上 下
236 / 237
〜第6章〜ラドン編

75話「不死竜ウロボロス」

しおりを挟む
崩れ落ちてくる瓦礫に混ざり、落下する。背中を打ちつけられる感覚を感じてから、建物の崩壊が止まった。
 運良く瓦礫に潰されずには済んだらしい。だが我は素直に己の無事を素直に喜ぶことはできない。

 仰向けの状態から起き上がろうと腹に力を入れると、全身に電撃が通るように痛みが回った。
 骨がやられた?否、やられたのは肉のほうだ。全身が内出血を起こしたのか。

「「竜王さま!。」」

 動けずにいる我の元にベタとガマがやって来た。二人は影に隠れた顔を驚愕に変え、次に焦るような表情をして我に肩を回し立ち上がらせてくれた。

 自身では確認できんが、二人の慌てようを見れば我の体が今どうなっているかが予想がつく。
 鱗が剥がれ、その下にある薄い皮膚が内出血によって盛り上がった血で破れているのだろう。
 つまり血まみれだ。

「傷‥‥‥。」
「大丈夫?。」

「ぐっ、平気だ」

 どれだけの傷を負ったとして、即死ではない限り我が死ぬことはない。
 リザレクションの再生能力は肉体の欠損すら瞬時に回復する効果があるのだ。我の心配など不要。
 それよりも問題なのは、未だに変形を続けるラスとボロスフライの塊である。
 
 それは見覚えのあるものだった。既視感とも言える。一体ラスはどうなってしまったのだ?
 謎の塊の上でヨルムンガンドが愉悦そうに笑みを浮かべて笑っている。

「あはは、やっぱり君が傑作だったんだ!吸血鬼は出来損ない!さっきの竜もどきは君の血肉をベースにした模造品!人間ごときが君を真似るなんてできるはずもなかったんだ!!」

 ヨルムンガンドの周囲の魔力が騒つく。熱せられた水のように弾けそうだ。彼のテンションがだいぶ上がっているのだろう。
 それに影響を受けるように謎の塊も次第に形をハッキリとさせていく。
 シルエット的には四足に二対の翼を持つ竜に近い。

「人間には用意できない、純粋な竜の魔力。それがあって初めて完成するのさ‥‥‥さぁ、足りないピースは揃った。思い知るがいい人間ども!そしてウロボロス、君もだ!!」

 ヨルムンガンドのセリフの後、大量の蒸気が塊から噴出した。霧が全てを隠すように広がるが、それも数秒で霧散する。
 そしてその中から‥‥‥ありえないものを見てしまった。

「‥‥‥バカな」

 霧から出たのは竜だった。長い尾に長い首。尻尾の先端はヒレのように肥大化しており、多量の魔力を溜め込んでいる。
 四足の四肢は丸太のように太く、爪は剣のように鋭く伸びていた。

 首の先には蛇の顔があり、ボロスフライを彷彿とさせるが‥‥‥つまりそれは我の成体と酷似しているということでもあった。
 しかし今度はボロスフライのように顔だけということはなかった。我と特徴が一致しているのは、姿全体であったのだ。

 ただ、体色だけを除いて。

「さぁウロボロス!君自身の力を知るんだ!思い出すんだ!下等な定命者どもに利用されるなんてとんでもない!!君は竜の王、世界を支配する力があるんだってことを!」

「ガァァァァァァァアッ!!」

 白いウロボロスが翼を広げ、咆哮で地下全体を揺らした。まるで自身の力を誇示するように、酔いしれるかのように。







「白い、ウーロさん?」

 風で吹き飛ばされそうになった私を庇うように前に出たサエラが、呆然とした口調で呟きました。
 どういうことなのかわからないので、わたしはサエラの肩から先を覗き、ウーロさんたちの方を見ます。

 そこには白い竜がいました。周囲の建物をなぎ倒し、翼を羽ばたかせて暴風を巻く、巨大な白竜がいたのです。
 遠いし、風のせいで砂煙が舞っているので見づらいですが、アレはウーロさんのようにも思えました。

 わたしはトールマンさんを治癒するヒールの手を一度止め、わたしたちを覆うようにシールドを張ります。
 このままではわたしたちはともかく、トールマンさんと一緒に外へ出てきたシング族の方々が吹き飛ばされてしまうと思ったからです。

「なんなんだよさっきから、ヤゴが出たりトンボが出たり‥‥‥あげくドラゴンが出るなんざ聞いてねぇよ」

 頭痛に苛立つようにガルムさんがガリガリと乱暴に頭を掻きます。
 まぁお気持ちは分からなくはないです。思えば温泉に入りに来たのに、とんでもない事件に巻き込まれてしまいましたね。
 他人事な感想が思い浮かぶ辺り、わたしも混乱してるんでしょう。

