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本編
09.発情期は突然に
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二回目はお互いもっと長く楽しめそうだ。
颯真がスキンを装着するのを待って、二度目の挿入を果たした時だった。
(……あれ)
腹の中がさっきより熱い。
中に颯真が入っているから、だけじゃない。
俺の体が熱くなっている。
「っ、なんか、ユキ、さっきより中が」
「うん……変だ。体があつくて、なんだか……」
足りない。
その思考が閃いた瞬間、ぶわっと場違いな匂いが広がった。
颯真のアルファのフェロモンじゃない。爽やかで少し刺激的な香りの混じる、これは。
「うわっ、ユキ!?」
「そ、ま。これ、もしかして」
俺のフェロモンだ。
自分で自分の匂いがわかるくらい濃く漂うそれは、男二人の汗とザーメンの匂いすらかき消してしまうほど強烈だった。
「まさか、発情期!?」
颯真の声が膜を一枚隔てたみたいに遠く聞こえる。
実際、彼は俺の中に収めていたものを抜いてしまった。体が離れる。
慌てて鞄に駆け寄り、白っぽいケースを取り出した颯真をぼんやり見つめる俺の目から、ぼろぼろと熱いものが転がり落ちた。
あれ、俺泣いてる。なんでだろ。
「わっ!? な、なんでそんなに泣いてんだ?」
「わかんな……、そーま、こっち来て」
「待て、今アルファ用の抑制剤打つから。強くて即効性のあるやつだから、これが効くのを待って」
「来て、おねがい」
ベッドに横たわったまま伸ばした俺の腕を、颯真は逃げずに取ってくれた。
それだけで胸いっぱいに広がったのは安堵。
彼が俺を置いて遠く離れずにいてくれることが、ひどく嬉しい。
こんな考え方は絶対におかしい。
颯真は今日、俺の爛れた欲望を叶えるために協力してくれる相手に過ぎない。
いくら一番の友人だからといって、1メートル離れただけで泣けて、戻ってきてくれただけで嬉しいなんて思うわけない。
「発情時のオメガは強烈にアルファを求めるんだ。アルファを得られないオメガは情緒不安定になるって……涙が出るのはきっとそのせいだ」
汗まみれの俺の髪を颯真が撫でる。そのまま指先が目元に降りて、涙を拭っていく。
気持ちいい。ずっとこうしていてほしい。
でも足りない。奥が切ない。ここを埋めて、一番奥まで満たしてほしい。
「やば……俺今、頭までオメガになってる……」
「ユキ、少しだけ離れるがいいか?」
「なんで?」
「もし本当に発情期が来たのなら、アルファの俺がユキの近くにいるわけにいかない。オメガのシェルターに連絡するから」
「なに、それ……」
俺の問いかけの意味を履き違えたのだろう。颯真はオメガ専用のシェルターについて詳しく説明してくれた。
でも俺の耳には説明の言葉なんてひとつも入ってこなかった。
颯真は離れるのか。こんな俺を置いて。どうして、なぜそんなことができる。
捨てられるのか。
そりゃそうだ、颯真は立派なアルファ家系の男子。すぐにでも素敵なオメガと出会って、きちんと信頼を築いて、手順を踏んで番になる。そんな人生が似合う男だ。
こんな、神様に間違ってオメガにされた、アルファにしか見えない軽率で軽薄な男の元になんていてくれるわけがない。
「ふ、ぅ、う……っ」
「ちょ、ユキ!? さっき涙収まったのに、なんでまた!」
「いかないで。手、はなさないでよ、そうま」
それしかよすががないかのように、ぎゅっと手を握る。
俺のものとそう大きさの変わらない、でもごつごつと節くれ立って、まめが潰れて固くなったところがいくつもある、男らしくてかっこいい手だ。
今こうしてここにいてくれるのに、颯真はどこかへ行ってしまうというのか。
苦しむ俺を置いて。うなじを噛むこともなく────。
「ね、そーま」
「ほら泣くなユキ……何だ?」
「かんで、ここ」
俺はただひたすら、このアルファを逃したくなくて、自ら髪を掻き上げ急所を晒した。
オメガのうなじ。
発情期の最中にここをアルファに噛まれたオメガは、番となる。
オメガにとって番は唯一永遠の存在だ。
しかしアルファにとってはそうじゃない。アルファは番を複数持てる。うなじを差し出したって、颯真の相手が俺だけでいてくれる保証なんてない。
それでもいい。いびつなオメガの俺なんか、下から何番目でもいい。
今ここに颯真がいてくれるなら。
「落ち着けユキ。今おまえは発情期で混乱してるだけだ。アルファに戻れるとしても、今はオメガなんだ。軽々しく首筋を晒すな」
「かるくなんかない……おれは本気だ」
「あーあー。そんなに泣いたらまぶたが腫れちゃうぞ。ほら、俺はここにいる。どこにもいかない」
本当に? どこにもいかない?
