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第3章~魔物の口~
24.5話レギオン到着
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青く透き通るような、しかしその先を見通すことはできないどこまでも広がる青空が、リメットへと行軍を止めない軍団を見下ろしていた。
まさに晴天とも言える天候と風に揺れる青々とした草花。寝転がって昼寝でもすればとても気持ちの良いベットルームになるはずだ。
そんなことを考えながら、レギオンの団員のティムは蒸し蒸しとした鎧を身に付けて大粒の汗をかいていた。
「あ~、あぢぃぃぃ~」
熱を逃がそうと兜を持ち上げて隙間を作るが、体温は全く下がる気配がしない。
そうしているうちにその行為が無駄だとわかったのか、愚痴をこぼしつつ兜を被り直した。
「ちくしょぉ~!あぢぃ、あぢぃよぉ~」
「ティム・・・我慢しなよ。あと少しでリメットに到着するんだから」
滝の水のように流れるティムの情けない言葉を諌めるように、同僚のルーデスが口を開いた。
しかし内心ではティムと考えは同じなのだろう。強い口調ではなくかなり弱々しかった。
「くっそぉ、なんでこんな夏の日に鎧一式身につけなきゃならんのじゃい」
ティムが苛立ちを逃すように自らの鎧をガンガンと叩いて鳴らす。
たしかにティムの言う通り、真夏の炎天下の中で鎧を着込むのは高温のサウナに身を投じるようなものだろう。
しかもほぼ休みなし。体力の消耗でも体温は上昇する。そのダブルパンチにレギオンの団員たちも参っているようだ。
唯一平然としているのは・・・。
「やっぱ団長頭おかしいって・・・人外の類だぜあれは」
レギオン率いる団長。ドワーフのプロドディス・ドミニクである。
側近の補佐役や小隊長、中隊長までもが暑さに息を乱しているのにもかかわらず、団長は平然と歩みを止めないのだ。
いつもならまた団長の地獄耳に聞かれるよ?と注意するルーデスであるものの、こればかりは否定できないのか同意するように無言を貫く。
周囲にいるメンバーも無言で頷いていた。
「見えてきた!帝国領城塞都市リメットだぞ!」
しばらく歩いていると、前方の列からそんな声が聞こえてきた。
だが、それは必要ないだろう。最後列からでも見えるほどの巨大な壁が、兵士たちの視界に入り込んだからだ。
「こ、これがリメット・・・!」
「・・・でっけぇ」
「・・・おぉ!」
暑さに参っていた団員たちも、アメジスト色に輝く巨壁を目の前にして吹き飛んでしまったようだ。
巨大な宝石を前に意識が飛びそうだ。
「野郎ども、リメットはもうすぐだ!到着まで気をぬくんじゃねぇぞ!」
「「「はっ!!」」」
団長プロドディス・ドミニクの人一倍大きな声に、団員たちは力を込めて応答する。
こうして世界最強の傭兵騎士団レギオンはついに、世界最大の外壁を持つ城塞都市リメットに到着したのだった。
「これはこれは、大層なお出迎えだな」
プロドディス・ドミニクが不敵な笑みを浮かべつつ、小さな呟きを漏らした。
巨大なリメットの城門の前にいたのは、魔物から取れるダンジョン産の甲殻で作られたキチンの鎧を着たリメット衛兵隊、リメット騎士団の団長や各部隊の隊長、そしてリメット領主のホールワード辺境伯であった。
ほぼ、リメットの誇る公的最大戦力の集団である。
「衛兵隊隊長ガルゼルス、騎士団団長ヘンリル卿・・・Sランカー冒険者に匹敵する戦力が勢ぞろい・・・!?」
ティムはリメットの門に並ぶ歴戦の戦士たちを前にして息を飲み込んだ。
実際はティムだけではない。殆どの団員たちも顔には出さないが、驚きに目を見開いていた。
へんぴな村出身のルーデスすら、その名を知っているほどの力の持ち主たちだ。
中でもリメット領主であるホールワード辺境伯は、強大な力を持つ怪獣と呼ばれる魔物、それらを単身で相手取ったという逸話を持つ猛者である。
団長補佐や中隊長はともかく、昇格経験のない団員たちが息を飲むのも仕方がないだろう。
ホールワード辺境伯は、団長プロドディスを見るとニヤリと笑みを浮かべて、彼の元に近付いた。
