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第1章〜ウロボロス復活〜

第61話《エピローグ》「我が名はウーロ!けだかきドラグノフ家のいちいんである!」

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「あー、暇だなぁ」

「ちょっとガルムちゃん。サボってないで周りの警戒をしなさいよ」

「へいへい」

 ぼぉーっと曇りのない青空を眺めていると、ゴードンが背中を軽く叩いて、放心状態の体に喝を入れる。
 フィンに跨っていたガルムは柔らかな毛皮と暖かい日光に挟まれながらも、眠気を追い出し周囲に注意を向けた。

「しかし雨が止んでよかったな。土砂降りの中移動するのは、やつかれはゴメンだ」

 ゴードンとガルムの隙間に割り込んで入ったのはメアリーである。彼女は少しエビの尾のように跳ねた髪の毛を不満そうに弄りながら、過ぎ去った天気に対して愚痴をこぼす。
 そんな様子を見たガルムはケラケラ笑った。

「かかか!お前湿気が多いと髪の毛ボサボサになるもんな!」

「むぅ」

「あー、だからショートヘアなのね」

「むむむむぅ」

 男二人に納得され、不満の心をあらわにする。本当は髪を伸ばしたい年頃の心を抱えたメアリーを慰めるように、フィンがペロペロと頰を舐めた。
 そんなわいわいとした緩やかな一行に注意すべく、馬車から中年男性の鋭い声が飛ぶ。

「おいお前らぁ!お喋りもいいけどよ、しっかり護衛もしてくれよ」

「わかってるさマンド。なんかあったらすぐ対処するからよ」

「全く、頼むぞ?」

 ガルムのことを信用してるマンドは、一応その言葉を信じ、馬車の運転の操作に戻った。
 ガルムたちはレッテル村からリメットに帰還している最中であった。
 リメットとそれなりに距離があり、道中に魔物と野盗もいることから行き来に妨害が入り、数日はかかってしまう。なのでマンド以外にレッテルにまで商売をしに行く行商人は少なく、帰り道も人間に遭遇することは多くなかった。
 しかしガルムたちは冒険者の中でもかなり腕のいい立ち位置に分類されるため、魔物も野盗もそれほど危険な存在でもなかった。

 だからガルムも少し気を抜いていた。なので空中から巨大な物体が落ちてくるなど思いもしなかっただろう。

「なぁ、なんか聞こえないか?」

 メアリーに聞いてみるが、彼女はガルムほど身体能力が高くないので首をかしげるだけだった。

「いや?特に何も聞こえないな」

「アタシも特には何も‥‥‥」

「んん?おかしいなぁ‥‥‥なんか風を切るようなお、とが」

 ガルムはなんとなしに音のした方角に首を曲げた。そこには、大空から坂を転がる車輪のような速さで滑空してくる、巨大な爬虫類らしき物体があったのだ。

「だぁぁぁぁぁあ!?マンド!マンド!馬車を左に回せ!!」

「は?なんで」

「いいから回せええええええええええ!!!」

 珍しく焦った声質で叫ぶガルムにメアリーとゴードンも違和感を感じ、同じ方を見てみる。
 ‥‥‥理由はすぐにわかった。

「ななななな、なんだあれ!?」

「い"や"ぁぁぁぁぁあ"!!こ、こっち来るわよおおおおおおおおおお!?」

 甲高い悲鳴と野太い悲鳴。大型モンスターの出撃と判断したガルムは背負っていた薙刀を手にして迫り来る爬虫類型の魔物を迎え討とうと神経を尖らせた。
 が、今度は別の違和感を感じた。なぜか自分の従魔であるフィンが、警戒もせずに呑気に舌を出し、あまつさえ尻尾まで振り始めたのだ。
 どう見ても敵対生物の襲来なのだが、フィンが全く警戒しないというのもおかしい。