俺をオメガの施設に置いてきぼりにしない?
「あぁ。……こりゃ腹くくって付き合うしかないか……」
ベッドから降りていた颯真が戻ってきてくれた。
嬉しい、嬉しい。世界から不幸な出来事が全部なくなったみたいに、喜びだけが俺の体を隅々まで満たしていく。
これがオメガにとってアルファという存在の価値なんだ。
アルファは、救いだ。
俺はもうこのアルファなしでは生きていけないだろう。
「しよ、そうま。それでここ、噛んで」
「それはダメだ、ユキ」
「なんで? おれが中途半端なオメガだから? かわいくないし、きれいでもないし、ちっちゃくもやわらかくもないから?」
「そうじゃない。ちゃんと聞いてくれ」
颯真は真っ直ぐ俺の目を見て、勢いに任せて番になりたくないと言った。
「ユキは今混乱してる。初めての発情期なんだ、当然だ。そんな中で番になったら、いつか絶対後悔する。俺はユキに後悔してほしくないんだ」
「……ん」
「わかってくれたか? よしよし。とにかく少し落ち着くまで付き合うから」
「ん……じゃあ、さっきのつづきしよ」
寝そべる颯真に体を絡みつける。
腰を押し付けて上下させると、颯真のものも熱を持ってくれた。
一回目はすぐ終わってしまった。二回目は挿れただけで抜かれてしまった。まだ全然足りないのに。
「わかった。予備のゴム取ってくる」
「やだ」
「そこの鞄から出すだけだ、どこにも行かない」
「いらない。余計なものつけないでして」
颯真が固まる。その表情が妙におかしくて、くすくす笑いだしたら止まらなくなってしまった。
笑いながら腰を揺らめかせ、興奮を高めていく。
お互いまだ全裸だ。俺の体は準備万端だし、このまま擦り付けてたらいつか勝手に入ってしまいそう。
「あーわかったわかった。アルファの精液を取り込んだほうが発情期早く終わるって言うもんな……」
颯真は何か勝手に自分で納得して、思い直したらしい。
俺をころりと転がして、馬乗りになった。
腹のあたりに乗られているので俺は動けなくなってしまったけど、颯真が離れないのならそれでいい。
「緊急抑制剤は効果が強い分、持続時間が短い。途中で効き目が切れて理性がなくなっても事故らないように、首だけは保護させてもらう。いいな?」
「ん。そうまの好きにしていいよ」
「……はぁ……オメガの発情期ってこんななのか……魔性だ」
ベッドから離れない範囲で颯真が何やらゴソゴソやってたけど、すぐに戻ってきて俺の中に入ってきてくれた。
それが嬉しくて、俺は甲高い声を上げて────快楽が意識を、理性を、塗りつぶしていく。
「────はっ」
目を開けて最初に写ったのは、シワの寄ったシーツだった。
ごろりと体を上向けて、違和感に気づく。
首の周りが異様に重い。というか、なにかがたくさん絡みついてる。
「なんだろ……タオルと、ベルト?」
俺の首には細長く折りたたんだタオルケットが巻かれ、首の後でマフラーよろしく結び付けられていた。それを解くと、中から革製のベルトが出てきた。
意味がわからなくて首を傾げる。
タオルは、俺の首に巻き付いたベルトを覆うようにしっかりと結ばれていた。呼吸ができないほどの締め付けではなかったけど、シチュエーション自体には違和感しかない。
人間の首にベルトが絡まってる光景って……ドラマとかでよく見る、殺人現場くらいしか思い当たらない。
「もしかして俺、殺人未遂の被害者?」
「違う!」
聞き慣れた声とともに部屋に入ってきたのは颯真だった。
腰タオル一枚の格好で、髪がしっとり濡れている。シャワーを浴びてきたらしい。
あれ? 俺たしか颯真とセックスして……そんで、どうなったんだっけ。
「覚えてないのか? あのあとユキは発情期に入ったんだ」
「えっ!」
「抑制剤を飲ませたから今落ち着いてるけど、数時間したらまた発情状態になると思う」
颯真は一度脱衣所へ戻り、タオル一枚からワイシャツとスラックス姿に着替えて戻ってきた。
俺はまだうまく状況を飲み込めていない。
でも思い返してみれば、途中から頭がぼうっとし始めて、それでも俺は活動していて……そうだ、颯真に自分から続きをねだった。
泣いて縋り付いたりしてなかったか?
