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2節 迷宮へ

第3話 願望

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 朝起きると、外はまだ真っ暗だ。だが、時計はたしかに7時なんだが…。しかも、全員起きてるしな。
 この世界の時間の流れは、俺たちの世界と違うのか?

「どうやら、この世界の時間は、ぼくたちの世界とは1時間早い表記らしい。ぼくの腕時計は、朝の6時を指してる」
「じゃあ、今は6時なんだな…じゃ、おやすみ」
「寝るな! まったく…」
「課長には言われたくはない。ドンボが来る前のイベント準備、寝るか飲むか。ドンボ以上に迷惑だったんだが?」

 下のやつに、ここまで言われる課長って。まっ、俺も言える立場じゃねぇか。
 にしても、このベッド、フッカフカだったなぁ~。エドの毛並みくらいにフワフワだったぜ。

「お前、エドの毛並みをどうやって知ったんだ?」
「ふ、風呂入れたからな。そのときだ」
「風呂⁉︎   おまっ…大胆だなぁ」
「は? 男同士だし、それが普通なんじゃ…」
「あ、いや…エドって-」
「それより! 起きたなら、朝食食べて、即出発っすよ! さっ、食堂へ急ぐっす!」

 エドのやつ、隠してぇなら、そういう演技じゃなくて、普通に話題変えろよ。かえって怪しいっての。



 食堂に行くと、美味そうな匂いが漂っている。肉の焼かれる音に、みずみずしい野菜が並ぶバイキング。おまけに、見たことのない果物に、キウイまで!
 これ全部食べ放題とか、天国かよ。

「ウッヒョー! 食い放題なんだろ! 取って取って取りまくるぜ! ヒャッハー!」
「あっ、食い放題ってわけじゃ-」
「まあ、良いじゃねぇか? 良い薬になるしな」
「少しは経済的なことも学ばせないと、一人前にはなれない。良い方法だと思う」
「おーい、早くしねぇと、無くなっちまうぞ~っ!」

 話す暇なんてないだろう。食いもんが逃げるわけじゃないが、俺が全部食っちまうからな。それに、俺はどれだけ食っても、運動するからプラマイ0、ってな。

「待てよ。ぼくたちも行こうか」
「そうっすね! ていうか、女子組はどこいるんすかね?」
「まだ寝てるのか? 何も連絡が…」
『あ、いた! 課長、スタント、エド! 緊急事態なんです!』
「「緊急事態⁉︎」」


 駄弁っている3人の背後から、キールの慌てている声がした。

「どうしたんすか⁈」
「そ、それが…! スラリアさんが…消えたんです! 突然!」
「消えた⁉︎   おいおい、マネキン化の間違いじゃ…」
「本当だよ! 目の前で消えちゃったの! 変な、ゲートみたいなのに吸い込まれて!」
「おい、オメェら。早く来いって。何話してんだよ?」
「ドンボ。飯はあとだ、調査するぞ」

 飯は後にしろって、んなのできるわけねぇだろ。腹が減ってんだ、それに…。

「話は聞いてたぜ。調査することもないだろ? スラリアが、ゲートに吸い込まれた。これが嘘に思えるか?」
「そういうことじゃなくてだな!」
「なら言うが、ここに来た目的はなんだ? そして、今は何をやるんだったか? それは、私情を優先できるくらいのことか? よく考えてから発言しろ!」
「課長も同意見なのか?」
「あぁ。スラリアのことを知っている俺だから、同意見だ」

 その言葉を聞いたスタントの顔は、悔しそうな顔を浮かべた。だが、そんな顔をされて、気を動かすような俺じゃない。

「あのな! お前言っただろうが! 人を助けるのがファイターだろ! そう言った本人が、何ほざいてやがる⁉︎」
「……親のいないバグーラ如きが、何言い出すんだ」
「そうかよ。だったら良いさ。テメェだけで動きゃ良いさ。俺たちは俺たちで、やるだけだぜ」

 俺にとっちゃ、俺のやりてぇことに支障をきたすようなやつはゴミ同然だ。
 一瞬で見切らせてもらうぜ。無論、それが俺の正しさだ。何を言われようと、変える気はねぇ。

「あぁ、勝手にさせてもらう。それじゃ」
「え、ちょ…」
「エド、放っておこうぜ。今は、ああするのが1番だ」
「えっ…ドンボ、まさか…」
「ウッセェな。気を紛らわせねぇと、余計に寂しいだけだ」

 たしかに、俺は役立たずは捨てるぜ。昔の、俺だったらの話だがな。
 今の俺じゃ、全員必要に決まってるだろうが。あくまで、今のアイツが不必要なだけだ。

「あの…隊長なんすから、隊員のケアもしたほうが、良いと思うんすけど」
「お前が言うなら、そうするか。じゃ、飯を持ってと! 行ってくるぜ!」
「ちょ、ストーップ! お前、代金払ってけ!」
「は? 食い放題なんだから、先払いだろ?」
「え、違うよ! 食べた分だけ払うんだよ! もう、危なく万引きだったよ⁉︎」
「ん? 万引き……か。ニャハハ、それじゃあな!」

 万引き、それ名案じゃね⁉︎   俺、そういうスリル満喫するの大好きだしよ! それに、迷惑かけるのが俺の役目なんでね、てなわけで、サイナラ!

