虹虹の音色

朝日 翔龍

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第3章 goodbye、goodnight

第6話 壊さない覚悟

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 方針が決まって次の日。クラスが少し騒がしくなっていた。

「聞いた聞いた⁈ プリンスの和矢、バンドやってるらしいよ」
「今週の土曜日、ライブやるって!」

 プリンスの和矢……あぁ、桜木男子学園の。たしか、前にテレビのアイドルエントリー番組に出てた気がする。
 それで、Daily Smileっていうガールズバンドアイドルグループに敗退してたような。

「ライブ……観に行こうかな」
「あれ、麻那も行くの? じゃあチケット」

 僕の声が聞こえていたのか、美鈴が僕の席にチケットを1枚置いた。
 フォルテゾンという名のライブハウスで行われるみたいだけど、ここって桜木に通う生徒の父親が経営してるって噂だったような。

「今のあたしの推しバンド。休止前から追っかけてたんだけど、やっと活動再開したんだよね。しかも和矢の復帰!」

 熱弁するのは構わないけど、知識0の僕からすれば、ちょっとうるさい。

「私は良いけど……あのさ、サークルどうすんの? この日、全員予定ないから集まろうって」
「そう! だからちょうど良いわけ。偵察っていうか、調査しないと。どういう音楽をみんな聴くのか」

 それを聞いて、僕は納得できた。ただのお遊びじゃなくて、立派なサークルの活動であることに。

「ていうかさ、一人称私なの?」
「あ~、サークル外ではね」
「なるほどね。でも、僕っ娘のほうがあたし的には好きなんだけどねぇ~」
「アンタの好みなんか知らないっての」

 僕って、あっという間にここまで美鈴と仲良くなれたんだ。前まで目すら合わなかったのに。嫌いを好きになれるのって、こんなに簡単なんだな。

「分かったよ、私も行く。チケットありがと」

 ま、そんなこと考えても仕方ない。
 そう片付けて、僕は机上に置かれていたチケットを受け取った。

「オッケー! これで全員に渡し終えたし、あとは明日を待つだけだー」
「えっ。僕にだけ渡してなかったの?」

 昨日、恵奈には渡してなかったし、美鈴は登校してから辺流に話しかけてすらいなかったし。

「あぁ~……ほら、辺流の親ってアレじゃん? だから当日までチケットは渡さないほうが良いかなって」
「それもそうか……でも、まずひとりでの外出を許してくれるかどうかだよ」

 美術部を辞めるように促すほどの親だ。理由までは知らないけれど、そこまで束縛するような親が、果たして辺流の外出を許すか。
 きっと許さないだろう。そこをどう解決しようか……。

「たしかにね……あ、ならさ。友達と遊びに行くって口実にすれば良いんじゃない?」
「良いけど……そこは辺流とも相談しないと」

 僕と美鈴だけでは、辺流の家の事情に首を突っ込めない。それが分かり、僕達は辺流と向き合うことにした。

「おはよう辺流」
「ん、おはよう」
「……?」

 僕は何か違和感を覚えた。昨日の辺流にはなかった傷跡が見える。それだけならまだしも、その目は真っ赤に充血していた。
 まるで、さっきまで泣いていたかのように。

「辺流。何かあったなら話して」
「へ? べ、別になんもないけどなぁ」

 完全にとぼけてこの場を誤魔化そうとしている。その意図が分かるほど、辺流の声はわざとらしかった。

「……明日、フォルテゾンってとこでライブあるんだけど。一緒にどう?」
「悪い、俺……休みの日は親の手伝いがあって」
「サンドバッグになるっていうお手伝い?」

 僕の口から飛び出した言葉に、辺流は大きく目を開かせた。

「見て分かる。辺流、隠さないで。私は辺流の親のこと、ハッキリ言ってクズ野郎って思ってるから」
「ちょ、あんまり他人の家庭に首突っ込まないほうが--」
「美鈴は黙ってて!」

 クラスに僕の声が響く。でもそんなの関係ない。今目の前にいる辺流が消えてしまうのも時間の問題。これを解決できるのは、そんな辺流の間近にいる僕達だけなんだ。

「……良いんだ。俺の存在価値なんて、それくらいしかないんだ」
「なにそれ。アンタまだ13年しかこの地球に生きてない。それなのに残りの人生捨てるっていうわけ⁉︎」
「ねぇ今の聞いた?」
「まるで大人みたいだよね……」

 クラスのみんなが僕の言葉を聞いて驚いている。当たり前だろう、中学生の口からは到底出ないようなことを口走ってるんだから。
 でも、僕をそういう風にした親のいない環境が、今の僕を生んだ。だから言える。中学生でも経験次第で大人になっちゃうんだ。

「捨てるってか……だったら、俺はなんのために生きてるんだ⁈」
「そんなの、決まってるでしょ」
「だから美鈴は……っ⁉︎」

 また口を挟んできた美鈴に、僕は忠告しようとした。だけど、その美鈴の顔を見て何も言えなくなった。
 優しく微笑んで、まるで泣きじゃくる子を抱きしめる母親のような顔をしていた。

「辺流が生きる場所は、あたし達のサークルにあるよ」
「……私も、同じこと言おうとしてた」
「でも、そのサークルだっていつかは……」

 辺流は、親に壊されるとでも思っているのだろうか。寂しそうに自分の机へと目線をこぼしていた。

「壊させない!」
「美鈴?」

 何か苦いものを噛み締めるように、美鈴は強張って、喝を入れた。

「あたしが作った場所を、そう簡単に壊させない! だって、あのサークルはっ!」
「……辺流、ここまで言われても壊れるって思う?」
「思いたくない……だけど……」
「なら思わない! それだけ!」

 思いたくないなら思わなければ良い。単純だけど、これが僕なりの理論だ。

「明日は任せて。何が何でも辺流を連れ出すから」
「やれるなら、な」

 そう言いつつ、辺流の目はどこか嬉しさを感じさせた。

「やれる! あたしの作った、あたし達の場所だもん!」
「私も守りたい。だって、僕でいられる場所だから」
「……分かった。思わないようにする」

 やっと割り切れたのか、それとも諦めたのか、辺流はため息をつきながらもそう答えた。
 明日のライブ、少しお腹の辺りをギリギリと痛めながら待つことになりそうだ。
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みんなの感想(2件)

八ッ坂千鶴
2023.05.16 八ッ坂千鶴
ネタバレ含む
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大海烏@いんてぃかぱっく

バンド結成の経緯が初々しくていいなあ
お気に入りに登録しました

朝日 翔龍
2023.04.13 朝日 翔龍

感想及びお気に入り登録ありがとうございます!! そう言ってもらえると、ポシャンのメンバーも喜んでいると思います!

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