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第1章 汝が刀
第1話 俺の名はまだない
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時は戦乱の世。戦国大名名乗る武士どもがあちこちで刃を交わす時代。そんな中、戦乱なぞを気にするわけもなく、酒を飲んでは旅をする俺は菅原道真。
と言っても、それは何年も前の名前だ。だが、今じゃもう、学問の神と崇められ、名のない小さな鬼になっちまったがな。
何もすることなく、ただひたすらにこの大地を歩き渡っている。
そしたら、珍しい刀を持つ巫女がいるっていう面白い噂を聞きつけたから、なんとなくこの京の都に立ち寄ってみた。
そんな道中、酒が恋しくなって川原で一杯飲んでいた。
「プフィ~! やっぱ酒がねぇとやってらんねぇ!」
「おい、そこの旅人」
「ん?」
俺に話しかけるやつなんて珍しいな。しかも、声からして女ときたもんだ。
俺の覇気に恐れて、人間どころか妖怪すらも近づいてこないのに。
紅白の着物から察するに巫女だろうが、そんなやつでさえ今まで俺を見ても無視されてきたんだがな……。
「貴様、人間じゃないな?」
「……はぁ?」
なんか面倒くさそうな巫女だな。ここは知らん顔してやり過ごすのがいちばんだぜ。
ただやり過ごすだけじゃつまんねぇな。試しに、ちょびっとだけ妖気出してみるか。
「何のことでしょう? 私は普通の旅人でございます。お目がお疲れでしたら、薬でも」
「ふざけるな。貴様の背後から妖気が出ている」
ふーん、気付くか。並程度の霊力者じゃ気付かないが……。まさかとは思うが、コイツがウワサの巫女か? だとしたら、ここは退くべきか。いきなり出くわすじゃ、なんの計画も立てられねぇし。
まっ、俺と関わったやつは良い思いしないしな、今回はそれで良いだろ。
それにコイツが用のある巫女とは違うだろ、こんな目の大きい上にツヤのある肌をした絶賛の美女がウワサの巫女なわけないし。だよな、うんうん。
「私は日照の巫女、神楽。お前の噂は知っている、半妖風情」
日照の巫女。それが俺の探していた巫女だ。
しかも、俺が半妖っていうことまで見極めるとはな、正直驚きだぜ。
「……へぇ~、お前さんが例の剣を持つ巫女様か。その剣、アンタみたいなのが持っとくべきじゃねぇぜ?」
ウワサに出回っている剣は、妖怪の牙と共に打ってできた剣。いくら霊力が高いからって、人間風情が手にしてはいけない剣。そしてそれは、妖怪であっても。
そんな面白そうな剣、手にしたいだろ?
「たしかに、ただの人間にはただの呪術道具と同じ。でも、日照の霊力なら」
神楽は赤茶色の鞘からゆっくりと刀を抜いた。その刀は、鍔より先には何もなかった。
しかし、神楽が瞼を閉ざし、気を集中させていくと共に、血のような真紅色をしたオーラが地面から湧き出てくる。
それは、段々と黒い輝きを放つ刃へと姿を変えた。
「その輝き……まさか、お前、使えるのか⁈」
「当然。この『天ノ剣』を狙いにきたのならば、貴様の血も吸わせてくれる!」
問答無用という勢いで神楽は俺めがけて刀をヒトツキしようと駆け寄ってくる。
だが、そんな勢いごときに怯む俺じゃねぇ。思い切り大地を蹴ってバク宙し、神楽の背後へと回り込んだ。
「背中がお留守でっせ」
「くっ⁉︎」
俺を攻めればどうなるか、身をもって教えるほかないようだな。
女相手だからと言って容赦しねぇのが俺のやり方だ。抵抗できないよう、まずは俺の妖術で仕掛けるか。
「轟雷!」
「っ!」
悪霊となって、大嵐を巻き起こした俺の力は衰えちゃいねぇぜ。
たしかに学問の神様として崇められはしたが、別にそれで力を失うわけじゃねぇし。
さぁて、俺のイカズチでピリピリしてるうちに、刀でも貰っておくか。
「よし、いただ--」
「かかった!」
「ぬわっ⁉︎」
名のない鬼に打たれ、倒れていた神楽が、たくさんのお札となってバラバラに散っていく。
本物の神楽は、鬼の背後に回り込んでいた。
「なに、身代わり⁉︎」
