プライド・オブ・ディスティニー

朝日 翔龍

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プロローグ 僕の居場所

第8話 入浴

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 ちゃんと服を脱いで、僕は浴場へと入り直した。エドはまだ湯船に入らず突っ立っていた。まあ、それで良いのかも。まず汚れを落とさないと湯船が黒くなっちゃいそうだし。

「エド、洗えるよね?」
「できるっすけど……」

 シャワーの使い方が分からないみたいで、エドはホースを握りしめているだけだった。

「あ~……ここをね、ねじるの。前にねじると水だから、後ろにねじる。そうすればお湯になるから」
「こうっすか……あ、できたっす!」

 エドはシャワーから出てきた水をすぐさま浴びた。当たり前だけど、まだ温まっていないただの水だ。それを知らずにエドは頭を突っ込むものだから驚きのあまりひっくり返った。

「もう、ほんとに何も知らないんだね。10秒くらい待たないと」
「先に言ってほしかったっす~……」

 たしかに、言っておくべきだった。でも、まあこれも経験だよね。

「えっと……こっちがシャンプー、頭を洗うやつ。で、こっちがボディソープ、体用ね」
「分かったっす! じゃあ……これは何すか?」
「それはコンディショナー……あ、そうだっけ。エドはこっちだった、獣人用の」

 全身毛なんだから、ボディソープとかシャンプーとかの概念がないの忘れてた。獣人用のリンスインシャンプー使わせないと。

「これ使えば全身の汚れ落ちるから。じゃあ、はい。このタオルをそれつけて使ってね」
「えっと……こうっすか?」

 エドはボトルから液を出してタオルに乗せた。

「うん。それをタオルでゴシゴシ擦ってね」
「……あ、泡立ったっす!」
「で、そのタオルで全身擦る!」

 言われるがままにエドはタオルで全身を洗い始めた。
 その光景が、なぜか微笑ましくなった。親心って、こういう感じなのかな。

「わひゃあ、気持ちいいっす!」
「……どう? 幸せ?」
「とっても幸せっす!」

 そっか、幸せか。母さん、僕の「幸せだよ」って言葉、何回聞けたんだろう。覚えてないけど、エドみたいにまっすぐ言えたことなかったかもしれない。もっと言ってあげたかったな。

「そういえば、名前聞いてなかったっす」
「そうだったね。僕はフラット・クラリオ」
「クラリオ……? まずいっすよ、政府に狙われてるじゃないっすか⁉︎」

 エドが目の色を変えて僕へとそう叫ぶ。
 だけど、なんとなく分かってた。母さんは、政府に踊らされていた。そんな母さんの息子なら、政府が黙っているわけがない。
 でも、エドからその事実を聞けて嬉しかったりする。

「うん、そうだろうね。ありがとう、エド」
「い、良いんすか? そんな落ち着いてて」
「うん。だって、僕は政府をぶっ潰す覚悟がある」

 僕の覚悟を知って、エドは視線を落とす。きっと、エドは怖くて仕方がないだろう。政府は何をやっているか、その身で経験しているんだから。

「……エドはどうしたい?」
「……俺は、救いたいっす。あそこに残ってる、みんなを」

 エドの心には、迷いがある。だけど、それ以上に信念があるのも今の言葉で伝わった。
 僕だって同じ。ファイターをすることは、怖い。でもファイターを救いたい信念がある。
 だったら、答えはもうこれしかない。

「エド。一緒に戦おう!」
「……はいっす!」

 迷いも恐怖も、きっと乗り越えられる。幸せを見つけ合える僕たちなら、きっと。
 母さん、僕は今、幸せだよ。ずっと幸せでいるから、ありがとう。そして、さようなら。

「洗い終わったっす!」
「ん……ってえぇぇ⁉︎」

 僕のタオルが、まるでススの中に落としたかのように真っ黒になっていた。

「……エド、ちょっとこっち」

 流石にこの汚さは予想していなかった。ボトル1本で洗い落とせるか分からないし、泡風呂に浸かせたほうが良いと考えた。

「はいここ! ここで全身の汚れ落とす!」
「は、はいっす!」

 まったく、ここまで汚れて痩せ細ってて、普通に過ごせていたのが信じられないよ。
 でも、エドを変えるのは僕たちしかいない。そのためにも、僕は向き合うしかないんだ。あのとき救えたはずなのに奪ってしまった命を、忘れないためにも。