油で固めたカイゼル髭を弄るその姿からは、微量ではあるが魔力が発せられている。
それが当然かのように、団長プロドディスも放っていた。
「よく来てくれたな、プロドディス」
「貴族は好まねぇが・・・オメェの頼みなら喜んで聞いてやるよ、ホールワード」
二人の巨漢がそう言うと、まるで再開した戦友に会ったかのように強い握手を交わした。笑みは崩れない。
だが、その握手からはギチギチと、とても肉とは思えないような音を立てていた。
もっとも、プロドディスは鎧ゆえに籠手を付けたままであるが。
ホールワード辺境伯は笑みを浮かべたまま、団長プロドディスの目を見た。
「おいおい、ただの握手だろう?籠手ぐらい外せ。貴族相手にするべき対応ではないぞ?」
「オメェには、これでちょうどいいだろう?それに、外すと手加減できずにアンタの手を潰しかねん」
「・・・ほう、試してみるか?」
二人とも笑みを浮かべたままだ。にもかかわらず、周囲に転がる石はなぜかカタカタを震えていた。
当然だが、石が恐怖しているわけではない。二人の放つ重圧が、石を震わせているのだ。
突然の戦意にレギオンの団員たちだけではなく、リメットの兵士たちも焦り始める。
「だ、団長?」
「ドミニクさん、ちょっと落ち着いてくださいって!」
「ホールワード様!?」
「おいおい、やばいって」
「領主様!市民もいますのでやめてください!」
それぞれの部下からの呼びかけも、今の二人には聞こえていないようだ。白い歯を浮かべ、睨む瞳には炎を宿している。
今にも掌から拳をぶつけ合いそうな二人に向かって、一人の男が躊躇なく近付いた。すると・・・。
「落ち着け馬鹿どもがっ!!!」
二人の頭上に拳と怒鳴り声が叩きつけられ、殴られた二人は地面に強烈な速度で顔をぶつけた。
ズガーン!!二人の顔面は完全に地面に埋まり、砕けた土が巨大な亀裂を生み出した。
ただの亀裂ではない。殴った際に衝撃波も出たのか団長プロドディスとホールワード辺境伯の周りはクレーターができていた。
当然だが、誰でもできるような芸当ではない。
その尋常じゃない怪力を目の当たりにした周りの兵士たちは、石のように硬直するのは当然であった。
しかし自分たちのリーダーが地面に埋もれているのを見て、すぐに正気に戻った彼らは互いのリーダーの名前を叫ぶ。
「「「団長ぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!?」」」
「「「領主様ぁぁぁぁぁああああああ!!?」」」
「・・・うそ、団長が・・・」
「親父ぃぃぃいいいい!?」
あまりにも衝撃的な光景にルーデスは呆気にとられ、ティムは数年前にやめた呼び名を反射的に口にしてしまった。
「全く、仲が良いんだか悪いんだか」
呆れたようなセリフを言ったのは、二人を殴り首から上を地面にめり込ませた張本人・・・リメットの騎士団長ヘンリル卿であったのだ。
両手の拳からは煙が立っており、熱で赤く染まっていた。あのゲンコツがどれほどの速度で、威力で振るわれたのかは想像に難くないだろう。
ヘンリル卿はホールワードとプロドディスが握手から別に手を動かした瞬間、二人の側に高速で駆け寄りその速度をそのまま二人の頭部にぶつけたのである。
常人が受けてはタダでは済まない。
「貴様!よくも団長を!」
レギオンの団員一人がヘンリル卿に向かって剣を抜いた。
自分たちの団長が思いっきり殴りつけられれば、怒るのは当然だ。現にプロドディスはピクリともしない。最悪の事態を想像してしまったのだろう。
そんな怒りの矛先を向けられたヘンリル卿は、軽く受け流すように一度ため息を吐くと、剣を抜いたレギオンの団員に向かってこう言い放った。
「落ち着け若いの。この二人がこの程度で死ぬわけないだろう」
「「あー、死ぬかと思った」」
その言葉が合図であるかのように、同時に二人がセリフをハモりながら土から顔を出した。
顔面が土まみれであるものの、そこには傷跡どころか打撲痕すら見当たらない。
「・・・へ?」
雪から立ち上がるような軽い感じに復活したプロドディスに、剣を抜いた新兵も呆気にとられた声をもらす。
もちろんぽかーんとしているのはレギオンの団員たちだけではなく、リメットの衛兵隊と騎士団も同様である。