「トドメ……といきたいけど。悪さしてないわけだし許す」
「……ハ?」
さっきまでの威勢はどこへやら。神楽は天ノ剣を鞘に収めて去ろうとしてしまった。
「ちょ、おい! なんの真似だ⁉︎」
「……本気で戦う気のない妖怪と戯れる必要はない」
ほー。こりゃまたすごい巫女さんなこって。俺が本気出してねぇのによく気付いたな。
「ただ、あの妖術をかわすのは間一髪だった。もっと修行が必要だと教われた。それで充分」
「ん~……硬いねぇ、女はもっとおしとやかでいねぇと」
俺が独り言として呟いた言葉。それは、神楽の瞳を大きく揺るがした。
「……代々神に従うである日照には、もはや女男は関係ない」
「そうか? なら、なんでお前が生まれんだよ」
男女愛し合って混じり合う。そうして子が生まれ、繁栄していく。
男女関係ないとする日照が続いている時点でおかしいじゃないかよぉ。
「それは……それもまた、神が定めしことだからで……」
おそらく混じり合うことを想像したんだろうな。神楽の頬が赤く染まってやがる。
結局は女は女でも、女子ってわけだ。
「まったく、美貌がもったいないぜ」
「っ、やっぱり叩き切る!」
「それくらいで音を上げるようじゃ、俺には敵わんぜ。お嬢ちゃん」
堅苦しかった神楽だったはずが、鬼の煽り口調に乗せられて顔を真っ赤にしていた。
「ま、刀は諦めないぜ。ぜってぇ手に入れてやる」
「お前なんかに絶対渡さないからな!」
「へっ、言ってろ言ってろ!」
刀は手にできんかったが、楽しめたし満足満足。今日のところは出直そう。
そう、思っていたのだが--
『日照だ……日照の巫女だ……!』
川の水底から水面へと、何かが浮かび上がってきた。
巨大かつ細長い全身はギトギトで足はなく、側面には目のような模様が続いている。口は大きく、奥まで牙が連なっている。
ヤツメウナギ……のようだが、そんなもんじゃねぇ。川底でくたばったヤツメウナギの死骸に憑依した妖怪だ。
その目は神楽を凝視していた。
「……お前、刀以外にも何か持ってるな?」
「これは……渡せない! 妖怪なんかには渡すわけにはいかない!」
「妖の心と人間の心が混ざりし妖間石……!」
ほーう、まだお宝を持ってるってわけか。
「その妖間石ってのも俺が貰うぜ。おい神楽、離れてやがれ。水に雷は危険だぜ」
「言われなくても。でも人間に少しでも被害出したらすぐその首ハネルから」
「何をゴチャゴチャと……生意気な貴様から喰ってくれる!」
大口を開けて俺を喰らおうとウナギやろうは突っ込んできた。
俺にとっちゃ好都合だ。と、そのまま飲み込まれた。だってよ--
「お前の口ん中なら、放電したって問題ねぇしな!」
俺を飲み込もうとする喉。それは川の水で濡れているせいで俺の放電であっという間に感電し、破裂した。
破裂し、ドロドロになった頭部だったところから、紫色の血が滝のようにドロドロと川へ流れていく。その血液は人間にとっては毒でしかない。そしてこの川の水は、おそらく人間たちの田畑に使われていそうだ。
つまり、だ。神楽との規約違反となり、天ノ剣が俺の首をハネようとした。
だが、俺は妖怪。しかもまだアマちゃんの嬢ちゃんじゃ、殺気が隠しきれていない。
その結果、俺はいとも簡単にその刃を食い止められた。
「悪いなぁ」
「ちっ……仕事増やすな」
俺はまだ殺せない。それがようやく分かったのか、神楽は刀を再び鞘に収めた。
そしてウナギやろうの血で染まった川に札を投げ、お経を唱える。
すると、紫がかっていた川は、みるみるうちに透き通る綺麗な水へと変わり果てていった。
「はぁ……お札だってただじゃない」
「へいへい、でもお前くらいの巫女なら生活も楽……じゃ、なさそうだな」
今の騒動で、かなりの人が集まってやがる。
「おいおい、あのウナギ……」
「また日照の巫女さんかしら?」
「怖いわよねぇ、あんな巨大な妖怪まで……」
「下手なことしたら、こっちまで殺されるんだろうぜ」
これが、人間の醜さだ。自分の妄想を、あたかも現実のように考えては他人を恐れる。
あー、いやだいやだ。俺まで嫌なこと思い出しちまう。
