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エンカウント編 第1章 初めの一歩はVサイン

第13話 すれ違い

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 昨夜は疲れたよ。失神した2人の分も食べなきゃ帰らせないなんてさ。なんとか食べ切れたけど、2人は当分麺類の料理を見るだけで怯えてそう。とりあえずは桃源郷に行ったっきりの2人ともは、僕の寮で眠らせてるけど。
 でも、それはさておいて。僕が気になってるのはそれじゃない。エドが話した、“人工アリジゴク”。絶対何かある。
 そう思って、僕は2人を置いて誰もいないオフィスに来ていた。ビルは開いている時間だから、もうすぐペーターさんが来るはず。それまでに何か資料を探し出さないと!

「これでもない…うぅ~ん…」
『何してるんだい?』
「うわぁ⁉︎」

 え、え? ペーターさん? え、さっきまで課長席にいなかったじゃん。いつの間に?

「休憩スペースでコーヒー淹れてたら、君の姿が見えてね。何するか見てたんだけど…物色かい?」
「い、いやそうじゃなくって! その…人工アリジゴクについてのデータを…」
「なっ、人工アリジゴク⁉︎ 誰からその話を聞いた⁉︎」
「へ、エド…ですけど?」

 人工アリジゴクってワードを聞いた途端、ペーターさんは急に僕の肩を強く掴んでそう大声で尋ねてきた。
 あまりの本気さに圧倒され、僕は息を呑みながら正直に答えた。

「エドか…。驚かせて悪かったね。そのことについては忘れてくれ。君には無関係の話だ」
「は、はぁ…。えっと、エドの罰なら、僕がやりますけど?」
「お、積極的だね。そういう子は大歓迎だよ」

 良かった、いつもの笑顔に戻った。さっきのペーターさんの顔、メッチャ怖かったもん。

「それじゃあ、エドを起こしに-」
『おはようございますっす~っ! ギ、ギリギリセーフっす…』

 僕達が話しているところに、息を切らしながらエドが急いでオフィスに入ってきた。
 どうやら桃源郷から帰って息を吹き返したらしい。

「ちょうど良いところに…。フラットくん、や・っ・ちゃ・っ・て?」
「あ…はい」

 桃源郷から帰ってきたとこ悪いけど、今度は地獄に行ってもらうよ。
 そうでもしないと、ペーターさんの機嫌が良くなりそうにないからなぁ。

「神業・審判」
「グギャアァァァァ⁉︎」
「ワァオ。電撃とは、いい趣味してるねぇ」

 僕のこの神業はどんな罰が下されるか分からないっていうのが難点だよな。まあ、罪の重さをはかって、その結果の罰だから悪く思わないでね、エド。
 でも、こんなに強い電撃だと、エドの毛がすごいことになりそうだな。

「し、しびれびれっす…」
「ごめんねぇ、制御できないから」
「いやぁ、スッキリしたよ。エド、機密情報を簡単に口外したらこうなるからね?」
「ひゃ…ひゃいっす」

 にしても、やっぱり毛並みがボサボサ。しかも服もジーンズも焦げ焦げだし。

「ちょっとエドの服買ってきます。ちょうど、僕の服も出来上がってると思いますし」
「あぁ、就業時間まで余裕もあるし、行っておいで」
「じゃあ行ってきまーす!」

 僕は散らかした書類の山をしっかりまとめて、棚の中に戻してから、オフィスを後にした。



 ~とあるブティック~

「あの、特注してたフラットですけど」
「はい、少々お待ちください。お師匠、フラット様の来店です」

 煌びやかなドレスや羽の装飾のついた派手な衣装、大胆な服なんかの女性用服から、光沢のある上着や質感の良いジーンズ、センスに乱れのない柄が描かれたTシャツなどの男性用服まで並ぶブティック。
 ここは僕のよく使う、店主の鳥型獣人女性のマドールさんが自分で作っている服を売ってるんだ。すごいセンス力で、流行の最先端をいくんだよね。
 で、この青い髪に青い瞳をしている、水色の薄手のキャンディスリープに、シトラスグリーンのバミューダパンツを着こなす成人女性はアスカさん。このブティックの従業員。

「いらっしゃい、フラットくん。はいこれ、ナックルくんのでしょ?」
「はい。プレゼントの約束してたので」
「注文してくれたお服とハンカチの特徴で分かるわよ。虎模様のお服、虎のイラストが入ったハンカチ。そんなの、フラットくんが着たり使ったりしないもの」

