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第4章〜不死〜

41話

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 遠慮なしに壁の上から滑空して街を見下ろす。そこには王に反旗を翻した暴動市民のように、無数の人影が喚きながら群がっていた。
 それは全てアンデットの群れであった。千や万などでは言い表せない亡者の列が、互いを踏み潰しながら辺境伯の館へ向かっている。
 その数は5日ほど前のリメットに現れたゾンビの比ではない。

 この地にこれほどの魂の怨念や死体が残っていたというのも驚きの一つだが、それ以上はアンデットたちの途方も無い数の集団である。
 まるで街の人々とアンデットを取り替えっこしたかのようだ。いくらなんでも異常すぎる。

 おそらくバンパイアロードが笛を使って、人為的にアンデットを呼び寄せたのだろう。
 烏合の衆としても、数は暴力は侮らない。以前のアンデット事件のお陰で住人たちはドアの鍵をしっかりつけているようだが、この数相手ではいつ扉が壊されるか分かったものでは無い。
 早急に排除する必要があるだろう。

「む?」

 どこもかしこもゾンビだらけだと辺りを見渡していると、街の一角で激しい爆音と粉塵が盛り上がった光景があった。
 荒れ狂う大海を暴れまわるかのように、鎖が大海蛇シーサーペンダの如き動きでゾンビの群れを蹂躙してく。

 ゾンビの飛び跳ねる姿が水滴のようだ。
 そして倒れたゾンビは内側から破裂するように爆発を起こし、その爆破に当てられた他のゾンビも連鎖的に爆発していく。
 暴力的な数を誇るゾンビの大波を、建物を足場に動き回る二つの影がみるみるうちに消耗させていった。

「ベタとガマか」

 遠くで見ても彼女たちなのだとわかった。あのような変わった能力を持つ者がそうそういてたまるものか。
 しかし数で攻める相手に爆発というのは非常に有効である。密集していて、回避を取ろうにも取れないからな。ゾンビにそこまで知能があるかどうかは別だが。

 しかも二人の爆破はどうやら血液のみに適応されるらしく、大型モンスターでも消し飛ばしそうな大爆発でも建物に一切ダメージを与えていなかった。
 市街戦では最強なのではないか?と野菜を千切りするように消滅させられていくアンデットを見て思った。

 とはいえ、数が多いのは確かだ。かつては娘のように思っていた者たちである。
 強いとはわかっていても心配が浮かぶ。勝手に手出しさせてもらうとするか。

「そぅりゃっ!」

 昔、自分の首を切断するという自爆の原因となった、三日月状の衝撃波を敵に飛ばす技をベタとガマのいる方へ投げ飛ばした。
 今度はまっすぐ投げたおかげかこちらに戻ってくるようなことはなく、放たれた斬撃は綺麗にゾンビの集団に直撃した。
 絶対的な切断力を誇る斬撃は、ゾンビどもをスパスパと輪切りして倒していく。
 ベタとガマのような派手さはないが、それでも着実に仕留めていた。
 うむ、まぁこんなものだろう。数十体倒した後、斬撃は消滅した。

 すると援護が来た事に気付いたベタとガマは、キョロキョロと辺りを見渡し、空を飛ぶ我を視野に入れたのかぴょんぴょんと跳ねて手を振ってきた。可愛い。

 我は軽く手を振り返してから、再び領主の館へと目指す。なすべきことをなさなければ。
 滑空しつつ、時々大通りを覆い尽くす死者の群れに向けてブレスや斬撃を飛ばす。これで少しでも数が減ってくれれば良いのだが。
 そうしているうちに、次第に目的地である領主の館へと距離が縮まっていった。
 リメットでポツポツ見えた赤い光はやはり松明とランタンで、それを持つ衛兵や冒険者が慌ただしく動き回っていた。
 そこではバリケードを組み立てていたり、すでに侵入して来たゾンビを処理したりと行動を開始している。

「ふむ、数が少ないのぅ。深夜だからか?」

 集まった兵士の数は200人ほどだろうか。多いは多いが、リメット全体からしてみればだいぶ少ない。
 今は大抵の人間が眠りにつく時間帯。騒ぎに気付かず寝ていたり、家の前にゾンビの大群がいて出るに出れなかったり、警邏中にゾンビと戦闘したりと色々理由もあろう。
 バンパイアロードも、わざわざこの時間を選んで攻め込んできたのかもしれない。

「むむっ」

 滑空している最中、見覚えのある人影が屋敷の庭にいるのが見えた。
 ガルムと、ゴードン・・・それにサエラか。我は体を捻り、急速落下する速度を生かしてそっちに向かった。
 風邪を切る音が耳元でうるさくなるが、それも数秒で地面に着地をし、なくなる。

「うぉっ!?」

「何々!?」

「・・・ウーロさん?」

 突然降ってきた我にガルムとゴードンは驚いてしまったようだ。サエラは無表情ですぐに我だと気付いたらしいが。
 我は落下の衝撃で吹いた砂煙を適当に振り払い、周囲に人がいないことを確認して話を飛ばした。

「我である!」

「驚くから、もっとゆっくり降りてきてくれよ」

 ガルムが非難の視線を我に向けてきた。う、すまん。別に脅かすつもりはなかったのだが。

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