思い出さなくてもいい痴態まで記憶が蘇ってきて顔を覆う。
「は、恥ずかしい……ご迷惑おかけしました……」
「迷惑なんかじゃないけど。本当に別人みたいだったな、さっきのユキは」
「うぅ……」
どれだけやらかしてるんだ俺。まだ思い出せていない部分があるんだろうか。
ともあれ、状況は理解できた。
俺は薬が効いている間にここを出て、どこかに隔離されるべきなんだろう。市販の抑制剤しか飲んでないから、途中でいきなり効果が切れる可能性もある。
たしか緊急時のオメガを運べるタクシーとかいうのがあるはず。それでどこかのシェルターへ……でも俺は一週間だけのオメガだ。オメガの身分を証明する手立てがなく、それどころか戸籍には「アルファ」としっかり書かれている。専門施設に受け入れてもらえない可能性の方が高い気がしてきた。
どうしよう。まさか本当に発情するなんて。
これじゃ俺、本物のオメガみたいじゃないか────……。
「ユキ、ちょっと、聞いてくれ」
肩を揺さぶられてハッとする。
考え込みすぎて、颯真を無視する形になってしまっていたようだ。
「このあとのことだけど。ユキが嫌じゃなければ、その……俺の家に来ないか」
「颯真の家? それって実家だよな」
「そう。行き先は母屋じゃなく離れだけど」
「離れ?」
颯真の家には何度か遊びに行ったが、そんなものがあるとは知らなかった。
曰く、颯真の祖父が昔に趣味部屋として母屋の裏手に立てた小屋だという。
祖父が亡くなってからは放置されていて、最近颯真が少しずつ整理をしていた。母屋から離れてるから家族と顔を合わせる心配がなく、カギをかけられるし電気も水道も通っている。布団を運び込めば宿泊もできるはずであると。
「ユキが今の自分の状態をお母さんに話せるなら、自宅に帰るのが一番だと思うけど」
知られたくない。咄嗟に強く思った。
百歩譲って、一週間だけオメガになったと告げるだけならいい。ふざけていると取られるか、仮に信じてもらえたとしても話し合いの場が持たれるだろう。
でも今俺は発情期の真っ只中だ。
母さんとしっかり話し合うことはできないし、もしかすると息子のあられもない姿にショックを受けるかもしれない。
母さんはごく普通のベータだから。
「……ごめん、お邪魔させて」
「わかった」
颯真がこんなに頼もしく見えたことがない。
と思ったけど、颯真は以前からずっと頼り甲斐のある男前だった。宿題写させてくれるし。
しかし今回は今までと比べ物にならないほどの迷惑をかけてしまうなぁ。後日菓子折りとかで挽回できるだろうか。
手早くシャワーを浴びた俺は、颯真に手を引かれてラブホを後にする。
首には、目覚めたときに巻いてあったベルトを念のため巻き直された。
「万が一のことがないとも限らないから」
そう言われたけど、あと数日でアルファに戻る俺にそんな配慮が必要なのだろうか。
ただ、何事にも慎重でよく気が付き、万難を排して挑む姿勢は彼らしいと思う。
発情期のオメガを運べるタクシーを利用すること自体には、身分証の提示などは必要ないらしかった。
乗るときにアルファの颯真が同乗することをよくよく確認されたが、それだけ。まだ火照りが残っている体を持て余しているうちに颯真の家に着いた。
「ここで待ってて。必要なものを持ってくる」
案内された離れは、ひとり暮らしなら十分やっていけそうな立派な家。