 ハハッ、すごいよな。お客様1人1人の買うものの特徴まで覚えてるんだもん。
 でも、それよりもう一つ買いたいものがあるんだよね。

「あの…これ買っても大丈夫ですか?」
「それ…黒のダブルライダース? もしかして、エドくんにあげるのかしら?」
「えっ⁉︎ よく分かりましたね」
「実は、お師匠はデ・ロアーの皆様のファイタースーツを作っているんです。だから、エドさんのことも知っているんです」
「あ、あぁ…。でも、僕のファイタースーツは…」

 いまだによく分かってないんだけど、僕みたいな隠れが着ているファイタースーツって、どうやって転送されてるんだろ? 当たり前になってて、気付けばそんな疑問消えてたけど。
 これくらいなら、ペーターさんに聞いても問題ないかな。

「その顔だと、隠れの場合のファイタースーツが何なのかを知りたいようね」
「へ…」

 なんでもお見通しって、かえって怖いんだけど。でも、知ってるなら聞いておきたいな。

「隠れのファイタースーツがどこで作られてるかは知らないけれど、ファイター専用アプリさえあれば、アプリの入ってる携帯端末から微粒子レベルにまで分解されたファイタースーツが転送されて、ファイターが着ていた服も微粒子レベルに分解されて転送されるの」
「それで、デ・ロアーの皆様のお服はこちらで預かるように設定されています。これからはフラットさんのお服もあたし達のお店で預からせていただきます」

 微粒子レベルにまで分解って、その着せ替え時間コンマ1秒もかかってないし…。そう思うと、すごい技術をかけてるんだな、ファイターに。
 人命救助のための仕事人とはいえ、優遇されすぎのような気も…。

「説明は終わりだけど、聞いておきたいことはあるかしら?」
「いえ、充分です。それにしても、そういう情報ってどこで…」
「専門店ならではの知識です。あまり口外しないようにお願いしますよ」
「アスカちゃん、失礼よ」
「いえいえ、とんでもないです。で、代金は?」

 ナックルさんのものにエドの分まで買ったから、かなりお金かかりそう。

「えっと…4700オズで結構よ」
「えぇ、負けてくださいよぉ~」
「これでも原価50%よ。安いほうでしょ?」
「えっ。いつもの2倍じゃないですか」
「生地が高いのよ、そのナックルくんのお服」

 あぁ、だからマドールさんにしては高い値段なんだ。いつもならその値段で6着は買えるのに。

「まあ良いや。じゃあ代金送りましたので」
「はい、たしかに。あと、エドくんのお服だけど…? あら、フラットくんは?」
「もう出ていきました」
「早いわねぇ」



 ~デ・ロアーファイター課オフィス~

「今戻りました! ってあれ? ナックルさん、なんでいるの? 今日大学だよね?」
「えっ…。あぁっ、ヤッベ! 忘れてた!」
「もう…まだ間に合うから。あと、はいこれ。約束してたプレゼント」
「お、ジェシカの! サンキュ、俺のオキニだぜ!」

 ナックルさんの去り際に袋に入れておいたプレゼントを渡して、僕は席についた。

「あと、はいエド。服汚くしちゃったもんでさ。これで良い?」
「…いらないっす」
「え、でも-」
「いらないったら、いらないっす!」
「あ、ちょ…」

 僕が持っていた袋を、エドは奪い取って窓の外へ投げ捨てた。

「ちょっとエド、いくらなんでもやりすぎだ」
「ふん、帰らせてもらうっす」
「ごめん、怒らせるつもりじゃ、なかったんだけど…。その…なんて言えば良いのか…」

 怒ったナックルさんの相手には慣れてるけど、ここまで怒られたことないや。なんて言えば良いんだろ…。

「別に、何も言う必要ないっすよ。それじゃあ、気分悪いんで帰るっす」
「あの…?」

 分かった気がする。エドは行っちゃったけど、好きなものが分かっただけ良しとしよう。
 いつもエドは竜の模様がある服とか靴とか履いてる。だから、きっと…。

「ペーターさん、ちょっと抜けます! 残業でチャラにするので、すみません!」
「フラットくん…。今日は休みでいいよ、エドのことを任せられるのは、君だけだからね…って、フラットくん? まったく、人の話は最後まで聞いてけって…。でも、ナックラーに似て似つかず、か。さて、君にどれまでできるか、見させてもらおうか」
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