唯一例外なのは、二人との付き合いが長い古参の兵士たちのみだ。
地面に叩きつけられたのを驚きはしたが、ダメージを負ってはいないだろうとどこかで確信していたようだ。
安堵ではなく、呆れのため息を吐く。
「ハッハッハッ!相変わらず容赦ねぇなヘンリル!」
「貴様もだドミニク。喧嘩を売り買いするのは自重してくれ」
「そいつは無理だな」
「クソが」
ヘンリル卿はプロドディスの豪快な笑い声に悪態を吐く。尻拭いする側の気持ちを考えてくれと暗に言っているのかもしれない。
すると一人の体の細い男がニコニコしながら前に出てきた。
紫色のローブを着ていることから、魔術師なのだろう。
「お二人とも、挨拶もそこそこに。レギオンの皆様、本日はリメットにお集まりありがとうございます。宿泊所の準備は出来ておりますので、どうぞ旅のお疲れをとってください」
男の言葉にレギオンの団員たちは歓声を挙げた。
数日間歩きっぱなしな彼らは、いち早く柔らかいベットに寝転がりたいのだろう。中には座り込んでいる者もいる。
「おぉ、気が聞くなゼリフ。じゃぁ早速休ませてもらおう」
プロドディスが笑みを浮かべて城門を通るが、その肩をホールワードがガシッと掴んだ。
「待て。お前はまだ仕事がある」
友人の「逃がさない」という笑みに冷や汗が流れた。
火のない所に煙は立たない。プロドディスを引き止めるほどの怪力を見れば、怪獣を撃退したという噂もあながち間違ってはいないのかもしれない。
「お、おいおい・・・リメットまで長げぇ距離を歩いてきたんだ。ちょいと休ませてくれよ」
「炎天下の中鎧を着込んで長距離移動したにもかかわらず、汗ひとつもかいてないお前が疲れてるわけないだろ!」
ホールワードの言う通り、プロドディスは疲れていない。むしろ体力が有り余ってると言ってもいいだろう。
だが肉体的な疲労と精神的な疲労は別物だ。プロドディスが感じているのは後者。
もっと言うならば、仕事をしたくないだけである。
プロドディスが救いを求めるような視線を部下たちに向けるが、全員が全員そっぽを向いて目を合わせてくれない。
巻き込むな。そういうことだろう。
そうして自分たちの団長を生贄に捧げ、レギオンは無事に城塞都市リメットに到着したのだった。
まさに晴天とも言える天候と風に揺れる青々とした草花。寝転がって昼寝でもすればとても気持ちの良いベットルームになるはずだ。
そんなことを考えながら、レギオンの団員のティムは蒸し蒸しとした鎧を身に付けて大粒の汗をかいていた。
「あ~、あぢぃぃぃ~」
熱を逃がそうと兜を持ち上げて隙間を作るが、体温は全く下がる気配がしない。
そうしているうちにその行為が無駄だとわかったのか、愚痴をこぼしつつ兜を被り直した。
「ちくしょぉ~!あぢぃ、あぢぃよぉ~」
「ティム・・・我慢しなよ。あと少しでリメットに到着するんだから」
滝の水のように流れるティムの情けない言葉を諌めるように、同僚のルーデスが口を開いた。
しかし内心ではティムと考えは同じなのだろう。強い口調ではなくかなり弱々しかった。
「くっそぉ、なんでこんな夏の日に鎧一式身につけなきゃならんのじゃい」
ティムが苛立ちを逃すように自らの鎧をガンガンと叩いて鳴らす。
たしかにティムの言う通り、真夏の炎天下の中で鎧を着込むのは高温のサウナに身を投じるようなものだろう。
しかもほぼ休みなし。体力の消耗でも体温は上昇する。そのダブルパンチにレギオンの団員たちも参っているようだ。
唯一平然としているのは・・・。
「やっぱ団長頭おかしいって・・・人外の類だぜあれは」
レギオン率いる団長。ドワーフのプロドディス・ドミニクである。
側近の補佐役や小隊長、中隊長までもが暑さに息を乱しているのにもかかわらず、団長は平然と歩みを止めないのだ。
いつもならまた団長の地獄耳に聞かれるよ?と注意するルーデスであるものの、こればかりは否定できないのか同意するように無言を貫く。
周囲にいるメンバーも無言で頷いていた。
「見えてきた!帝国領城塞都市リメットだぞ!」
しばらく歩いていると、前方の列からそんな声が聞こえてきた。
だが、それは必要ないだろう。最後列からでも見えるほどの巨大な壁が、兵士たちの視界に入り込んだからだ。