これを小屋扱いとは。確かに比較対象の母屋は呆れるほど大豪邸だけど。
中に入ってもその印象は変わらず、コテージとかロッジとか呼ばれる建物なのではないかと考える。なんせ風呂はないがトイレがあった。狭いけど水洗の洋式。
颯真のおじいちゃんとやら、ここに住んでたんじゃないかなぁ。もしくは隠れ家か避難場所のように扱っていたのかも。
「お邪魔します……」
なんとなく気が引けて、虚空に向けて挨拶などしてみた。
肩身狭く玄関に立っていると、颯真が戻ってきた。少し息切れしてる、急いで帰ってきてくれたんだ。
「これ、必要そうなもの一式持ってきた。家族にもこっちに顔出さないよう言ったから大丈夫」
「わ、ありがと。ごめんな、あんなに迷惑かけたのに、こんな場所まで借りちゃって」
「気にすんなって。じゃ、俺が出たらカギかけろよ」
「え?」
出ていこうとする後ろ姿を咄嗟に捕まえて引き止める。
振り返った颯真は、なんとも言えない表情だった。
「ユキ、そろそろ薬が切れてもいい頃だ。オメガの発情に当てられたら俺は……アルファは、何するかわからない」
「でも、ここは颯真の家だし、俺一人で使うわけには」
「いいんだ、気にしないでくれ。一緒にいる方がまずいんだ」
「颯真は……一緒にいたくない?」
振り返った顔を見て、俺は。
掴んだ服の裾を颯真の肩に移動させ、力を込めて引っ張り込んだ。
颯真が望まないならこのまま出ていかれても仕方ないと思ったけど、そうじゃないのなら。
離れの扉は二人を隔てることなく閉まり、鍵がカチリと音を立てた。
颯真がスキンを装着するのを待って、二度目の挿入を果たした時だった。
(……あれ)
腹の中がさっきより熱い。
中に颯真が入っているから、だけじゃない。
俺の体が熱くなっている。
「っ、なんか、ユキ、さっきより中が」
「うん……変だ。体があつくて、なんだか……」
足りない。
その思考が閃いた瞬間、ぶわっと場違いな匂いが広がった。
颯真のアルファのフェロモンじゃない。爽やかで少し刺激的な香りの混じる、これは。
「うわっ、ユキ!?」
「そ、ま。これ、もしかして」
俺のフェロモンだ。
自分で自分の匂いがわかるくらい濃く漂うそれは、男二人の汗とザーメンの匂いすらかき消してしまうほど強烈だった。
「まさか、発情期!?」
颯真の声が膜を一枚隔てたみたいに遠く聞こえる。
実際、彼は俺の中に収めていたものを抜いてしまった。体が離れる。
慌てて鞄に駆け寄り、白っぽいケースを取り出した颯真をぼんやり見つめる俺の目から、ぼろぼろと熱いものが転がり落ちた。
あれ、俺泣いてる。なんでだろ。
「わっ!? な、なんでそんなに泣いてんだ?」
「わかんな……、そーま、こっち来て」
「待て、今アルファ用の抑制剤打つから。強くて即効性のあるやつだから、これが効くのを待って」
「来て、おねがい」
ベッドに横たわったまま伸ばした俺の腕を、颯真は逃げずに取ってくれた。
それだけで胸いっぱいに広がったのは安堵。
彼が俺を置いて遠く離れずにいてくれることが、ひどく嬉しい。
こんな考え方は絶対におかしい。
颯真は今日、俺の爛れた欲望を叶えるために協力してくれる相手に過ぎない。
いくら一番の友人だからといって、1メートル離れただけで泣けて、戻ってきてくれただけで嬉しいなんて思うわけない。
「発情時のオメガは強烈にアルファを求めるんだ。アルファを得られないオメガは情緒不安定になるって……涙が出るのはきっとそのせいだ」
