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1章 昇竜
第26話 それでも歩き出す
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何事もなかったかのように晴れ渡る街並み。ハッチに戻り、桜を降りると、僕は言葉にできない空虚感に襲われた。
「……おじちゃん、元気ないよ?」
「エリス、少しそっとしておきましょう」
2人は先に階段で上へと登っていく。誰もいなくなったハッチの中は、機械の無機質な音しか鳴り響かない。
カンカンと、誰かが階段を降りてくる音がする。ふと階段を見ると、降りてきたのはレッドウルフだった。
「まだいたのか。閉めるから上がってこい」
「……」
「まあ、そうか。しょうがないな」
レッドウルフは僕のことを背負って、ハッチから連れ出す。僕は抵抗する力も出ない。ただただ、温かいレッドウルフの背中に顔を埋めた。
「俺の事務所に入るか?」
「……」
「まったく。お前も人間なんだな」
安堵したようにレッドウルフはため息をつく。そのまま事務所の鍵を開けて、僕を背負い部屋へと入る。
「ここに座っとけ。今シチュー用意してやる」
事務所の中は、まるでひとり暮らし用の部屋のようだった。
白い壁に囲まれて、左手に青の掛け布団が折りたたまれているベッド。正面には昼下がりの光が差し込む窓に、右手には26インチくらいのテレビと、その横には3段作りの本棚がある。
僕はベッドに座らされて、レッドウルフは隣の部屋に行った。
「……」
「よし、タイマー鳴れば持ってくる。それで、悩んでるなら話せ。困ってるやつを助けるのが俺の仕事だ」
そう言いながら、レッドウルフはアランの隣に座る。アランとは違い、その目は天井を見ていた。
「仕事として助けられるのはいや」
「……これは重症だな。あんまし正直に言うのは苦手だが……お前のこと、心配してる」
「……ごめん、ひどいこと言って」
沈黙の時間が、ほんの一瞬のはずなのにアランにとっては長く感じられていた。そんな彼の肩に、レッドウルフはそっと手を置いた。
「俺に何ができるかなんて、まだ分からない。でも、お前がやってくれたように心にある闇を晴らしたい」
「……」
無口な部屋の中に、タイマーの音が鳴り響いた。レッドウルフは、ベッドから立ち上がって隣の部屋へと歩いていく。
お皿がぶつかりあう音がして、コトンと置かれる音がした。その後に、アランの鼻に香ばしいシチューの匂いがした。
「こんなのしかないが、食ってけ」
白いお皿には、乱切りされたニンジンと、ほぼほぼ溶けているジャガイモがゴロゴロと入っており、ブロッコリーが点々と浮いているシチューが入っている。温めたばかりで、勢いよく湯気を立てている。
「……レッドウルフが、料理……アッハハ! 似合わない~っ!」
アランはレッドウルフの料理する姿を想像して、腹を抱えるほど大笑いした。
「なっ、笑うことねぇだろ! もう良い、没収だ」
「ご、ごめんごめん!」
僕は取り上げられたお皿を両手で力強く引っ張った。だけど、レッドウルフの手に力は全く入っていなくて、僕だけが全力を出していたせいで、僕の手とお皿は勢いよく引き戻される。
その勢いに驚いて、握っていたお皿を手放してしまい、そのままお皿は宙を舞う。中のシチューは引力と重力に従って僕の服の胸あたりにかかった。
「アッツゥ⁉︎」
温められたばかりのシチューはとても熱く、投げ捨てるように僕は上着を脱いだ。
「ブフッ!」
「わ、笑うなぁ!」
胸に残る熱が頭まで昇り、僕はポカポカとじゃれつくようにレッドウルフの頭を叩く。
こんな気持ちになったの、いつぶりだろう。温かくて、笑顔が溢れて止まらない。そうだ、僕はもう1人じゃない。この場所があるんだ。君が導いてくれたこの場所が。