「ガルム殿、あれは」

 ある程度傷が癒えたトールマンさんが、それでもまだ具合を悪そうにしながら口を開きます。
 傷は癒えても血は戻らないので安静にさせないと。

「わからねぇ。とにかく俺以外は近づかねぇほうがいいな」

 たしかに、現状ドラゴンと渡り合えるのはガルムさんかレッド・キャップのお二人ですからね。
 わたしたちでは足手まといどころではないでしょう。わかってはいるんですけど‥‥‥。

「ウーロさん、大丈夫かな」

「キィ‥‥‥」

 サエラの不安そうな声に同意するようにティが鳴きます。
 ウーロさんはどうなんでしょう?だいぶ魔力を溜め込んでいたので、今がどれほどの戦闘力があるかはわたしたちも知りません。
 ちょうど冬で、ダンジョンも入らず休んでいましたし‥‥‥。

「人の心配してる場合かなぁ?」

 その時でした。背後から聞きなれない声が聞こえてきたのです。わたしたちは一斉に振り返り、それぞれの武器を抜きました。
 そこにはウーロさんとそっくりな子竜が、縄で縛られていたクルーウさんを解放していたのです。

「てめっ!」

「いつの間に」

 サエラとガルムさんが驚いてます。二人とも気配を感知する能力には長けているので、まさか後ろから迫られているとは思いもよらなかったのでしょう。実際、わたしも驚きで困惑してました。
 だってこの子竜はウーロさんと向こうで交戦していたはずですから。

「クルーウ。もう我慢する必要はないよ。ボクはボクのすることをする。君も好きなようにするといい。『ミズガルズオルム』」

 子竜がクルーウさんの肩をポンっと叩くと、とても人とは思えない邪悪な気配が体から漂ってきました。 
 魔力を含んだ言葉がクルーウさんの中に入り込んだのでしょうか?力が抜けたように膝をつくと、笑いを堪えるように肩を揺らします。

「ひひひっ!あぁ、そっかぁ、じゃぁそうしようかなぁ!!」

 子竜がクルーウさんの肉体に何かしたようです。ゆらりと立ち上がった彼の全身を覆っている包帯の腕の部分がはだけ、そこにはみっしりとひし形の鱗が生えていていました。
 爪は伸び、かぎ爪となってナイフのように光ります。
 それを見てまだ縛られたままの伯爵が焦りを顔に浮かべました。

「竜化魔法!ヨルムンガンド殿!それを、それを私にも!」

「竜化だと?その魔法は竜ですら失った古代魔法だぞ!?」

 メアリーさんは見覚えがあったのでしょうか。驚き後ろに下がりながら叫びました。

 竜化。わたしは知りませんが、その呼び名からしてドラゴンになってしまう魔法なのでしょうか。聞いたことありません。
 人ならざるものとなってしまったクルーウさんは、包帯の隙間からサメのようなギザギザの歯を出し、ニヤリと笑います。

「こっちにぃ、おいでぇ!!」

 そう言うとクルーウさんの背後から緑色の太い紐が伸び、それはメアリーさんを掴んで引っ張ったのです。まさか、尻尾!?

「う、わぁっ!?」

「メアリー!」

 魔法職であるメアリーさんは絡みついた尻尾に抗うことなどできず、クルーウさんの元まで引っ張られました。
 クルーウさんは醜悪な笑みを浮かべると、メアリーさんを捕縛したまま、屋根伝いに逃げ出します。

「あははぁっ!あはハはハハはッ!!」

「メアリー!あのクソ野郎っ!!」

 ガルムさんはわたしたちの方へクルリと向くと、子竜に向けて風の刃を飛ばしました。
 刃は素早く、子竜が避ける間も無くその小さな体を上下に切断しました。
 が、子竜はむしろ笑みを浮かべます。

「ふふ、今回はこれくらいでいいよ。本命はあっちだからね」

 そう言いながら、彼はチリチリと光の粒子らしきモノに分解しながら消えていきました。魔力で作った偽物でしょうか?
 ガルムさんはさっきの子竜が偽物なのはわかっていたのか、表情に驚きはありません。

「お前ら!絶対ここを動くなよ?俺はメアリーを助けに行ってくる!念のためフィンは残していくからな!」

「ワンっ!」

「わ、わかりました!」

「気をつけて」

 言うが早いか、ガルムさんは足の裏に風の魔法を宿してクルーウさんの後を追います。
 あっという間に豆粒みたいに小さくなってしまった彼らを見て、わたしは回復魔法を続けてトールマンさんにかけます。わたしはわたしにできることをしないと。

しおりを挟む

処理中です...