 そして、その爬虫類は大きく体を傾け、馬車を避けるようにして着陸したのである。
 否、それは着陸などと言えるものではなかった。どちらかというと不時着。
 体を強く地面へ擦らせて、ズガガァァァン!という轟音を鳴らしながら地を滑っていった。

「よ、避けた?」

 呆けたメアリーの声が聞こえる。そう、避けたのだ。ガルムは薙刀を離さず、それでも正体と目的を探ろうと地面に横たわる巨体に近づいた‥‥‥そして。





「ぐ、ぐぅぅぅ」

「ウーロさん大丈夫ですか!?」

 シオンが心配して気遣いながら声をかけてくれる。我はその心配を払拭させるため、笑みを浮かべながら返答した。

「う、うむ。大丈夫だ。ただもう魔力切れだ。これ以上は飛べぬ」

 完全に不時着してしてしまった。少しでも飛行距離を伸ばそうとしたのだが、着陸予定地に馬車が見えて、焦ってミスってしまった。
 ただまぁ、馬車にぶつからなくてよかった。シオンたちは無事か?背後を見てみれば二人とも怪我はないようだ。我がクッションになったからだろう。ホッと息をつく。

 すると気を抜いたからだろうか。空気がしぼむように、我の身体がみるみるうちに小さく縮小していき、最終的にはいつもの我の姿となってしまった。
 あの姿を象れるのは一定時間だけらしい。まぁそう上手くことが運ぶわけないか。

「おい、お前ら‥‥‥レッテルの」

 歳若い青年の戸惑う声が聞こえる。この声は確か‥‥‥振り向くと、そこにはあり得ないのものを見て驚きに目を見開いたガルムが、手を震わせながら我らに指を差していた。
 なぜ、彼がここに?というか、奴がいるということは‥‥‥。

「あら?ウーロちゃんじゃない!」

「シオンも、サエラも‥‥‥え?なんで?」

 予想通り。ゴードンが相変わらずのインパクトのある顔で登場し、メアリーはビクビク震えながらフィンの体に隠れて顔を出していた。
 
「ガルムさん?それにみなさんも」

「なんでこんなところに?」

「そりゃこっちのセリフだっての」

 シオンたちの疑問がもっともなガルムの質問で返される。我らはなんて返そうか困り、全員で顔を合わせて沈黙する。事情を知ってもらうにしても我らの抱える問題は色々と複雑だ。
 おそらくガルムたちはまだリメットまで帰還する最中なのだろう。我らと偶然で合わせた感じか。うぬぅ‥‥‥。

「何があった?サエラ、ボロボロだし‥‥‥その、今ウーロが」

 メアリーが不安さを滲み出しながら聞いてくる。ここまで見られたのなら、嘘をつくのは悪手な気がする。下手な誤魔化しは不信感をあおるだけだし。
 それに、ガルムは悪い人間ではない気もするし。二人に視線で真実を伝えようと訴えると、二人も同意見なのかコクリと頷いた。

 我らは今まであったことをガルムたちに伝える事にした。村であったこと。皇国に狙われたということ。二人が監禁されたこと。我がウロボロスだということ。

「‥‥‥マンド。ちょっと出発遅らせてもいいか?」

「あぁ、構わねえぜ」

 ガルムの頼みにマンドは不機嫌になることなく頷き、馬車の方へ戻っていく。余計な話は聞かないようにしてくれる配慮のつもりだろうか。それとも関わらないという意思表示か。

「んで、空飛んでリメットに向かってる最中に、魔力切れで墜落‥‥‥ってことだな」

「はい」

 シオンがガルムの再確認に正解だと首を縦に振る。ガルムはふぅむと顎に手を当て、考え込む仕草を見せてくる。
 すると一瞬生まれた間に潜り込んできたメアリーが、遠慮がちに我に質問を投げてきた。

