みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで

キザキ ケイ

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第四章

60.密猟者

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「うわくっせ! ここはいつ来てもくせぇしきたねぇな……おい、掃除くらいちゃんとやれよなぁ!」

 男が二人、乱暴にドアを蹴り開けて入ってきた。
 先頭に立つのは背の高い男だった。細身で、黒い丈長のローブを着ている。
 乱雑にフードを剥いだ下の顔は細面で、神経質そうな印象を受ける。頭骨の形がくっきりとわかるほど髪を剃り上げている。髪の代わりに側頭部を覆い尽くすのは、黒い複雑な文様。
 彫り物の終着点には、見たことのないほど大きな黒い耳介があった。
 薄く立体感に乏しい耳は、あらゆる高低の音も、遠くのごくわずかな音も察知できる。

「……コウモリの獣人……」
「そ、御名答~。かしこいなぁおまえ、飴でもやるか?」

 けたけたと笑う男はまるでなにかに酔っているかのようで、明らかに異常だった。
 こんな場所でこんなふるまいができる者がまともだとは思えない。
 タビトは警戒感をあらわに男を睨む。
 男はローブのポケットを探っていたが、中に何も入っていないことを確かめて肩を落とした。役者のような大仰な動きだった。

「飴は今切らしてんだった。代わりに自己紹介でもするか。ヴェスペルティリオ、狩猟団のリーダーだ。呼ぶ時は『様』をつけろよ」
「……」
「あれ、ツッコんでくれないの? 『なにが狩猟団だ、密猟の間違いだろう』ってホラ、思ってるでしょ? 言ってくれていいんだぜ?」

 相当にふざけた人物であることは短時間で判断できた。
 しかし軽い口調や芝居がかった動きとは裏腹に、ヴェスペルティリオには隙がない。

「あれあれ、なんか元気ないなぁこいつ。捕まえたの誰? 乱暴してないだろうな?」
「スクロファです。手筈通り毒で仕留めただけです」
「ふーん? 毒の分量がちょい多かったかな。こいつは丁重に扱えよ~? なんせ世にも珍しい、トラのアルビノだからなぁ」

 びくりと震えそうになった体を全力で押さえ込む。
 予想通り、タビトを捕らえたのはめずらしさからだった。
 男の後ろには控えている獣人は、ヴェスペルティリオに比べ相当大柄だ。人相はフードに隠されて見えない。
 不意に男たちが近づいてきた。
 タビトの前に立ち、体を揺らしながらまじまじと見下ろしてくる。不快な視線だったが、タビトは耐えた。

「やっぱりこいつ、あんとき取り逃がした子トラだ」

 どくり、と鼓動が鳴ったのが自分でわかった。

「……まさ、か」
「お、口はきけるな、よしよし。チビの頃に捕まえられてれば良かったんだが、まぁここまでデカくなればそれはそれで良しってとこかな。グラム単位でデカいほうがいいよな、何事もな!」
「ボス、そいつは計り売りじゃないんで」
「あーそうだったそうだった。チビのときに売れればガキから珍獣を育てたい変態に売って大儲け。デカければそれはそれで、珍獣を檻に入れて飼い殺しにしたい変態に売って大儲け。どっちに転んでも損なし! 俺たちってば頭いい!」

 男はとても楽しそうに、タビトの「売り先」をぺらぺらとしゃべる。
 まだ誰にとは決めていないが、すでにタビトを「欲しい」と言う「顧客」は複数いて、こっちが値段を提示する前に勝手につり上がっている。
 なるべく団の利益になり、かつ高額を提示したものに譲るので見極めは慎重にする、と。
 誰も相槌を打たないしゃべりに満足したのか、コウモリ男はくるりとターンしてブルーシアの方を向いた。
 金毛の少女があからさまに怯える。
 彼女の表情から、物音を立てると殴るというのが誰のことかわかった。