「アイツ……。はぁ、問題児だな」
「えぇ、それだけ⁉︎   責任追及は⁉︎」
「しねぇよ。アイツの辞書にに、反省ってワードがあると思うか?」
「…ないっすね」
「うん、絶対ない」



 女子部屋をこっそり覗くと、中にはスタントがいた。泣いているのか、肩を震わせていた。

「…おい。少しは落ち着いたか?」
「っ! な、何の用だ?」
「別に、何の用もねぇよ。ただ、俺は隊長だ。やらなきゃなんねぇ仕事だってある」

 俺らしくはねぇけど、仕方なく、な。それに、スタントの力は必要だ。それだけじゃねぇが、コイツの前で言えねぇし、思えねぇけどな。

「…全然お前らしい。力でしか、必要かどうかを考えないところは、な」
「そう言うオメェも、言葉でしか是が非を判断しねぇの、オメェらしいよ」
「…ぼくらしさ、か。言葉だけを、ずっと信じてきたが…お前を見てから、言葉が嘘に思える。不思議だ」

 まっ、当然だろうな。俺の言葉の半分は、偽りだからな。そのほうが楽しいだろ?

「…言葉の内側にある真実、か。そういうのも、悪くないな」
「ニャハハ、そうに決まってるだろ! どんなときも、俺が正しいんだからな!」
「このぉ! 今のは100%本当じゃないか!」
「ニャハハハハハ! オメェにも、迷惑かけてやらねぇといけねぇだろ?」
「気まぐれなやつだな、お前は」

 あぁ。気まぐれさ。それだから良いんだ。俺は、いつだって、気まぐれで、正しさはいつも俺。
 俺が望む楽しいを、伝え合う。そうやって生きてたいんだよ。寂しいじゃねぇか、刺激がねぇと、な。

「…ぼくは、何を願って戦っているのか。自分でも分からなかった。神力を引き出す願望ウィッシュ、今なら、分かる。ぼくは……笑いたい。心から、笑顔を咲かせたい。そして、笑顔を守りたい。それが、ぼくの願望だ」
「…すまん、願望ウィッシュってなんだ?」
「えっ…えぇっ⁉︎   お前、知らないのか⁉︎   まったく…神力を引き出すには、強い願望が必要なんだ。それが、血の中を流れる神力を刺激して、引き出す」

 刺激…。ニャハハ、そういうことか! 俺は刺激を求めるから最強なのか!

「…ん~、そう…なるのか?」
「だから、俺が正しいんだっつの!」
「アッハハ! 本当にそうなのかもな」
「かもじゃねぇ! ゼッテェだ!」

 笑えてるじゃねぇか。それで良いんだ。笑えなければ、何も生まれねぇ。
 それは、俺が1番知ってるのさ。

「…お前は、無理して笑ってるのか?」
「っ! ちぇ、忘れてたぜ。でも、今は無理してねぇぜ? 楽しいしよ」
「で? 本当はなんで、来たんだ?」
「別に、気まぐれだぜ。それに、テメェにも迷惑かけてぇしな?」

 俺の迷惑は、楽しくて仕方ねぇ、刺激たっぷりの物だぜ。お代は高くつくぜ?

「高くつくって…具体的にはどのくらいだ?」
「あ? それは分からねぇぜ。自分で気付きな」
「…?」

 分からくて良いぜ。俺は泣き顔が大っ嫌いなだけだ。お代は笑顔、ってか? お気楽に生きようぜ?

「分かった。泣かないようにする。ありがとな、ドンボ」
「礼こそ不要だ。で、どうするよ? 俺たちと楽しく行くか、1人寂しく行くか。それはオメェに任せるぜ」
「…ついていく。ぼくのワガママだ、ファイター失格の発言、撤回する」
「硬いこと言うなって。だから…まったく。行こうぜ」
「…あぁ!」

 スタントは俺の手を取った。俺はその手を握り返す。俺の取り巻きは、永遠だ。誰も失ったりはしねぇ。
 それくらい、大事にしてぇんだ。俺は誰も失いたくはねぇ。あれが最後だ。置いてかれるっていうのは、もうこりごりだからな。

「で? その飯はなんだ?」
「一緒に食おうかとな。腹が減っては戦はできぬ、てな!」
「お前は、考え方だけ見ればファイターなんだがな。まあ、お言葉に甘えて…っ⁉︎   辛ぁい⁉︎」
「ニャハハハハハ! やーい! ドッキリ大成功だぜ!」
「こっのぉ! お前も食いやがれ!」
「ギャハ⁉︎   クゥゥ、カラァァイ!」

 あまりの辛さに、俺は舌の痛みを紛らわせようと、本能的に部屋中をドタバタと駆け回った。

「オメェ! 辛すぎだ!」
「いや、お前がやったんだろ。それにしても…アッハハハハ! あの大袈裟な絶叫、初めて見た」
「…笑ったな」
「あっ…本当だな。ぼく、笑えた」

 俺に不可能なんてねぇってこと、これでハッキリ分かっただろ。俺は最強だ、こんなの、お茶の子さいさいだ。

「学習能力が0ってことは、よく分かった」
「…じゃあ、残りは全部もらうぜ」
「お好きにどうぞ…! ちょ、ちょっと待て! それ…手羽先だよな?」
「あぁ、そうだと思うが?」
「…いっただき!」
「あ、おまっ! 俺の分だぞ⁉︎」

 俺とスタントの言い争う声が部屋に響く。周りがどう思おうと、俺の勝手だ。
 今を楽しく生きる俺たちの邪魔はさせねぇ。邪魔するやつらも、俺と同じにしてやるぜ。それが、この俺、ドンボの生き方だ。
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