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2章 迷猫編

第20話 生きている機械

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 モールが地面ごと上昇し、地下格納庫が姿を見せる。桜のものではなく、大鷲船の格納庫だ。その中へと、大鷲船はゆっくり慎重に停船する。そして桜の格納されている船の大砲にレーンが敷かれ、中の桜が引っ張り出される。そのまま、上の桜格納庫へと収納された。
 僕達はそれを見送り、モール地下の作戦指令室に戻った。

「へっ、まぁたオンボロにしやがって」
「ご、ごめんなさい」

 指令室には、ボロボロになった桜の映る立体映像を見ながら頭を掻く、モスイさんの姿があった。

「こうなったら、アイツを呼ぶっきゃねぇか」
「アイツ?」
「桜や大鷲船を設計図通りに仕上げた発明家。ドイツ出身の純血中国人、ぎん 瑠璃るり。ちったぁ桜のこと学べるはずだ」

 バサっとモスイさんは机に1枚の紙を投げ置いた。それは、例の瑠璃という少女のデータだった。虎のマークがあるという記載から、桜の乗り手であることは読み取れた。

「あの、どうして瑠璃はここにいないんですか?」
「やっぱ気になるか? 実はな、あの機兵の調査を任せていたんだ」
「調査⁉︎ そこまで機械に詳しいんだったら、敵なしじゃ?」

 プレイアさんは簡単そうに言うけど、特になんのデータも得ていないことから考えるに、機械が詳しいだけじゃ情報不足なんだろう。

「そんな簡単だと思うか?」
「ヒーローじゃないアンタは黙っててくれる?」
「おっ? 派手におっ始めても良いんだぜ?」
「はいはいストーップ。ケンカしたってしょうがないでしょう?」

 ドラバースとプレイアさんのケンカが始まったら、それこそ収集つかなくなる。そう考えて、僕は2人の間に割って入った。

「エリス、ケンカ嫌い」
「ほら、エリスだって嫌がってる」
「……アラン、言うようになったじゃねぇか」
「え、そう? 変わってないと思うけど」

 テイラが急に僕のことを褒める。でも、いつもしていることだと、僕はそう思っている。

『なんやなんや、うちがおらんと騒々しくなるんか?』

 突然、スピーカーのほうから日本の関西弁で喋る女声がした。

「もう来たか。おう、入んな!」
『はいな!』

 扉のロックが解除され、開けられる。腰まで伸びた赤髪の、黒い瞳をしたチャイナ服姿の少女が入ってくる。

「本日着任しました、乑 瑠璃です!」
「おう、また頼む」
「へっへへ、了解や! で、早速やけど言わせてもらうで。アンタら全員、桜のこと何も分かっとらん」

 遠慮なく初対面の僕達にキッパリとそう告げる瑠璃に、少々僕は胸が痛んだ。

「傷見れば分かる。ただの鎧と思っとるんとちゃいます?」
「うっ……」
「ぐうの音も出ないようやね。桜は、乗り手の願いを力に変える、それこそ生きている機械なんや」
「生きている……機械?」

 機械は生きてはいない。命なんてない。そんな当たり前の定義をひっくり返す発言をした瑠璃に、思わずキョトンとしてしまった。

「言いたいことは分かるで。でもな、考えてみぃ。普通の機械は、人間の手で動いとる。せやけど桜は、乗り手の願いでようやくエンジンを吹かすんや。乗り手の気持ちに応えるようにな」

 気持ちに応える。それを聞いて、曖昧ながらにも桜が生きているということが理解できてきた。
 桜は、乗り手の気持ちが分かる。それは、他の機械じゃ絶対に真似できないことだ。

「みなはんの異能力の源となる霊力。これは、魂の強さや。それを引き出す願いに応える願魂結晶がんこんけっしょう。それが桜に組み込まれとるんや。願魂結晶は、古代の人がにえとなって作り上げられた石。せやから桜は生きるんや」
「そんな石が入っていたのか……」

 そんなすごい石が、桜の中に入っていたなんて。そんなこと、モスイさんの口から聞いたことなかった。

「せやのに、みなはんは桜を壊す。ええか? ただ機械を壊すとはちゃうねんで。桜を壊すっちゅうことは、贄になった人を更に痛めつけることになるんや。しかもや、それだけやない。贄になった人の亡霊に霊力吸われて、そのうち桜を操れなくなってしまうんや」
「えっ、じゃあテイラって!」

 その説明で、テイラに起こった異変の正体が分かった。

「せや。桜を壊しすぎたんや。それと、エリスも危険やな。既に2機も壊しとる」
「えぇぇぇっ⁉︎ エリスも、動かせなくなっちゃうの⁉︎」
「このままのペースで壊せば、そうなるな。その逆に、あんさんは凄いで!」

 突然僕の方に振り返り、瑠璃は僕を凄いと言う。その彼女の言動の差に、僕はついていけなかった。

「おい、アランは新人でまだほとんど動いていないだけ。それでも凄いのか?」
「何言うとりますか。そう言う狼さんの桜、かなりガッタガタやったで」
「まあ……武器の拳銃の反動、大きそうだし」

 実際、マスケルの桜の所有武器である拳銃は、発砲するたびに桜をかなりのけぞらせている。

「この指揮官はんなら、誰より桜を大事にしてると思うで」
「あぁ、そうかもしれんぜ。桜のことも仲間って言ってたぐらいだしな」
「ちょ、それは言わないでよ」

 僕の言葉をテイラが代弁したせいで、瑠璃の瞳がより一層輝いた。

「ほらみい! やっぱあんさんはええ人やわぁ」
「あ、あはは……」
「待て待て、機械が仲間ってなんだ。俺たちより無機質が良いってことか?」
「え、いやいや⁉︎」

 マスケルのまさかの誤解に、僕は首をブンブンと大きく横に振った。

「ならどういう意味だ?」
「だ、だってそうじゃん。一緒になって戦ってくれるんだよ?」
「そういうことや。桜はただの機械やあらへん。仲良くなろうとすれば、きちんと応えてくれる生き物なんや」
「まっ、仲良くしようっていう考えのない一匹狼のマッスーには無理だろうけど」

 プレイアさんの冷たい言葉に、マスケルはキッと睨みつける。それに対して、プレイアさんもニヤリと嫌味ったらしい微笑みを返す。

「いつからこうなったんや? モスイはん、人選間違っとるとちゃいますか?」
「相っ変わらず厳しいうやつだな。俺にミスはねぇよ。コイツがいる限りはな」
「ぼ、僕ぅ⁉︎」

 右親指でモスイさんが僕を指す。いきなりのことに、僕は大声で驚いた。

「せやな。うちも、この人やったらついていくわ」
「実は、瑠璃はドラバースの履歴書見た瞬間に転勤を要求してきたんだ。アランくんの活躍を見て、戻ってきたんだけどな」
「なっ、どういうこった⁉︎」
「ほぉら、ドラバースやっぱ嫌われやすいんじゃないの?」

 またケンカが始まりそうだ。もうどうしようも無さそうだし、匙投げようかな。

「先に言っときますけど、この人以外は信用してへんので」
「えっ、私も⁉︎」
「俺もか⁉︎」
「エリスは⁈」

 どうやら桜を大事に思っている人にしか信用はおけないようだ。こりゃまた大変なことになりそうだ。ただでさえ騒がしいのに、これ以上かと思うと気が滅入りそうだ。
 でもまあ、楽しいと思えば良い話か。よし、それじゃあ考え改めて、やっていきますか!
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