汗まみれの俺の髪を颯真が撫でる。そのまま指先が目元に降りて、涙を拭っていく。
気持ちいい。ずっとこうしていてほしい。
でも足りない。奥が切ない。ここを埋めて、一番奥まで満たしてほしい。
「やば……俺今、頭までオメガになってる……」
「ユキ、少しだけ離れるがいいか?」
「なんで?」
「もし本当に発情期が来たのなら、アルファの俺がユキの近くにいるわけにいかない。オメガのシェルターに連絡するから」
「なに、それ……」
俺の問いかけの意味を履き違えたのだろう。颯真はオメガ専用のシェルターについて詳しく説明してくれた。
でも俺の耳には説明の言葉なんてひとつも入ってこなかった。
颯真は離れるのか。こんな俺を置いて。どうして、なぜそんなことができる。
捨てられるのか。
そりゃそうだ、颯真は立派なアルファ家系の男子。すぐにでも素敵なオメガと出会って、きちんと信頼を築いて、手順を踏んで番になる。そんな人生が似合う男だ。
こんな、神様に間違ってオメガにされた、アルファにしか見えない軽率で軽薄な男の元になんていてくれるわけがない。
「ふ、ぅ、う……っ」
「ちょ、ユキ!? さっき涙収まったのに、なんでまた!」
「いかないで。手、はなさないでよ、そうま」
それしかよすががないかのように、ぎゅっと手を握る。
俺のものとそう大きさの変わらない、でもごつごつと節くれ立って、まめが潰れて固くなったところがいくつもある、男らしくてかっこいい手だ。
今こうしてここにいてくれるのに、颯真はどこかへ行ってしまうというのか。
苦しむ俺を置いて。うなじを噛むこともなく────。
「ね、そーま」
「ほら泣くなユキ……何だ?」
「かんで、ここ」
俺はただひたすら、このアルファを逃したくなくて、自ら髪を掻き上げ急所を晒した。
オメガのうなじ。
発情期の最中にここをアルファに噛まれたオメガは、番となる。
オメガにとって番は唯一永遠の存在だ。
しかしアルファにとってはそうじゃない。アルファは番を複数持てる。うなじを差し出したって、颯真の相手が俺だけでいてくれる保証なんてない。
それでもいい。いびつなオメガの俺なんか、下から何番目でもいい。
今ここに颯真がいてくれるなら。
「落ち着けユキ。今おまえは発情期で混乱してるだけだ。アルファに戻れるとしても、今はオメガなんだ。軽々しく首筋を晒すな」
「かるくなんかない……おれは本気だ」
「あーあー。そんなに泣いたらまぶたが腫れちゃうぞ。ほら、俺はここにいる。どこにもいかない」
本当に? どこにもいかない?
俺をオメガの施設に置いてきぼりにしない?
「あぁ。……こりゃ腹くくって付き合うしかないか……」
ベッドから降りていた颯真が戻ってきてくれた。
嬉しい、嬉しい。世界から不幸な出来事が全部なくなったみたいに、喜びだけが俺の体を隅々まで満たしていく。
これがオメガにとってアルファという存在の価値なんだ。
アルファは、救いだ。
俺はもうこのアルファなしでは生きていけないだろう。
「しよ、そうま。それでここ、噛んで」
「それはダメだ、ユキ」
「なんで? おれが中途半端なオメガだから? かわいくないし、きれいでもないし、ちっちゃくもやわらかくもないから?」
「そうじゃない。ちゃんと聞いてくれ」
颯真は真っ直ぐ俺の目を見て、勢いに任せて番になりたくないと言った。