だったら、今度は僕が君を導く番だ。歩き出さなきゃ。君を見つけるその日まで。そして、また君と歩けるように、歩き出そう。笑顔で、この今を、踏みしめるように。
「……おじちゃん、元気ないよ?」
「エリス、少しそっとしておきましょう」
2人は先に階段で上へと登っていく。誰もいなくなったハッチの中は、機械の無機質な音しか鳴り響かない。
カンカンと、誰かが階段を降りてくる音がする。ふと階段を見ると、降りてきたのはレッドウルフだった。
「まだいたのか。閉めるから上がってこい」
「……」
「まあ、そうか。しょうがないな」
レッドウルフは僕のことを背負って、ハッチから連れ出す。僕は抵抗する力も出ない。ただただ、温かいレッドウルフの背中に顔を埋めた。
「俺の事務所に入るか?」
「……」
「まったく。お前も人間なんだな」
安堵したようにレッドウルフはため息をつく。そのまま事務所の鍵を開けて、僕を背負い部屋へと入る。
「ここに座っとけ。今シチュー用意してやる」
事務所の中は、まるでひとり暮らし用の部屋のようだった。
白い壁に囲まれて、左手に青の掛け布団が折りたたまれているベッド。正面には昼下がりの光が差し込む窓に、右手には26インチくらいのテレビと、その横には3段作りの本棚がある。
僕はベッドに座らされて、レッドウルフは隣の部屋に行った。
「……」
「よし、タイマー鳴れば持ってくる。それで、悩んでるなら話せ。困ってるやつを助けるのが俺の仕事だ」
そう言いながら、レッドウルフはアランの隣に座る。アランとは違い、その目は天井を見ていた。
「仕事として助けられるのはいや」
「……これは重症だな。あんまし正直に言うのは苦手だが……お前のこと、心配してる」
「……ごめん、ひどいこと言って」
沈黙の時間が、ほんの一瞬のはずなのにアランにとっては長く感じられていた。そんな彼の肩に、レッドウルフはそっと手を置いた。
「俺に何ができるかなんて、まだ分からない。でも、お前がやってくれたように心にある闇を晴らしたい」
「……」
無口な部屋の中に、タイマーの音が鳴り響いた。レッドウルフは、ベッドから立ち上がって隣の部屋へと歩いていく。
お皿がぶつかりあう音がして、コトンと置かれる音がした。その後に、アランの鼻に香ばしいシチューの匂いがした。
「こんなのしかないが、食ってけ」
白いお皿には、乱切りされたニンジンと、ほぼほぼ溶けているジャガイモがゴロゴロと入っており、ブロッコリーが点々と浮いているシチューが入っている。温めたばかりで、勢いよく湯気を立てている。
「……レッドウルフが、料理……アッハハ! 似合わない~っ!」
アランはレッドウルフの料理する姿を想像して、腹を抱えるほど大笑いした。
「なっ、笑うことねぇだろ! もう良い、没収だ」
「ご、ごめんごめん!」
僕は取り上げられたお皿を両手で力強く引っ張った。だけど、レッドウルフの手に力は全く入っていなくて、僕だけが全力を出していたせいで、僕の手とお皿は勢いよく引き戻される。
その勢いに驚いて、握っていたお皿を手放してしまい、そのままお皿は宙を舞う。中のシチューは引力と重力に従って僕の服の胸あたりにかかった。
「アッツゥ⁉︎」
温められたばかりのシチューはとても熱く、投げ捨てるように僕は上着を脱いだ。
「ブフッ!」
「わ、笑うなぁ!」
胸に残る熱が頭まで昇り、僕はポカポカとじゃれつくようにレッドウルフの頭を叩く。
こんな気持ちになったの、いつぶりだろう。温かくて、笑顔が溢れて止まらない。そうだ、僕はもう1人じゃない。この場所があるんだ。君が導いてくれたこの場所が。
だったら、今度は僕が君を導く番だ。歩き出さなきゃ。君を見つけるその日まで。そして、また君と歩けるように、歩き出そう。笑顔で、この今を、踏みしめるように。
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