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第3章~魔物の口~

30話「吸血鬼3」

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 ゴードンがウロボロスを抱えて宿の(半壊した)扉を開けると、天敵に見つかった小動物のような反応速度でサエラがその姿を見上げた。
 その傍には意識を失い、精巧な人形のように眠るシオン。生きているのか怪しくなるほど青白い肌と浅い呼吸を見て、ゴードンはまだ事態の収束はまだ終わっていないと改めて感じていた。

「ウーロさん・・・ウーロさんは?」

 親にすがりつく子供を連想させる必死な声は、ある種の希望と願望が含まれていた。
 いつものシャキッとした様子とは真反対なサエラを見たゴードンは、その彫りの深い顔を優しげに歪ませて言う。

「大丈夫よ。気を失っているけれど、すぐに目を覚ますはずよ」

 ゴードンがそう言うと、サエラは目に見えて安堵の表情を浮かべた。それを見て、ゴードンは少し驚く。
 近頃サエラはゆるい態度や姉を無駄に煽ったりといった様子が目立っていたが、それはあくまでウロボロスと姉のシオンが一緒にいた時に限ってのことだ。

 普段の周囲が見るサエラの印象は孤独な狼。人を寄せ付けず、鋭い眼光はそれなりに経験を積んだ冒険者すら怯ませる。
 他者を信頼せず、合理的な判断を好む冷血な少女。少なくともサエラのことをよく知らない者にとってはそんな印象であった。

 ゴードンはサエラがそのような性格ではないとわかっていたが、身内の事でここまで感情をあらわにするとは思っていなかったのだ。
 単に表情を動かすのが苦手なだけだと、ゴードンはサエラの新たな一面を知った。

「それで、シオンちゃんの容態はどうかしら?」

 ゴードンの問いで、緩まっていサエラの表情は再び暗いものとなる。

「・・・ポーションはかけて、解呪薬カースクラーレと増血剤を飲ませた。」

 それは吸血鬼に噛まれた時の対処法であった。サエラもシオンが倒れたのが吸血鬼の能力吸血ブラッドドレインによるものだとわかったらしい。
 しかし、それをもってしてもシオンの調子が良くなるということはなかった。それどころか体温も徐々に減っているようだ。

 するといつの間にか復活していたらしいレッド・キャップのベタとガマが近づいてきていた。

「奴は上級の吸血鬼。あるいはそれ以上の存在。」

「然り。通常の個体より強力だ。」

「故に。単なる失血ではない。」

「呪いの影響が強いのだろう。」

 その言葉にサエラは俯いた。呪いとは、つまり感染の影響があるということだ。
 吸血鬼はアンデットに分類されるだけあって、その性質はゾンビに近いものがある。命の魔力、すなわち血液を求めて人を襲う。
 そして自分の魔力を「ウイルス」として吸血した相手の体内に宿し、対象を吸血鬼に変えて数を増やすのだ。

「つまり、姉さんは・・・」

「「吸血鬼になる。」」

「・・・っ!」

 容赦のない一言を言い放たれ、サエラは行き場のない怒りを込めた眼光で床を睨みつけた。吸血鬼になったが最後、理性のかけらも残さず先ほどの黒い男のように人を食らう化物になってしまう。
 ゴードンはすこし強い視線をベタとガマに向けるが、二人はギョロギョロとした目で「事実だ」と伝えてきた。悪びれる様子はない。

「なにか、助かる方法はないの・・・?」

 サエラが藁にもすがるような思いでひねり出した言葉に、ベタとガマは「「フム」」と腕を組んで悩む仕草をした。
 案外、頼れる伝には心当たりがあったのか二人はいっせいに手をポンと叩くと口を開く。

「吸血鬼。感染。どちらにせよ呪いであることには変わりがない。」

「ウム。魔女のメアリーなら。対処法もわかるはずだ。」

「メアリーがどうしたって?」

 突然ベタとガマのセリフに合わせるように、聴き慣れた男性の声が宿の中に響いた。
 いつの間に入り込んだらしい乱入者の声のする方へ、反射的に全員が顔を向ける。そこには黒髪で安物のウォリアーアントの鎧を着込んだ青年ガルムが立っていた。

 ここに入るハズのない男の姿に、サエラはありえないものを見るような目でガルムを見上げる。

「ガルム、さん?・・・今日は魔女の家にいるって」

「んにゃ、リメットで騒ぎが起きたって聞いてよ。急いで戻ってきたんだ。・・・それで、こいつに何か用か?」

 ガルムが腕を持ち上げるとそこには目を回したメアリーが、親猫に運ばれる子猫のように魔女服のローブが掴まれているのが見えた。

「め、めがぁ~~」

 なんとも情けない姿が、この場にいる者たちにとっては救世主のように見えたのだった。
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