「ユキは今混乱してる。初めての発情期なんだ、当然だ。そんな中で番になったら、いつか絶対後悔する。俺はユキに後悔してほしくないんだ」
「……ん」
「わかってくれたか? よしよし。とにかく少し落ち着くまで付き合うから」
「ん……じゃあ、さっきのつづきしよ」
寝そべる颯真に体を絡みつける。
腰を押し付けて上下させると、颯真のものも熱を持ってくれた。
一回目はすぐ終わってしまった。二回目は挿れただけで抜かれてしまった。まだ全然足りないのに。
「わかった。予備のゴム取ってくる」
「やだ」
「そこの鞄から出すだけだ、どこにも行かない」
「いらない。余計なものつけないでして」
颯真が固まる。その表情が妙におかしくて、くすくす笑いだしたら止まらなくなってしまった。
笑いながら腰を揺らめかせ、興奮を高めていく。
お互いまだ全裸だ。俺の体は準備万端だし、このまま擦り付けてたらいつか勝手に入ってしまいそう。
「あーわかったわかった。アルファの精液を取り込んだほうが発情期早く終わるって言うもんな……」
颯真は何か勝手に自分で納得して、思い直したらしい。
俺をころりと転がして、馬乗りになった。
腹のあたりに乗られているので俺は動けなくなってしまったけど、颯真が離れないのならそれでいい。
「緊急抑制剤は効果が強い分、持続時間が短い。途中で効き目が切れて理性がなくなっても事故らないように、首だけは保護させてもらう。いいな?」
「ん。そうまの好きにしていいよ」
「……はぁ……オメガの発情期ってこんななのか……魔性だ」
ベッドから離れない範囲で颯真が何やらゴソゴソやってたけど、すぐに戻ってきて俺の中に入ってきてくれた。
それが嬉しくて、俺は甲高い声を上げて────快楽が意識を、理性を、塗りつぶしていく。
「────はっ」
目を開けて最初に写ったのは、シワの寄ったシーツだった。
ごろりと体を上向けて、違和感に気づく。
首の周りが異様に重い。というか、なにかがたくさん絡みついてる。
「なんだろ……タオルと、ベルト?」
俺の首には細長く折りたたんだタオルケットが巻かれ、首の後でマフラーよろしく結び付けられていた。それを解くと、中から革製のベルトが出てきた。
意味がわからなくて首を傾げる。
タオルは、俺の首に巻き付いたベルトを覆うようにしっかりと結ばれていた。呼吸ができないほどの締め付けではなかったけど、シチュエーション自体には違和感しかない。
人間の首にベルトが絡まってる光景って……ドラマとかでよく見る、殺人現場くらいしか思い当たらない。
「もしかして俺、殺人未遂の被害者?」
「違う!」
聞き慣れた声とともに部屋に入ってきたのは颯真だった。
腰タオル一枚の格好で、髪がしっとり濡れている。シャワーを浴びてきたらしい。
あれ? 俺たしか颯真とセックスして……そんで、どうなったんだっけ。
「覚えてないのか? あのあとユキは発情期に入ったんだ」
「えっ!」
「抑制剤を飲ませたから今落ち着いてるけど、数時間したらまた発情状態になると思う」
颯真は一度脱衣所へ戻り、タオル一枚からワイシャツとスラックス姿に着替えて戻ってきた。
俺はまだうまく状況を飲み込めていない。
でも思い返してみれば、途中から頭がぼうっとし始めて、それでも俺は活動していて……そうだ、颯真に自分から続きをねだった。
泣いて縋り付いたりしてなかったか?