「こ、これがリメット・・・!」
「・・・でっけぇ」
「・・・おぉ!」
暑さに参っていた団員たちも、アメジスト色に輝く巨壁を目の前にして吹き飛んでしまったようだ。
巨大な宝石を前に意識が飛びそうだ。
「野郎ども、リメットはもうすぐだ!到着まで気をぬくんじゃねぇぞ!」
「「「はっ!!」」」
団長プロドディス・ドミニクの人一倍大きな声に、団員たちは力を込めて応答する。
こうして世界最強の傭兵騎士団レギオンはついに、世界最大の外壁を持つ城塞都市リメットに到着したのだった。
「これはこれは、大層なお出迎えだな」
プロドディス・ドミニクが不敵な笑みを浮かべつつ、小さな呟きを漏らした。
巨大なリメットの城門の前にいたのは、魔物から取れるダンジョン産の甲殻で作られたキチンの鎧を着たリメット衛兵隊、リメット騎士団の団長や各部隊の隊長、そしてリメット領主のホールワード辺境伯であった。
ほぼ、リメットの誇る公的最大戦力の集団である。
「衛兵隊隊長ガルゼルス、騎士団団長ヘンリル卿・・・Sランカー冒険者に匹敵する戦力が勢ぞろい・・・!?」
ティムはリメットの門に並ぶ歴戦の戦士たちを前にして息を飲み込んだ。
実際はティムだけではない。殆どの団員たちも顔には出さないが、驚きに目を見開いていた。
へんぴな村出身のルーデスすら、その名を知っているほどの力の持ち主たちだ。
中でもリメット領主であるホールワード辺境伯は、強大な力を持つ怪獣と呼ばれる魔物、それらを単身で相手取ったという逸話を持つ猛者である。
団長補佐や中隊長はともかく、昇格経験のない団員たちが息を飲むのも仕方がないだろう。
ホールワード辺境伯は、団長プロドディスを見るとニヤリと笑みを浮かべて、彼の元に近付いた。
油で固めたカイゼル髭を弄るその姿からは、微量ではあるが魔力が発せられている。
それが当然かのように、団長プロドディスも放っていた。
「よく来てくれたな、プロドディス」
「貴族は好まねぇが・・・オメェの頼みなら喜んで聞いてやるよ、ホールワード」
二人の巨漢がそう言うと、まるで再開した戦友に会ったかのように強い握手を交わした。笑みは崩れない。
だが、その握手からはギチギチと、とても肉とは思えないような音を立てていた。
もっとも、プロドディスは鎧ゆえに籠手を付けたままであるが。
ホールワード辺境伯は笑みを浮かべたまま、団長プロドディスの目を見た。
「おいおい、ただの握手だろう?籠手ぐらい外せ。貴族相手にするべき対応ではないぞ?」
「オメェには、これでちょうどいいだろう?それに、外すと手加減できずにアンタの手を潰しかねん」
「・・・ほう、試してみるか?」
二人とも笑みを浮かべたままだ。にもかかわらず、周囲に転がる石はなぜかカタカタを震えていた。
当然だが、石が恐怖しているわけではない。二人の放つ重圧が、石を震わせているのだ。
突然の戦意にレギオンの団員たちだけではなく、リメットの兵士たちも焦り始める。
「だ、団長?」
「ドミニクさん、ちょっと落ち着いてくださいって!」
「ホールワード様!?」
「おいおい、やばいって」
「領主様!市民もいますのでやめてください!」
それぞれの部下からの呼びかけも、今の二人には聞こえていないようだ。白い歯を浮かべ、睨む瞳には炎を宿している。
今にも掌から拳をぶつけ合いそうな二人に向かって、一人の男が躊躇なく近付いた。すると・・・。
「落ち着け馬鹿どもがっ!!!」
二人の頭上に拳と怒鳴り声が叩きつけられ、殴られた二人は地面に強烈な速度で顔をぶつけた。
ズガーン!!二人の顔面は完全に地面に埋まり、砕けた土が巨大な亀裂を生み出した。
ただの亀裂ではない。殴った際に衝撃波も出たのか団長プロドディスとホールワード辺境伯の周りはクレーターができていた。
当然だが、誰でもできるような芸当ではない。
その尋常じゃない怪力を目の当たりにした周りの兵士たちは、石のように硬直するのは当然であった。
しかし自分たちのリーダーが地面に埋もれているのを見て、すぐに正気に戻った彼らは互いのリーダーの名前を叫ぶ。
「「「団長ぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!?」」」
