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2章 迷猫編

第10話 花岬家

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 美雪さんについて行くと、なんともいえないゴージャスな居間に辿り着いた。
 扉の右手は生活空間が広がっている。扉の横には鑑賞用の植木鉢がある。大型のテレビが壁に埋め込まれている。その左右には、大きなスピーカーが付けられている。その正面には、フカフカそうな赤いソファベッド。テレビとソファベッドの間には大理石でできた机。天井には、小さいのに見つめれば目が痛むほどに光る灯り。ほのかに紅茶の香りが漂う。
 扉の左手は中庭へと続く窓ガラスになっている。さっきのシェパードが元気に駆け回っている。
 ただ、全ての小窓の枠に写真が立てられているのが気になった。

「すごい……」
「この匂い、アールグレイ?」
「はい。これくらいしか、お飲み物がなくて」
「……花岬、か」
「どうかしたの、マスケル?」

 窓辺に置かれた写真を見ながら、マスケルはそう呟いた。

「いや、な」
「とりあえず、今椅子を出しますね」

 机の四方の床を美雪さんが押し込む。その床が引っ込み、ソファベッドと同じ生地の座椅子が押し上げられて出てきた。

「えっと……では、ソファベッドにはアランさんがお座りください」
「ぼ、僕ですか⁉︎ いえいえ、家主である美雪さんが!」
「いえ、おじさまにはお世話になったので」
「いやいや、逆にお世話になりましたし!」

 お互いに譲り合いの勝負が始まった。日本人同士で行われる特別勝負と聞いていたが、イギリス人の僕が相手でもできるとは。でも、楽しくはない。逆に心苦しい。
 
「いつまで続ける気だ?」
「あのぉ、恐縮なんですけどお茶もらえます?」
「あら、ごめんなさい。今お持ちいたします。アランさんはソファで大丈夫ですので」

 それだけ言い残すと、美雪さんは扉を開けたままにして居間から出て行く。どうやらキッチンは違う部屋らしい。

「今時珍しいね。キッチンと居間が別部屋って」
「そう? エリスのおうちもそうだったよ」
「まあ、この家は古い。多分だが、厨房はガスだろ」
「そんなわけないでしょ~? こんな時代にガスだなんて。IHだって微レ存レベルだよ?」
「ガス? アイエイチ? ビレゾン? だれ?」

 プレイアさんがどれもこれも死語になりかけているものを口にする。もちろん、子供のエリスからすれば知っているわけがない。

「IHってのはぁ……なんて言えば良いんだろ」

 仕組みは知っているけれど、子供相手だと説明できない。簡単に噛み砕いての説明って、こんなに難しいのかと実感した。

『お待たせしました』

 おぼんに5人分のティーカップと1つのティーポットを乗せて、美雪さんが入ってきた。
 机におぼんを置き、全員にアールグレイを手渡すと、美雪さんは空になったおぼんを机の中央に置いた。

「じゃあ、いただきます」
「良い香り……」
「……いきなりで悪いが、聞いても良いか?」

 マスケルは一口だけ飲むとカップを置き、美雪さんを見ながらそう言った。

「はい、どうかされましたか?」
「花岬家といえば、亡霊と人間のハーフだよな?」
「えぇ、そうですわ」
「『えぇっ⁉︎』」

 すごい真実を、あっさりと認める美雪さんに、僕はアールグレイをカップに吹き戻してしまった。

「花岬家の祖先は、亡霊と日本人の夫妻ですわ。しかも、亡霊の中でも権力のある者でした」
「やっぱりな。バケモノ騒動は、それから始まったというほどに有名な話だ」
「でも、なんでそれをあなたのような方が……?」
「まあ警察官だ。そういう情報も入ってくる」

 流石は公務員、とでも言ったところかな。もしくはヒーローとしての情報だけど極秘情報だから警察官としての情報として取り扱ってる、とかかな。

「そうですわね。バケモノ騒動を起こしたのは、間違いなく花岬家で間違いないでしょう」
「そうあっさりと認められても……」
「ねぇねぇ、何のお話?」

 エリスがいると会話進まないなこれ。でも、同じヒーローなら知っておいた情報なのかも。だけど子供が知って良い情報なのだろうか。

「あっ、おじちゃんエリスのこと子供だと思った!」
「うげっ。その異能力はずるいよぉ」
「ふふ、ふふふふ!」

 さっきまでは微笑んでいただけの美雪さんが、大きな声を出して笑っている。それに、僕まで思わず微笑んでしまった。

「花岬。話は終わっていない」
「マスケル。もう良いでしょ? そんな昔の話をしたって、美雪さんに関係はないはずだよ」
「覗き魔の言う通りだね。まっ、バケモノがいるからヒーローがいるわけで、ありがたい話なんだけど」

 覗き魔ってワードは余計だけど、プレイアさんの言う通りだ。バケモノがいなければヒーローはここまで活躍しなかっただろう。
 あれ、でも異能力があるんだから、どちらにしてもヒーローは活躍していたんじゃないかな。

「……お話するときが来ましたわ。亡霊と異能力の関係を」

 美雪さんは、手に遊戯室の鍵と僕が作り出したクローバーの鍵をギュッと握りしめて、覚悟を決めたように目を細めた。
 その口から語られるのは、花岬家の、全ての始まりの真実だった--。
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