思い出さなくてもいい痴態まで記憶が蘇ってきて顔を覆う。
「は、恥ずかしい……ご迷惑おかけしました……」
「迷惑なんかじゃないけど。本当に別人みたいだったな、さっきのユキは」
「うぅ……」
どれだけやらかしてるんだ俺。まだ思い出せていない部分があるんだろうか。
ともあれ、状況は理解できた。
俺は薬が効いている間にここを出て、どこかに隔離されるべきなんだろう。市販の抑制剤しか飲んでないから、途中でいきなり効果が切れる可能性もある。
たしか緊急時のオメガを運べるタクシーとかいうのがあるはず。それでどこかのシェルターへ……でも俺は一週間だけのオメガだ。オメガの身分を証明する手立てがなく、それどころか戸籍には「アルファ」としっかり書かれている。専門施設に受け入れてもらえない可能性の方が高い気がしてきた。
どうしよう。まさか本当に発情するなんて。
これじゃ俺、本物のオメガみたいじゃないか────……。
「ユキ、ちょっと、聞いてくれ」
肩を揺さぶられてハッとする。
考え込みすぎて、颯真を無視する形になってしまっていたようだ。
「このあとのことだけど。ユキが嫌じゃなければ、その……俺の家に来ないか」
「颯真の家? それって実家だよな」
「そう。行き先は母屋じゃなく離れだけど」
「離れ?」
颯真の家には何度か遊びに行ったが、そんなものがあるとは知らなかった。
曰く、颯真の祖父が昔に趣味部屋として母屋の裏手に立てた小屋だという。
祖父が亡くなってからは放置されていて、最近颯真が少しずつ整理をしていた。母屋から離れてるから家族と顔を合わせる心配がなく、カギをかけられるし電気も水道も通っている。布団を運び込めば宿泊もできるはずであると。
「ユキが今の自分の状態をお母さんに話せるなら、自宅に帰るのが一番だと思うけど」
知られたくない。咄嗟に強く思った。
百歩譲って、一週間だけオメガになったと告げるだけならいい。ふざけていると取られるか、仮に信じてもらえたとしても話し合いの場が持たれるだろう。
でも今俺は発情期の真っ只中だ。
母さんとしっかり話し合うことはできないし、もしかすると息子のあられもない姿にショックを受けるかもしれない。
母さんはごく普通のベータだから。
「……ごめん、お邪魔させて」
「わかった」
颯真がこんなに頼もしく見えたことがない。
と思ったけど、颯真は以前からずっと頼り甲斐のある男前だった。宿題写させてくれるし。
しかし今回は今までと比べ物にならないほどの迷惑をかけてしまうなぁ。後日菓子折りとかで挽回できるだろうか。
手早くシャワーを浴びた俺は、颯真に手を引かれてラブホを後にする。
首には、目覚めたときに巻いてあったベルトを念のため巻き直された。
「万が一のことがないとも限らないから」
そう言われたけど、あと数日でアルファに戻る俺にそんな配慮が必要なのだろうか。
ただ、何事にも慎重でよく気が付き、万難を排して挑む姿勢は彼らしいと思う。
発情期のオメガを運べるタクシーを利用すること自体には、身分証の提示などは必要ないらしかった。
乗るときにアルファの颯真が同乗することをよくよく確認されたが、それだけ。まだ火照りが残っている体を持て余しているうちに颯真の家に着いた。
「ここで待ってて。必要なものを持ってくる」
案内された離れは、ひとり暮らしなら十分やっていけそうな立派な家。
これを小屋扱いとは。確かに比較対象の母屋は呆れるほど大豪邸だけど。
中に入ってもその印象は変わらず、コテージとかロッジとか呼ばれる建物なのではないかと考える。なんせ風呂はないがトイレがあった。狭いけど水洗の洋式。
颯真のおじいちゃんとやら、ここに住んでたんじゃないかなぁ。もしくは隠れ家か避難場所のように扱っていたのかも。
「お邪魔します……」
なんとなく気が引けて、虚空に向けて挨拶などしてみた。
肩身狭く玄関に立っていると、颯真が戻ってきた。少し息切れしてる、急いで帰ってきてくれたんだ。
「これ、必要そうなもの一式持ってきた。家族にもこっちに顔出さないよう言ったから大丈夫」
「わ、ありがと。ごめんな、あんなに迷惑かけたのに、こんな場所まで借りちゃって」
「気にすんなって。じゃ、俺が出たらカギかけろよ」
「え?」
出ていこうとする後ろ姿を咄嗟に捕まえて引き止める。
振り返った颯真は、なんとも言えない表情だった。
「ユキ、そろそろ薬が切れてもいい頃だ。オメガの発情に当てられたら俺は……アルファは、何するかわからない」
「でも、ここは颯真の家だし、俺一人で使うわけには」
「いいんだ、気にしないでくれ。一緒にいる方がまずいんだ」
「颯真は……一緒にいたくない?」
振り返った顔を見て、俺は。
掴んだ服の裾を颯真の肩に移動させ、力を込めて引っ張り込んだ。
颯真が望まないならこのまま出ていかれても仕方ないと思ったけど、そうじゃないのなら。
離れの扉は二人を隔てることなく閉まり、鍵がカチリと音を立てた。
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