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1章 昇竜

第1話 タイムリミットは1週間

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「地球が宇宙圏とアクセス可能になってから、今日2117年6月6日で10年目です」

 ニュース番組のキャスターが、そう報じている。大学の寮暮らしだから、それがより大きく実感できる。
 10年前、ようやく地球は他の宇宙とコンタクトできるくらいまでに進展した。だけど、それよりも前から宇宙人がこの地球で生活することは始まっていた。もちろん、僕が通う昭和大学緑区キャンパスの寮も例外ではない。
 だから、この10年というだけの報道だけなのに、寮中はチキングリルにホールケーキに、更にはイルミネーションやら折り紙での装飾など、朝から大騒ぎだ。でも、こういう騒ぎは嫌いじゃない。そんな中、テレビが映す立体映像に映る人物が変わった。
 その人物は、今地宇宙で大流行中の地球圏が誇る放送番組、「Bum Fighter TV」、略してバンファイTVの金髪でガタイの良い、そして大人気ヒーローである「ドラゴンバース」だった。僕も大ファンだ。
 人々を襲う異能力者やバケモノを、異能力で薙ぎ倒していく姿はカッコいい。

「おいアラン! ドラバース映ってるぜ!」

 同じ寮で暮らすオレンジ色の肌をしたドラゴン獣人のテイラが僕の名前を呼ぶ。

「もう写真撮ったよ。でも、なんでニュース番組で?」

 それを疑問に思った。ヒーローは普通、ニュース番組で素顔は出さない。出るとしてもバンファイTVの映像としてだけ。もしくは、緊急事態のときだけだ。

『突然すまない! 特別警報だ! バケモノが来る! この映像が映ってる、みんなの所にだ!』
「『えぇぇっ⁉︎』」

 寮中の全員が声を荒げた。嘘をつかない、と言うより純粋すぎて嘘をつけないドラゴンバースがそう言うのだ。つまりは、その特別警報は事実であるということだ。

『期限は1週間だ。それまでに避難場所を確保しておいてくれ!』

 それだけ彼が言い残すと、立体映像の画面はさっきまでのニュース番組に戻っていた。関係ない地域に配慮したのだろうが、その緊急事態に直面しているこの場所は慌てふためいている。
 それに、これでこの1年間で37回目の注意勧告だ。焦らないほうがおかしいだろう。だからこそ、落ち着かなければならない。

「落ち着いて!」

 僕はいつも通り、その場を鎮めた。誰かが騒げば誰かへと伝わっていく。それを止めるのはいつも僕。もう慣れた。

「今慌ててどうするのさ? 1週間っていう時間もあるんだし、避難所分かってるでしょ?」
「そ、それもそうか……」
「ごめんね、いつも」
「ううん。それよりテイラ、大学行こっか!」
「あぁ、行こうぜ!」

 僕の誘いに、テイラはニカっと歯を見せるほど大きな笑顔で応えてくれた。
 そして僕達は大学のロッカーに荷物を転送させてから寮を出た。徒歩で5分以内の距離だし、時間にも余裕があるから、澄み渡った青空の下を桜並木でも眺めながらゆったりと行こうかな。

「すっかり春だな」
「うん。でも、明日は嵐だって。ほら」

 僕は立体映像で明日の天気予報を見せる。そこには大きな雨雲が動いている様子が映し出されていた。雨の予報を告げる文字列も、「豪雨が予想されます」と書いてあるほどだ。

「嵐の前の静けさってやつだな。めっちゃ晴れてるぜ」
「うん……あっ」

 ふと木陰を見ると、茶虎模様の少し太った野良猫が横になっていた。

「か、可愛ぃ~っ!」
「ニャー」

 僕が可愛いと言っただけで鳴いてくれた。ますます可愛く思えて、撫でようとした。
 でも撫でるだけじゃ足りないと思い、僕は異能力を使うことにした。

「よし……っと!」
「おっ、猫じゃらしか」

 僕の異能力は、「書いたものを現実化する能力」だ。文字でも物でも、書けば現実化する。だから、バケモノを書けば現実化してしまうという、一歩間違えれば危険な能力。
 だから、大勢の前では使わないようにしている。

「ニャニャ!」
「うわぁ~、もうたまらない!」

 でも猫じゃらしを見た途端にじゃれつく野良猫に夢中で、そんな難しいことを気にする暇は無くなった。

「遊ぶのも良いがほどほどにな。お前、夢中になると時間忘れるだろ」
「うぅ~……分かったよ。じゃあ、これだけ」

 今度はネズミの絵を描いた。もちろんそれも現実化する。そのまま猫はそのネズミを追いかけてどこかへ行ってしまった。

「また会えるかな~?」
「たしかに可愛いけどよ。寮にだって猫いるだろ?」
「獣人じゃなくて、動物の猫が良いの!」
「ワガママなやつだなぁ」

 他愛のない会話と共に、今日がまた始まった。1週間というタイムリミットを抱えながら。
 と思ってたら、春一番と言っても過言じゃないほどの強風が吹いた。その風で、木から何かが僕の頭に落ちた。硬くて、重い。

「お、おいアラン……それ、蜂の巣……⁉︎」
「えぇ⁉︎」

 即座に頭から投げ捨てる。中から大きな蜂がブワッと飛び出てくる。大慌てで大学まで走り込んだ。



 息が絶え絶えの汗ダラダラで、僕はアルファ大学心理学部の講義室に入った。

「アラン、時間あるしシャワー室借りてこいよ」
「うん……そう、するわぁ」

 バックバクに痛いほど鼓動を打つ心臓。今にもはち切れそうな足の筋肉。ガタガタの足を運びながら、僕はシャワー室を借りることにした。



 ~シャワー室~

 疲れた体に染み渡るシャワーの温もりに、僕は反射的に甘い声をあげた。
 鏡で見ると、蜂の巣が落ちたであろう場所は、他の髪に比べて蜜か何かで固まっている。
 シャンプーをつけると、ようやくいつもくらいの艶感に戻った。それを確認して泡を流すと、水色の地毛がより綺麗になって姿を見せる。
 体を拭き終え、鏡で見ながらコンタクトレンズをつける。青い瞳にコンタクトレンズを入れる様子は、さながら月食? なぁんて。

「フフッ!」
『え、何隣の人。怖っ』

 え、人いたの⁉︎ 
 あまりに驚いて、僕はさっさとコンタクトレンズを入れ、着替えも終えてそそくさと出て行った。
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