「……フラットって、何か隠し事でもあるんすか?」
「へ? なんで、そう思ったの?」

 声が震える。瞳があちこち泳ぐ。エドには話せない。僕がどれだけ危険なのか知ってしまったら、きっとエドはまた心を隠してしまう。
 それだけは、絶対避けないと。

「なんとなくっすけど……フラット、歯食いしばってたっす」
「う……ちょっと考え事してただけだよ」

 ダメだな。こんな言い訳。自分でも分かる、こんな歪な言葉じゃ、子どもみたいなエドさえ騙せない。
 やっぱり、運命は僕の罪を秘密のままにはさせてくれないみたいだ。

「ハァ、エド。話しても良いけど、怖くなったら逃げても良いからね」
「逃げないっす」
「え?」

 まさかの即答に、僕は戸惑いを隠せなかった。
 その目を見つめるけれど、僕のほうをじっと見つめ返してくるだけ。決して背けることはなかった。

「……俺を救ってくれたから、俺も救いたいっす」
「そっか、救われたんだ……」

 温かい感情が、僕の胸を締め付けていた血まみれの景色を変えていく。光で溢れた、ペーターさんとメイトやナックルさんにエドのみんなが笑っている光景に。

 ――ここが、僕に許された居場所なんだ。

「じゃあ、話すね」

 僕が犯してしまった罪を、エドの全てを話した。
 それでも、エドは最後まで決して目の色を変えることなく時折頷いてくれた。それが僕にとっても救いになっていた。

「……ごめんね。こんなこと話されても、困っちゃうよね」
「そんなことないっす。俺、信頼されてるみたいで嬉しいっすよ」

 信頼、か。自分でも気付かなかったな、あっけなくエドに気を許してたみたい。そうじゃなきゃ、あの過去をペラペラと話せるわけがない。
 ナックルさんとだけの約束が、ここまで広がっていくのは嬉しいな。

「……そろそろ良いでしょ、上がってみて」
「はいっす」

 エドの全身を確かめてみる。ほとんどの汚れが泡によって落ち、残るは荒れた毛質だけ。
 ナックルさんのケアもしてるし、これくらいはやってあげるかな。

「エド、脱衣所に出たらで横になって。ワックス塗ってあげる」

 かなりボサボサでガチガチに固まってる毛並み。これを全部なおすとなると、かなり時間かかりそう。
 まあ、いいかな。僕は仕事ないし。

『はぁぁ~っ! 仕事終わりの温泉は最高だ~っ!』

 エドを連れて脱衣所へと出ようとしたら、仕事を終えたメイトと出くわした。

「ん? いきなり裸の付き合いって、フラット意外と体育系か?」
「違うって! ただその、エドが……えっと……」
「俺の臭いっすよ」

 そんな正直に言っていいのかな。結構傷つくよ、臭いって。
 ていうか、エドの臭いをメイトは気にならなかったのかな。路地裏で出会ったときは、かなり至近距離だったはずだけど。

「あぁ、そういうことか。じゃ、仲良くやれよ。後輩同士のケンカを止めるなんて面倒だしな」
「しないよ。ね、エド」
「もちろんっす!」

 メイトは浴場へ、僕とエドは脱衣所へとそれぞれ踏み出す。逆方向に向かっても、同じ心で繋がっている。僕は、そう信じてる。
 さぁ、もう一歩踏み出そう。僕が見つけた景色以上のものが、きっと待っているはずだから。あの日を忘れないように抱きしめて、僕の未来へと。この場所で、この仲間と共に――
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