「おっとと、忘れるとこだった。ブルーちゃん、いや、山岳王の娘ブルーシアちゃん。自分では身分隠してるつもりだっただろうけどバレバレでかわいい~! きみの情報提供のおかげで、ずっと恋い焦がれてた俺たちの『白トラちゃん』やっと捕まえられたからさ、お礼言おうと思って! ありがとねぇ、きみがバカで愚かでホント助かった!」
「……っ」
「ちなみにきみの売り先だけどね、ライオンの需要はまぁまぁ高いんだけどそれってオスの話だから、メスは毛皮にするしかないんだぁ」

 後悔に震え嗚咽を漏らしていたブルーシアが、明確に恐怖の表情を浮かべた。

「だいじょーぶ、安心して。若くてかわいい女の子だもん。きれ~な毛皮にしてあげるよ?」
「いや……いやぁ……っ!」
「うわっ、ぼろぼろ泣いちゃってきたねぇの。多少肌が荒れてもいいけど、毛はきれいなままでいてくれよな。……さて」

 男は再びタビトに近づき、今度はしゃがんだ。
 怒りに燃える銀の瞳を満足そうに見下ろす。

「何、怒ってんの? あのメスはおまえの情報を売ったんだ。もはや俺たちの仲間みたいなもんだよ?」
「おまえらとブルーシアは違う。彼女は騙されただけだ、おまえらに」
「暗愚な弱者は敵と同じだよ。ずいぶん優しいんだね」
「っ触るな!」

 伸びてきた手に噛みつこうとしたが避けられる。
 部下らしき男が瞬時に身構えたが、ヴェスペルティリオは気にした様子もなく「お~怖い怖い」などとふざけ、手を引っ込めただけで距離を取ることもなかった。

「なんで、なんで同じ獣人を捕まえるんだ」

 血を吐くように問うタビトに、コウモリ男は飄々と笑う。

「え~? こんなのはさ、フツーの生体販売と変わらないよ。町で見たことない? ペットショップ。あいつらが動物を売るのと、俺たちが獣人を売るの。同じじゃん」
「生体販売の業者は、仕入れた動物を毛皮にして売り捌くことはしない」
「あちゃ、そこ突かれると痛いなぁ。今のはタテマエの理由。実は俺たち、獣人に恨みがあるんだ。だから俺たちは仲間以外の獣人を同じイキモノだとは思ってないよ。無視されて、虐げられてここに流れ着いたやつばかりなんだ」
「無視されて、虐げられたから、だから獣人を捕まえて売るのは恨みを晴らす行為だと……?」
「そそ。コウモリってケモノでもトリでもないって仲間に入れてもらえないことが多くてさ、恨みつらみが募るわけよ」
「嘘だ」
「え?」
「それなら、同じく虐げられるもの……いや、ただ種族が違うだけで爪弾きにされる程度のおまえたちよりよほど立場の弱い……変化不全たちを手にかける理由はない!」

 タビトの耳にはずっと聞こえていた。
 檻の中で呻くものたちの悲痛な「言葉」が。
 人型に変化できないというただそれだけの理由で、生まれてすぐに捨てられることもある変化不全型獣人は、非変化型動物と区別がつかないことも相まって、人型を取れる獣人に比べ遥かに地位が低い。
 彼らが通常の動物たちと同じ「珍獣」扱いで密猟されている以上、「獣人への恨み」が密猟行為の動機のすべてではないことは明らかだった。

「白トラちゃん、賢いんだねぇ。ますます『良い』なぁ~」

 にんまりと口端を引き上げたコウモリ男の笑みは、邪悪でしかなかった。

「そうだよ、さっきまでのはぜ~んぶ嘘! 俺たちはブリーダーを気取ってるわけでもなければ復讐に駆られてこんなことしてるんじゃない。カネになる。理由はそれだけ」
「そんな、理由で……?」
「やだなぁ、儲かるか否かって重要だよ? それに楽しいしね。俺たちに追いかけられて、恐怖に歪んだ表情のまま剥製や毛皮にされる獣人たちの悲劇ったら、どんな娯楽より最高なんだぁ」
「……ッ!」

 最悪だ。許せない。こんなやつを絶対に野放しにはできない。
 多少無理をしてでも、ここで制圧する。
 タビトは瞬時に魔素を巡らせ、腕と脚を獣化させた。
 拘束具の材質によっては致命的なケガを負う可能性もあったが、拘束は予想より脆い素材の荒縄で、トラの腕力でかんたんに千切れてくれた。
 目を見開いてはいるが反応できていないコウモリ男へと、その腕を振るう。