「ほんとうに、ウーロはウロボロスなのか?あれは伝説上の存在のハズ‥‥‥」

「お前も見ただろ。身体が魔力切れで縮んでいくの。未成熟のドラゴンじゃなく、成熟済みの竜がエネルギー不足で省エネモードになってるってことだろ」

「むむむむ」

 ガルムにそう諭され、なんとなく納得するメアリー。当然だろう。こんなチビが勇者と戦った竜王だというのだからな。簡単に信じられなくても無理はない。

「まぁ、お前らの事情はわかった。理解はしてやるよ」

 だからガルムのこの言葉には驚かされた。

「信じてくれるのか?こんな突拍子もない話を」

「ドラゴンなんてエルフでも一生見ないくらい希少な存在だ。最初にお前らに会った時だって、ただのエルフがドラゴンの子供と暮らしてる時点で俺はまさかなって思ってたぜ」

 たしかにウロボロスの物語はエルフの村レッテルが発祥の地と言われているらしいからな。そのことを知ってれば、ちょっと頭の隅で関連付けてしまうのかもしれない。

「んで、お前らは冒険者になるためにリメットまで行くわけだ‥‥‥なぁ、ツテはあんのか?」

「‥‥‥ない」

 苦しそうにサエラが返事をした。我らがレッテルを出るのは本当に突然だったのだ。なんの準備も終えていない。
 グロータルが荷物を寄越してくれたからこそ、多少生活できるだけの物資があるが、それも数日で尽きてしまうだろう。

 ただ、やるしかないのだ。
 我が改めて決意を固めていると、ガルムが嫌らしくニヤニヤしながら我らに提案を持ちかけてきた。

「なぁお前ら。俺に一つ、貸しを作ってみねぇか?」

「何?」

「お前がリメットで地盤を固められるよう、俺が手伝ってやる。お前らにとっちゃ、飛びつきたいくらいの提案だと思うんだが」

「‥‥‥何が目的?」

 我らの中で一番警戒心が強いサエラが、守るように我を抱えて数歩下がる。
 だがガルムは特に傷ついたそぶりも見せず、表情も変えずに両手を持ち上げておどけてみせた。

「おいおい。俺は言ったハズだぜ?冒険者になりたかったら来いって。お前らにダイヤモンドの原石を見たんだよ」

「つまり、先行投資‥‥‥って事ですか?」

 シオンの返事にガルムは腕を組んで意味深に笑った。そして後頭部をスパン!とゴードンに叩かれた。

「なぁにキャラ作ってんのよ!シオンちゃんごめんなさいね。この子素直に人に親切できないのよ」

「はぁ!?ゴードンテメェ何言ってんだ!」

「ガルムはみんなのこと気に入ってるから、力を貸したいだけなんだ」

「メアリーお前まで‥‥‥!」

「と、言うわけで!困ってるならアタシたちが力になるわ!」

「やつかれも力になるぞ。その、と、ともだちだし‥‥‥」

「そんなんじゃねぇって!マジで俺はアイツらやべぇくらい強くなるって思ってんだって‥‥‥待てこら何馬車に戻ってんだ!マンドも笑うんじゃねぇクソ野郎!!」

 ギャーギャーと喚きながら、しっちゃかめっちゃかになってガルムたちは馬車のところまで戻っていく。
 なんだか、やっぱり彼らは変わり者な気がする。サエラもシオンもポカーンと放心状態である。
 そして、ガルムはついてこないで固まっている我らに気がつくと、照れ隠しのようにでかい声で話しかけてくる。

「でどうすんだ!乗るのか?乗らねぇのか?」

「の、乗るのだ」

「優しいですねガルムさん」

「そうだね優しい」

「だからちげえっての!助けてやんだから将来役に立てよお前ら!」

 世の中はわからないものだ。とんでもない外道や悲劇があるかと思えば、見知らぬ人に手を差し伸べ、助けてくれる者もいる。
 我はスッと、すでに遠くなったベヒモスウォールを見上げた。

 カスミ‥‥‥。

「ウーロさん?」

「あぁ、今行く」

我は前へと、歩みだした。











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