「……神楽、また来るぜ!」
「えっ」
俺はそれだけ言い残して今日のところは住処……住処っつうか、その場しのぎの寝床である洞穴へとさっさと戻った。
と言っても、それは何年も前の名前だ。だが、今じゃもう、学問の神と崇められ、名のない小さな鬼になっちまったがな。
何もすることなく、ただひたすらにこの大地を歩き渡っている。
そしたら、珍しい刀を持つ巫女がいるっていう面白い噂を聞きつけたから、なんとなくこの京の都に立ち寄ってみた。
そんな道中、酒が恋しくなって川原で一杯飲んでいた。
「プフィ~! やっぱ酒がねぇとやってらんねぇ!」
「おい、そこの旅人」
「ん?」
俺に話しかけるやつなんて珍しいな。しかも、声からして女ときたもんだ。
俺の覇気に恐れて、人間どころか妖怪すらも近づいてこないのに。
紅白の着物から察するに巫女だろうが、そんなやつでさえ今まで俺を見ても無視されてきたんだがな……。
「貴様、人間じゃないな?」
「……はぁ?」
なんか面倒くさそうな巫女だな。ここは知らん顔してやり過ごすのがいちばんだぜ。
ただやり過ごすだけじゃつまんねぇな。試しに、ちょびっとだけ妖気出してみるか。
「何のことでしょう? 私は普通の旅人でございます。お目がお疲れでしたら、薬でも」
「ふざけるな。貴様の背後から妖気が出ている」
ふーん、気付くか。並程度の霊力者じゃ気付かないが……。まさかとは思うが、コイツがウワサの巫女か? だとしたら、ここは退くべきか。いきなり出くわすじゃ、なんの計画も立てられねぇし。
まっ、俺と関わったやつは良い思いしないしな、今回はそれで良いだろ。
それにコイツが用のある巫女とは違うだろ、こんな目の大きい上にツヤのある肌をした絶賛の美女がウワサの巫女なわけないし。だよな、うんうん。
「私は日照の巫女、神楽。お前の噂は知っている、半妖風情」
日照の巫女。それが俺の探していた巫女だ。
しかも、俺が半妖っていうことまで見極めるとはな、正直驚きだぜ。
「……へぇ~、お前さんが例の剣を持つ巫女様か。その剣、アンタみたいなのが持っとくべきじゃねぇぜ?」
ウワサに出回っている剣は、妖怪の牙と共に打ってできた剣。いくら霊力が高いからって、人間風情が手にしてはいけない剣。そしてそれは、妖怪であっても。
そんな面白そうな剣、手にしたいだろ?
「たしかに、ただの人間にはただの呪術道具と同じ。でも、日照の霊力なら」
神楽は赤茶色の鞘からゆっくりと刀を抜いた。その刀は、鍔より先には何もなかった。
しかし、神楽が瞼を閉ざし、気を集中させていくと共に、血のような真紅色をしたオーラが地面から湧き出てくる。
それは、段々と黒い輝きを放つ刃へと姿を変えた。
「その輝き……まさか、お前、使えるのか⁈」
「当然。この『天ノ剣』を狙いにきたのならば、貴様の血も吸わせてくれる!」
問答無用という勢いで神楽は俺めがけて刀をヒトツキしようと駆け寄ってくる。
だが、そんな勢いごときに怯む俺じゃねぇ。思い切り大地を蹴ってバク宙し、神楽の背後へと回り込んだ。
「背中がお留守でっせ」
「くっ⁉︎」
俺を攻めればどうなるか、身をもって教えるほかないようだな。
女相手だからと言って容赦しねぇのが俺のやり方だ。抵抗できないよう、まずは俺の妖術で仕掛けるか。
「轟雷!」
「っ!」
悪霊となって、大嵐を巻き起こした俺の力は衰えちゃいねぇぜ。
たしかに学問の神様として崇められはしたが、別にそれで力を失うわけじゃねぇし。
さぁて、俺のイカズチでピリピリしてるうちに、刀でも貰っておくか。
「よし、いただ--」
「かかった!」
「ぬわっ⁉︎」
名のない鬼に打たれ、倒れていた神楽が、たくさんのお札となってバラバラに散っていく。
本物の神楽は、鬼の背後に回り込んでいた。
「なに、身代わり⁉︎」
「トドメ……といきたいけど。悪さしてないわけだし許す」
「……ハ?」
さっきまでの威勢はどこへやら。神楽は天ノ剣を鞘に収めて去ろうとしてしまった。
「ちょ、おい! なんの真似だ⁉︎」
「……本気で戦う気のない妖怪と戯れる必要はない」
