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低燃費ピアニスト

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アーク君と駅で解散して乗り換えを調べていると、誰かに声をかけられた
「…フォトンちゃん?」
「お、お疲れ様ですっ…」
…まさかこんなところで会うなんて。
「あの…月代さんはこれから何するんですか?」
「んー…ちょうど今仕事終わったところだから、ピアノ弾きに行こうかなと思って」
…あ、こういう時はお茶に誘った方が良いんだという事を思い出したが遅かった
「へー!月代さんピアノ弾けたんですねっ」
あぁ……なんて美しいんだろう。
「クスっ、仕事には1ミリも役に立たないけどね」
「あの……いつか聞いてみたいです」
…俺の演奏?
「ダメだったら大丈夫で」「今から行こっか」
きょとんとするかわいい彼女を連れて、改札をぬけた
裏路地にある小さなバー。
こじんまりとしすぎて気づかずに通り過ぎてしまいそうな店の入口をくぐる
「お、いらっしゃい
こんな昼間から飲むの?」
「マスター、今日は酒はいいや
ピアノを貸してほしい」
と代金を財布から抜く
ここは普通のバーとしての機能の他に、店の隅に置いてあるピアノの貸出もしている
「おや、後ろにいる可愛らしいお嬢さんは?
君もやるねえ」
…どうやら付き合っているとからかわれてるらしい
「え……!?そ、そんなっ違いますよぉ!」
「ふふ、今日はこの子に聞かせるために来たんです
この子にはオレンジジュースとか出してもらえますか?お釣り要らないです」
と追加でいくらか払う
「あっ……!そんな、ジュース代くらい払えますよっ」
「いいんだよ、俺の演奏大したことないし付き合わせちゃってるから
…しばらく弾いてくけど、飽きたら言ってね?送っていくよ」
と1段高いステージに乗ると、年季の入った床が軋む
スリーピースのスーツが少し暑くて、ジャケットだけ脱いだ

[フォトン視点]
…こんなオシャレな場所、お兄ちゃんとも友達とも来たこと無かった
まぁそもそもお酒を飲む場所だし…。
グランドピアノの向かいに座った月代さんは、そっとピアノの音を少しずつ奏でていく
………伏し目がちなその表情に、心が苦しくなった
…………え?何今の感覚…。
ていうか、わたしなんで月代さんと一緒にこんなところ来てるんだっけ?
と考えていると、高く繊細な音が流れてきた
「……っ」
なんて美しい音なんだろう。
口をきゅっと閉じて伏し目で演奏する彼と、美しい音色に聞き入った
っ……………
「!?フォトンちゃんどうしたの…!?」
え?
私は知らない間に涙を流していたらしい
さっきまで美しい音色を奏でていた指が、私の頬に触れる
……!!!すごく胸が苦しい…!
「具合悪いの…?大丈夫?」
「!ち、違うんです……
月代さんの演奏が、素敵で……感動しちゃいましたぁぁ……」
「えぇっ…!?」
「ははは、月代君の演奏に感動するなんて
お嬢さんは分かってるなぁ」
月代さんはスーツのポケットからハンカチを取り出して頬を拭いてくれる
……どうしてそんなに優しいの……?
「あ、ありがとうございます……
あのっ、もう大丈夫ですから、、もっと演奏を聞かせて欲しいですっ」
「!……わかった」
彼は私の頭を撫で、またピアノの前に戻った
マスターと呼ばれるおじさんが、私に話しかけてきた
「彼が女性をここに連れてくるのは初めてですよ
何度か、赤い髪の美しい青年とは来ていたんですがね」
お、お兄ちゃんとここに来てたんだ…
「でも…ピアノの演奏をここで聞かせるのはあなたが初めてだと思いますよ」
そ、そうなんだ……!!
…どうして彼の演奏する音はこんなに切ないんだろう。
………
………
しばらく演奏を聞いていると…
ガチャン!ガチャン!!
…え!?
しばらく聞き惚れていたら、入口が騒がしくなった
「マスター、飲みに来たよー
てかすごいピアノの音聞こえたんだけど!今日は飲まないつもりだったのにつられて来ちゃった~」
サラリーマンのおじさんたちが来たようだ
…!入口から見えた外はもうすっかり暗くなっていた
「お!そこのにいちゃんが演奏してたの!?
すごいねー!プロ?」
と声をかけようとしたが、彼は席を立って私に近づいてきた
「フォトンちゃん、帰ろっか」
え…!
「あの人たちに聞かせてあげないんですか…?」
「…もう疲れちゃった
あとやる気も無くなってきたし」
店を出て家に帰る
夜風が冷たい……
「つ、月代さん……あんなにすごい演奏ができるなんて知りませんでした…!
また聞かせてください!」
「うん、俺フォトンちゃんにしか聞かせるつもりないから」
………へ??それってどういう……
「昼寝以外の趣味って言ったらこれしかないからね
ところでフォトンちゃんの趣味は?」
わ…私!?
「えっと…オシャレとプリとイケメン探しと甘いもの食べるのと……」
「ふふ、高校生らしいね」
……!!わ、笑った!?
「もうっ、子供っぽいって言いたいんですか?」
「ううん、趣味が多くて羨ましいよ
俺やる気ない人生送ってきたから休日とか昼寝で終わるのに」
……ふふっ。
そうしている間に家に着いた
「ただい……」「フォトン!遅かったじゃんか!」
……お兄ちゃん!
「……ん?なんで月代まで一緒にいるんだ!?
おまえフォトンに変なこと…」
わわっ!!!
「してないよ、そこで会ったから送っただけ」
……へ?
「…そうだよね、フォトンちゃん」
「う、うん……!!」
「あっそ……フォトン、寒かっただろ?ノアが得意料理のシチュー作ってくれたんだよ」
「え?俺も食べたい」「おまえは早くカエレ!」
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