「っ、くそっ」

 攻撃は空振りに終わった。
 男のフードが後ろへ引っ張られ、代わりに背後にいた獣人が前に出る。
 ローブを脱ぎ捨てた部下の男はやはり大柄で、とても大きな耳があった。

「ゾウ獣人……同じゾウの変化不全型がいるのに……!」

 同族が同族を狩り、平然としていることに改めて異常な怖気を感じたが、対するゾウ獣人はなんの感情も浮かべずタビトへ襲いかかってきた。

「傷はつけるな、殺すなよ」

 護衛にかけられた指示はどこまでもタビトを侮ったもの。
 悔しさに歯噛みしながら、タビトは姿勢低く床を蹴りつけて迫った。
 相手がゾウなら動きは遅いはず。素早さで撹乱し不意をつくか、無理ならあのリーダーを捕らえて人質にするか。
 手数の多さはタビトの圧勝だった。硬そうなゾウ獣人の人型の皮膚をタビトの爪が何度も切り裂く。明らかに押していた。

 タビトの装備は拉致されたときと同じ、守備隊の制服だ。
 布が固くボタンが多く、騎士学校の制服より着脱にやや時間がかかるもので、戦闘に入ってしまった今脱ぐことはできない。
 もし服を脱がないまま獣化すれば、体に布が引っかかって動けなくなる可能性がある。だからタビトは手足のみの部分獣化で戦うことを選んだ。
 そのせいで、衣服という制約をものともせず瞬時に獣化し、体当たりしてきたゾウの巨体を避けきることができなかった。

「ぐ、ぁ……!!」

 背中から壁に叩きつけられ、肺の空気が押し出される。
 呼吸ができず体を丸めたタビトを、丸太のように太いゾウの足が踏みつけた。
 ゆっくりと押しつぶされる恐怖に喉が勝手に悲鳴を上げる。

「ぁああああああっ!」
「待て待て、殺すなってば。今拘束するから足どけろ」

 場違いな軽い声がゾウの足を引かせる。タビトは動けなかった。
 脳は動けと叫ぶのに、身体が言うことを聞かない。
 弱々しくもがくタビトの首に、コウモリ男は口笛を吹きながらなにかを取りつけた。
 それは、何の変哲もない金属製の首輪に見えた。

「白トラちゃんは巷で流行ってる『痩身首輪』って知ってる? これつけると人型をか弱いカンジにイメチェンできるってやつらしいんだけど~、これをちょちょいと改造すると出力が上がって、どんな獣人も大人しくさせられるんだ。すごいでしょ? まさに俺たちにお誂え向きのグッズだよねぇ~」

 下品な笑い声を聞きながら、タビトは急速に体の感覚が遠くなっていくのを感じていた。
 ハカセの言葉が断続的に思い出される。
 人型を細く見せる、流行のアイテム、魔素を減らす……危険なもの。
 ふつうの獣人より多くの身体機能を魔素で補っているタビトは、魔素を減らすような場所やモノには決して触れてはならないと言われていた。
 この首輪がもし、その装置なら。

「っぐ、ぅ、ぁああっ」

 手足以外の部分が勝手に獣へ戻ろうとしている。
 タビトは必死に首輪へ爪を立てたが、切っ先は滑るばかりで外すことも壊すこともできない。
 このまま獣型へ戻れば、人型用の金属首輪がトラの首に食い込んで窒息するのは確実だ。
 なんとか呼吸を整えようとしたが、荒い息ばかりが出る。混乱の中でもなんとか人型を維持できるよう魔素の流れを意識した。手足の獣化も戻ってしまったが、他に方法がない。
 遠くで、タビトの特異な獣化を称賛する会話が聞こえる。
 より値を吊り上げられると笑う声が、不思議とはっきり耳に届いた。

「く、そ……ごめん……れぐる、す」

 手足が動かない。体温が急激に下がっている。視界が滲んで色が消えていく。
 最後に見たのは、タビトに這い寄ってくるブルーシアの泣き顔だった。
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