ほー。こりゃまたすごい巫女さんなこって。俺が本気出してねぇのによく気付いたな。
「ただ、あの妖術をかわすのは間一髪だった。もっと修行が必要だと教われた。それで充分」
「ん~……硬いねぇ、女はもっとおしとやかでいねぇと」
俺が独り言として呟いた言葉。それは、神楽の瞳を大きく揺るがした。
「……代々神に従うである日照には、もはや女男は関係ない」
「そうか? なら、なんでお前が生まれんだよ」
男女愛し合って混じり合う。そうして子が生まれ、繁栄していく。
男女関係ないとする日照が続いている時点でおかしいじゃないかよぉ。
「それは……それもまた、神が定めしことだからで……」
おそらく混じり合うことを想像したんだろうな。神楽の頬が赤く染まってやがる。
結局は女は女でも、女子ってわけだ。
「まったく、美貌がもったいないぜ」
「っ、やっぱり叩き切る!」
「それくらいで音を上げるようじゃ、俺には敵わんぜ。お嬢ちゃん」
堅苦しかった神楽だったはずが、鬼の煽り口調に乗せられて顔を真っ赤にしていた。
「ま、刀は諦めないぜ。ぜってぇ手に入れてやる」
「お前なんかに絶対渡さないからな!」
「へっ、言ってろ言ってろ!」
刀は手にできんかったが、楽しめたし満足満足。今日のところは出直そう。
そう、思っていたのだが--
『日照だ……日照の巫女だ……!』
川の水底から水面へと、何かが浮かび上がってきた。
巨大かつ細長い全身はギトギトで足はなく、側面には目のような模様が続いている。口は大きく、奥まで牙が連なっている。
ヤツメウナギ……のようだが、そんなもんじゃねぇ。川底でくたばったヤツメウナギの死骸に憑依した妖怪だ。
その目は神楽を凝視していた。
「……お前、刀以外にも何か持ってるな?」
「これは……渡せない! 妖怪なんかには渡すわけにはいかない!」
「妖の心と人間の心が混ざりし妖間石……!」
ほーう、まだお宝を持ってるってわけか。
「その妖間石ってのも俺が貰うぜ。おい神楽、離れてやがれ。水に雷は危険だぜ」
「言われなくても。でも人間に少しでも被害出したらすぐその首ハネルから」
「何をゴチャゴチャと……生意気な貴様から喰ってくれる!」
大口を開けて俺を喰らおうとウナギやろうは突っ込んできた。
俺にとっちゃ好都合だ。と、そのまま飲み込まれた。だってよ--
「お前の口ん中なら、放電したって問題ねぇしな!」
俺を飲み込もうとする喉。それは川の水で濡れているせいで俺の放電であっという間に感電し、破裂した。
破裂し、ドロドロになった頭部だったところから、紫色の血が滝のようにドロドロと川へ流れていく。その血液は人間にとっては毒でしかない。そしてこの川の水は、おそらく人間たちの田畑に使われていそうだ。
つまり、だ。神楽との規約違反となり、天ノ剣が俺の首をハネようとした。
だが、俺は妖怪。しかもまだアマちゃんの嬢ちゃんじゃ、殺気が隠しきれていない。
その結果、俺はいとも簡単にその刃を食い止められた。
「悪いなぁ」
「ちっ……仕事増やすな」
俺はまだ殺せない。それがようやく分かったのか、神楽は刀を再び鞘に収めた。
そしてウナギやろうの血で染まった川に札を投げ、お経を唱える。
すると、紫がかっていた川は、みるみるうちに透き通る綺麗な水へと変わり果てていった。
「はぁ……お札だってただじゃない」
「へいへい、でもお前くらいの巫女なら生活も楽……じゃ、なさそうだな」
今の騒動で、かなりの人が集まってやがる。
「おいおい、あのウナギ……」
「また日照の巫女さんかしら?」
「怖いわよねぇ、あんな巨大な妖怪まで……」
「下手なことしたら、こっちまで殺されるんだろうぜ」
これが、人間の醜さだ。自分の妄想を、あたかも現実のように考えては他人を恐れる。
あー、いやだいやだ。俺まで嫌なこと思い出しちまう。
「……神楽、また来るぜ!」
「えっ」
俺はそれだけ言い残して今日のところは住処……住処っつうか、その場しのぎの寝床である洞穴へとさっさと戻った。
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