「「「領主様ぁぁぁぁぁああああああ!!?」」」
「・・・うそ、団長が・・・」
「親父ぃぃぃいいいい!?」
あまりにも衝撃的な光景にルーデスは呆気にとられ、ティムは数年前にやめた呼び名を反射的に口にしてしまった。
「全く、仲が良いんだか悪いんだか」
呆れたようなセリフを言ったのは、二人を殴り首から上を地面にめり込ませた張本人・・・リメットの騎士団長ヘンリル卿であったのだ。
両手の拳からは煙が立っており、熱で赤く染まっていた。あのゲンコツがどれほどの速度で、威力で振るわれたのかは想像に難くないだろう。
ヘンリル卿はホールワードとプロドディスが握手から別に手を動かした瞬間、二人の側に高速で駆け寄りその速度をそのまま二人の頭部にぶつけたのである。
常人が受けてはタダでは済まない。
「貴様!よくも団長を!」
レギオンの団員一人がヘンリル卿に向かって剣を抜いた。
自分たちの団長が思いっきり殴りつけられれば、怒るのは当然だ。現にプロドディスはピクリともしない。最悪の事態を想像してしまったのだろう。
そんな怒りの矛先を向けられたヘンリル卿は、軽く受け流すように一度ため息を吐くと、剣を抜いたレギオンの団員に向かってこう言い放った。
「落ち着け若いの。この二人がこの程度で死ぬわけないだろう」
「「あー、死ぬかと思った」」
その言葉が合図であるかのように、同時に二人がセリフをハモりながら土から顔を出した。
顔面が土まみれであるものの、そこには傷跡どころか打撲痕すら見当たらない。
「・・・へ?」
雪から立ち上がるような軽い感じに復活したプロドディスに、剣を抜いた新兵も呆気にとられた声をもらす。
もちろんぽかーんとしているのはレギオンの団員たちだけではなく、リメットの衛兵隊と騎士団も同様である。
唯一例外なのは、二人との付き合いが長い古参の兵士たちのみだ。
地面に叩きつけられたのを驚きはしたが、ダメージを負ってはいないだろうとどこかで確信していたようだ。
安堵ではなく、呆れのため息を吐く。
「ハッハッハッ!相変わらず容赦ねぇなヘンリル!」
「貴様もだドミニク。喧嘩を売り買いするのは自重してくれ」
「そいつは無理だな」
「クソが」
ヘンリル卿はプロドディスの豪快な笑い声に悪態を吐く。尻拭いする側の気持ちを考えてくれと暗に言っているのかもしれない。
すると一人の体の細い男がニコニコしながら前に出てきた。
紫色のローブを着ていることから、魔術師なのだろう。
「お二人とも、挨拶もそこそこに。レギオンの皆様、本日はリメットにお集まりありがとうございます。宿泊所の準備は出来ておりますので、どうぞ旅のお疲れをとってください」
男の言葉にレギオンの団員たちは歓声を挙げた。
数日間歩きっぱなしな彼らは、いち早く柔らかいベットに寝転がりたいのだろう。中には座り込んでいる者もいる。
「おぉ、気が聞くなゼリフ。じゃぁ早速休ませてもらおう」
プロドディスが笑みを浮かべて城門を通るが、その肩をホールワードがガシッと掴んだ。
「待て。お前はまだ仕事がある」
友人の「逃がさない」という笑みに冷や汗が流れた。
火のない所に煙は立たない。プロドディスを引き止めるほどの怪力を見れば、怪獣を撃退したという噂もあながち間違ってはいないのかもしれない。
「お、おいおい・・・リメットまで長げぇ距離を歩いてきたんだ。ちょいと休ませてくれよ」
「炎天下の中鎧を着込んで長距離移動したにもかかわらず、汗ひとつもかいてないお前が疲れてるわけないだろ!」
ホールワードの言う通り、プロドディスは疲れていない。むしろ体力が有り余ってると言ってもいいだろう。
だが肉体的な疲労と精神的な疲労は別物だ。プロドディスが感じているのは後者。
もっと言うならば、仕事をしたくないだけである。
プロドディスが救いを求めるような視線を部下たちに向けるが、全員が全員そっぽを向いて目を合わせてくれない。
巻き込むな。そういうことだろう。
そうして自分たちの団長を生贄に捧げ、レギオンは無事に城塞都市リメットに到着したのだった。
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