロキオンが割り振りを決めてしまった。
 奥のベッドの上段に荷物が勝手に置かれ、下段にプロキオン、その横のベッドの上段にリゲルが陣取ることになった。
 何も言わないところを見ると、リゲルも配置に文句はないらしい。
 ベッド位置はどこでも良かったので否やはないが、少し不思議に思った。彼らは決してタビトの意見を聞かずに何かを決めるタイプではなかったから。
 その後、守備隊本部の施設を案内してもらうために同室たちとぞろぞろ寮室を出たタビトは、プロキオンが何を憂慮していたのかすぐに知ることとなった。

「なぁ、タビトは隣の部屋だったよな。どこに寝るんだ?」

 声をかけてきたのは同じ兵学科の級友だ。
 それほど親しくはないが、どのような人物なのかくらいはお互いに認識している。
 タビトが口を開こうとすると、急に肩を引っ張り上げられた。

「タビトは俺様の上段だ。横はリゲル。何か用でもあったか?」
「あー、いや特には」

 プロキオンががっちりとタビトの肩を押さえている。いやこれは、肩を抱かれているというのが正しいだろうか。
 長身の彼がどんな顔をしているのか、見上げる立場のタビトには見えなかったが、声をかけてきた級友はそそくさと立ち去ってしまった。
 よほど怖い顔をしていたのだろうか。

「タビト、気をつけろよ。あいつ前からおまえ狙いだったから」
「狙うって?」
「おまえ人型が細っこいだろ。体つきも顔立ちもかわ…………弱く見えるし、襲っちまおうって思ってるやつがいるんだよ」
「僕そんな弱くないよ。半獣化できるし」
「でも寝てる間に忍び込まれたらまずいだろ? それに相手は知り合いだ、即座に制圧できるか?」
「それは……うーん」

 確かに知人が自分を害する可能性は考えにくい。
 もしリゲルやプロキオンが襲いかかってきたら、なにか切迫した事情があるのではと説得を試みるだろう。
 そういう甘さがあることをタビトは自覚していたが、こればかりはすぐ改善できそうにない。
 答えあぐねていると、プロキオンとは反対側に体が引き寄せられた。
 見上げるとリゲルがタビトの腰を抱いている。

「タビトわかってないっぽいから言うけど、あいつはおまえを性的に襲おうとしてたかもってことだぜ」
「え、性的……? でも僕オスだよ」
「人型がそう見えないから、勘違いするやつがいるってこと。てかプー、どさくさに紛れて触ってんじゃねーよ」
「おまえだって腰触ってるだろうが!」
「俺はいいの。下心とかないし」
「俺様には下心があるかのような物言いはやめろ!」

 頭上でぎゃあぎゃあ言い合う肉食獣たちの警告を、しっかりと考える。
 騎士学校のように極端に閉鎖的な場所では、オスをメスの代わりのように扱うことがある、と聞いたことはあった。
 しかし自分がそういう対象になっているとは思わなかった。
 以前後輩のクマ獣人に声をかけられたようなことは何度か経験しているが、すべて断っているし、誘いをかけられる以上のことはすべて力で跳ね除けてきたからだ。
 もしかすると今までの、力ずくで追い払ったしつこい者たちの中にも、そういう手合いがいたのだろうか。

「でもオス同士じゃ子もできないし、何をするんだろう」
「そんなのは知らなくていいんだぞタビト」
「いやいや、自衛のためにも教えといたほうがいいでしょ。基本はメスにするのとそう変わらないよ。タビト、メスと付き合ったことある?」

 首を横に振ると、なぜか二人はうんうんと深く頷いている。

「タビトはそうだよな。メス相手なら子を作るためのアレコレがあるんだが、オスのその辺は相手に依る。ただ触ったり舐めたり噛んだり、って工程はあんま変わらない」
「触ったり、舐めたり……」

 触られることはよくある。リゲルやプロキオン、アルシャウに、級友たちと触れ合うこと。
 ただ、舐めるとなるとレグルスとメイサだけになり、噛むのはレグルスだけだ。

「そういうことをしようって誘われても絶対に断れよ。まぁタビトに限ってよくわかんないうちに流されるってことはないと思うが」
「うん。僕、レグルスとしかそういうのはしないから」
「……」

 両側に立つ友人たちがびしっと固まった。

「……あの留学生とはヤってんの?」
「え、うん。レグルスは幼なじみだから」
「いやいや幼なじみでも普通はしないぞそんなこと。ちなみに……舐められるのはどこ?」
「えっと……」

 タビトの視線が自然と下を向き、二人の視線もそれを追い、やがて逸らされる。
 リゲルは天を仰ぎ、プロキオンは顔を覆った。

「あのクソライオン、殺す」
「何か言った?」
「いや? なんでもない」

 リゲルの笑顔がなんだか怖い気がしたが、それ以上追求する前に案内役の獣人がやってきてしまったので私語は慎む。
 普通の幼なじみは舐めたり噛んだりしないもの、なのだろうか。
 あとで詳しく聞いてみようと思ったのだが、新しい環境に慣れるのに必死になるうち、タビトはいつしか疑問を忘れてしまった。
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